03-21 いでよ!ステージ3のボス
「…はぁ、分かっていたけど、なかなか纏まらないな」
「そうだね。みんなの意見も理解できるから、余計にね」
「とりあえず一旦休憩しますか」
「そうね、そうしましょう。奴隷側の話も聞きたいけれど、シン君は…ちょっと何言ってるか分からないのよね…」
「気持ちは伝わりますけどね」
アレからどれくらいたったのだろうか。何時間もたったような気もするし、数分しかたってないような気もする。日が落ちてから蝋燭を使って明かりをとり、奴隷について話し合っていたが想像したとおりまったく纏まる気配が無い。雨龍がため息混じりに零した言葉に、舞鶴が同意したあとで、天笠が皆に飲み物を継ぎ足してくれた。
「とりあえず明日は朝になったら…」
「ちょっと待って。何か…」
約束をしてしまったし、ガスパールには会いに行かなくては。雨龍がそう言おうとしたがそれを三木谷が突然声をあげて遮り、耳に手を立てて何かを聞いているようだ。その行動に皆も音をたてないようにと息を殺し、どうしたんだという顔をして彼女を見ていた。静かになった事で外から音が微かに聞こえてくる。
“くそっ…囲め!…1人だぞ…死角を!”
「誰かが居るわ!場所も近い。…いえ、庭先みたいよ!?」
「うちの庭!?シンさんが!」
「あ、月野!」
「月野先輩!」
「サヨ待って、1人じゃ危険よ!」
聞こえてきた音は微かだった。音を立てないように気をつけていたようで、言葉も小声で発せられたようだ。しかし、集中した三木谷の耳はそれをしっかりと捉えた。そして彼女の発言に月野が慌てて立ち上がると玄関を目指す。廊下を走って扉に手をかけると、月野の耳にも争っているような音が聞こえた。
「シンさん!」
バンッ!と勢い良く扉を開けると、そこには覆面をした6名の侵入者を1人で防いでいるシンが居た。既に2名が敷地の門の傍でひっくり返っており、残りの4名となっているが。侵入者は家の主が現れたことに一瞬動揺した様子だったが、すぐに剣を月野に向けた。
そして軽い目配せの後2人がシンを足止めしている隙に2人が剣を構えて月野に襲い掛かった。
「きゃぁ!」
思わず悲鳴を上げて硬直してしまう。
その様子に慌てて身を翻し「助けなければ!」と考えたシンは、自分に向けられる攻撃に対して防御をやめた。足止め係の男たちが好都合と攻撃を再開して彼の背に剣が振り下ろされて鮮血が舞う。しかし動き出していたために距離がひらいていて、さほど深い傷を付けることは出来なかった。
それでも僅かな痛みと衝撃で数歩よろけ、続く背後からの追撃を避けるために軽いステップで横に移動。避けられて空振った男の、武器を持つ手首をガシッと掴み、軽く引っ張って伸ばしてからそいつの肘を反対に折り曲げるように膝で蹴り上げてやるとあっけなく折れた。しかしこれでタイムロスだ、このままでは間に合わない。
「ご主人!」
痛みにうめく男をもう1人の男に放り投げて転倒させてから、横を抜けてしまった2人を追いかけ走り出すが、手が届かない。思わずシンが叫ぶと同時に、月野に迫った男が剣を振り下ろした。
“バシッ!”
