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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-12 魔王の力

小さな集落を中心に、徐々に発展していったトロアリーヤの町並みはまるで巨大な迷路のよう。

その入り組んだ道を迷うことなく進んで行くエルビー。自分が使える主の屋敷へ向かう途中で、考え事をしていても足が勝手に動いてくれるほどには通い慣れた道だった。


「…」


脳内をめぐるのは先ほどの1件。

悪評の高い奴隷商モロンと、それに絡まれていた少年少女。そして眼帯奴隷が1人。


「……」


主の所から逃げた駄犬を探していたのは本当だった。

ただ、4足歩行の獣の犬ではなく、首輪で繋がれた飼われる物という意味の奴隷いぬであったが。

あの眼帯奴隷と背丈はほぼ同じで容姿も似ていると思った。でも記憶の中の姿と較べると髪色はくすんでいて瞳の色も少し違っていた気がする。自分も時折世話を担当していた事もあり、容姿は見間違えるはずはないと思っていたのだが。そして強引に連れてくるのをためらった原因が1つ。


「…喋れた…か?」


知っている犬は言葉を発する事が出来なかったはず。喋っているのを見た事がなかったのでそう思い込んでいたのかもしれないが、こちらが語りかけても何を言っているのかもあまりしっかり理解していなかったと思う。大体の此方の雰囲気を察して行動する、そんな印象を持っていた。

しかし誰よりも長く側に居たのは自分ではなく主であるアルトゥーロ。彼が何かこっそりと行っていた可能性も否めない。なにしろ彼には朱眼の力があるのだから。

可能性を上げ出したらきりがない。だいいち、同じ様な背格好の奴隷はこの場所にそれこそ大量にいる。とりあえず気になる奴が知ってる場所に居る、という情報を得ただけでも良しとするべきだろう。核心が持てるまでは報告もひとまず止めておこう。


ゴチャゴチャした考えをまとめ終わらないうちに、目的地である領主の屋敷に到着していた。門番をしている人間に軽く挨拶をしてから中に入る。

トロアリーヤ中央部にある領主、アルトゥーロの屋敷は1階建てで横に長い建物だった。庭には植物が植えられていて、そこはまるで砂漠の中のオアシスのよう。外観はシンプルに白い土壁だが、内装は町並み同様に入り組んでたりする。その原因は元からあった小さな家を増築改造を繰り返した結果だ。


「早いじゃないかエルビー。あいつを見つけられたのか?」


割り当てられている自室に行こうとして声をかけられた。考え事に集中するあまり、相手に気付かないまま接近を許してしまい、慌ててその声のした方へ身体を向けて片膝を地面に着けるように低姿勢を取ると、顔を下げて視線を落とす。


「アルトゥーロ様…いえ、申し訳ありません。すぐにもう一度…」

「いや、いい。それよりも少し休憩を挟んだらどうだ?昨日もそんな調子だっただろう」


帰ってきて早々に主であるアルトゥーロに発見され、呼びとめられた。彼を判断するために大切なのは声であり、顔を正面から直視してはいけない。振り返ってその場に跪くその間に確認したのは首から下のみ。この行為は彼に対して失礼かもしれないと不安に感じたのはもう遠い過去の話だ。

側近であり、幼馴染でもあるエルビーは、恐らく朱眼の力の1番の犠牲者といっても良いだろう。彼は幾度となくその魔力に引っ張られた経験があった。眼を合わせるとまるで吸い寄せられるように視線をそらす事が出来なくなる。駄目だと頭では理解していても、身体が動いてくれないのだ。しかしその誘惑はとても甘く、心地良い。自由を奪う朱眼は怖くもあり、同時にとても美しい。


「お気遣いに感謝します。ですが、俺の監視をかいくぐって外に出た。あの犬は絶対俺が、捕まえてきます」

「あはは!確かに優秀な武人であるお前が監視担当の日に姿をくらますとは、狙ってやったならたいしたものだよなぁ。あの駄犬め。…あぁ、分かってると思うが、傷はつけても良いが殺すなよ?」

