03-03 水を求めて
「はぁ~」
休憩の為に部室に戻った雨龍が椅子の背もたれに寄りかかりながら深く息を吐きだした。傍で植物の仕分けをしていた月野が心配そうな顔を向ける。
「雨龍さん、大丈夫?」
「…え?あぁすまない、大丈夫だ」
心配されれば笑顔を作って返事を返す。そんな雨龍の前に船長が無言で飲み物を置いた。痒いところに手が届くというか、こういう些細な気遣いが今はとても嬉しく感じる。
「お、悪いな」
「これも我の勤め。雨龍タクミ、むしゃくしゃしているのか頑張りたいのかは知らんが、暑い中水分も取らずに作業をしすぎだ。気をつけないと熱中症、それに脱水症状を起こしかねんぞ」
「お、おぅ…悪いな」
「倒れれば周りのメンバーに迷惑が及ぶ。それに、そうなって苦しむのはお前自身だ」
「…そうだなスマン」
キリッとした視線を受けて、ちょっとたじろぐ。しかし真っ直ぐに突き刺さるようでありながらも自分と交わる視線と、ぶっきらぼうな言葉ながらそこに込められた優しさに、やはり嬉しさを感じて頬がニヤけた。それを自覚しつつも誤魔化そうとコップに手を伸ばし、口元に運ぶ。大人しく飲み物を口に運ぶ様子を見てから身を翻し離れた船長を、雨龍は視線のみで追いかけた。そして唐突に船長と同じ容姿を持つこの部室の主だった八月一日アコンを思い出した。もしも此処に居たのが彼だったら、同じ事を言うにしても、もう少しオブラートに言葉を丸くしただろう。
「ふふっ…」
「雨龍さん、やっぱ疲れてるやない?早めに休ませてもろたほうが…」
「いいや、違うんだ。ちょっと…思い出し笑いを」
思わず笑みがこぼれたら心配されてしまったので慌てて取り繕う。それでも月野は疑いの眼を向けてくるが、それ以上食い下がる事はせずに自分の作業に戻った。
「やっぱし傷用の薬、お店からもろてきて調べてみるべきかなぁ?」
「どうした、月野」
「お客さんが持て来てくれる品物で血止めは作れるんやけど、この世界で出回っとる薬も調べてみた方やええんやないか思って」
「…そうだなぁ。うちの薬の方が効果が良いとか噂になったら、それこそ俺と薬とで騒がしい事になりそうだしなぁ」
「な、なに言うてんの雨龍さん。そこまで凄いお薬は作れへんよ。今もうちが作って船長さんが確認してくれたやつしか人に出してへんし…」
「だが、船長が『いい薬だ』って言ってたじゃないか。月野はもっと自信を持つべきだと思うぞ?」
「…せやけど…」
内気であまり自己主張しない月野。自分の手柄でも誰かに譲ってしまいそうな彼女を見て、雨龍はフッと笑みを零した。
「あ、雨龍さん、休憩中すいません」
「ん?どうした草加」
外で雨龍の変わりにマッサージ係りとして待機していたはずの草加が部室内に顔をだして、雨龍を見つけると近づいてきた。部室が店のすぐそばにあるのは良いのだが、此処の壁ただの土壁なので、あまり出入りを見られたくない。それを意識して草加も扉を閉めるまでは声を抑えていた。雨龍も彼を迎えるために持っていたコップをテーブルに置いて、身体を向ける。
「猫柳先輩が担当していた男性なんですけど、やっぱり腕の調子が良くないから明日の朝の水汲みが大変だとこぼしていました。…どうします?」
「ほほぅ」
水汲み、この世界で水をどうやって補充するのか。それをこっそり調べるのは大変だった。何しろこの世界のこの場所では水が貴重なのだ。此処で生活しているなら、水の確保の仕方を知らないのは絶対におかしい。変に悪目立ちしたくないという理由から、誰かれ構わず質問をするわけにもいかず、お客さんにそれとなく「今日の水は~」みたいな話をしても、早朝、ラクダを使って砂漠を越えて水を取りに行くということ以外は聞き出せず、何処でどのように手に入れるのかまでは今までナゾのままだったのだ。
手伝いもかねて、彼と一緒に水をとりに行く事が出来れば、どうやって水を調達しているのか、そのナゾが一気に解決するだろう。
「それとなく、手伝いましょうか?と聞いてみようか。俺が行っても良いが…この容姿だと恐縮されそうだなぁ」
「あはは、そうですね。では僕が聞いてみますよ」
「頼んだぞ、草加。今のところ分かってる情報は、早朝出発で、此処から遠いところに出向くという事だけだ」
「はい。分かっています。変なこと口走ってボロ出さないように気をつけます」
「頑張れよ!」
「任せてください雨龍さん。口の軽いキョウタロウとは違う、というところを見せてやりまさぁ!」
「そうか!期待してるぞ」