「させるか!」
「く、草加くん!」
シンを一緒に連れてきて、月野と同じくらい心配していた草加が追いついて月野を後ろに引っ張り、剣道の練習として握っていた棒を使って男の手首を棒で叩いた後武器をはじいた。そして間髪居れずに男の胸元を蹴り飛ばして後ろに転ばせる。すぐ後ろにいたもう1人の男にもぶつかり、団子状になって転がった。
此処でお互いに距離が空いたところで、シンは男たちと草加の間にかばうように割り込む。
「こいつらいったい何なんだ!?」
「扉。閉める。安全。守る」
「シンさん!怪我してるやないの!」
背後にかばった事で彼の背中の傷が眼に入った。出血はしているが、流血はしていない。広く浅くかすめた程度で、痛みもさほどなさそうだった。しかし怪我は怪我だ。心配そうに声をかけるが、シンは扉を閉めて安全を確保せよ、としか言わなかった。
どうしよう。視線を遠くに向けると、門の傍でひっくり返っていた男2名もモソモソと動き出している。シンは誰も殺さなかったようだ。良く状況が分からないけど偉いと思うがこのままでは此方がやられる。と、草加は何かないかとあたりを見渡し、後ろに来ていた守屋を見つけてハッとした顔をした。
「キョウタロウ!」
「ふへ!?」
「ゲテモノクエストのステージ3のボス!」
「…ほ?…あぁ!」
いきなり何を言ったのかとポカンとした守屋だったが、ハッとして少し玄関に近づいて外を見る。
「効果範囲は狭いっすよ!」
「わかってるよ、頼むぞ!」
「よっしゃ!いでよ!スネーピオン!」
“ボフン!”
守屋の掛け声に合わせて、何となく間抜けな音と供に煙幕が一瞬だけ辺りを包んだ。
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走って屋敷に戻って玄関の前に仁王立ちしていたら、6名の人影が門の外で立ち止まるのが見えた。そのまま此方をむくと直ぐに睨んで、威嚇するように武器に手をかける。
…何だか偉いな。塀を乗り越える事も出来るのに、ちゃんと入口から入って来るんだ。まぁ、身を隠せるような植物が植えられている訳でもないしな。塀を乗り越えてるところを見られるくらいなら、門から普通に入った方が時間もかからないし安全なんだろうな。
なんて、ほんわかとした考えが浮かんでしまうが直ぐに軽く頭を振って切り替えると、こちらも威嚇するように腰を低く落として口を開いた。
「警告。私有地。侵入。撃退」
聞こえるように言ったはずなのに、6名の人影は足を止めなかった。顔を隠していて眼しか見えないのでどんな表情をしているか分からないが、きっと「奴隷が何言ってんだ」とか思っているんだろう。簡単に仕留められると思ったのか、侵入者が駆け出してきた。
低い体勢のままクラウチングスタートをするようにスッと手を伸ばして地面の植物に触れて、力を使う。タイミング良くツタを地上に出現させると、先陣を切っていた2名が足を引っ掛けて転びかけた。それを見るより先に駆け出して倒れてきた顔に蹴りをぶちこむ。此方の移動エネルギーと、敵の移動エネルギー+重力のおかげで鼻が折れて、1発で沈んだ。そのままクルリと身体を回転させて、もう1人足を躓かせた侵入者の首に手刀を落とす。もう、首を折る勢いで。
するとそいつも地面に倒れ、立ち上がらなくなった。
…死んではいないけどね!
ここで初めてうろたえた様子の侵入者が前進を躊躇したので、その隙に再び下がって玄関の前を守るように立つ。
「なっ!?」
「…くそっ、囲め!」
「慌てるな、奴隷は1人だぞ」
「眼帯してる方だ、死角を狙え!」
僅かな時間の話し合いを終えて、再び攻撃が始まったが、猛攻撃ともいえる剣技のラッシュをユラユラと揺れるように軽やかなステップで交わしていく。
八月一日は数多の移動で分かった事があった。それは、宿った肉体の体力は、どれだけ筋トレをしても成長させる事が出来ないという事だ。既に死んでいる身体と思えば成長出来ない事にも納得は出来きるが、それなら何故髪が伸びるのかは良く分からない。怪我や病気は自然治癒出来るし、日焼けすれば皮がむける。しかし筋力増強は出来ない。持久力アップも望めない。ひとつ前の世界で戦士として戦った経験があっても、次の世界で身体が戦士としての動きと、その運動量に耐えられないという事も経験した。
そこで八月一日は力がある時はガンガンに攻める方法を、力がない時は守り方とカウンター技を全力で磨いて、いかなる世界でも対応できるようにと努力した。
そして今の世界、このシンという青年の体は程良く筋肉がついていて、持久力も申し分ない。視界が半分しかないのはちょっと大変だが、それがあっても問題ないほどに沢山の戦場をくぐりぬけてきた経験と記憶があった。侵入者は決して弱くはないが、此方が1人だからと恐れるほどの強敵ではない。
振られる武器をよけながら、たまに勢いをつけてやればすっ飛んで行って仲間に当たるし、足をかけてやればすっ転ぶ。連携もまだ甘いし、お互いが邪魔になっている所もあるようだ。こちらから何もしなくても、満身創痍と言った状態にまでなってしまった。
これなら大丈夫だろう…と思った時。
「シンさん!」
月野が玄関から出てきてしまった。すぐさま敵は月野を標的に変える。まずい。1対多数だと、何か守るべきものがある場合弱いんだ。
一瞬の隙をついて横を抜けてしまた2人を慌てて追いかけるが、その時背中に痛みが走った。切られた事は分かったが、この痛みなら致命傷では無い。でも追撃が来ると面倒なので素早く処理して走り出す。
…でも間に合わない!
