02-40 エネルギータンク
「何で断っちゃったんですか!?鷹司先輩!」
部室に着くまでの帰り道。
王様の頼みをあっさりと断った事から大勢の人から注目されてしまい、それから逃げるようにさっさとその場を後にした部室メンバー。
人もまばらになってきたところで獅戸が鷹司に問いかけた。
「…俺だけ呼ばれてもなぁ」
「でも、皆が期間限定の仕事だったから今日…はもう遅い?…明日からまた仕事を探す所から始めないといけないんですよ?」
「そうな。今度は俺もなんかすっから」
「そうじゃなくてですね。シル様のお誘い、期間指定したりして受けてみれば良かったのに」
正直なところ、面倒だった。
好きな事は趣味でやるから楽しいのであって、それを仕事にしたらやる気もなにも無くなってしまうと思ったのだ。ぶっちゃけると、自分の事だけで仲間の事、特にお金関係の事は全く考えて無かった。
今更ながら後悔もちょっと感じるが、今更なのだ。何となく良い感じに離れただけに、これで「やっぱりやる!」って戻るのも格好がつかないし、とりあえずは一度部室までの道のりを急いだ。
**********
「たっだいまー」
「ただいま」
「戻りました」
ドアを開けてそれぞれの挨拶を口にしつつ部室に入る。すると、その部屋で椅子に座って本のページをめくっていた船長が立ちあがってむかえた。
「おかえり。…いったい何をしでかしたのかと思って心配していたが、杞憂で済んだようだな」
「なになに?何か…あったの?」
入ってきた皆のチェックをしたのだろう。船長が何処か納得したような顔をして居るので、舞鶴が上着を脱ぎながら問いかけた。他のメンバーも白い服を着替えようと部屋に戻りかけたが、舞鶴の言葉に興味を示して足を止める。
「報告する。移動エネルギーが溜まったので世界の移動が可能となった。移動は直ぐに実行するか?それともこの場所でやり残した事がまだあるか?」
「…え?ちょっと待って。もう溜まったの?30年がどうとかって言ってたのは…あ。俺たちが協力しなかった場合か。でもそれにしても早過ぎない?エネルギーに変えてもらう用のお金だって、それほど渡してないよね?」
突然の報告に、階段を上がりかけていたメンバーも下りてきて、船長の周りに集まった。
「金とは別の手段で移動エネルギーを溜めた。我の言葉が信じられぬならタンクを見てみるが良い」
「おかねとは別?…なんやろ?何かしたかな?」
「いやぁ~?何か貰ったりした訳じゃないし…普段通りに生活しただけだと思うわよ?サヨ」
「センの言葉を信じて無いわけじゃないけどタンクも見てみよ?お家の説明された時に『後で確認しよう』って思っててB3のエンジンルームはあまりちゃんと見て無かったし。今更な気もするけど、説明も受けたい気がする」
「ではそのように。…まずは着替えてくるが良かろう」
舞鶴が説明を求めると船長は一度しっかりと頷いて了承する。そして皆を見渡してから、礼装を着替えて来いと勧めた。その言葉に皆も頷き返して階段を上がり各部屋へと戻っていく。その様子を部室1階で見上げながら、船長は皆を見送った。
皆の身支度が整うと、階段を下りて一番下までやって来る。
倉庫とエンジンルーム、とだけ説明されていたこの階には忙しかったこともあり来た者はいなかった。倉庫に物を入れるほど何かが手に入った訳でもなかったし。
「この部屋がエンジンルームという名前をつけられた部屋だ」
「エンジンルーム…と言う割には静かじゃない?機会音とかしないし」
「リヒト、移動エネルギーが魔力なんだよ?エンジンが機械とは限らないさ」
「あぁ。なるほど。…それにしても名付けられた部屋…って、船長が名前決めたんじゃないんですか?」
「我では無い。全てのルーム名は守屋キョウタロウによってつけられた。詳細や由来を知りたければ、彼に尋ねる事を推奨する」
「「…」」
「え!?皆何でそんな目で見るわけ!?俺悪い事してないし!」
別に非難しているわけではないが、微妙な生温かい目を向けられて守屋がちょっと怒った。そんな冗談を言いながらも船長が部屋の扉を開けると、閉まらないように支えてあげて、皆の入室を促す。それに従って部屋に入ると、中央部に大きな砂時計のようなものがあるのが見えた。
