03-22 人であれ
グロというか、若干痛い表現あり。
苦手な方はご注意ください。
守屋が出現させた幻術を見た人はこの侵入者6人。…ひっくり返っていたので、目の前の2人が見ていたのかは分からないが、喋ったところで誰も信じないだろう。もしかしたら雨龍の朱眼の力かも…とかになっちゃうかもしれないが、ギリギリまで知らぬ存ぜぬで通す事に決めた。
そして叫び声を聞いてやってきた巡回の人に、意識はあるようだが立ち上がれない門の傍の2人を引き渡すことにした。彼らを巡回兵と呼んで良いのか迷うほどの軽装だが、チームを組んで巡回している組織という事で巡回兵と呼んでも間違いじゃないみたい。色々と技術が発展しているわけではないこの世界では立派な兵士…なのかな。おそろいの制服とか、ピカピカの鎧とか、そういうのが一切ないから、散歩中のおっちゃん&お兄さんに見える。まぁ、そんな事言わないけど。
「では此方で引き取ります。こいつらは敷地に侵入したのですよね?」
「そうだ」
3人組の巡回兵がまだふらついている2人の覆面を外して顔を確認しながら、服をめくって刻印があるかどうかを確認している。その様子をみながら、雨龍は代表として彼らの質問に受け応えていた。
「他に、何か問題事などは?」
「直接見ていないので詳しいことはよく分からないんだ。6人組で襲撃されて、残り4名は逃げた」
「そうですか。ところでこいつらは奴隷落ちが確実ですが、眼帯奴隷にまで落としますか?」
「眼帯…という事は犯罪奴隷か。そういうのも此方が決めるのか?」
「被害者が刑を求めるならそういう風にします」
そういわれて雨龍はチラリと後ろを見て仲間に視線を送った。玄関付近で様子を伺っていたメンバーもどうするべきかとお互いに顔を見合わせる。今回負傷者はシンただ1人。一般人が怪我していれば一発で犯罪奴隷になるのだろうが、彼は眼帯奴隷なので居ないのと同じという扱いなのだろう。飼い主が許せば普通の奴隷落ちで済むみたいだ。巡回兵は奴隷であるシンに視線を向けようとしないのが分かる。そのシンは、彼は彼でこうなることが解っていたのか、1人で遠くに離れて隠れようとしていて「気にするな」と月野に怒られて捕まっていた。手当てするという申し出も「薬は高価で貴重」という理由でやんわり断っている様子。
「…ちょっと相談しても良いか?他の仲間と話をしたい」
「構いませんよ。ごゆっくりどうぞ」
「すまない、直ぐに済ませる」
そう言って雨龍に軽く頭を下げる。頭を下げた巡回兵に軽く手を振ってから雨龍は仲間のほうへと足を向けた。…そういえば、顔を合わせて喋っていたな。きっとあたりが暗かったから、瞳の色がわからなかったんだろう。ラッキーだった。
「彼ら、何だって?…って、まぁ聞こえてたけどさ」
近づいてきた雨龍に舞鶴が質問をすると、皆の視線が雨龍に集中した。
「とりあえず彼らは奴隷落ちが確定らしい。で、眼帯奴隷にまで落とすかどうかって聞かれたんだけど」
「落とせ」
間髪居れずに鷹司が声を出した。雨龍の言葉にどうしようと迷っていた皆も少し驚いた顔で鷹司を見る。その様子に発言した鷹司の方が怪訝そうな顔をした。
「何?」
「眼帯奴隷…まで落とすの?」
「そうだ。それが償いだば、させるべき」
「でも、眼を…その…抉るんでしょ?」
「ちょっとソレは…残酷な気も…」
「僕も、ナガレ先輩の意見に賛成です」
また奴隷の話し合いの時のように平行線が続くかと思われたが、草加が胸のあたりで手を挙げて鷹司に同意した。鷹司以外の「え?」という顔をしているメンバーに何か言われる前に、再び口を開く。
「彼らは犯罪者です。今回は未遂でしたが、僕が間に合わなければ月野先輩は重傷、もしくは死亡していた可能性もあったでしょう」
