03-04 夜の裏路地
「さっむ!!」
「ホントにね!日中は汗だくだったのが信じられないよ」
日が傾きかけはじめ、しだいに薄暗くなっていく砂の街並み。
太陽が頭上にかがやいていた時は汗だくになるほど暑かった気温も、今ではひんやりとし始めて防寒着を必要とする程に落ちていた。
マッサージ屋をしている部室の前に出てきた水汲みチームの雨龍達と、鷹司、舞鶴の2人。
鷹司達は、この場所を使って店を続けるための納税の為にこれから町の中心部に出かけるところだ。
お金が無いこの世界では、中心部の役所に物を貢ぐ事で営業許可をもらう仕組みになっている。最初にこの場所に店を出すために差し出した物は前の世界の町『ブラート』で仕入れた反物だったが、植物があまり自生しないこのあたりではかなり高価なものと見てくれたようだった。重さも大分あったし。
即日で許可が下りてスピード開店出来たのは差し出した物が良かったおかげだろう。
審査基準は貢物の重さ。使用する天秤を多く傾けさせるとその分次の審査までの期間も長くもらえる。しかし、初回以降はその日の稼ぎから出しているのでかなり少量。そのためその日その日に納税に行かないと店を出す権利が無くなってしまうのだ。
「タカやん、今日出す分はどんくらい?」
「ん…1キロ?」
「そっか~。じゃあまた1日権利だね、きっと」
「…だの。(貰った植物類に水かけたりすわせたりして重さをちょっと稼いだりとか、考えないお前らは綺麗だと思う)面倒だば、しかたねぇ」
「ナガレ先輩…なんか、すっごい悪い顔してますよ?」
「んなこたねぇ、気のせいだ草加」
分かれ道でしばし立ち止まり、言葉を交わしてから別の方向へと足を向ける。
「じゃあ、行ってくるから」
「気をつけてな」
「そっちも気をつけてくださいね」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!行ってくるね~」
鷹司と舞鶴の2人に見送られつつ、歩きだした雨龍、月野、草加の3人。目指すは町の外に続く道、赤い蛇の旗がかかる場所。既に暗くなり始めているのに、灯りとなるものは松明や蝋燭など心もとない光ばかり。それでも自分たちが行こうとしている目的地である水を求めて出かける人は多く、町の道には活気があった。
現代日本の東京は夜でも煌々と光が輝いていてまさに眠らない街であったが、この世界の人々もある意味で眠らない町であると言えるかもしれない。
「何だか良いな。こういう活気も」
「そうですね、雨龍さん。近代的な僕たちの町とは違って、人が生きている、って感じがします」
「せやね。機械的な光やなくて、人の光って感じやわ」
周りの様子を眺めながら暗くても賑やかな道をどんどん進み、やっと町の端までやってきた。
電気もガスもないのだけど、強風と砂嵐から町を守るためだろう、背の高い土壁がぐるりとこの町を囲っている。
「えっと…あっちだったか?」
「うーん、船長がくれた地図だと…ここをこうやって来たから…」
「…まさかうちら、迷よったん?」
周りに気を取られ過ぎたようだ。曲がるべき場所を間違えたらしい。しかし、この町は何処も土で造られたレンガが使われていて、目印になるような物も意外と少ない。しかも辺りの薄暗さが手伝って、余計に現在位置を分からなくさせていた。
「…仕方ない。此処で時間を無駄に使うのも勿体無いしあの人にも迷惑がかかるから、ちょっとそこらへんの人に聞いてくるよ」
「雨龍さんが行くんですか!?」
「む…。…大丈夫だろ。もう辺りは薄暗いし、寒いからマフラー巻いてて顔もしっかり見えないしな」
「けど、雨龍さん無理せんでええよ?うちが行っても…」
「心配するな月野。これでも人生経験は豊富なんだ、変に騒ぎ立てなければ、瞳の色なんて気付かれないさ。…此処を動くなよ」
「あ、雨龍さん!」
「…いってしもたな」
普段よりも無駄にアクティブに感じる雨龍。辺りを見れば夜中の移動と言う事で出歩いているのは男性が多かった。しかも水汲みは力仕事なのだろう、確かにガタイがよくて強面だ。恐らく草加と月野を気遣ったのだろう。もしかしたらまだイライラが溜まっていたのかもしれない。此処は変に気を使ってあげるより、好きなようにさせた方が良いだろうと考えた2人は追いかける事はせずに見送る事にした。
そして雨龍とわかれて間もなく、太陽の光は完全に消えて辺りは夜の闇に包まれた。
薄暗い足元を、炎の赤と月光の青が照らしている。
そのなんとも言えないコントラストを美しく感じて、月野はホウっと息を吐きだした。
“…!…”
そんな中、何かの声が聞こえた。言い争いのような、泣いているような、そんな声だ。
月野はハッと顔をあげるが、隣の草加を見ると彼には聞こえなかったのか特に変わった様子は見れない。気のせいだったのだろうか?と思って首をかしげると、視線を感じたらしい草加が月野の方を見た。
「どうしました?月野先輩」
「あ、ううん、なんでもな…」
“…!!”
