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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-13 朱眼VS鷹眼

たった1泊外でしただけなのに、久しぶりに帰ってきた感じがする部室の中。

仲間はマッサージ屋の開店のために忙しく準備をしている中で、先程帰ってきた草加と月野はお茶を出してもらって1階の部室スペースで飲んでいた。


「は、早く…言わな…」

「そう…ですね…」

「…」


奴隷を連れてきてしまったことを言い出さなくては。そう思っているのだが、タイミングがつかめない。入室の時点で全てを知った船長が今は側に居てくれるのだが、彼から自発的に救いの手を差し伸べる事はしないようだ。こちらから彼に頼むか…いや、駄目だ。自分の不手際で連れて来てしまったのだから、自分が責任を取るべきだ。そう考えている月野は、傍から見ると真っ青な顔をしていて体調がとても悪そうに見えた。

それに仲間が気づかないはずも無く、クッキーの用意をしながら棚の陰に隠れて背中を向けて獅戸が三木谷に声を掛ける。


「ねぇ、ミッキー」

「何?アンナ」

「…何かあったのかな?水汲みで」

「何で?…月野先輩?」

「うん。帰ってきてからあんな調子で、リヒトも側から離れないじゃない。…嫌な事があったとか…」

「昼と夜で寒暖差激しいから、体調崩したのかも」

「それならそれで良いのよ。でもそれなら直ぐに言ってくれると思うの。…聞いてみるべきかしら」

「…うーん、言いたくないのか、言いづらいのか…。困ったわね」

「ミッキー、こっそり何か聞こえない?」


そういわれて三木谷はスッと目を閉じた。耳に能力を集中させるように、軽く髪をかきあげて耳に掛けると、そのまま耳に手を添えて音を拾おうとする。少しの間そうしていたが、暫くして手を下ろして


「駄目。何も喋ってない。でも脈拍が通常よりかなり速いわ。何かあって隠しているか、体調が悪いのは間違いないと思う」

「鼓動まで聞こえちゃうの?」

「そうよ。フフッ凄いでしょ」


得意げに胸を張る三木谷に獅戸もこのときは笑顔で凄いと言葉にした。しかし今のままでは何の解決にもなっていない。意を決して尋ねようとしたとき、部室と外をつなぐ扉が少しだけ開かれた。


「大変!超大変!セン、ちょっと来て!」


ドアを開けたのは舞鶴のようだが、僅か数センチの隙間から声だけ入れて船長を呼んだ。その声は焦りの色が強く、しかし誰かにバレないようにと小さい声量。すぐに船長が反応して、急いでドアに近づいた。


「どうした?」

「VIPが来た!どうしよう!どうしたら良いと思う?」

「詳しく…いや、手を室内に入れろ。指先で良い」


入室していない舞鶴の記憶が見えなかったようだ。口で状況を伝えてもらうよりも早いと判断した船長の言葉に素直に従い、舞鶴は隙間をもう少しだけ空けてすぐさま指先を入れた。それで状況を把握した船長は数秒だけ考えて口を開く。


「この扉はただの土壁についている。扉だけならまだ良いが、開かれて部室の存在を知られたらまずい」

「ごまかしの術が掛かってるんだよね」

「だが、お前達が存在を口にしたら意味が無い。…しのげるか?」

「わかんない。タカやんが頑張ってるけど…」

「身を挺して扉を隠せ。だが、無理はするな。バレたらばれたで、話が広がる前にこの中で監禁するという手もある」

「…それを聞いて安心したよ」

「繰り返すが無理はするなよ。扉を発見されて開かれても問題がないように、内側に土壁を作って入れないように偽装する。何かあったら先ほどのように指先を入れろ。それだけで我に状況は伝わる」

「うわ便利!分かった。…とりあえず頑張る。扉閉めるね」


監禁のくだりは船長の冗談なのか本気なのか分からない言葉ではあったが、どちらに転んでもやりようがあるという話を聞いて安堵した様子だった。直ぐに扉を閉めた舞鶴だったが、このやり取りに不安そうな顔をした獅戸と三木谷が船長に近づき、月野と草加も心配そうに立ち上がっている。


「船長、何があったの?」

「朱眼の魔王が来店した」

「え!?あの、眼力で従わせるって噂の?」


雨龍が散々振り回された噂の本人がやってきた。その言葉に驚いてドアに視線を向け、1歩踏み出した獅戸だったが、さすがに出て行こうとはしなかった。扉の前で船長が「行かせない」とでも言いたそうな視線を向けていたのもあるが、今出て行って扉の存在を知られたらまずいと自覚したようだった。好奇心を出して部室と仲間に危機を呼び込むのは本意ではない。その様子を確認してから扉を覆い隠すように土壁を出現させて、出入り口を塞いでしまった。


