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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
02 はじまりの旅・Ⅱ番目の世界
66/146

02-35 涙の再会

今回はちょっと血の表現があります。

さほどグロくは無いと思いますけど、苦手って方はご注意を。

暗く狭い穴の中。

石が積み上げられた垂直の壁を、僅かな取っ掛かりを頼りに登っていく。


「先輩!もうすぐ外です!」

「やっとか。長かった…」


あの後、慎重に壁を登り始めたのだが、獅戸は2回ほど誤って落ちてしまった。最初は握力が完全に戻っておらず出っ張りを掴み損ねて。2度目は焦るあまり滑ってしまった。1度目は猫柳が先行していたのだが獅戸の落下で体力の事を考え、何かあっても支えられるようにと猫柳が下になったのだ。

しかし、体力が落ちているのは獅戸だけではなかった。そのため2回目の落下は猫柳も巻き込んで、再び落ちてしまったのだ。

絡み合ったツタは2度の衝撃には耐えてくれた。しかし、眼に見えて危ないほど剥がれ始めたので、3度目が無いように気をつけて、と底に居る彼から声をかけられてしまった。


普段なら全然余裕で、なおかつアップした力で壁を駆け上がって行きそうなのだが、すでに肩で息をしていて辛そうだった。励ましの声を掛けながら上っていた猫柳がメイド服の獅戸に「スカートは動きにくそうだから足元注意してね」と言ったら「中を見ないでくださいよ」と怒られてしまったのだ。


「やっぱり…あの…変な黒い壁…抜けてからは全然…違いますね!」

「そうだね。…大丈夫?アンナちゃん」

「大丈夫じゃないです!…でも頑張るんで…上…見上げないでくださいよ!」

「う、うん…」


縦穴の途中で、黒い壁のようなものを通過した。

壁と言って良いのか分からないが、そこにあるのに触れられない、影のようなものだった。

一心不乱に上っていた獅戸は気づかなかったのだが、後から上っていた猫柳が、黒い何かの中に進んでいった獅戸の身体が見えなくなっていったの気づいて一度止めようとしたのだ。

しかし、声を掛けても止まらずいきなり掴むのも驚かせて落ちたらマズイと思って、自分も壁に頭を突っ込んだ。そして進んだその先に、出口となる円形の頭上の光を見つける事が出来たのだ。


「でもあの壁、遮断してるのは光だけじゃなかったみたいだね」

「そう…ですね。先輩の声…聞こえませんでしたし!」

「…大丈夫?」

「そう思うなら…今…話しかけないで!…ください!」

「ごめん、そうする」


息も絶え絶えといった様子の獅戸。必死に登る彼女の様子に、苦笑い浮かべて猫柳は黙る事にした。



**********



屋敷の裏から出た三木谷たちは、走り続けた先にぼろい木造の小屋があるのに気づいた。


「あそこよ!あそこから声が聞こえるわ」

「ボロッ!何だ?納屋とか?」

「まさか…あそこは…」


何処に向かっているのか察したノフィーが、三木谷と守屋を追い抜いて走っていく。同じ距離を走っていたのに、文化部の2人は若干ばて気味だったため、ノフィーの加速についていけずに三木谷は手を放した。


“バンッ!”