その砂時計のような物の下の部分が金色の液体のような物で満たされており、全て砂が落ち切った時の形だ。しかし上の部分に天板が無く、何かを入れる事が出来るようになっている。
その砂時計のような物の前に皆を誘導して、船長が説明を始めた。
「これが移動エネルギーを溜めるタンクだ。特に名前は決まっていないので、好きなように呼ぶと良い」
そう言いながら、船長この世界のコインを1枚取り出して皆に見せた後、指ではじいて投げ入れた。“キンッ”と乾いた音を響かせてガラスの内側に入るが、くびれの部分まで来るとはじけるように光に代わり、そして下に落ちていく。
「見て分かる通り下の部分が溜まっているエネルギーだ。集めたお金やトロフィー等のアイテムを上に入れると、このオリフィス部を通過する際にエネルギーに変換されて下に落ちるという仕組みになっている」
「…オリフィス?」
「この細くなっている「くびれ」の部分の事だ。これを砂時計と見立てた場合、日本語だと…蜂の腰とも言われるようだが」
「物知りだね、船長」
「いいや。これもお前達の記憶から得たデータの一部分だ」
今は満タンの為にどれくらい増えたのか分からないが、仕組みは理解できた。その様子に眼を輝かせた守屋がピタッとタンクに貼りつく。
「凄いッスね。入れるのは何でもいいの?…例えば…不要になったゴミとかでもエネルギーになる?」
「ちょっとキョウタロウ、ゴミ箱にするつもりなの?」
「そういう訳じゃないけどさ、アンナ。さっきの消える感じ見てて楽しかった。もっと見たい!」
「馬鹿な事言ってないで…」
「いや。その発想は面白いと思うぞ」
「…え?船長どういう事?」
「前にも話した通り、集めるべきは人の思い、意識、関心と言ったものであり、高額な物で無くとも構わない。ゴミを此処に投げ入れるだけでは微々たる量しか溜まらないだろうが、肝心のゴミをどうやって集めるか、その方法によって人の関心は大いに集まる」
「なるほど!クリーン作戦って感じか」
「だがその場合、ゴミではなくゴミを集める個人に関心が行くだろうから、此処に物を投げ入れる必要は無くなるだろうが」
「あ。…それじゃ駄目なんだよ!此処に入れたいんだよ!楽しそうだったんだよ!」
「はい。ちょっと黙ろっか~」
こういう仕方も可能なら、なにもお金だけを集中して集めようとしなくても構わないのだ。
今回は初めてという事もあり、一度に多くの金額を集めようとして人を分散させた。その結果、少数グループになってしまったわけだが、次回からは多くても3つ、出来れば2つ程のグループで回りたいと考えていた。そのため何処かに所属しなくても良いボランティアのような活動が可能となれば、出来る事も増えるだろうと期待がつのる。
「それにしても、今回こんなに早くたまったのは何でかしら?」
「あの城門較べに出てきた人達は20年間かけた術がどうのこうのって言ってましたもんね。僕もそれくらいかかるかとは思っていました」
「…鷹司先輩が断わったやつがいい感じに注目を集めたんじゃないんですか?」
「あぁ!アレか!」
仲良し高2グループがワイワイと喋りだす。
それを聞きながら舞鶴が船長の肩をポンとたたいた。
「ねぇセン、エネルギーの内わけって詳しく分かる?何が一番エネルギー量を稼いだか分かれば、次に生かせるかも」
「そうだな…今回は殆ど物ではなく、個人が集めた関心が占めているようだ。タンクが溜まったタイミングは、鷹司ナガレがシルヴァーニ王の願いを断った瞬間とタイミングは被る」
「やっぱ大勢に注目されるって言うのも手なんだねぇ。タクミン、今後どうする?」
「そうだな…。とりあえず今回のように分散するのは良くないと思うが、次の世界がどんな感じなのかも分からないしな。…今の時点では分からないんだよな?セン」
「分からない」
「では、行って見てから考えた方がいいだろう」
「そうだね。…それに、タカやんに熱烈なストーカーがついちゃった訳だし」
「…言うな」