「外で準備していた舞鶴チアキ、鷹司ナガレ、猫柳テトラ、守屋キョウタロウ、九鬼ケイシの5人が対応している。が、あの噂が本当ならば命令されたら従わざるをえないだろう」

「大丈夫かな?」

「分からん。来店したのは朱眼の魔王アルトゥーロ、付き人の茶色い髪の男性、そして姿は確認していないが幼い娘の声を舞鶴チアキは聞いているようだ」


「まさか、エルビー…さん」

「赤茶の…あの人、そう呼ばれていましたね。でも朱眼の魔王の側に居る人だったとは」

「追いかけて来たんやろか…」

「…」


船長が舞鶴から読み取った記憶から今必要な情報のみを部室内のメンバーに伝えていく。不安そうに扉を包んだ土壁を見ていた獅戸と三木谷は気づかなかったが、船長は報告する時に月野を見ていた。「彼が来たぞ」そう眼で言っているのが分かった。奴隷を追いかけてきたのか、噂のマッサージ屋を試しに来たのか分からないが、月野は震える手を抑えるようにギュッと手を握って椅子に再び腰を下ろす。

追いかけてきたのだろうか。月野の問いには、草加も返事が出来ずに無言で深く息を吐き出した。





魔王の来店は突然の襲撃だった。

受付となるカウンターの台を九鬼がタオルで拭いて砂を払っていた時に背後に人が立つ気配がした。


「ほう。此処が噂のマッサージ屋か」

「そう!此処だわ!お父様一度も迷わなかったね」

「凄いだろう?エルビーのおかげだ」


お客さんだろうか?

そう思った九鬼は何のためらいも無く振り返って顔を上げてしまった。


「すいません、まだ準備が…出来て…」


“キンッ”と何かがつながる感じがした。紅い瞳は見慣れている。同じく朱眼を持つ者が部室にいるからだ。だが、目の前の彼からは雨龍と違い、捕らえた獲物を逃がさないというような、獰猛で危険な感じがした。

そして名を聞く前に動けなくなった身体で理解する。彼が朱眼の魔王、噂のアルトゥーロだと。


「エルビー、ビッキーをつれてちょっと外にいてくれないか?」

「分かりました。…ビッキー様、こちらへ」

「えぇ~?何で?」


エルビーに声を掛けている間も、アルトゥーロは捕らえた九鬼から視線を外さなかった。抱いていた娘をエルビーに渡し身軽になると、アルトゥーロは九鬼に近づいて身を屈め、動けないと理解している九鬼に視線を合わせた。


「聞きたい事がある。正直に話せ」

「な…なんでしょう?…」


一番外に近い場所で起こった九鬼の出来事は、大きく騒がれなかった事で発見が遅れた。マットの埃と砂を払っていた守屋が動いている様子の無い九鬼に気づいて「何をしているんだ」とい声を掛けようと顔を向けて、正面から直視したわけでもないのに視界に写った朱眼に捕らわれた。顔をそらす事が出来ず、慌ててそばにいる先輩に助けを求める。


「あ…先輩!…猫柳先輩…」

「ん?」

「朱眼が…魔王にリヒトが…」

「え?」


声にそちらを振り返ってしまった猫柳も、動けなくなった。朱色の瞳と視線が合うことが条件だと思っていたが、それが勘違いだった事が分かった。朱色を視界に捉えただけで一方的に捕らわれてしまうのだ。此処で他の部室メンバーもこの異常事態に気づいた。「何事か?」とそちらを向いてしまった舞鶴を側にいた鷹司がひっぱたいて直ぐに救出した。守屋が頑張って「朱眼」を繰り返したおかげで事態を察し、鷹司1人だけは視線を向けなかったのだ。


「痛ったい!!」

「馬鹿が!朱眼の魔王の噂、聞いてたべ?」

「え?あ…。まさかアイツが?でも何で…」

「知らん。有名サなりすぎた…にしては、わんつか早いか。まだ1週間しかたってねぇ。…どんな様子だ?」

あかい眼してた。メッチャイケメン。付き人は後ろ向きだけど、赤茶の髪で剣を腰に下げてた」


魔王の目の前で捕らわれている九鬼は後回しにして、鷹司はアルトゥーロを見ないように顔を背けながら、突っ立っている守屋と猫柳に近づく。そして彼らの視線を遮るように手を出すとハッとした様子で2人は鷹司を見た。


