03-20 訪ねる理由と生きる意味
「はい、コレ。夕飯これだけで足りるやろか?…ねぇ、シン君…や。シンさん」
「奴隷。大丈夫。シン」
「ん?…あぁ、呼び捨てて欲しいん?それはわかってるけど…シン…さん。あかんわ。「さん」まで入ってまう。かんにんな?これ、うちの癖なんよ」
「シン…。はい。大丈夫…?」
「ちょっと不服そうですよ?月野先輩。良い機会なので呼び捨ての練習してみたら良いんじゃないですか?」
「呼び捨てなんて、せんもん。ええやん敬称ついたって」
「別に僕は構いませんけど、彼氏とかできた時どうするんですか?結婚しても旦那を「さん」とか「君」つけて呼ぶんですか?」
「それは…えっと…」
「まぁ、別に個人の自由だとは思いますが、花嫁修業だと思って慣れておいたら良いのでは?」
「もー。草加君いじわるやわ。ええの。うちはうち、よそはよそ」
ガスパールと話をしたその日の夜。
今回は全員で部室を離れて、こちらの豪邸にやってきていた。やっぱり12人で使っているという事を周囲の人間に見せ付けたい。部室から持ち込んだ食事で夕食兼話し合いを始める前に、月野と草加は外で待機していたシンのところにやってきていた。ぶっちゃけ部室で寝泊りするほうが快適だし何倍も良いのだが、まだ部室がこの世界で移動できるという事に誰も気付いていない。そして例のごとく船長は自分からも言い出していない。
シンはエルビーからもらっていた首輪をつけて、とりあえず庭先にまでは入ってくるようになっている。そして今は門の側の敷地内にて待機していた。その姿はまるで門番。いや、番犬とでも言うべきか?
あまり豪華な夕食では無いが、部室で焼いたパンとか部室で作った料理とか、この世界の物ではない食事を与える事は出来ない。警戒しすぎかもしれないが、何処から秘密が漏れるか分からないのだ。用心に越した事はないだろう。
この世界で集められる材料を使って作ってみたちょっと水分が足りなくてパサパサしているスコーンのようなものと、飲料水、それに喉を潤すために良く食べられる水分を多く含んでいる果実等を1つのトレーに置いて眼帯奴隷のシンに差し出した。
「水。貴重。駄目」
「あかんて。日中も何も飲んでないんやろ?」
食事から水分を抜こうとするシンの言葉と行動を遮って、やや無理やり彼に押し付けた。困った顔をしているようだが、眼帯をしていると表情がちょっと読み難い。でも奴隷だからな。主の命令には逆らえないだろう。言葉が通じないわけではないのだが、片言で結構真っ直ぐな彼の意思表示は、何となく、人間ではなくて、犬や猫を拾ってきたような気分で世話してしまう。心のそこでは何を考えているのかは分からないが、純粋に側に居てくれる新しい存在が嬉しく思えた。
「あ、月野先輩、そろそろ僕らも夕食の時間みたいですよ」
「うん。今夜は奴隷…シンさんたちのことについて、話あうんよね?」
「そうでしょうね」
「…。ほな、うちら行くから。足りひんかったら、遠慮せんと言い?」
「眼帯奴隷じゃなければ、家に入れても問題なかったみたいだけど…そんな常識無視して家に入ってしまおうなんて思わないところが、君のプラスポイントだよ。…じゃあ、また後で様子見にくるからね」
窓を開けてこちらへ手を振った後手招きしている舞鶴が見えて、草加が月野へ入室を促した。短時間の付き合いだったが、素直に見える彼に既に情が移っているのを感じている。解放するとしても眼帯奴隷は一般人に戻れないらしい。なら主を失う形で再び野良となるんだろう。一方的に命を奪われても仕方ないと思われるのかもしれない。それならそばに置いて世話してあげたいとも思うが、皆の考えはどうなのだろうか。そんなことを考えつつもシンに軽く手を振ってから家に向かった2人だったが、
「あ…あの。これ…」
かなり控えめな言葉でシンが呼び止めた。奇跡的にも声に気づいた月野は思わず自分を褒めてあげたくなった程だ。振り返ってみると1歩踏み出して右手を差し出している。月野は疑問に思いながらも差し出している何かを受け取ろうと数歩戻って自分も右手を差し出した。
「ん?どうしました?月野先輩」
「シンさんが、何かくれるて」
彼の手から零れ落ちたのは、直径3センチ程の丸いもの。表面には土がついていて…って、これは泥を丸めただけなのか?
