03-18 青銅の剣
朝。
新しい家で1夜を越したメンバーは、起床した順にリビング的な広い顔を出し始めていた。
当然電気がないため、火を灯りとするのだが、蝋燭等の道具を持ちこまなかったため締め切られた室内はまだ薄暗い。その中でテーブルの上に数枚の皿を用意していた雨龍は、一仕事終えてフゥと息を吐き出した。
「お~。おはようタクミン。やっぱ早いね」
「おはよう舞鶴、朝食の用意は出来ているぞ。台所の様子が分からなかったから、火を使わないで調理出来たサンドイッチだけだけどな」
「さっすがお母さん。頼りになる」
「お母…せめてお父さんと呼んでくれ」
寝た時のジャージのようなラフな格好で現れた舞鶴は、軽口を言い合いながらテーブルの上のサンドイッチに手を伸ばす。モシャモシャと食べながら今日も天気は晴れかな?なんて思っていると、既に身支度を終えた草加がやってきた。
「おはようございますチアキ先輩。雨龍さん」
「おはよう」
「おはようリッヒー。…って着替えも終わってるの?早いね」
「先輩こそ、普段はもう少し遅くまで寝てるのでは?」
「それがさぁ、枕が替わったせいかな?何か早く起きちゃって。それにしても案外防寒対策できてて吃驚だったね」
「あぁ、それは俺も思ったぞ。こんな土壁で寒くないか心配したが、太陽の熱を保持していたみたいだったな」
「日中は夜の冷気を溜めこんでて涼しかったりするのかな?」
「それはどうだろうな?だが、そうならかなり効率が良いエコだよな」
「あはは!夢があるね。…で、リッヒーはこれからどっか行くの?散歩?」
「いえ、最近練習が疎かになってるので庭で素振りでもしようかと。日が高くなって暑くなると動きたくなくなるし、日中は働かないとだから」
「あぁ。なるほどね」
「舞鶴、俺も外で型の稽古してるから、皆が起きたら食事をするよう言っておいてくれ」
「ほいほーい。任せてよ」
「あ。言っておくが、飲み物はこれだけしか持ってきてないから、一人で飲み過ぎないようにな」
「あ、そうなの?うーん、しかも水か。コーヒーのみたいなぁ」
「部室に戻るまで我慢しとけ」
用意した水はもちろん部室から持ってきたもので、この世界で汲んだものではない。水であることに変わりないのだが、池のような水たまりで、なおかつ動物を食す植物が生えていた場所の水は何となく口に入れるのに抵抗があるのだ。これは先進国で生まれ育った綺麗好きな自分達の偏見なのかもしれないけれど、生理的に嫌、というやつはどうしようもない。
剣道部の草加と柔道部の雨龍が揃って外に向かうのを見送りながら、庭に面した窓の木の板を開いて外が見えるようにした舞鶴。そのままテーブルの側に置かれたソファーに寝転がるようにして外を見る。テレビなどの娯楽設備が無い以上、動く仲間を見るしかすることが無いのだ。日がまだ昇りきる前の薄暗い外は、トバルスからの蒸気がここまで飛んできているのだろう、薄い霧がかかっていた。
日中と違い湿度のある外気を胸一杯に吸い込んでから、外に出た2人は一緒に準備運動をかねて柔軟をしてから少し離れる。腰を落として動きを確認するように形稽古を普段よりスローペースで始めた雨龍。草加は自分の部屋にあった木の窓を開けるためのつっかえ棒を竹刀に見立てて、両手で握った。
砂漠という土地柄、ただの木の棒でも見つけるのが難しい。火をおこす時にはサボテン等のそこらへんにある植物をさらに乾燥させた奴を使ったり、ラクダや獣の糞を加工したものを薪代わりしているほどだ。だが、その貴重な木が家のパーツとして備え付けられているこの家はやはりこの世界の豪邸と呼ぶにふさわしいのかもしれない。しかし、それでも長さが短く大分軽い。数回振ってから「うーん」と唸るが、これ以上ふさわしいものが見つけられなかった以上、これで我慢するしかない。
“ブンッ…ブンッ…”
気を取り直して素振りを再開したが、普段なら大分汗を流すくらいの運動量をこなしたハズなのに今は全然疲れない。やはり道具がいけないのかと再び棒を見つめたところで、フッと突然声が掛かった。
「軽い?」
「ん?」
「やる、にくい。凄く。見える」
決して小さくは無かったが雨龍は離れすぎていて聞こえなかった様子。この声色と独特な言い回しに気づいた草加がそちらを振り返ると、門の側に眼帯奴隷の青年が立っていた。
「あ、君!どこ行ってたのさ!探してたんだよ!?」
「…す、すいません」
「いや、良いんだ。気にしないで、無事でよかった。それより…凄くやり難そうに見えるって?」
やや強い口調でまくし立ててしまえば、かなりショボンとした様子で頭を下げてしまった。青年の方が身長もあり、多分年上なのにそれを身分が凌駕する。落ち込んだ様子を見て慌ててフォローを入れながらも彼の言葉を並び替えて、言いたかった事はこれだろうか?と尋ね返せば、控えめにではあるが顔を上げて、鷹司をその隻眼で見つめながらコクリと1度頷いた。どうやら発言するのは苦手のようだが、リスニングはほぼ100%理解できるようだ。
「確かに、ちょっとこの木の枝だと軽すぎるんだよ。しかも長さが足りないって言うか…。でもこれしか見つからなかったから…」
「これ。使う。あげる」
「え?」
