03-02 砂漠の町『トロアリーヤ』
「次の人~。…お兄さん、順番待ってました?」
「おぉ。俺の番か。待ってたぞ」
「いらっしゃーい。昨日も来てくれたよね?何度もありがと!まずは受け付け済ませてね」
砂漠の太陽が照りつける大地。
野外に天井の代わりに布を張っただけの簡単なスペースにマットを用意した簡易マッサージ屋。そこへ客を誘導する舞鶴チアキの良く通る声に、仲間と談笑しながら待っていた人が反応して入っていく。
今回の部室メンバーの服装は砂漠の人達にならって大きな布をシンプルに巻く格好。外に出る時は頭にも柄のついた布をかぶる。下には普通の服を着てるけど、見た目だけでも混ざっておかないと変な問題になったら困るのだ。
砂漠の町に来てもうすぐ1週間。
部室メンバーは最初の星に着いたときのように偵察メンバーを選抜し、この世界を調べた。
その結果、得られた大体の情報は
『トロアリーヤという名の砂漠の中の町である事』
『水が何より貴重である事』
『文字らしい物が存在しない事』
『買い物は物々交換が主流である』
というもの。
水は希少と言う訳ではなく、側に川も湖も無いことから、入手しに行くのが大変という事らしい。つまりは誰でも頑張れば手に入れられるという事でもある。
部室では蛇口をひねれば水が出るので(どういう仕組みなのかは謎。気にしたら負け。船長にも聞いたけど、答えは返ってこなかった)水が重要視されているならエネルギーを溜める為に水を売り…いや人々に提供したらどうか?という案も出たが、まだこの町の周辺を把握しきれておらず水源等が何処にあるかも良く分からないのに、貴重な水を出したりして変に目立つのは避けた方が良いという事になった。だいいち水は部室の中で船長が作り出した物でもある。なので外に持ち出すことは出来ないだろうと思っていたが…
「水分の持ち出しは可能だ。…お前たち、此処へ来てどれくらい生活している?この場所の水を飲んでいて、外にその水分が持ち出せないなら、あっという間にミイラ化しているだろう?」
という事らしい。そういわれると、確かにそうだ。人体は半分以上が水分でできているのだし。
そういう事は教えておいてくれれば良いのに!と皆が思った。しかし反論しても「聞かれなかったから」と言う返事が返るだけ。
彼はスキャンと言う特殊な能力で部室メンバーの記憶まで見る事が出来るために、自分から情報を語る事が出来ない。皆もそれを理解しているためにグッと堪える。
以上のことをふまえてエネルギーを溜めるには、この世界で高価とされる宝石を集めるか、何らかの方法で人気を集めるしかないという結論に至る。
そこで1つのアイディアとして出たのが、マッサージをする医療機関のような施設を経営するということだった。
「タカや~ん!1名様ご案内~」
誘導兼呼びこみをしている舞鶴の声に誘われる様にして入ってきた男性客。舞鶴に声をかけられた相手、鷹司ナガレの方へと歩いて行けば、直ぐに彼が顔を上げて対応を始めた。
「物は?」
「今日はサボテンの花2袋しかないんだが…」
「100グラムくらいか?…だば、10分だの」
「もう一声!くんねぇかな?」
簡易カウンターの上に設置された量りを使って、まるで裏取引のような言葉のやりとりで客と話す鷹司。持ち込んだ品物でマッサージの時間を決めるのだ。良い物を持ってくればその分時間も長くなるし、此方も蓄えが増える。施術を行う部室メンバーに運動部員が多く在籍していた事もあり、簡単な怪我や疲れた筋肉のほぐし方等を医療的に熟知していたのはラッキーだった。そして彼らに割り振って丸投げするのではなく、鷹司は品を受け取ったり会話をしながらさりげなく身体に触れて客の身体の状態を把握していた。触ってはいけない患部等があったら困るし、どんな場所がどの様になっているかを鷹司が軽く診察する役を担っているのだ。接客業は苦手なのだが、仕方ない。
「ん。お前…肩やった?」
「え?まだ何にも言ってねぇのに良く分かるなぁ。今日は第2試合目で負けちまって、その時肩外しちまったんだよ。でも直ぐはめ込んだから大丈夫だ」
「前もやってたべ?頻繁に再発させっど脱臼癖がつぐぞ。…しかたない。三木谷」
「はーい」
鷹司に呼ばれた三木谷ナナが奥から出てくる。文化部メンバーは運動部メンバーのサポートをしたり裏方に回ったりと雑用をこなしていた。
