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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-09 2度目の邂逅

町に戻ってきたころには太陽は昨日と同じ強い光と熱を取り戻していて、強い日差しをさえぎるための薄手の布を羽織った水汲みチームは暑さに汗が我慢できなくなってきていた。


いまさらながら気づいたが、この世界の人々は少ない水分でも十分生活が可能なようだ。暑さになれた体は汗をかくことで体温を下げるより、強い日差しからも水分が飛ばないようにするほうが重要なようで、この町に汗っかきの人はほぼ居ない。幼少期から水がすぐ手に入れられるような環境に居た裕福層の人間は別かもしれないが、一般人には死活問題だ。

もしかしたら基本の平熱も高かったりするのかも知れない。


やっと砂漠を越えて町に入ったときには流した汗も乾いた空気によって蒸発してしまって、汗をかいた事すら気づかれなかったけれど。


「今回は手伝ってくれて助かったよ」

「いえ、こちらこそいろいろ教えてもらって助かりました」

「困ったときはお互い様ってやつだ。常識がないと直ぐ奴隷に落ちたり不幸なヤツも多いし、世話になってる先生を助けられてよかったよ。また何かあったら遠慮なく聞きな?…そういえば、先生のとこは何人家族…いや、チームで生活してるんだ?」


借りたラクダを返却しに行きながら、雨龍たちに層問いかけた。

この質問を受けて、特に秘密にすることもないし…と視線だけで会話をした部室チームの雨龍が代表して返答する。


「12人だ。今、俺たちが一緒に暮らしてる人数は」

「12人か。結構大所帯だな。…でも、それだけあれば1週間は余裕だろ?早めに水汲み経験できてよかったな。あ、そうそう。真水は貴重だけど、酒なら何処にでもあるか今度のみに行こうぜ?」

「へぇ…酒が…」


このタンク1つで1週間平気なんだ。とか、お酒は何処にでもあるってどういうことだろう?なんて考えながら微妙な返事を返してしまえば、ことさら心配そうな顔をしたガスパールが深く息を吐き出した。


「…なぁ、ちょっとお父さん、もうちょっと常識教えてやるから今から付き合わないか?」

「お父…いや。それよりも今からか?ガスパールさんだって、闘技場行かないといけないんじゃないのか?」

「闘技場には連日参加してるけど、水汲み明けは殆どの奴が休みだよ。…って、それもまだ分からないか。何だか俺、先生たちが心配になってきたよ。ここには良い人を騙して奴隷に落とす悪い奴らも多いからさぁ」

「それは…恐ろしいな。話も聞きたいし、酒も飲みたい気持ちも…まぁ、あるが…一度家に帰らないと皆が…」

「一度帰ると家のやつらに捕まるだろ!?うちも帰ると嫁がグチグチうるさいんだ。な?1杯だけだから」


ガスパールの強引なお誘いに日本人らしくやんわりと断ってみるが、あまい拒絶は全然受け入れてもらえていないようだ。雨龍も酒と聞いて「ぐぬぬ」と誘惑に打ち勝とうとしているが、あまり効果はなさそうである。唐突に「ちょっとそこで待ってな!」と言って何処かへ走って行った彼の背中を困惑した様子で見送る雨龍に天笠が若干あきれ顔で声をかけた。


「で、今から飲み行くのかしら?」

「いや、行くつもりは…」


まるで妻に怒られている旦那のようだ。そこに草加が口をはさむ。


「でもこれは情報を得るいい機会かもしれませんよ?天笠先輩。ガスパールさんは僕たちがあまりこの場所の常識に詳しくないって勘付いてるみたいだし」

「かもしれないけど、おなか減ったし、早く帰って着替えたいし、サヨを休ませてあげたいし…」

「確かに、ウチお腹すいた…かも」

「じゃあ、僕と雨龍さんで話し聞きに行きましょうか?」

「ちょっと待って?か弱い女の子にこの重い水のタンクを持たせるつもりなの?」

「それは俺が持つよ。散々迷惑かけてる…かけてる?…みたいだし」

「お酒飲みに行くのにこんな荷物持ってくん?邪魔やない?それに…忘れてきたら、大変やし…」


町に帰ってきて何処か安心したせいかもしれない。空腹を感じれば素直に月野も同意した。その後で「名案」とばかりに続けた草加の言葉を天笠がバッサリと切り、自分が荷物を運ぶという雨龍には月野が心配そうに問いかけた。


