03-19 冷酷で冷徹
あの後全員で部室のあるマッサージ屋に移動しようとしたのだが、シンの「留守番で誰かのこらないのか」という質問を受けて「家に誰かが残ったほうが良いのか」ということに思い至った。
そういえば、玄関もツタを編んだような簡単なものだし、鍵らしい鍵も無い気がする。防犯で奴隷を置くみたいなことを言っていたし、そう考えると、拠点がマッサージ屋とこの家の2つに分かれてしまったのは人を2箇所に置かないといけないということか。それはそれで面倒だったかもしれない。
「で、その眼帯奴隷君を置いてきたわけなんですか?」
「えぇ。彼だけでは不安だったので、此方のメンバーも残しましたけど」
「それはいい判断だと思うよ。なんたって眼帯奴隷だろ?」
「そうです」
「店を手伝わせるには見目が悪いし、かといってそいつ1人で残すと防犯に不安が残るだろう」
「そう…なんでしょうか」
想像したとおり、ガスパールがマッサージ屋にやってきたのを見て雨龍が担当としてつき、彼に相談を持ちかけていた。雨龍の朱眼を多少気にしているようではあったが、視線を合わせなければ問題はない。彼とはすでに水汲みでお世話になっているので、彼自身も態度ではっきりわかるような拒絶はみせなかった。
マットに寝ているガスパールにこういうことがあったんだけど…という報告と、どうしたら言いかという相談をしていると、ふむ、と考え込みながら息を吐き出した。
「何処から武器を調達したのかは気になるところだけれど、首輪が無いっていって敷地に入らなかったんだろ?それにその奴隷の話を聞いた感じだと、あまり悪い犯罪を犯してつかまった子じゃなさそうだなぁ」
「え?それってどういうことです?」
「眼帯奴隷は犯罪奴隷といっているけれど、普通の奴隷が主の命令を聞かなかったとか、聞き間違えたとか、そういう些細なことで落とされたりする事もあるんだよ」
「え。それって…つまり冤罪って事か?」
「そう…なるかな。人権を認められているとはいえ、奴隷は主の所有物だからね。持ち主が「罪を犯した」といえば、犯罪者になってしまうって訳さ」
「そんな。…でも奴隷は生活支援の救済処置なんだろう?」
「裕福だった家庭でも、代が変われば貧困層に落ちたりする。つまり、養っていくことができなくなった時は解放するより奴隷より下になる犯罪奴隷に落としたほうが、何かと楽なんだよね。体裁っていうの?…あ、いててて!…いや、いい!そこ気持ち良いかも」
ガスパールの言葉を受けて雨龍も考え込む。確かに眼帯奴隷は犯罪奴隷という偏見がなかったとは言い切れなかったかもしれない。今冷静に彼を思い返してみると、攻撃的ではなかったし、誤解を招くかもしれない行動は慎んでいたようにも思える。
考え込みながらも手を動かしていると、再びガスパールが声を出した。
「ちょっと眼帯奴隷だと心配もあるけどさ、話聞いた感じだと今の時期に良い子拾ったと思うよ?男性の奴隷なら闘技場で充分戦力になるしね」
「闘技場?…そういえば、闘いの季節がどうとか…」
「あぁ、そうか。良く分からないか。あのな、この町では年に1度大規模な大会が開かれてな…」
ここでガスパールはトバルスに挑戦する権利をかけた大会の話を雨龍にした。知らないことを馬鹿にする様子はなく、なるべく懇切丁寧に語ってくれている様子。大会の上位3チームが攻略チームに入れること。闘いを望まないチームのために、奴隷で代理が立てられること。トバルスに挑戦できるのはとても名誉なことではあるが、その分危険も大きいということ。
「1つのチームに人数制限は無いけど、闘技場では1対1が基本だ。自分が出ても勿論いいが、ずっと奴隷に出させることも可能だよ。まぁ、10名以上の大所帯のチームは力に自信が無いって陰口叩かれるから、少人数チームが多いけどね」