「ナガレ、助かった!」

「…。…な、なんなんだ、いきなりあの人…。…いや、何もしてないけど…」


慌てて魔王から顔を背ける猫柳と、ホッとした様子で思わずその場にしゃがみこんでしまった守屋。2人を救出しながら、鷹司はアルトゥーロと九鬼の会話を聞いていた。


「娘がこの前助けてもらったって言っててね」

「娘さん…はい。あの子でしたら先日、転んだところを仲間が見つけて…」

「塗り薬のおかげかな?もう傷は痛くないみたいなんだ。それでその時に汁をもらって、美味しかったって言ってたよ」

「お客さんが持ち込んでくれた花を使って、飲み物を作って提供しました」

「君が作ったのか?」

「いえ、仲間が」

「仲間ねぇ。この店は何人で経営しているの?」

「12人です」

「ふむ。お礼も言いたいし、皆に会ってみたいな」

「え…それは…」

「駄目かな?」

「えっと…」

「会いたいんだ。会わせてくれるよね?」


だんだんと質問が危なくなってきた。NOと言う事が出来ないのだ。このままだと何処から来たとか、何処に住んでるとか、連れて行けとか、案内しろとか、まずいことまで聞かれるに違いない。


「舞鶴、センに知らせろ。部室ば守らんと」

「分かった」


眼を閉じて顔を上げて息を吸い、1度深い深呼吸をする。その後で鷹司は顔を下げて眼を開けて自分の足元を見て、アルトゥーロの足元、腰、首から下が見えるまで視線を上げた。


「幅…5メートル弱…マットの間隔は85センチ…台の高さは…」

「ナガレ?な、何?どうしたの?」


ブツブツと間取りを口にする鷹司。

そこへ猫柳がアルトゥーロを視界に入れないようにしながら問いかけたが、彼にかけられた言葉を鷹司は無視した。


「九鬼、動ぐなよ…」


先程まで舞鶴と磨いていた砂時計を手に取ると鷹司は目を閉じて、そして思いっきり投げた。ギョッとしている猫柳と守屋は気にせずに、投げたと同時に足を進め近づいていく。


“スコン!”

「痛!!」

「おわっ!」


眼を閉じていたのに砂時計は九鬼の後頭部にヒットした。強制的に顔を動かされて、視線が落ちるとその瞬間に魔王の力から解放される。腰を折って視線を合わせていたアルトゥーロは慌てて身を引き、ホッとした九鬼は守屋と同じく、そのまま崩れるようにしゃがみこんだ。


「危ないなぁ。誰だ?こんな事するやつは」

「まだ店は開いてね。マッサージば受けたいだば出直して

「何だと?俺に対してそんな口聞くやつが居た……え?」


歩いてきた鷹司に気付いて、アルトゥーロは不敵な笑みを作った。偉そうな態度を取るやつが皆無というわけでもなかったので「またか」という思いがあったのだが、視線が合えば直ぐに態度が変わるだろう。しかし、声の方に視線を向けて、眼を瞑ったまま顔をこちらに向けている鷹司に思わず驚きが隠せず声を上げた。

他の大勢がそうするように、眼が会わないように必死に顔を背けていると思ったのだ。


視線は当然合わないが、顔が正面から見える。若干俯き気味ではあるが、顔を逸らしていない。その事にアルトゥーロは初めて戸惑った様子を見せた。


「…君、眼が見えないのか?」

「んな訳あるか。お前に捕まんねぇよう閉じてるだげだ」

「素直だな」

「嘘ついてどうなる。で?何の用だ。先に言ったがまだ店は開いてね。マッサージば受けたいだば出直して

「…フフッ」


敵情視察じゃないけれど、噂のマッサージ屋の情報を得ようと思っていた。眼帯奴隷の事もたずねるつもりだった。朱眼が居るとも聞いていた。だが、アルトゥーロは自分に対してこうも高圧的に切り返してくる存在に出会ったのは初めてで、思わず嬉しみに笑みがこぼれてしまった。