「こいつ肩脱臼。猫柳の所へ」
「わかった。時間はどれくらいなのかしら?」
「…30分は見てやれば良いんでねぇの?…あど冷やした方が良い。タオルか、月野に何かもらえ」
「わかったわ」
「お!悪いな、あんちゃん。今度来た時はもっと良い物持ってくるよ!」
「おー。頼むぞ」
負傷したばかりらしい患部は冷やさなくては。そう考えて、此処に持ち込まれる植物などで簡単な薬を調合していた月野サヨに薬をもらうか、冷やせるものを用意してくれと指示すれば、男性客が嬉しそうな声をだした。三木谷もそれにつられてクスリと笑いつつ頷く。
この砂漠の町で唯一の娯楽。それが毎日開かれる闘技、コロシアムだった。ただ単純に自分の力を磨くために出場する者、戦う人で賭けをするギャラリー。その時その時で楽しみ方は違うが、戦って勝てば勝者という分かりやすい力の証明の場に、常に会場は満員状態で年齢性別を問わず人気があった。
今回マッサージという医療施設を立ち上げようと思ったのも、この娯楽が町にあったからでもあった。戦う人は多いのに、それをサポートする立場の者が少ないのだ。武器屋はあるし、薬屋も存在する。しかし、怪我を治す薬剤を置いているだけで、人そのものに何か施術をする施設は無かった。
弓道部の猫柳テトラは脱臼の経験もあり、三木谷は鷹司の指示に従って男性客を誘導した。猫柳は時間を図るために鷹司と船長がこの世界で作った10分計の砂時計を手にとって眺めていたが、三木谷とお客に気付いてそれを台に置く。
「猫柳先輩、脱臼してたお客さんです」
「してた?…あぁ、もう入ったのか。始めまして、僕テトラっていいます。よろしく」
「おぅ!よろしくな、先生」
「先生だなんてよしてくださいよ。僕まだまだ新人ですから」
「何言ってんだい。俺らの身体をみて治してくれる人なんて、この町には居なかったからなぁ。…そういえば、あんちゃんは初めての先生だな」
「そうなんですか?いつもは…誰ですか?」
「足つったり、腕がむくんだりってんで…あっちの緑の髪のお姉さんか、髪を2つに縛ってる女の子だったりしたなぁ」
ちょっとデレッとしながらそう言いつつ、男性は視線を隣にずらした。隣のマットでは、道で転んだらしい女の子の傷を手当している天笠ホクトと獅戸アンナが居る。
「…よし。これでもう大丈夫よ。それにしても、よく泣かないで頑張ったわね!」
「目の前で転んだのを見たときは吃驚したケド、擦り傷だけでよかったわ。…あ、天笠先輩、片付け私がします。先輩そろそろ休憩の時間ですよ」
「あら?もうそんな時間?」
このテントの前で舞鶴と一緒に呼びこみをしていた獅戸だったが、目の前で盛大に転んだ女の子をつれてきて、すりむいた膝を手当てしてあげたらしい。そこに月野もやってきた。
「薬足りた?」
「あ、サヨ。うん、大丈夫だったわ」
「よかった。お嬢ちゃん、気をつけて帰ってな?」
「うん!ありがとう!」
「あ!ちょっと待ってそこの幼女!」
走って出て行こうとした女の子を守屋キョウタロウが引き止めた。クッキーの入ったバスケットをもって近づくと、中から1枚取り出して差し出す。
「これ、頑張ったご褒美っすよ!今度はお客として…」
「わぁ!ありがとうお兄ちゃん!」
「お…お兄ちゃん…。…幼女の妹キタコレ!」
「ちょっとキョウタロウ、怯えさせるから黙って!」
自分の世界に入りかけた守屋を後から来た九鬼ケイシがどついた。彼はこの世界の少々歪なお盆の上に果物の身をくりぬいた皮で作られているこの世界のコップを数個乗せている。そのお盆を女の子の目線にまでおろした。
「飲み物もどうぞ、お嬢さん」
「え?飲み物?…飲んで良いの?」
この世界は水分が貴重。それを小さい子供も理解しているようで、飲み物といわれて警戒したようだ。それに気づいてにっこりと九鬼は笑って見せた。
「これは皆が持ってきてくれる植物を使って、作ってみた汁なんだ。飲んだ感想を聞きたくて、いろんな人にあげてるの。もしかしたらすっごい苦いかもしれないんだけど…試してみる?」
「う、うん!」