「不用心に顔ば出すからだ」
「…せ、せやね、ごめん。シンさんも、うちのせいで怪我させてしもて…」
「大丈夫。慣れてる。謝る。駄目」
皆が集まっているので地面に膝をついて低姿勢を取っているシンに月野が頭を下げると、彼は慌てて手をブンブン振って気にしていないとアピールした。まだ彼の怪我はそのままだが、これだけ動けるなら本当に軽傷なんだろう。とりあえず何とか言いくるめて手当てしなくては。そう考えながらも草加は話を続けた。
「だから、彼らには罪を償わせるべきだと思います。死刑では無いのだから、ここは心を鬼にしましょうよ」
「…」
皆が一斉にでどうするべきかと考え込んでしまった。そんな様子を見て、若干イライラしだした鷹司はくるりと身を翻し、巡回兵のところまで歩いていく。皆が視線を落としてしまったが、1人顔をあげていたシンがいち早く気付いて、タタッと追いかけるように駆け出した。
「こいつらを眼帯奴隷にする」
「わかりました。では今ナイフを用意しますね」
「…ん、此処で抉るんか?」
「え?何をおっしゃいますか。眼帯奴隷に落とす時、眼を抜く作業は被害者の特権ですよ。あぁ、一般的に眼帯奴隷は片目を抉るといわれていますが、結果的に潰せば良いので突き刺すだけでも大丈夫ですから」
「…」
さすがに鷹司も驚いて言葉を噤んだ。だが、冷静に考えてみれば被害者が加害者に罰を科すという意味で当然の事だったのかもしれない。それこそ月野が傷ついてたら、天笠あたりが嬉々としてナイフを握ったかも。
だが、部室に居るメンバーは全員もれなくお人好しだ。
何だかんだと愚痴を零してもやるべき事はちゃんとやるし、他人の仕事まで時に背負い込むし、敵対している相手すら気遣う事をする。
人に優しく出来るという事は美徳だと思う。
だが、優しさも度が過ぎると罪だと考える。
此処でこの2人をただの奴隷に落としたとしよう。
一番危険度が高いと思われる先陣を切ってきたのがこいつらで、なおかつ奴隷ではなかった。という事は6名全員が一般人であった可能性がある。普通の奴隷に落ちただけならば仲間が買い求めればまた6名のチームが揃う。そして此処に再び襲撃を仕掛けるかもしれない。返り討ちの復讐という形で。…ちょっと間抜けだけど。
考えを脳内でまとめている間に、巡回兵がナイフをスッと差し出した。それに視線を向けてから、地面に座るようにして拘束されている2人を見る。幾分か頭がスッキリしたのだろう、何をされるか察して逃げようと身をよじっているが、流石は巡回兵。なれているのか訓練のせいか、がっちりとホールドしながら口に布を噛ませて叫び声が上がらないようにしていた。
「一つ聞きたいんだけど」
差し出されたナイフを鷹司が受け取ったとき、後ろに来ていた舞鶴が質問を口にする。
「なんでしょう?」
「眼帯奴隷の扱いについて。此処で落ちた後、この人たちどうなっちゃうの?」
「すでに1体奴隷が居るようですが…ご存知無いので?」
「うん。シン君が来た時丁度俺居なくってさ、良くわかんないんだよね」
「そうですか…。わかりました。では説明させていただきます。眼帯奴隷は犯罪者なので、専用の施設に連れて行きます。そこで罪に応じた教育がされてから売りに出されます」
「教育?」
「今日のように現行犯で簡単に罪状がわかり、なおかつ重罪だった場合は体罰やトバルスの麓等の前線送りに。飼い主が拘束して連れてきた場合奴隷が正しいことを言っているかわかりませんので、そういう奴隷は領主様に見てもらう事もあります。そこで罪状を正確に把握して、明らかな冤罪の者は軽犯罪者の奴隷商に引き渡されます」
「…そのまま解放する、なんて事は?」