勢い良く扉を開けるノフィー。建物がぼろいのか、ノフィーの力が強かったのか、ドアを開けたそれだけで壁がきしみ、壊れるかと思った。


「ノフィーさん、待って!」

「此処は、何なんですか?」


中に入ろうとしたノフィーだったが、やっと追いついた2人が声をかければ1歩足を前に出した状態で立ち止まり、説明するために顔だけ振り返った。


「此処は枯れ井戸です」

「枯れ井戸?」

「えぇ。昔は此処から水を得ていたのですが、枯れてからは…牢として使われていました。私が見てきます。危ないので此処に居てください」


建物の中をチラリと覗くと、穴だらけの壁のおかげでさほど暗くない室内の中央部に石造りの円柱の物体が見えた。アレが井戸なんだろう。


「まって、牢?牢屋ってこと?」

「そうです。真っ直ぐ地下に彫られた石作りの穴は、罪人を放り込むのに適していたのです」

「なるほどねぇ。鍵が無い世界だもんね、物理的に上れないように工夫するしかなかったって訳ッスね…」

「…キョウ…タロウ…」

「何?ミッキー」

「ううん、私じゃ…」


名を呼ばれて隣に居た三木谷を見た守屋。しかし三木谷は此方ではなく、中の井戸を見ていた。…まさか。

ガバッと勢い良く井戸の方を向いた守屋の眼には、先程チラ見したときにはなかった白い手が見えた。

白く細いその指は、穴から伸ばされ、井戸の淵を掴んでいる。


「…キョウ…タ…ロウ…」


名を呼ぶその手、そしてヌッと現れた人の顔。乱れた長い黒髪が顔にかかり、その容姿を半分以上隠している。井戸から出てくる女性の姿に思わず叫び声をあげた。


「ぎゃぁぁあぁぁ~!!」

「な、何で叫ぶの!?」

「アンナ!!!」

「…。…ア、アンナ?」



縮こまった守屋とは違い、声を聞いていた三木谷は親友の姿に思わず駆け出して、上体を見せた獅戸に駆け寄り抱きついた。そういえば三木谷が此処から獅戸の声がすると言っていたな。そして三木谷が呼んだその名前で、守屋も相手がお化けではないと気づいたらしいが、一度抜けた腰のせいでその場に座り込んでしまった。


「良かった、良かった!アンナ、無事だったのね!」

「ミッキー!…落ち着いて。それより、あまり大事にしたくないって言うか、静かにして欲しいって言うか。こっそり助けを呼ばないと…」

「大丈夫よ。ステンカ様たちの取り巻きや、事件を起こしたと思われる人物がごっそり居なくなってしまったの」

「え。じゃあ…もう解決したってこと?色々と。でも何でミッキーたちはココに?…もしかして探してくれたの?」

「当たり前じゃない!心配したんだから!」

「ごめん…ありがとう」

「ちょっと。感動の再会は良いんだけど早く上ってくれないかな!上、見上げるよ!?」

「わ!そうだった。ちょっとごめんね、ミッキー」


抱きついてきた三木谷と感動の再会をしていた獅戸は下からの猫柳の声にハッとして、井戸の淵を乗り越えると中に向かって手を伸ばした。猫柳を引っ張ろうというつもりなのだろう。助けてくれようとするその対応は正直嬉しいが、今此処で手を掴んだら獅戸が再び井戸の中に落ちないかと迷ってしまった。すると、伸ばしかけて止めた猫柳の腕を、いつの間にか近づいていたノフィーが掴んで引っ張りあげた。意外と力強い。


「あ、ありがとうございます。あなたは…」

「ノフィー先輩!大変なの。中にスパルタク様が居るって…」

「えぇ!本当に!?…待ってて。直ぐに縄梯子を持ってくるわ!」

「あ!あと…お兄さんが…」


そのメイドが誰か直ぐにわかったアンナが中の状況を告げると、地面に足をつけた猫柳を労わっていたノフィーがすぐさま反応して身を翻し、小屋を出て行った。中で出会ったジノヴィの事も言おうとしたのだが、既にそこに彼女は居ない。あっという間に見えなくなった後姿を半ば呆然とした様子で見ていた獅戸に守屋が声を掛けた。