「…はぁ。雨龍さん、私が一緒に行くわ」

「い、いやいや。とりあえず行くとはいってないぞ。というか、天笠は未成年だろ?」

「でも単独行動は禁止って言ったの雨龍さんじゃない」


今まで辺りが暗かったり、正面から顔を合わせなかったりでまだ雨龍の赤い瞳は直視されていない。しかしマッサージ屋の常連客であるガスパールには赤い瞳を持つ人間だという事は恐らくきっとバレているはず。だが、これ以上付き合ったら絶対何か問題が起こるような気もするし、だいいち一人でフラフラしないというルールを決めたはずだった。

休みたいけど情報が欲しい。散々迷って、結局雨龍と天笠がガスパールと共に情報収集をかねて酒屋に行く事になり、疲れた様子の月野と草加がタンクを持って部室に帰ることになった。最後まで雨龍は「自分が水をかついでいく」といっていたのだが、荷物を何処かに預けて身軽になったガスパールが戻って来て、人が多い場所ではタンクの盗難が頻発してるから、シラフの人間に任せたほうが言いという彼の言葉で草加がタンク運びを名乗り出たのだった。


「す、すまん草加…」

「しょんぼりしないでよ雨龍さん。それより、有効な情報をゲットして来てくださいよ?」

「分かった。まかせろ」

「サヨも、疲れたでしょ?先に戻ってシッカリ休んでおきなね」

「うん。ホクトちゃんも、気ぃつけてな?」


申し訳無さそうにする雨龍と、しょうがないなという顔をする天笠を手を振って見送り、まるで妻に尻に敷かれているように見える雨龍に草加と月野は顔を見合わせてフッと笑みを零し笑いあってから彼らとは逆方向に歩き出した。目的地はトロアリーヤ中央部付近にあるマッサージ屋、部室だ。


「疲れたね、水汲み。それにあないに危険な仕事やとは思わんかったわ」

「そうですね。蛇口を捻ればいくらでも出せる部室がありがたいような、申し訳ないような、複雑な気分です。それに、結局あまり植物も見れなかったでしょう?」

「うん。…ごめんな?行きたいって言っておいて、役にたたんで…」

「良いんですよ。きっとまた行く機会が…あ、いえ。…あの、大丈夫ですか?」

「…うん。平気や」


水汲みの後、青い顔でショックを受けた様子の月野を心配していたところにガスパールからもたらされた「奴隷がやられた」という情報で、何が起きて、何を見てしまったのかはあらかた理解していた。しかし月野の口からはまだ何も聞いていなく、心の整理がついていないのかもしれないと思い至れば、また行く事があるかもしれない、なんて言って良いのか分からなかった。

大通りを折れて細いわき道に入ると人通りも少なくなり、気遣うような草加の視線に鈍感な月野もさすがに気づいて、月野が慌てたように顔を上げて笑みを見せた。


「大丈夫や、ほんまに。後でちゃんと、何が起きて何を見たんか言うつもりやし、気にせんでええんよ。心配かけてごめんな」

「無理しないでくださいね。いくらこの世界の常識であっても、僕らは平和すぎる世界から来ているんです。受け入れられない部分もきっとある。それにいつかは移動していくんだから、無理に慣れる必要は、無いと思います」

「うん、せやね。…あ、草加君、ずっと水持ってるん大変やろ?うち、代わるわ」

「だ、大丈夫ですよ月野先輩。それに結構重いですよ?」

「ええやん。ちょっとくらい役に立ちたいんや」

「で、でも…」


肩に担ぐようにして持っていたタンクに手を伸ばす月野。それを見て困ったような顔をするが、好きにさせるべきか…とそっともつ手の力を緩めた草加。しかし、やはりあまり運動しない文化部で身体が小さい月野にはタンクが重すぎたようだった。