警戒してキリッとした表情のまま女の子は恐る恐るコップを手に取り、口をつけた。皆が持ち寄ってくれた植物が原料というのは本当ではあるが、部室メンバーにとっては貴重ではない水分を使って味の調整は既に終わっている。変にしつこい後味も無い、柑橘系っぽいジュースになっていた。それを飲んだ女の子はパッと顔を輝かせる。
「美味しい!」
「そっか。じゃあ成功かな?」
「うん!もっと飲みたいけど…」
「…じゃあ、もう1つだけ。…秘密だよ?じゃないと、俺が此処のリーダーに怒られちゃうからね」
くどいようだが飲み物は貴重。各家庭で自分たちが使う分しか入手してくる事はなく、もっと欲しいと思っても簡単にねだれるものではない。それを察した九鬼が悪戯を思いついたよに声量を落として囁き、ウィンクした。ほぼ全てのメンバーに聞かれているのだけれど、こう言ったほうが女の子にとっても罪悪感が無いだろうと判断したようだ。その推測どおり、女の子はもう1つのコップに口をつけると、ばれないうちに!とグイッと飲み干した。
「おいしー!ありがとう!今度はお客さんになって、また来るね!」
「待ってるよ。気をつけて帰ってね」
今度こそ元気にかけていく女の子を見送った。
「良いねぇ~。こういうほのぼのした風景」
「えぇ。そうですね」
男性客がしみじみと呟くと、猫柳も笑顔で同意した。そこに草加リヒトがやってくる。
「猫柳先輩、ミッキーから連絡を受けて月野先輩がシップ効果のある薬用意してくれたので、持って来ました。…って、あれ?月野先輩さっき中に居ませんでした?」
「わぁ!傷薬の方の量が気になって、きてしもた。植物の仕分けもあるし、直ぐもどるわ」
草加の質問にビクリと肩を震わせて月野が驚いた。そんなに驚くような事言っただろうか?と微妙な顔をしている草加をよそに、月野が戻っていく。実は此処はこの世界につながった部室の直ぐ前のスペースだった。扉を隠すように布を張ってついたてを立てているので、そこから直ぐに部室に戻れるのだ。なのでクッキーを作るのも飲み物を用意するのも、簡単だったりする。
「…僕何かしました?」
「うーん…リヒト、声でかいから…」
「え!今の普通だったよね?ね?ケイシ?」
「えぇ?俺に振るなよ…。でもそうだな、腹に響く重低音が…」
「ちょっと、3人して遊んでないで動いた動いた!」
ちょっと気を緩めると直ぐにコントが始まってしまう仲良し3人組に天笠が手を叩いて仕事を促した。それを受けて苦笑いを浮かべてから、守屋と九鬼は軽食を来てくれている客に配り始め、草加は老紳士に指圧をしている雨龍タクミの方へと近づく。
「雨龍さん、そろそろ休憩挟んだ方が良いですよ?」
「ん?…あぁ、そうだな。どれくらいやってる?」
「かれこれ3時間はぶっ続けです」
そういわれて手を止めて顔を上げた雨龍。その会話に指圧を受けていた老紳士も顔を上げた。しかし視線は雨龍ではなく、草加に向けている。
「休憩かい?なら、ワシのが終わったらにしてくれよ?」
「それは…えぇ、分かってますが」
「タクミ殿に、し…指圧?じゃったか?…とりあえず見てもらってから腰の調子がよくってのぉ。さすがは選ばれし朱眼の者じゃ」
この世界に来て何度も言われた言葉を繰り返されると、雨龍と草加は顔を見あわせて苦笑いを浮かべた。
朱眼とは、その名のとおり朱色の瞳を持つ者の事。
この世界には魔法が無い。そのため部室も船長が1人でエネルギーを溜めるとなると100年近くなる可能性があると言われたほどだ。しかし、不思議な力がまったくないというわけではなかった。
代表としてあげられるのが、この町トロアリーヤを統べる領主『アルトゥーロ』だった。彼が持つ赤い瞳、その眼と視線を合わせている間は命令に背くことが出来なくなるらしい。実際に領主に会った事もその力を見たことも無いが、いかなるものも拒否できなくなる強制力に、町では“朱眼の魔王”と言われ、有名となっていた。
その彼と同じ赤い瞳を持つ雨龍。彼はその容姿だけで人々から注目を集め、雨龍を指名して彼の指圧を受けたいという人も多く、僅か1週間で此処まで人気が出たのも雨龍のおかげといっても過言ではないかもしれなかった。
しかし、そういう有名人が居るせいだろう。
眼力にかぎっては特別な力を持たないのに、この世界の人々はただの一人も赤い瞳の雨龍と目を合わせようとしない。
人と接するのが好きな雨龍にとって、ちょっとしたストレスになっているようだった。