「珍しい事ですが、無くは無いです。ただ、今回の彼らが眼帯奴隷に落ちた場合には適用されませんのでご安心を」
眼帯奴隷に落とせば一応罪は裁かれるということか。舞鶴と鷹司が顔を見合わせるが、巡回兵の人たちもずっと此処には居られないと、おずおずと口を開いた。
「あの、スミマセンがこの後も巡回がありますのでそろそろ…」
「あ、あぁ。わかった」
「待ってよタカやん!…本当にやるの?」
「何だ舞鶴、やりたいのか?」
「そ、そうじゃなくて…」
そのやり取りにメンバーも近づいてくる。
「俺たちがやらないと駄目なのかな?」
「兵士さんにやってもらえないの?」
「やっぱりやめようよ。痛いのは嫌だよ」
「うちも、次は気をつけるから、今回は…」
「許せないのも解るが、でも…」
彼らは大切な仲間だ。守らなくてはいけない。彼らと共に元の世界に返りたい。
だけど…
近しい存在。だからこそ、煮え切らない態度にイライラする。
鷹司は皆を振り返り、睨みつけた。
「お前ら分かってんのか?」
「…ナガレ先輩?」
「こいつらは犯罪者だぞ!?殺人未遂だ。その事実ば理解してねぇのか?」
「ソレは分っている。だけど」
「わかってねぇよ!!」
普段温厚とは言わないまでも、此処まで感情を激しく出すことは珍しく、その彼の怒声に皆の視線が集中する。大声を出して怒気を僅かながら発散させたことで、冷静を欠いたと自覚が出来るまでには落ち着きを取り戻すと、なるべく静かにすることを心がけて再び鷹司は口を開いた。
「今回は防げた。犯人も全員じゃないが捕まえた。なのに次だ?犯罪者にチャンスを与えてどうすんだ」
「そんなつもりや無くて、その…無用心やったから、次はもっと気をつけて…」
「いい。…もういい」
わざとではないとは思う。でも、今話しているのは眼を抉るか否かだ。このままでは論点がずれる。そう感じて鷹司は心底呆れた様子を見せながら早々に話を打ち切り、皆に背を向けて侵入者に向き直ると無意識に震える手に力を入れなおすようにナイフを握りなおした。そしてスッと男の右目に添える。暴れる様子の男を兵がシッカリと押さえつけていて、叫び声は布で封じられていたがかなり喚き散らし始めた。
「た、鷹司…」
「…実際に誰かが死なねぇと、きっとお前らは分かんねぇよ。でも…」
叶うなら、分からないままで居てほしい。
俺は全てに疑問を抱こう。
俺だけは全てを疑おう。
守るために原因の排除を最初に考える。
生きるためにこの手を汚してやる。
だから、皆は信じてやれ。
悪の中にも善があると。
許すことで救えることもあるんだと。
どうか。
どうか。
お前達だけは、人であれ。
“ブズリ”
深く、深く。
鷹司はナイフを男の眼に突き立てた。構造を把握する力で限界ギリギリまで付きたてられたナイフは、流れる鮮血と共にすぐに引き抜かれる。
男が痛みにくぐもった声をあげるが、ナイフが抜かれるとその場にうずくまってしまった。ないているのか、痙攣しているのか、小刻みに体が動いている。
ぽたりぽたりと垂れる血に、部室メンバー全員が絶句してしまうが、気にせず2人目に近づく。
「…っ」
ナイフを持つ手が再び震える。
初めて人を傷つけた。新鮮な血液はとても温かい。
だが、きっとこれで終わりでは無い。長い旅路になるんだ、こんな事でどうする!と心の中で自分を叱咤していた時、血まみれの右手にそっと手が置かれた。邪魔するような行為に弾かれるように顔を上げると、眼帯奴隷のシンが傍に来ていた。
「…邪魔する気か?」
強がってみた台詞。
しかし背後に居たメンバーには、震える手も、真っ青な顔も見えておらず、強がりではなく本心の台詞に聞こえていた。