「喉乾く。これ齧る。水。昼間」
「え『昼間喉乾いたらこれを齧る』って事?何でしょうこれ。泥団子?この世界ではこんなものでも価値があるの?」
「いや、泥団子はさすがに…あれ?まって草加君。これ…ただの土のかたまりとちゃうよ」
さすがに泥を口に入れても喉は潤せないだろう。しかしただの泥の塊にしか見えないそれだったが、月野が「何だろう?」と思った瞬間軽く静電気が走るよな感覚がして、手の中の者がただの塊では無いと分かった。月野の力が反応したのだ。そして表面を少しこすってみるが、それでもこびり付いている土は簡単には取れなかった。だが中に堅いものが入っているのが確認できる。
「石?」
「ううん、これ実や。植物の実。…いや、種…かな?」
「え!?これが?…っていうか何処にこんなものが…」
青銅の剣もそうだったけれど、一体何処からこんなものを持ってきたのか。怪しい。…っと思ったが、視線を向けてみたシンがスッと指差す壁際にこの泥団子のような実が大量に落ちていた。いや、生えていた。どうやら泥がつくのはデフォルトのようだ。自生しているらしいのだが、見た目が泥の塊だったので誰も気づかなかっただけのようだ。植物=緑色という偏見が眼を曇らせていたのも原因かもしれない。
「やっぱ、街中に植物がまったく無いって訳やなかったんやね」
「そうみたいですね。僕らの世界の雑草みたいな形してると水分が飛んで行ってしまうんでしょうね。植物が自生してるなんて、全く気がつきませんでした」
「早朝は霧がでるから、そん時水分取ってるんやろね」
「あぁ。なるほど…」
「シンさんはこれで喉を潤してたんやね。教えてくれてありがとうな。これ、ちょっと調べてみるわ」
そして今度こそ2人は家に入っていく。その後姿を、シンは頭を下げて見送った。
奴隷をどうするか、という話はやはりなかなか纏まらなかった。
いつもどおり夕食をとりながらの話し合いだったのだが、部室でしたほうが船長の客観的な意見も聞けてよかったということに気づいた。彼が居ないのは結構大きい。家を使っているという事を知らしめるために全員で来てしまったが、部室で夕食をとって、それか食事の前に話を纏めてからのほうがよかったかもしれない。
奴隷でもこのグループに他人を入れないほうが良いという案。
この世界にあかるい人を入れたほうが良いという案。
戦いをすべて任せるのは申し訳ないが、自分達ではどうにも出来ないというどっちつかず。
傷付くのは怖いが、他人も巻き込みたくない。
自分達の力だけでは不安だが、誰かを入れるのも不安が残る。
誰の言葉も一理あり、肯定するにも否定するにも十分な納得できる要素がない。
結局何時までも平行線をたどった。
**********
「で、今むこうの家で話し合い中というわけか」
「うん。もうそろそろ答えが出る頃じゃないかと思うけど、ようは犠牲になるだろう人員を足すかどうかって話だから…時間がかかってるみたいだ」
「そうか。ところで皆には正体を明かさないのか?」
「…うん。今はね。もう少し旅に慣れてからでも良いかもしれないと思って」
「話す時期が遅くなればなるほど、言い出しにくくなると思われるが」
「そうなんだけど…今はまだ、止めた方が良いと思うんだ」
「…そうか」
今回は全員で新しい豪邸にやってきたメンバーをシンは庭で迎え入れた。すすめてくれる家への入室はかたくなに拒み、外に待機すると言い切った。この世界では眼帯奴隷は外に置くのが普通だからだ。その後で食事をしながら話し合いをしているのだろう気配を感じながら、こっそりと部室の方までやってきていた。
今夜はこの部室内に誰もいない。船長とシンである『八月一日アコン』の2人だけだったが、昨晩と同じく入室はしていない。僅かにひらいた扉越しに、すでに暗い夜道でまばらながら道行く人を、八月一日は観察しながら話をしている。地面に腰をおろして手は地面に伸びていて、先ほど月野に渡した物と同じ植物が大地に根を張っている物を愛でるように撫でていた。
「…あぁ。やっぱり話し合いは振り出しに戻ったみたいだよ。奴隷が必要か、その話の前に俺…シンをどうするべきかをまとめるみたいだ。すでに世話もし始めてるし、今放り出すのは無責任って意見が多いね」