悪巧みする雰囲気をかもし出しながら会話を終えると、最後の最後でふざけてみた草加。しかし突っ込む者は誰もおらず、逆に頷いて期待のこもった眼差しを向けられてしまった。
「…はい。モテル チカラ ヲ フリシボッテ…」
「どないん?緊張してはる?」
「なんでもないです。では行ってきますよ!」
月野に真面目に心配されてしまえば、ブンブンと頭を振ってニカッと笑った。そしてそのまま部室を後にする。
「これでこの世界最大のなぞが解決すれば良いのだが」
「せやね。お客さんと話をしてても、水の話は意図的に避けちゃうし、常識を知らんってへんなトコで気を使うから大変やわ」
しみじみと言う月野に同意しながら頷いて、再びコップに手を伸ばし傾けた。
そんな雨龍に、トレーの上に焼き菓子とコップと飲み物の入ったボトルを持った船長が再び近づく。
「月野サヨ、そちらも休憩を挟んだらだどうだ?」
「…う、うん。おーきに」
月野の前に飲み物の入ったコップと焼き菓子を置いて、雨龍のほうを回って戻るときに彼のコップに減った飲み物を継ぎ足した。まさにレストランのウェイターだ。
「何だか本当に世話になりっぱなしで…すまんな」
「うん、うちも…申し訳ない気するわ」
「何度も言っているが、これが我の仕事だ。気にする必要は無い」
「せめて一緒に飲み食いできたら良いんだが…」
「それはどう頑張っても無理だ。機械に食事が必要ないのと同じ事」
「…じゃあ、どうやって活動するためのエネルギーを溜めているんだ?」
「移動エネルギーの集め方と方法は似ている」
「俺たちの人気集めで得たエネルギーを使っているのか?」
「正確には別物だが…何もしなくても自家発電が可能なのだ。分かりやすく言うと…そうだな、太陽光発電というか…植物の光合成というか…」
「そうなんだ。…便利…と思って良いのだろうか?」
「…何故そこに疑問を抱く?」
「いや、人間どこにコンプレックスを抱えているか分からないから、もし俺たちに何か思うところがあるなら…」
「何だそんなことか。気にする必要は無い。自分自身、便利と思っていることのほうが多いからな」
「それを聞いて安心したよ」
システムだから心など無いとか、機械だからそんな感情を抱かないとか、お互いに言うだろと思ったし言おうとも思った言葉もあった。しかし、選んで発せられた船長の言葉には、雨龍も月野も何処か安堵した様子を見せている。この返答は間違っていなかったと胸の内で判断した船長は、再び2人の側から離れた。
「雨龍さん!約束取り付けましたよ!」
ほのぼのとした空気の中、再び草加がやってくれば交渉の結果を伝え始めた。
時間は明日の朝…というか、まだ日が昇る前に目的地に着かなくてはいけないので、今夜から出発する事になるらしい。
「今夜とは…ずいぶん急だな」
「あのお客さんにとっては急な予定じゃなかったみたいですけど…やっぱ断わります?」
「いや、確かに彼らにとっては生活必需品だもんな。それに今更やめるとか言えないだろ。それに、いつかは知っておかないといけない事だし、それなら早い方が良いのかもしれない」
「ですね。今回は自営業だから、突然の予定にも全員で対応できますし」
2人は顔を見合わせて笑った。
「で、俺が行って良いのか?集合時間とか、場所は聞いた?」
「あ。えっとですね、特に人の指定はありませんでしたが、手伝い要員で1人か2人借りたいと言ってました。それに力が強い人が好ましいとも」
「ほほう」
「日没頃に町の出口で待ち合わせです。蛇が描いてある赤い旗が目印って行っていました。あと、水がある場所の周りにはこの辺では見られない植物もあるから、薬師のお嬢さん…月野先輩もどうか?って誘われましたけど…」
「うちも?」
「どうする?月野。強制はしないぞ」
既に行く気満々の雨龍。彼はこの溜まり始めたストレスを筋肉を使う事で発散したい様子だった。質問した草加と、返事を持って行くのだろう草加2人の視線を受けて、月野は暫く考えこみ。
「…せやな、ちょっと興味あるかも。行って良ぇなら、行って見たい」
「では、決まりと言う事で良いかな。他の皆にも伝えて残りの1人を決めないと…」
「あ、僕行きます!…というか、行きたいです」
エヘンと何故か胸を張る草加。確かに彼が声をかけたので、彼の希望にこたえるべきところでもあるかもしれない。その後一応皆に水汲みに行く旨を伝えたが、
『今夜から明日にかけて、雨龍さん、月野先輩、あと僕(草加)の3人で、水汲みに行く事になったから』
という決定事項の事後報告となった。