ただ1人鷹司の顔を真っ直ぐ見つめたシンだけは、彼の疲れたような顔を見て内情を察し、穏やかに笑む。
「命令。俺。仕事」
そう言いながらシンはそっと鷹司の腕を指先に向かって擦るように手を動かし、ナイフを受け取ろうと緩く握った。命令してくれれば、変わりに自分がやると言っているのだろう。
シンの言葉が聞こえなかったわけでも、理解できなかったわけでもなかったが、震える手がナイフを放してくれない。うろたえた様子で口を閉じていると、シンはそっと顔を寄せて耳元で囁いた。
「貴方の罪を俺も背負います。…いいえ、これは罪ではない。だから独りで全てを、抱え込まないで」
「…っ!?」
「“ご主人”。命令」
「…お前を信じた訳じゃない。だが…頼む。次は俺が、最後までする」
「了解」
流暢な言葉遣いを疑問に思うほど、鷹司は彼と接していなかった。そうでなくても疲れた心では考えることを放棄してしまう。硬い表情の鷹司を安心させるようなシンの笑顔。他人である彼も、また信じられない人間だったが、その笑顔には何故か懐かしさを感じた。
自分でやると決めた仕事を任せるのはどうかと思ったが、それでも2人目を受け持ってくれるシンに感謝を感じる。
だが、緊張と興奮で固まってしまった右手からナイフが離れなかった。そのため、あっさりとナイフを受け取る事を諦めたシンは素手を伸ばして男の顔に触れ、ためらうことなく指を入れていく。
「ぐっ…!」
“ブチブチッ!”
布で抑えていても、先ほどよりは大きな声が漏れ出した。
眼球を握り、神経を引きちぎる。ぽっかりと明いた眼窩から、ドバドバと血があふれ出した。そしてその上にぽとりと抉られた目が落ちる。
「うっ!」
さすがにこれには気分を悪くした部室メンバーが後ずさった。2人の片目を潰し終え、軽くアゴで巡回兵に「連れて行け」と指すと、蹲った2人を無理矢理立たせてから兵士が頭を下げた。
「確かに、眼帯奴隷落ちで承りました。では、失礼します」
「あぁ。…あ、まて。これ」
気がつくと右手が動く。借りたナイフを返そうとするが、血に汚れていてこのまま返して良いのかちょっと迷った。すると歩き始めていた巡回兵の1人が控えめに首を振る。
「差し上げます。安物ですから、気になさらず」
そう言って頭を下げると、今度こそ歩いていってしまった。
静かになった庭先で、重い時間が流れていく。
「…部室サ戻る。今晩は俺と居たぐねぇだろ」
「ナガレ先輩…」
「一晩良ぐ考えておけ。明日の朝、ガスパールとの約束の場所には俺も行ぐ。俺は奴隷増員賛成だ」
「タカやん、でも…」
「反対すんだば、明確の理由ばつけて説得してみせろ。…へばの(じゃあな)」
皆の言葉を受け付けず、1度も振り返ることはせずに鷹司は歩き出してしまった。血まみれの右手に、血まみれのナイフを握ったまま。
みんなも引き止める言葉が出てこず動けない。心配するようにシンが近づくが、伸ばした手が触れる前に険しい表情の鷹司は視線を向けて首を振った。それだけで「ついてくるな」という意味だと理解してしまった。
今はそっとしておこう。
静かに自分の眼帯に触れたあと、シンとなった「八月一日アコン」は、鷹司の背中が見えなくなるまで門の前で見送った。
部室に戻った鷹司を迎えた船長は血まみれの右手に眼を細めたが、何も聞かずにただ一言
「…風呂、熱めにしておいたよ」
とだけ告げて何処かに姿を消した。
1人になりたいと思っていた鷹司は、返事は返さなかったがその心遣いに感謝し、風呂場で右手を何度も何度も洗い流した。
落ち込むのは今夜だけ。
次は誰かを殺すかもしれない。
慣れてはいけない。
でも、躊躇ってもいけない。
いろいろな思いを振り払うように、熱いお湯を頭からかぶった。