「アンナ、お兄さんって誰の事?」

「うん?あのね、中にスパルタク様と、ジノヴィさんが居たのよ」

「ジノヴィさん…って、確か次男だっけ?怪我とかは?」

「姿は見えなかったけど、普通に会話は出来たから…大怪我はしてないんじゃないかしら」

「そっか。でも、これで全員揃うんだね」

「全員?どういうことよ」


そこで守屋は屋敷に来るまでの馬車の中で聞いたジューン生存の話をした。

彼は生きている。しかし、その所在ははっきりしないけれど。


「良かったわ」

「本当にね。何だか彼らのせいで一番被害を受けた家族だったように思えるッスよ」

「…彼らって?」


ずっとこの井戸の中に居たらしい2人のために城門比べで何があったのか、三木谷と話してあげた。

そんな事をしているうちにノフィーが戻ってきた。雨龍と鷹司、カリャッカとスターニャ、イーヴァとステンカ、それに医者とメイドも数名ついてきている。


「獅戸、猫柳!無事だったか、良かった」

「雨龍さんも。…心配かけてごめん。さっきキョウタロウから聞いたよ、僕が帰らなくて機嫌が…」

「ちょっと!そこらへんは言った事言わないでって言ったじゃないッスか!」

「何かな?守屋」

「えっとですね…」


無事を確認したとたんに始まるコントのようなやり取り。無事に仲間が帰ってきたことを実感しているようだった。

そんな彼らを置いておいて、井戸の淵に縄梯子をかけたノフィーが迷うことなく中に入ろうとするのをカリャッカが止めた。


「ちょっと待って。引き上げるためのロープが無いぞ?」

「スイマセン、倉庫にロープがありませんでした。なので私が直接入って担いで戻ります」

「え!?…じゃあ、私が行くよ」

「いいえ、大丈夫です。私が行きます」

「しかし、中はどんな状態になっているか分からないぞ?それにスパルタク様は男性だし私の方が力が…」

「大丈夫。それに、私の方が力があります」

「そ…え?」


男性を引き上げるのだ。力仕事になるだろうと思っていった言葉をまさか2度も断わられるとは思わなかったカリャッカ。少し驚いている間に、ノフィーはメイド服のスカートの裾を片方で縛って簡単に纏め、動き易くするとサッと井戸の中に入って行ってしまった。

しかも縄梯子を1歩1歩下りるのではなく、ロープに見立てて滑って下りるということをやってのける。

何だかとてもプロっぽい。

手伝いたい気持ちもあるが、狭い入口の為数名で入るとかえって邪魔になってしまうので、仕方なく彼女の帰りを待つ事にした。


「なんと身軽な。…多分服が汚れるだろうから、着替えと…お湯も用意しておこう」

「私も手伝うわ、お父さん」

「そうしてくれ。女性の服は良く分からない」


シルたちに目線だけで出て行くことを告げると、カリャッカとスターニャは屋敷の方へ戻っていった。イーヴァは開けてもらった金庫の中にあったらしい鍵を握り締めて、ステンカにもたれかかっている。彼女も恐らく立っているのが辛いんだろう。そんな彼女に上着を脱いで地面に敷き、その上に座るよう勧めながらシルが口を開いた。


「それにしても、こんな所に放り込むとは。あやつらは本当に殺すつもりだったのじゃろうか」

「かもしれませんね。枯れ井戸の牢は何処にでもありますし、生存率ほぼ0%である事は有名でしたし」

「え?…どういうこと?落ちたら絶対死ぬって事?」


シルとラプシンの会話に、獅戸が割り込んだ。獅戸と猫柳はシルが王様だとは分かっていない。慌てる三木谷と守屋、口をパクパクさせて説明するタイミングを見計らっている雨龍、面白そうな顔をして黙っている鷹司に見守られながら、獅戸はさらに言葉を続ける。


「でも中に植物が生えていたわ。アレがあれば生存率はグッと上がるはずよ。私達だってそのおかげで助かったんだもの」

「植物?」

「そうよ。ツタが絡まって網みたいになってたの。それに引っかかって下まで落ちずに済んだのよ」

「なんと。あの暗闇で成長できる植物など…あったか?」

「暗闇?壁に生えてたコケが光っていたわ。だから完全な闇じゃなくて、側に居た猫柳先輩の事も見えたのよ」

「コケ…光る、コケ?」

「確かに光を発する植物があるのは確認されておるが、暗闇で自ら光を放つ物は発光の前にエネルギーを溜め込む必要がある…と思ったが」

「私もそう記憶しています、シル様」

「…どういうこと?」


シルたちの常識と獅戸の体験が何処と無くかみ合っていない。

しかし違う点を探す前に井戸から音がし始めた。


“ミシッ…ギシッ…”


ロープが軋む音。ノフィーが上がってきているようだ。急いで引き上げに手を貸そうと雨龍が井戸に近づくが、タッチの差で遅かったようで丁度井戸の中からノフィーが顔を出した。


「早いですね、手伝います。…スイマセン、女性の方に力仕事をさせてしまって」

「ありがとうございます。でも大丈夫、力自慢なんです」

「スパルタク殿、大事無いか?ワシが分かるか?」

「…もう朝の時間?」

「…イーヴァ殿、鍵を」

「は、はい!」


眠そうな男性、スパルタクを支える雨龍に近づいたシルがしゃがみこんで顔を覗きこむが、相手が誰か分かっていない様子。錠をかけられたというなら解除すれば話も出来るようになるだろうと、イーヴァをシルが呼ぶと、ステンカの手を借りながらイーヴァがスパルタクに近づいた。それを見て、ラプシンがノフィーに近づく。