「それは承知していますが…」

「なんだ、不服そうだな。どうして罰しないか気になるか?」

「…いいえ。俺は主、アルトゥーロ様の剣。与えられた命令を忠実に遂行するだけです。…もう一度外に出てきます」


余計な事は尋ねてはいけない。自分は彼の道具で良い。軽く頭を下げて礼を尽くし、直ぐに再び外へ行こうと身を翻すが、エルビーに負けず劣らず俊敏な動きで距離を縮めたアルトゥーロがエルビーの肩をつかみ、引き止めた。それに気づいて足を止めるが、振り返らない。それに痺れを切らしたらしいアルトゥーロが強引に引っ張って、振り返らせた。


「アル!何を…いえ、アルトゥーロ様」


その力強さに少し驚くが、思わず上げかけた視線を急いで落とし、思わず口から出てしまった昔の呼び名を慌ててごまかした。


「ふふふっ、アルか。懐かしい呼び名だな。まったく、2人の時くらい気軽に呼べば良いのに」

「それはいけません。すいません、俺の失言でした」

「失言だと?…はぁ。幼馴染で同い年なのに、何故こうも石頭になってしまったのか」

「俺とアルトゥーロ様では較べるのも失礼でしょう。きっとトロアリーヤの住人はそう思っていますよ」

「…エルビー、顔を上げろ」

「…。…何故でしょう」

「俺の命令が聞けないのか?」


ずるい人だ。彼に従うと言っていても、彼と眼を合わせようとする人はいない。一度朱色の魔の手に捕らわれたら、自力で逃げるのは難しいのだから。当然エルビーも戸惑いながらも視線は伏せたまま。それを見てアルトゥーロがまるで女性にするように、顎に手を添えて顔を無理やりあげさせた。


「…アル…トゥーロ様…」


驚いて上げた視線はすぐさま魔王の力に捕らわれてしまった。

急いで突き放そうと腕を伸ばすが、アルトゥーロの服に触れるだけに止まってしまう。身長差も体格差もあまり無いのに、何故か彼には適わない、逆らってはいけないと本能が察してしまうのだ。

久しぶりに真っ直ぐ見た朱色の瞳。砂漠の町でもあまり日焼けをしていない白い肌。艶のある黒い髪に縁取られたその整った顔は優しい笑みをたたえていた。


「俺を見ろ、エルビー。お前には散々悪戯もしたし、迷惑もかけたと理解している。だからお前にだけは、無理やり望まぬ命を出したりはしない」

「…それは…知っていますよ。あなたが優しい事なんて」


そう。知っている。

アルトゥーロがエルビーをはじめ一度懐に入れた人間に優しい事も、大切なものを守るために他の犠牲を厭わない事も。限られた資源、限られた場所。それを守るために、押し出して零れた存在をせめて苦しまぬようにと自らの手で狩っている事も。一番側に居る自分が、彼の光と闇の部分を知っている。

だからこそ、彼の瞳を直視できない自分が不甲斐無く、彼を孤独にしている自分自身を嫌悪しているのだ。


「そんな顔をするなよ。視線が合わないくらいなんだというんだ?もう慣れたさ。さて、今日の報告をしてもらおうか。どこに行って、何を見つけた?」


優しい朱眼の魔王の囁きは、耳に心地よく脳がしびれた。

それは性交にも似た快楽で、身体の内を満たしていく感覚に陥る。

抗えない。逃れられない。逃げたくない。縛られていたい。


アルトゥーロがエルビーに対して絶大な信頼と、優しさを持っているから感じる事の出来る快楽であった。

過去に一度、怒りの彼に触れた時は、それこそ内側から引きちぎられるのではないだろうかという痛みを味わったりもした。その時にこの力は持ち主の気持ちが強く表れるのだと実感したのだ。


染み渡る様はまるで麻薬のように、優しく、しかし確実に身体の自由と自分の意思を縛っていく。僅かに早くなる動悸をごまかすように、アルトゥーロの質問全てに回答を提示していった。誤魔化そう、嘘をつこうと思っていたことまで、包み隠さず吐き出してしまう。優しいながらも鋭い視線に、偽る事が罪だと感じていた。


「ふーん、なるほど。駄犬に良く似た眼帯奴隷がマッサージ屋にねぇ…」

「…は、はい。屋敷で見た容姿と若干違う感じがしたので、無理につれてくることは出来ず…」


やばい。息が荒くなりそう。

懸命に平静を装うが、意識して瞬きを多くしても、アルトゥーロが僅かに視線をそらしても、その朱眼から眼がはなせない。捕まるまでは恐怖なのに、悪魔に捕らわれると此処まで快感なのだから。本当に困る。