「俺が誰だか分かってるんだろ?」

「朱眼の魔王だべ?」

「おっと。…そのあだ名を堂々と言って来るとは思わなかったぞ」

「なして?…禁句?」

「本人に聞くか?そういう事。でもまぁ良い。トロアリーヤの住人の陰口みたいな感じなんだよ、朱眼の魔王は」

「へぇ。魔王がねぇ…。強そうで格好良いど思ったが、褒め言葉だばねぇのか。なら、なんと呼ぶ?領主様?」

「格好良いか?そう言われたのも初めてだ。…君なら、アルと呼ぶのを許すよ。君は気に入った。…名前は?」

「マッサージ屋の店員で良いべ」

「アハハハ!良いじゃないか。出会った記念にさ」


まるで仲良しの友達のように、会話が弾んでいる…様に見える2人。直視するのを避けている守屋と猫柳のところへ、一番最初に捕らわれた九鬼が這うようにして合流した。

そこへ報告に行っていた舞鶴が戻ってくる。


「センに報告してきた。扉がばれても内側に土壁作って誤魔化すって。…タカやんは何してんの?」

「…朱眼の魔王とお友達になりそうな感じ…」

「あんな軽口叩いて平気な訳!?」

「…分かんないけど、機嫌は良さそうだよ?」


友達になるのが良い事なのか悪い事なのか、とりあえず今は鷹司に任せるしかない。鷹司にとっては普段通りの口調だが、部室の皆はハラハラしっぱなし。それでもアルトゥーロの言葉を巧にかわして、失礼の無い程度に追い返そうとしている。もう他の人から比べたら失礼な事を連発しているのだが。エルビーは最初のうちは「無礼な!」と言う顔をして鷹司をアルトゥーロの後ろから睨んだが、続く楽しそうな主の声に気付いてからは再び背中を向けて言い合いを止めようともしなかった。そして既に店というより鷹司個人に興味を抱いたアルトゥーロは何度も追い返そうとする鷹司にしつこく喰らいついてくる。さらには店は他のヤツに任せて町を一緒に歩かないか?とまで言われ始めた。


「あぁ~!もう!しかたね。体験させてやらばって、俺がやんのは凄ぐ痛でぇぞ!」


しつこすぎてとうとうキレた。

なにも持って来てないみたいなのに!特別待遇は今回だけだぞ!と言い捨てるのも忘れない。

鷹司の眉間に青筋が浮かんでいるのが見える気がする。しかし言われているアルトゥーロはその様子すら楽しそうだった。そんなやり取りを背中を向けて聞いているエルビーは、寂しさと嬉しさが混じった複雑な思いを感じていたがこの段階でも口を挟むことはしなかった。腕の中のビッキーに視線を落とすと退屈だったのだろう、ウトウトしていて眠そうだ。起こさないように気をつけながら、煩い店前から数歩だけ離れた。


「え、痛いのか?評判はかなり良かったんだが」

「良薬は口に苦し」

「へ?」

「身体サ異常がねんだば、痛ぐねぇ。VIP、1名ご来店。お前らどけ」


マッサージ屋の中で固まっていた九鬼たちに「逃げろ」という意味をこめて言葉をかけてから、アルトゥーロをマットまで誘導する。相変わらず眼を瞑ったままの鷹司だったが、最初に間取りを頭に叩き込んだおかげで障害物を綺麗によけて、壁にある扉から一番遠い場所にごく自然に案内した。


「ほら。着席」

「凄いな。眼を瞑っているんだろ?」

「…。…お前、腕に疲れたまってんな」

「何で分かる?」

「履物を脱げ。足裏のツボからだ。…おい、付き人。今から主が悲鳴ば上げっかもしれんが、腰の剣ば抜ぐんでねぇぞ!」


アルトゥーロの質問を華麗にスルー。マットに座れと指示しながら、武器を持っていることを確認していたエルビーに声を掛けた。腰掛ける際に手を貸して、初めてアルトゥーロに触れる。それだけで身体の構造が分かる鷹司には、目を瞑っていてもアルトゥーロがどういう体勢をとっているか把握できた。マットに座ってくつろいでいるが、鷹司が視線を上げれば捕らえられるようにこちらを真っ直ぐ見つめている。うつ伏せを強制しようかと思ったが、足裏のツボマッサージで痛みに耐えられなかったら即行で帰るだろうと考えて、そのまま履物を脱いだ彼の素足に手を添えた。世間話に花をさかせるとか、飲み物を出してやるとか、湿ったタオルで足を拭いてやるとか、そういったサービスは全てカット。

まぁ、仕方ないよね。


そして直ぐに響き渡った彼の悲鳴に、娘が飛び起きたのは言うまでも無い。

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