「奴隷1人に全て戦わせたりも出来るのか?」
「可能だよ。たとえ負けても主が「いけ」と命じたら闘いに出ないわけには行かないからね。例えばコッチが5名チームで、相手が10名チームだった場合、敵が棄権宣言しない限りチーム10名全員を倒さないと勝者として認められない。でも負傷してたらそれだけ勝率も下がるし、あまり負けた奴を連戦させる所は少ないよ」
「少ない…ってことは、ゼロではないのか」
「まぁ、大会の日までにそれなりの人数がそろえられなかったら出すところはあるよ。戦いたくない人は出場メンバーとして出ない奴が多いし、奴隷なら代わりはいくらでも居るからね。痛!!」
ガスパールの言い方にムッとしてしまい、思わず力が入ってしまえば痛みにガスパールがはねた。慌てて謝罪を口にするが、気にしていないという風に手を軽く振る。
「君もあまり良い感じを持ってなかったんじゃないのか?眼帯奴隷に対して」
「…それは」
「まぁいいさ。お人よしなんだなってことは何となくわかっていたから。じゃあ、勝率と生還率をあげるためにもう少し奴隷をそろえたらどうだ?」
「え?…いや、奴隷は別に」
「じゃあ先生達だけで戦えるのか?あまり戦闘向きなメンバーには見えないけれど…」
ガスパールの言葉に思わず店内を見渡してしまった雨龍。確かに、運動部メンバーが居るとはいえ、対人戦の闘いに挑んだことがある人は…あ、剣道部とかは対人戦で良いのだろうか。そういえば柔道も1対1なら…戦闘経験ありで良いのだろうか?でも弓道部は人に向けて矢を放ったことがあるはず無いし、陸上部は相手と接触することも無い。そんな事を考えていたため、グルリと辺りを見渡した雨龍の視線から逃れるように視線を外したお客には気付かなかった。まあ、気付いたところでなんとも無いが。
「確かに、戦闘向きではないな。…その大会には出ないと駄目なのか?」
「まぁ強制だからな。特に、先生は店も持ってて家も持ってるだろ?そういうところの人間はやっぱチェックされちゃうんだよ」
野宿している人間は正確に数と顔を覚えられないから逃げることも出来るということだろうか。家もあって、店も持ってる今の部室メンバーは、それなりに顔と名前、数を覚えられてしまうんだろう。領主様にも直接会っちゃったしな。
「…この後奴隷を見に行くかい?」
「え?」
グルグルと考え込んでいた雨龍にガスパールが声をかけた。思わず聞き返してしまうが、はっきりと聞こえた言葉に少なからず動揺してしまう。しかしガスパールは聞き取れなかったのだろうと勘違いして、同じ台詞を繰り返した。
「だから、奴隷を仕入れるために見に行くかい?戦えそうな男性奴隷は数が少ないだろうケド、ゼロではないはずだよ。奴隷は何処からでも入ってくるから」
「いや、でも奴隷は…」
「抵抗がある?でも1体入れたなら2体、3体入れようとたいして変わらないだろう。ただ、眼帯奴隷は避けたほうが良いと思うけど…あ、そうだ。その奴隷には首輪つけてあげたんだったね?」
「あぁ。今朝方」
「じゃあ、後は刻印を入れてあげるだけだ。そうしないと所有者が居ると認められない」
うつぶせの状態で話してもらった情報を頭の中で整理しながら雨龍に質問を向けた。その後で眼帯奴隷は首輪と刻印がセットで無いと野良として狩られる場合があることを伝える。首輪だけでは誰かのところで飼われていると認められない。
「え!?では、首輪だけだと…どうなる?」
「そうだね、どこかの奴隷商に勝手に連れて行かれてしまうとか。で、刻印は奴隷商の印みたいな感じだから、×が付いていない刻印を持つ奴隷が奴隷商に居たら、盗んだってことで訴えることが出来るね」
「だが勝手に×を入れることも簡単なのでは?」