「ご主人!」
思わず叫んだ。
身体が大きい侵入者の陰に月野は隠れてしまい、武器が振り下ろされる様子しか確認できず、最悪の事態を想像する。が、何故かすぐ後ろにすっ飛んできたの見て、慌てて横に飛びのいた。
避けて良かった。あのまま走っていたら、自分も団子に混ざっていたかもしれない。直ぐ後ろに居た男を巻き込んで転がっていくのを少し茫然と見送ってから視線を戻せば、草加が月野を守ってくれていた。
ホッと安堵の息を吐き出してから、彼らを背中に守るように再び立ちはだかる。
怪我がどうとか心配してくれるのは嬉しいが、全てはこいつらを撃退した後だ。
もう始末するつもりでやるしかない。そう考えた時だった。
「キョウタロウ!」
「ふへ!?」
「ゲテモノクエストのステージ3のボス!」
「…ほ?…あぁ!」
「…!?」
草加の言葉に、心の中で守屋と同じ反応をしてしまった。…いや、納得が出来なかったから首を傾げた所までだな。ゲテモノクエスト…と言えば、マイナーゲームではあったが、一時期彼らがはまっていて学校でも割とはやっていたゲームだった気がする。1面ごとにゲテモノ料理の材料を集めて、いかにして恋人に喰わせるか、みたいな内容…だっただろうか?プレイしているのを見せてくれた事があったはず。最先端のCGを駆使していて、登場人物も割とリアル。そしてゲテモノ料理もリアルに再現されていた記憶があるが、だんだんと想像上の生物が登場していってカオスになってた気がする。
…だが、何故今ここでそれが…
と疑問に思って考える事数秒の間に、何やらやる気を出した守屋が掛け声をだした。
「いでよ!スネーピオン!」
“ボフン!”
一瞬の煙幕。それがはれて視界が再び開けると、そこには体調1メートルはあろうかという巨大なサソリが居た。いや、毒針の部分が蛇だから蛇…なのかな?
無言で見つめあうスネーピオンと侵入者。それを感じてゆっくりジリジリと横に移動してサソリの為に道をあけた
…。
……。
………。
“カサカサカサッ!!!シャーッ!!!!”
「「「ぎゃーー!!」」」
道が出来たらあの国民的アイドル…じゃなかった。広い範囲で嫌われている黒光りするGの如く、かなり素早い動作で走り出した。
それを見て襲撃者が慌てて逃げ出していく。やっと立ち上がった腕を折った1人は、巻き込んで転んだ1人に支えられて一生懸命走っていくが、数メートル追いかけた時点でそのサソリは煙のように消えてしまった。
…が、気付いていないようだ。
「…」
残されたメンバーの間に漂う数秒の間の無言。
うん。
彼らもパニックになっていたんだろう。そうじゃなかったら、安易に目立つ力を使おうとは思わないはず。
とりあえず、危機は去ったのに気まずそうな顔をしている守屋に向かって頭を下げた。
「ありがとう。助かった」
「…え!?あ、あぁ。まぁね!」
「奴隷。仕事。失敗。解放?」
「え?それは…話し合って決めないと…わ、分からないかなぁ??」
「…。うん。分かった」
再び訪れる沈黙の時間。
に、気付かないふりをして、八月一日は門の傍でいまだ撃沈している2人の様子を見るために小走りで駆けて行った。