ディウブ達を思い出した舞鶴が口にした言葉に、鷹司が短く反応を返した。からかっているわけでは無かったのだが、思い出したくは無かったようだ。そこに船長がフォローを入れた。
「細胞というデータを奪われたと言う事は、旗を立てられた事と同じ。しかしそれほど危険視する必要はないと思われる」
「チェックされたけど、大丈夫って事?」
「あれだけの量で鷹司ナガレを特定し、ピンポイントで追って来る事が出来るほど高性能ならば、帰還の旅も短時間で終わるはずだ。シラミ潰しに世界を渡る必要は無い」
「…あぁ」
「つまり、乗組員がシステムに加工や細工といった干渉をしていない限り、探索、追跡能力はさほど高くは無い。故に彼らが我らを追って意図的に同じ世界に降り立つ可能性は限りなく低いと予想される」
「なるほど。それに今回は、多分あっちが先に出発してるもんね」
とりあえず次の世界は安全そうだ。
そんな話はいつの間にかいつ出発するかという話に切り替わった。
「する事無いし、もう出発して良いんでね?」
「俺たちは昨日までの仕事だったし挨拶も済ませたからこのまま移動しても構わないが、鷹司、お前は声かけてきた方が良いんじゃないのか?」
「そうですよ鷹司先輩。屋敷の人達とか、スターニャちゃんにもお別れ言ってないでしょ?」
「…」
「あぁ~。その顔は面倒だと思ってるでしょタカやん」
「葬儀場で一つの場所に留まんねぇど言った。それで充分だ」
「良いんですか?ナガレ先輩。もう会えないかもしれないのに」
「だからこそ、深ぐ関わる必要はねぇ」
鷹司も頑固なものだ。というか半分以上は面倒だからだと思うが、言葉を聞くとこのまま出た方が彼らの為にも良い気がしてくる。
結局この後鷹司の意思は変わる事が無かったため諦める。
そして余ったお金は次の世界に行くと価値が無くなってゴミと同類になると言われて、食材や生活用品等を買い込んで出発となった。
**********
夜。
あの世界で過ごしていた部室メンバーにとっては夜の時間。
外界と繋がる窓が無く、宇宙空間にも強い光は側に無い。
灯りをつけないと常に暗い部室内も、移動中の部室は世界とつながっている時よりほんの少しだけ薄暗い気がする。
皆が寝静まったそんな船の中で、船長一人が起きていた。
“カタン…カタン…”
12の部屋の中の1つ。
乗組員の為に用意された私室。
頭数が12人居ることから誰も疑問に思わなかった、12番目の部屋。
此処は船長の部屋では無い。
“カタン…カタン…”
机が一つあっただけだったこの部屋に、1つ棚を新設し、ブラートにやって来てから作った書籍や、拾ったりもらったりして持ってきたポスター、皆の記憶から写した書類等を1つ1つ保管していく。処分しても良いのだが、後々思いだそうとした時に残した方が便利だと判断したのだ。自分が出してやることも勿論できるが、彼らだって特に意味も無く本をめくりたくなる時が来るかもしれないし。
書籍は数が溜まるとがさばるが部屋の大きさは自由に変える事が出来るし、それに読み物があると一人でいる時も暇がつぶせる。
“バサッ”
「あ…」
術で一気に片づける事も出来るのだが、1つ1つ手でやるのは眠れない1人の時間を消化するため。表紙を確認し、原文本と翻訳本をセットにして名前の順においていた時、1冊が持っていた本の山からこぼれおちて床に落ちた。
「…」
持っていた他の本を机に置き、床に落ちた本を拾う為に屈みこむ。
その本は九鬼が宿屋で見ていた宿帳だった。
情報を集めると決めてから、新しいデータで書きだせる物はアウトプットしておいてくれと頼まれたため、出力しておいたものだ。…まぁ、多くが無駄となったわけだが、その作業も楽しかったので良しとする。
中を下にして開いた状態で落ちた本。ページの隙間に指を入れて拾い上げ、ひっくり返して中を見る。紙が折れていないか確認しようとしたのだが、そこに並ぶ名前の列に視線を落とすと、眼を細めてそっと指を這わせた。
宿屋の4号室。
ジューンが借りたとされる部屋。
その部屋を借りた者。
「…居たのかい?…この世界に…」
そこに記載された名前は『アコン』だった。