さらに問題なのが、この醜態を全てはっきり覚えている事だ。これで記憶が飛んでいたら、ある意味救いなのに。…自分はもう本当にどうかしてしまったんだろうか。


「お父様!マッサージ屋さんに行くの??…あれ?ちょっと、何事??」


唐突に割り込んできた少女の声。

その声のほうにアルトゥーロが顔を向けたのでやっと魔王から解放された。が、此処で彼女が首をかしげた理由が分かった。背格好も同じ、ガタイも決して悪くない。そんな男2人が抱き合って(いるように見える)いたら、思わず足を止めて質問を投げるだろう。エルビーは慌てて身体を離して距離をあけた。その後は再び地面に膝をつけて、顔を伏せる。


「あぁ。ビッキー、もうちょっと空気を察してくれてもよかったんだよ?」

「空気?…察してってなあに?それよりお父様何してたの?私も抱っこー!」

「はいはい。今は愛しのエルビーを落とそうと…」

「アルトゥーロ様!お子様の教育に悪影響を与えますよ!?」

「まったく、真面目なんだから。眼をはなすとすぐこれだよ。あ~ぁ、素直で可愛い俺のエルビーは一体何処に行ってしまったんだか…」


彼女はビッキー。5歳の少女。長い黒髪にオレンジの瞳で、彼女はまだアルトゥーロの力に恐怖を感じていなかった。彼のたった1人の娘であるが、彼は彼女に領主の座を継がせる気は無いと断言している。アルトゥーロは能力のある奴が上に立つべきだと考えているようだ。だいいち、男性優位のこの場所で女性のビッキーが上に立てるはずも無いのだけれど。娘を抱き上げたアルトゥーロは意図的に視線を合わせないようにしながら可愛い娘に眼を細くして笑み、彼女の頬にそっとキスをした。


「うふふっ!お父様、くすぐったーい」

「いい子だね、ビッキー。それで?父様に何か用事かな?」

「そうなの!さっきマッサージ屋さんのお話してたでしょ?私ね、転んで膝すりむいた時、マッサージ屋さんがいてね、助けてくれたの~!」

「…そういえば、そんな話してたな。昨日だったか?」

「でね、汁が美味しかったの!また飲みたいの!」

「汁?…何かもらったのか?」

「うん!まるいやつもね、サックサクで、ふわふわなの!」

「…うん?…うん。そうかそうか。それは良かったなぁ、ビッキー」

「うん!」


邪心のない無邪気な笑顔。何が言いたいのか良く分かったような分からなかったような…だが、サラッと流してアルトゥーロはビッキーの頭をぐりぐりと撫でた。そして。


「じゃあ、行ってみようか」

「…え!?」


思わずエルビーは顔を上げてしまった。

そして再び魔王の手に落ちる。


「案内してくれ、エルビー。最近話題の、マッサージ屋さんだ」


ビッキーから得られる情報では良く分からないと早々に決断したようだ。マッサージ屋に行くのは別に問題はない。結構評判が良いし、アルトゥーロも身体を休めるいい機会かもしれない。

しかしビッキーを連れて行くのだろうか?…話を聞かれた以上は、連れて行くしかないんだろう。

朱眼の魔王の言葉には絶対に逆らえない力がある。だからエルビーは朱眼を見つめ返したまま勇気を振り絞って言葉にした。


「すいません。詳しい場所を知らないのですが」

「…え。そうなの?…あ。ビッキー、場所覚えてる?」

「えっとね、土の壁があってね、あっちの方に太陽があったの!」


自信満々に太陽を指差すビッキー。

しかし、それではまったく分からないのと同じだという事は、まだ理解していないようだ。


「確かビッキー様に付いていた者がいるはずです。そうでなくても、マッサージ屋は今話題になっているので、見つけ出すのに時間はかからないかと」


目の前のやり取りに思わずエルビーが笑みを零しながら提案すれば、満足げにアルトゥーロも笑顔を向けた。


「…エルビー、至急調査せよ」

「承りました」

BL発展はしません!…とおもう。←

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