「わわ!」

「先輩!?」


受け取ろうとしたは良いが、重さに足が踏ん張れず、後ろによろけた。完全に手を放していなかった草加がタンクをつかみなして支えようとするが、思わず手を放してしまった月野は倒れた体勢を立て直す事が出来ず、背後の壁にぶつかる!と身を堅くした。…が。


「…あれ?」


思わず目を瞑って衝撃に耐えようと縮こまるが、想像した痛みはやってこなかった。恐る恐る月野が眼を開けると、タンクを素早く地面に置いて手を伸ばしかけていた草加が正面に見える。しかし彼の手は月野に届かず、視線は彼女の頭上斜め横を見ていた。


「…?」


草加の視線を追って顔を上げた月野の視界に、浅黒い肌に眼帯をした青年の顔が飛び込んできた。


「大丈夫?」

「…!?」


掛けられた言葉が耳を素通りしてしまい、反応を返せなかった。姿を見た瞬間、池で植物にさらわれた奴隷の彼と被ってしまってしまったのだ。思わず驚きに眼を見開くが、よくよく見れば全然違う。彼の瞳は青が強い紫、髪は白が強い灰色で、共通点といえば眼帯と、見た目の年齢くらいだ。思わずじっくり観察してしまったその彼も月野をジッと見ていたが、反応を返さない彼女にたいして次第に心配そうな視線に代わった。

彼は壁にぶつかる寸前に後頭部に手を入れて頭をガードし、そのまま月野の身体を支えてくれていたのだ。そして地面に座り込むような形で腕に抱いた月野に視線を落としている。


「せ、先輩?大丈夫ですか?何処か傷めました?」

「わわっ!だ、大丈夫や」


ほうけた様子の月野に草加が心配そうな声をかければ、ハッとして自分で立ち上がる月野。その様子を見て助けてくれた青年は膝を地面に付いたまま顔を上げて安心したようにフワリと笑った。


「よかった」

「うん、怪我もないし、あなたのおかげでどこも痛くないわ。ありがとうな、助けてくれて」

「…っ!?」

「…?」


彼が呟いた言葉に、月野が大丈夫だと力説すれば何故かとても驚いた表情をして見せた。その表情の変化に2人とも気づくが何故だか分からない月野と草加は思わず顔を見合わせる。そしてもう一度彼に視線を戻したときには、何処か申し訳無さそうな、気まずそうな顔で下を向いてしまっていた。


「何?うちら、何かしてしまった…やろか?」

「こちらからは特に…何もして無いと思いますけど」

「あ!もしかして、うち庇ってくれたとき手に傷つけた?怪我したんウチや無くて、あなた?」


ハッと思いついた顔をして月野が依然座り込んだままの彼の側に膝をつくが、彼は手をサッとしまって、かなり慌てた様子で辺りをキョロキョロと見渡す。と、そこに聞いたことがあるような怒声が響いた。


「まったく使えないやつだな!早く逃げたヤツを探し出せ!」

「は、はい!」

「既に買い手が決まってる女だったんだぞ。ぐずぐずしてると、お前らに首輪つけてやるからな!」

「っ!…す、直ぐに探して来ます!」


声に追い立てられるように、少し離れた場所から数人の男性が駆け出していく。そして道端に座り込む月野たちの側を通り過ぎて、大通りへ消えていった。その怒声、その声を聞いたことがある気がして、月野は思わず身をすくませるが視線は男達が駆け出してきた場所を凝視していた。その場所から怒声を放っただろう人物が出てくる。その姿を見て慌てて視線をそらすが、一瞬眼が合ってしまった。


「おやぁ?君は昨晩のお嬢さんじゃないか」


同じ事をしていたらしい草加がサッと月野を隠すように立ち位置を移動するが遅かった。あの時と同じ舐めるような遠慮の無い視線を地面に膝をつく月野に向けて、ゆったりとした歩調で近づいて来る。

姿を現した彼は水汲みに行く前に出会った奴隷商だった。

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