その場で見聞きしているかのような八月一日の言葉に、船長は確信を持って問いかけた。
「分かるのか」
「うん。分かるよ。君が入れてくれた力のおかげでね」
「救済処置は我の力ではないが?」
「あれ?そうなの?」
「その説明から、必要か」
「後でで良いよ。…いや、君からもらったって思っていて良いなら、そのままでも良いけれど」
あの始まりの世界で、船長は八月一日の魂に種を無理やり融合させた。唯一の共に移動できる武器として、生きるために、身を守るために使ってほしいと思ったからだ。しかし、それがいったいどれほどの力を秘めていたのか、まだ調べていないので分からない。
「そうだ、君の名前教えてよ。約束だったよね?」
「今は『セン』と呼ばれている」
「そうみたいだね。でもそれって…本名?何だか略称みたいだなって思ったけど」
「…実は、あの時もったいぶって教えなかったわけではない」
「どういう事?」
「システムになった我に名前は無かった。だから、名乗る事は出来なかったんだ。だが、あの時はそれが好都合だった。また会うという約束を八月一日が諦めないようにするために『我の名前』を餌にした」
「なるほど。俺はその餌にまんまと喰らいついた訳だ。上手いように踊らされたのかもしれないけど、感謝だね。君の名前、結構気になってたから」
ここで八月一日の目の前にぶら下がっていた餌が無くなった。話してしまってから船長は、彼の生きる目的を奪っただろうかと少し心配になるが、心配そうな様子は微塵も見せない。
「八月一日アコン、君の能力を調べたい」
「俺の?別に構わないけど…というか、知らないの?」
「力が使えるように、と思って種を入れた。でも、具体的に何がどうできるか、という事の詳細は分かっていない」
「あぁ、そうなんだ。確かに今まで散々使ってきたけど、何がどこまで出来るのかって細かく調べた事は無かったね。…で、俺はどうしたら良いのかな?」
「まずは我の力の有効範囲である部室内に入ってもらう必要がある」
その言葉に分かったと言いながら立ち上がりかけるが、途中でぴたりと動きが止まった。
「どうした?」
「まずい。家の周りに人が集まり始めてる」
「強盗の類か?」
「かもしれない。あの広さで庭に奴隷が1人も居ないから、眼をつけられたのかも。盗まれて困るような物は持ち込んでないみたいだけど、備え付けの家具だってそれなりに豪華だから」
「戦闘になるか?」
「悪い予想が当たったら、なるだろうね」
「戦えるのか?」
「俺はね」
「では急ぎそちらへ。話はまた後でも出来るだろう」
「そうだね。分かった。…じゃあ、また後で」
そう言葉を残して走り出した。
八月一日は船長の名前を聞き出す事が出来た。ずっと気になっていた事が聞く事が出来た。だからだろうか、何があっても「これを知るまでは」という目標が無くなって、何故かとても不安を感じた。その不安と同じものを、心配という形で船長も同じ様に抱いていた。だからこそ、何かと理由をつけて部室へ足を運ぶ回数を増やしたいと考え、その日に出来る事柄を先送りにした。意味も無く部室に行くという行動が出来ない他人の姿の今、部室に行かなければいけない理由を持っていた方が安心できたのだ。
それに変に人が集まってきているのは嘘では無い。植物を使って集められる情報を正確に把握し、夜道を他者に見られる事無く疾走して、家の壁の塀を軽々と飛び越えて敷地内に入る。そして静かに家の中のメンバーの様子を確認してから門の方へと近づいた。
まだすぐ側までは来ていない。進行方向にこの家があるだけかもしれないが、油断は出来ない。勘違いならそれでもいいが、不安が当たったら危ないのは大切な仲間達だ。
今現在、八月一日は眼帯奴隷のシンとしてたった1人の番犬だ。差し出した青銅の剣は壁に立てかけてあるが、あれは主が使うべき武器。自分が振るう事は出来ない。ゆえに装備無しのままで家の正面を守るように立ちふさがる。
そしていつ何が起きても良いようにと、数回深呼吸を繰り返して気を落ち着かせてから、何が起きても良いようにと迎撃準備を完了させた。