気のせいかと思った声がまた聞こえた。
今度は草加にも聞こえたようで、声のした方を探ろうと視線を周囲に散らしている。少しだけ移動して声を頼りに目の前の道を折れた所を覗き込むと、そこにはボロを来た人が数名うずくまっているのが見えた。
「人?…子供も居るみたい?」
「なしてこないな場所におるんやろ?」
「野宿かな?でも…皆かなり薄着じゃないですか?」
「うん、このままやとあかんな…」
そう言って月野が子供たちに歩み寄ろうとした時だった。
「こんな所に何の用?」
「「!!?」」
口元を覆った布のせいで少し籠った男性の声がかけられ、進路を妨げるように前に誰かが立ちはだかった。声をかけたのもこの人だろう。壁の陰に居たようで完全に見落としていた。草加達と同じ、布を巻いた防寒着で顔も良く見えない。驚いた月野が数歩後ずさり、草加が代わって前に出る。
「…迷子なの?」
”ジャラッ…”
「っ!?」
声に反応したボロを着た人たちも、此方へ顔を向けたようだ。しかし2人は言葉を失ってしまった。その人たちの首に鎖で首輪が繋がれていたのだ。目の前の男が捕まえたのだろうか?とたんに危機感を覚えて言葉が上手く出てこない。
「送ってあげようか?」
「い、いえ…大丈夫です」
「連れは?2人だけなの?」
「な、何でそないな事聞くんです?」
「…いないの?」
「おるよ!これから水汲みに行くんや」
「そう。…でも今は2人だ。こんな遅くに子供だけでこんな所を歩くなんて、危険だよ?」
「…」
優しい声色であった。親切なようにも見える。しかし、鎖で繋がれた人達が背後に見え、まるで自分たちが孤児かどうか確認するような質問に、今はうすら寒い恐さを感じていた。子供では無い!と訂正したかったが、言い返したりして怒らせない方が良い気がする。早くこの場を去りたいが、視界に入る人、特に子供たちも気になる。もう暗くて良く分からないが、鎖に繋がれて泣いているような気配がした。
「あの…あの子たちは…」
「欲しいの?」
「え?」
「…奴隷だよ」
「奴隷!?」
「そうだよ。生活に余裕のある人なら、誰だって1人や2人連れてるでしょ?…君たちも裕福層?」
「ちがう!…いや、ちがう…のか良く分からないけど…でも、奴隷なんて駄目だ!彼らだって人間…」
思わず熱くなりかけた草加に、男が1歩近づいた。その瞬間心臓が跳ねて、月野は小さな悲鳴を上げ、草加も思わず口を閉ざしてしまう。その時、別の恰幅の良い男性が奥から歩いてきた。
「…おいお前ら、大人しくしてただろうな」
鎖に繋がれた人たちに声をかけ、持っていた鞭をちらつかせる。散々殴られたのかもしれない、それを見て皆おびえて目を伏せてしまった。
「…なんだお前、客か?」
「いいえ。丁度側を通りかかった通行人です」
「なら、とっとと失せろ。見せもんじゃねぇんだよ」
「なら、こんな所に放置せずしかる場所へ連れて行ってあげたら良いのでは?」
「…うるせぇ!今機嫌が悪いんだ、早く消えろ!じゃねぇと一発ぶんなぐるぞ!」
奴隷商らしき後から来た男が草加達と話をしていた男に喰ってかかった。最初は彼が奴隷を集めた人間かと思ったが、どうやら違ったようだ。位置的に目の前の男性が草加達を隠しているようにも見える。
…もしかして、思っていたより悪い奴じゃないのか?
