01-02 園芸部員とカコウ部部長
進行方向に棺のような影が見えただけで、確かめもせずに道を変える。
そんな事を繰り返していた時だった。
“…ガラッ!”
「っうわぁぁ!」
タイミングを見計らったかのように九鬼の隣の教室のドアが開いた。当然驚いてバランスを崩し、廊下に転倒。しかし確認するのも怖くて、視線をかたくなに廊下に落としながら這うようにして距離をとろうとする。
「…おい九鬼。落ち着け、俺だ」
「!?」
かけられた声にハッとして顔を上げれば見知った顔があった。鷹司ナガレは入り口に立ったまま心配そうに声を掛ける。
「大丈夫か?」
「…ナ、ナガレ先輩!」
どっと溢れた安堵から、なんとか立ち上がり思わず鷹司に抱きついてしまった九鬼。普段だったら遠慮なく拒絶する鷹司だが、この時ばかりはそのまま九鬼の頭に手を置いて、なだめるように軽く叩いてやる。
「お前の絶叫、此処まで聞こえた。何があっだ?」
「そ、それが…」
とりあえず鷹司が居た教室に入ってドアを閉めるが、しがみついて離さない九鬼はそのままで、落ち着かせながら話を聞く。しばらくして大体の話を聞き終わり、幾分か冷静を取り戻した九鬼は今になって恥ずかしさがこみ上げてきてパッと鷹司から離れて。
「す、すいません。取り乱して」
「気にすんな。…どりあえず、九鬼の体験談については理解した。俺の予想だば此処は学校。しがも十中八九廃校だべな」
「廃校?何でですか?」
九鬼が離れたため、いすに座った鷹司を真似るように九鬼も椅子を引いて腰掛ける。問いかけには少し悩んだ様子を見せるも口を開いて
「建物の痛み具合から、人が入ってねぇ事は予想がつぐ。だが、まったぐ使われのぐなったわげだばねぇな」
「…え?何ですって?」
「…」
彼の方言に理解が追いつかなければ、思わず聞き返してしまう。そんな九鬼に面倒臭そうな視線を向けてから仕切りなおして
「こご。この机、触ってみ」
「え?何でですか?」
「つべこべへ…いや、口ごたえすんな」
「…分かりました」
鷹司に言われるまま、机の上に手を滑らせる。黒い塗料でコーティングされた机は、手触りがいいというわけでもなく、普通の机だ。九鬼が触った事を確認した後で、隅にある別の机を指さして
「次、あれ」
鷹司に言われるまま、別の机に手を伸ばす。
「いったい何が…うわっ!すっごい埃…」
さっきと同じ感覚で触った九鬼だが、ワンタッチでその違いに気づいた。
「俺が掃除したわげだばねぇよ。この学校は、学校どいう目的で使われては居ねぇ。だが、誰かがなんがの目的で、この場所サ出入りしてら事は確実だべな」
「あのモヤモヤと棺かな?」
「そこまでは…何とも」
分からない事が多すぎる。一緒に来た人が他にも居るかもしれない。いったい何から手をつけるべきかと考えて
「どりあえず、俺はこの理科室…」
「理科室!?え、ココ理科室なんですか?」
「…たぶんの」
「たぶんって?」
「あれ」
鷹司が指差す先へ視線を向ける。壁にある水道、その隣にある隣へ行くための扉、その隣のロッカー。そしてその隣にある…
「じ、人体模型…」
気づかないほうが良かった。真っ直ぐこっちを見ているような錯覚をおぼえるそれからスッと視線をそらして
「ナガレ先輩、教室変えませんか?」
「俺も思った。周りの様子ば見だがたし。したばって…。…何か、出られねんだ」
「え?出られないって…どういうことですか?さっき普通にドア開けましたよね?」
「…」
説明に困った鷹司は見せた方がいいと判断し、九鬼をドアの前まで連れて行く。扉の向こうの気配を探りながら、少しずつ開いて、何も居ない事を確認してから
「どりあえず九鬼、出てみろ」
「はい」
言われるまま廊下に出る。吹き抜ける生暖かい風が急に恐怖を煽るが、ココはグッと我慢して鷹司へ向き直り
「俺の手、引っ張ってみ?」
「手を、ですか?」
出された手を掴み、廊下へと引っ張り出そうとするが
「…あれ?」
動かない。ドアの位置より外に出ない。ゆるく曲げられた肘を見て、鷹司が力を入れているわけでは無いと分かるが、やはり何かが通過を邪魔している。九鬼が困惑した表情で鷹司を見た。
だから先ほど九鬼が転んだ時も助け起こそうとはしなかったのだ。近づく事が出来なかったから。
「…何で?」
「知らん。ここサ壁だばあんのかど思ったが、九鬼は問題なぐ通過した。なんが条件が…あんのがも」
コレではどうにも動けない。とりあえずもう一度理科室に入ってドアを閉めて、再び椅子に腰掛けて。
「どうしましょう?この先」
「うーん…お前一人で」
「無理です」
「…早…わがった。どりあえず…状況ば確認すっか」
二人して深く息を吐いた後、二人は直前まで何があって、ここにきたのかを整理する事にした。
まずは九鬼が口を開く。
「俺は、キョウタロウとリヒトと一緒に園芸部部室に居ました。夏休みで登校日じゃなかったけど、チアキ先輩のところの神社で縁日があるって言うから、アコン先輩が車出してくれるって言って」
「あぁ。俺も同じだ。部室だばのぐ、外の畑サ居たばって」
「え。全然気づかなかったですけど…」
「中サ入らず直行したからの。アコンど一緒だったばって、大人数ば乗せらつもりだったみてで、大きい車ば知人サ借りらって言ってそん時ば居ながった」
「そうですか…じゃあ、部室内とその近くに居た人がこっち来てるのかな?」
「…だば、雨龍ど舞鶴ど猫柳も庭園サ居た。天笠サ電話してて、月野ど部室サ向かってらって言ってたみてぇで。近ぐサ二人も居たがもしれん」
「そういえば…俺3人で会議室に居たんですけど、外にはアンナとミッキーも居ました。確認してないけど、天笠先輩達も部室には入ってきてたかも」
「…ふむ…」
話を聞くに、八月一日以外の遊びに来るメンバーがもれなく園芸部のエリアに居た様子。何故此方に来たのか原因は不明だが、同じ空間に居た以上、この廃校にも来ている可能性がある。
やはり合流を目指した方がいいだろうという結論に至ったが、やはり再び持ち上がる問題が。
「やっぱ、どうにかして外にでるしかないですよね」
「んだの。いづまでも此処サ居るわげにはいかねぇな」
2人して頷きあい、とりあえず理科室内に何があるか捜索する事にした。埃はめっちゃ掛かっているが、あまり物は多くなく、どうしても目立つ人体模型に近づいていく。
「こいつには何も無いですよ。きっと。何気にリアルで怖いんですけど!」
「だったきや待っどけ。無理サ近づぐ必要ねぞ。そして、服の端ば掴むんでねぇ!」
鷹司とその後ろにビクビクし若干隠れながらの九鬼の二人一緒に人体模型の前に立つ。じっと観察をしていたが、何を思ったか唐突に手を伸ばし、バスケットボールを片手で掴むが如く グワシ!! と人体模型の頭を鷹司が鷲掴みにした。