奴隷青年の言葉に持っていた木の棒を軽く掲げて不満を口にすれば、スッと青年が何かを差し出した。それは獣の皮で鞘が作られた剣だった。鞘からスルリと抜いていると、刃の長さは60センチほどで細身で両刃の刀身。日本刀より西洋の剣に近いそれはブロードソードに形が似ていた。青みがかった金属は青銅だろうか?手にとって見るとずっしりとした重さが感じられた。青年は同じものをもう片方の手にも持っていた。いったいどこから入手してきたのかという疑問よりも、初めて握る剣というものから視線が外せなかった。
「…これは」
「戦いの季節。必要。武器」
「戦いの季節?…それはいったい…」
「どうした?草加。お客さんか?」
門の側で立ち話をしていた草加たちに気づいた雨龍が近寄ってきた。そして話には聞いていたが初めて顔を合わせる眼帯奴隷を見て、昨晩月野から言われた話を思い出す。
「もしかして…彼が?」
「はい、そうです。彼が先日、月野先輩と一緒に遭遇した眼帯奴隷の…えっと、名前は?あるのかな?」
紹介しようとして基本的な情報をまったく知らない事に気がついた。後半を雨龍ではなく眼帯奴隷の青年に向ければ、彼は胸を叩いて『シン』とだけ告げたあと、跪くように地面に片膝をついた。
「ちょ、ちょっと。何してるの?えっと…シンさん?」
「シン。奴隷。主。忠誠」
「主に忠誠を誓う、という事だろうか?…あ、そういえば。草加、これはエルビーさんもしていた格好だ。もしかしたら、主と認めたものに対する礼儀…みたいな感じなんじゃないか?」
「そうなんですか?僕、彼が跪くの見てないんですけど…」
「あれ?そうだったか。…あぁ、店に彼らが来た時は部室に居たもんな」
エルビーと違うのは顔をあげて主と呼ぶ対象を見ているということだろう。既に面識があり月野を助けてもらった草加はシンに心を開いているが、眼帯奴隷は犯罪奴隷という話を聞いていた雨龍はまだ信じきれていな様子で跪く彼をジッと見つめた。そんな事をしているうちにいつの間にか霧が晴れ、完全に空に昇った太陽が辺りに光と熱を広げる。
「…とりあえず、皆に紹介したいんですけど」
「そうだな。だが…分かってると思うが、俺たちの生活にこの世界の人間を関わらせる訳にはいかないぞ?」
「ですよね…。じゃあ、解放する方向で?」
「それが良いと思うが…」
それまで静かに2人の会話を聞いていたが、解放というワードに反応したシンがたちあがった。そしてジッと雨龍へ視線を向けて首を横に振る。
「ダメ」
「駄目?…いったい何が」
「奴隷ゼロ。戦いの季節。危険」
「戦いの季節?」
「あ。そう言えばさっきもそれ言いましたよ。戦いの季節って…そのまま戦いが始まる時期、みたいな感じなのかな」
「…えっと…戦う。皆。一番。…えっと…」
奴隷と言い張るシンに敬語を使うのは何か違う気がしてタメ語で質問をしてみるが、言いたい事が言えない様子で口ごもる。知っているのに言葉が出てこない、教えたいのに伝えられない。そんなもどかしさを感じているのだろう。必死に何かを伝えようとしている様子は、アワアワしているその態度で察する事ができた。
「とりあえず家においで。こんな所で立ち話もなんだろう。皆にも同じ話をしてくれ、と言っても出来そうになさそうだし」
「そうですね。…あ、そう言えば昨日は夕飯の差し入れ出来なかったけど大丈夫だった?…って、あれ?」
朝練の途中ではあったが、早めに切り上げて皆と相談しなくては。そう思って家の玄関に歩き始めたが、シンはついてこなかった。質問を投げかけたのに返事が来ない事に気付いて視線を横に向けるが、ついて来ていると思ったその場所に彼は居ない。そのまま首を振ってでシンを探せば、門の傍、家の敷地の外に立ったまま動いていなかった。
「今度はどうした?まさか結界…とかあるわけじゃないよな」
「雨龍さん、発想がファンタジーに寄ってますよ」
「仕方ないだろう?前の世界は魔法があったんだから」
「そうでしたね。ついでに僕たちも不思議な力が使えるんですもんね」
「あまり自覚無いけどな。…おい、シンどうした?」
「…あ、あの、無い。駄目」
シンはそう言って自分の喉に手を当てた。喉をさすって何かを伝えようとしている。その行動でピンと来た草加は視線を雨龍に向けた。
「そういえば、彼を連れていくと言った時にエルビーさんが一緒に居たんですけど、彼が『これを使え』って首輪をくれたんですよ」
「何?首輪だと?…何だか良く分からないが、この世界独特のルールってやつがあるのかもしれないな」
「首輪がないと人の家に入っちゃだめとかですか?でもそれって簡単に破れちゃいそうなルールですけど」
「良く分からないが重要な取り決めなんだろう。それに彼は眼帯奴隷で前科持ちらしいからな、そこらへんも厳しいルールがあるのかも。…ふむ、調べた方が良いだろうな」
話を聞くとしたら、やっぱり此方の事情もある程度知っているガスパールだろう。彼は常連だからマッサージ屋に今日も来るだろうし、来なかったら来なかったで行きそうな酒屋も知っている。
その後、マッサージ屋に移動するメンバーを外で待ち続けた眼帯奴隷のシンと月野が再会した時に「何処行ってたん!心配したんよ!?」と草加とほぼ同じ言葉をかけられて、再び盛大にションボリしてしまう事になるのだった。