「×も同じ焼印だけど、×の解放の印は領主様のところに連れて行って許しが得られないと駄目なんだよ。領主様はあの眼があるだろう?だから皆ビビッてさ、そんなしょっちゅう解放奴隷が現れるわけでもないし、解放だけでもどこかで一括管理してないと何処で悪用されるか分からないからね。×って形は簡単に見えるけど、実はこの線の中に結構複雑な模様が入ってるんだよ。偽造できないようにね。…見てみる?」
「いや、遠慮させていただく。…じゃあ、刻印と首輪をつけてあげるのは眼帯奴隷をそういった犯罪から守るという意味があるのか」
「守る?…やっぱ先生は人が良すぎるね」
「え?だってそういうことだろう」
「奴隷は持ち主の財産と同じ。財産を盗まれたら当然訴えるだろう?だがいざとなったら簡単に切り捨てられる。高価で安い財産の1つ…そういうもんさ」
あくまで財産で、奴隷は物。ガスパールも元奴隷だったはずなのに、結構残酷な言い草だな、なんて考えてしまった。
その後
「その眼帯奴隷をつなぐならば焼印を入れてもらうやり方を教えてあげるから明日の朝水汲みの待ち合わせに指定した旗のところに来てくれ。そいつを入れないにしても、奴隷はそろえた方が良い。新しい奴隷を見に行くなら案内するから、女性はつれてこないほうがいいよ。簡単に攫われちゃうから」
と言い残してガスパールは店を出て行った。とりあえず明日の朝は奴隷を入れるにしても、入れないにしても、あの場所に行かなくては行けなくなった。
昼を過ぎて客足もまばらになったところで、マットに座って一息つく。
「奴隷か…」
「お疲れ様。その眼帯奴隷、どんな奴」
疲れた様子の雨龍に、鷹司が冷えた水を差し出しながら問いかけた。ちなみにキンキンに冷えた水はお客には出していない。氷は入っていないが、氷が存在しない(つくれない)この世界で、此処まで冷たい水を簡単に出すと変に思われるという心配もあるからだ。決して「他人にはあげない」という欲のせいではない。
有難うと言いながら一口水を含み、立ったままの鷹司に座れと自分の隣を軽く叩いた。呆れたように息を吐くが、素直にしたがって隣に座る。だが指定した方とは逆の位置に座り、中の客に雨龍が顔を向けないように考えて、多くの視線に雨龍はごく自然に背を向けるというさりげない気遣いをしてみせた。が、等の本人は気付いていない様子だ。
「短時間しか顔を合わせていないが、眼帯奴隷は犯罪奴隷という事実を知らなければ、好青年という印象を受けただろう」
「ふーん。で、このメンバーに入れる?」
「そこが問題なんだよな。ガスパールさんも、明日の朝までって時間をくれたし、話し合えってことなんだと思うよ」
「俺は増えても良いど思うぞ。闘いの季節ってやつが近いんだべ?俺たちだけだば、無駄サ怪我して終わりそうだ」
「だが、関係ない人間を巻き込むのは…」
「元の世界へ帰えりたい。雨龍、お前はそうでねぇの?」
「俺だって同じだ。元の世界、地球へ帰る。でも…」
「そのためだば何でも使う。現地の人間の力ば頼るのは、悪るい事だとは思わね。それに、俺たちが移動すら時に家ば譲ってやれる。誰にも渡さず貰った家ば残すのは、そっちの方が問題になりそうだぞ」
「た、確かに…」
貰った家を移動の時に放置するのは駄目だろう。アルトゥーロに返すにしても、誰かに譲るにしても、何かしらアクションを残しておかなくては。そう言って揺さぶりをかけてみたら、雨龍は再び考え込んだ。
きっと今夜奴隷をどうするか話し合いになるだろう。
何が一番大切なのか、はっきりしている鷹司は奴隷を飼うのに賛成だった。いざという時は切り捨てる。捨て駒に出来る。高価で安い財産の1つ、鷹司にしてみれば、安い犠牲だと思えた。
みんなを守るには、みんなで帰るには、誰か一人でも冷徹で冷酷にならないと駄目かもしれないと、何となく考え始めていた。