そんな事を思っていたら、奴隷商が鞭をピシリと地面にたたきつけた。それを見た子供が、音と鞭におびえて泣きだしてしまう。
「あ…」
「駄目だ」
思わず月野が泣いた子供に走り寄ろうとした。しかし、目の前の男性が横を通り過ぎる前に月野の腕を掴んでそれを妨げてしまう。
「なにしはるん!」
「君こそ何をするつもりだ」
「泣いてるやん。助けてあげな」
「助けられるのか?」
「…え?」
「君に、助ける事が出来るのか?」
「なんで?…なに言うてん?」
目の前の男は月野の手を振りほどこうとする力が弱まると、直ぐに手を放して適度な距離を空けた。彼の言葉の真意が分からずに眉を寄せて聞き返すと、彼は口元の布を下げて何かを言おうとした。しかし…
「おい、そこの女はお前の子か?…歳は幾つだ?可愛い顔してるじゃねぇか」
奴隷商が後ろから声をかけてきた。そしていつの間にか、かなり近くにまで寄ってきている。舐めるような視線で値踏みするかのように月野を見ているのに気づいた草加が、慌てて月野を隠すように立ちはだかった。
「いきなり何ですか!?」
「どけガキ。男には興味無いんだよ。…なぁ、こいつ俺に売らねぇ?これくらいの年齢のガキが好きな変態も多いからな、良い稼ぎになるぜ」
幼く見える容姿のせいだろう、きっと実年齢より下に見られているに違いない。奴隷商のその言葉に完全に怯えた月野が草加の背後で震えだしてしまった。それに気付いた草加が、キッと奴隷商を睨みつける。
「な、何を…」
「お断りだ。…帰るよ」
しかし、草加が何か言う前に、月野を止めた男性が一言告げた。最後の一言は男性の機転で家族と勘違いさせておいた方が良いと判断したのだろう。そしてその言葉にムッとした様子の男の手に何かを握らせる。恐らく賄賂だろう。それを確認して、奴隷商はフンと鼻を鳴らして踵を返した。それ以上此処にとどまる事を避けようと、その場から逃がすように男性は草加と月野の背中を押して開けた道まで押し戻す。
薄暗い路地裏から火の光が届く大通りに戻ってきた。僅か数メートルの距離なのに、何故か死地から生還したような感じがして、今更ながら月野と草加にどっと冷や汗が流れる。
「分かっただろ?子供たちだけで、夜中出歩くのは危険だよ」
「…そうですね」
繰り返される彼の忠告に、2人は今度は素直に頷いた。
彼が居なかったらどんな事になっていただろうか。想像するのも恐ろしい。
「おーい!草加、月野、道が分かったぞ」
そんな彼らを背後から呼ぶ声がした。安堵できる仲間の声に、パッと顔をあげてそちらを見る。
「雨龍さん!…良かった~」
「大分遅れてしまった。急がないとな。やっぱり1本向こうの道…ん?何かあったのか?」
「えっとな、さっきそこの道で…あれ?」
若干青白い顔をしている2人に気付いて、心配そうな声をかけた。2人はまだそれほど離れていないので、声をひそめて先ほどあった出来事を語ろうとしたが、助けてくれた男性を紹介しようと振り返ると、そこには既に誰も居ない。
「おらんわ」
「いったい何処に…。お礼も言えて無かったのに」
先ほどまで彼がたっていた場所を月野は眺めた。
いったいどこの誰だったのか。
そして「助けられるか?」と聞いた彼が言おうとした言葉はいったい何だったのだろうか。
喉に刺さった小骨のように、どうもすっきりしない。月野は初対面の彼の事が何故かとても気になった。