「お疲れ様です。それにしても、綺麗に上がってきましたね」

「えぇ。スパルタク様は穴の直ぐ下におられたので、底に足をつけずに済んだのです。幸いスパルタク様も、下にあった少し床が高い所に居られたので、お召し物がさほど汚れなかったみたいです」

「なるほど。でも…言うのは簡単ですけど、縄梯子でそれを行うのは大変ですよ?」


2人の会話を聞きながら、ずっと井戸を見ていた獅戸は、後から誰も上がってこないのを不審に思って口を開いた。


「ねぇ、彼は?…助けるのはスパルタクさんだけなの?」

「え?…アンナちゃん、どういうことですか?」


縛ったスカートの裾を直そうとしていたノフィーが怪訝そうな顔を向けた。


「ジノヴィさんよ。側にもう一人いたでしょ?」

「え…ジノヴィ?…」


困惑した表情になったノフィーに獅戸はさらに言葉をかけようとしたが、突然上がったスパルタクの声に全員の注意が彼に向けられた。


「あれ?もらった瓶がない!」

「スパルタク様、ジッとしていてください。すぐに終わりますわ」

「だめ、探さないと!大切に持っていてって言われたんだ」

「あぁ、お願いだから動かないで…」

「スパルタク殿!…ラプシン、彼を抑えよう。手伝ってくれ」

「分かりました」

「やだぁ!大切な人を助けてくれる大切な薬だから、無くしちゃ駄目だって言われたんだ!」


バタバタと暴れ始めたスパルタク。呪いだと分かってなかったら、いい歳の大人が何をしているんだとひっぱたきたくなる光景だった。急いでそこに居た男性陣が抑えるために手を貸そうと集まった。


その姿を何処か呆然と見ていたノフィーが視線をスパルタクから井戸のほうに向ける。


「誰か…一緒だったのですか?」


スパルタクの声に消えそうな呟きだった。

しかしそれを正確に聞き取った獅戸が、視線をノフィーに向けて口を開く。


「だから、ジノヴィさんだってば!ノフィーさん、貴方の恋人なんでしょ!?私、彼と会話したのよ!」


その返答を聞くか聞かないかのタイミングで、ノフィーは再び井戸の中に飛び降りていった。その様子を見ていたシルが、獅戸の発言にフッと顔を上げる。


「ノフィー?…彼女はノフィーと言う名なのか?」

「え?そうですけど」


思い当たる何かがある顔でラプシンと顔を見合わせる。と、そこにカリャッカとスターニャが戻ってきた。大勢でスパルタクを抑えている光景に思わず足が止まる。


「わ、わぁ…大丈夫ですか?私も何か手伝いを…」

「あら?先ほどのメイドの方はどちらに?お湯をお持ちしたのですが…先にスパルタク様のお顔を拭きましょう。今、タオルを濡らしますね。アンナさんとそちらの方もどうぞ」


深刻そうな顔をしているシルたち。部室メンバーは何が起きているのか良く分からずとりあえず暴れるスパルタクを押さえるのを手伝い、猫柳と獅戸はお湯で絞ったタオルで汚れをふき取り始めた時に、再び縄梯子が軋む音を立て始めた。


“ミシッ…ギシッ…”


そして先ほどと同じようにすぐノフィーの顔が覗くが、その素早い帰還よりもノフィーが抱えていたものに皆が驚き言葉を無くした。


真っ赤にぬれた、1人の人間。

あの水音、そして床に溜まっていた水はただの「水」ではなかったのだ。


「何これ…血…なの?」


思わず息をのんだ三木谷が呟いたいた言葉に、シルが頷いてから返答を返してくれた。


「古い井戸牢は壁の作りが良すぎた為に、通気性が悪く、死体に集まる虫や臭いなど色んな問題も多かった。そのため、消毒と消臭の効果のある薬を投下し、専用の術を使って光と音をさえぎって蓋をするのが一般的になったのじゃ。しかし…そのせいか、中の液体は固まらなくなり、命を落とした人数分の血が池を作っていると聞く」

「でも…彼は眠くなる薬だって…」

「血と混ざると、そういった作用を及ぼすようになるそうなのです」


獅戸の問いにはラプシンが答えた。シルも実際には見た事が無かったのだろう。それか、彼らの住まう土地にある牢は多少改良されているのかもしれない。


言われた通り確かに臭いは無い。しかし乾く事のない生々しい赤が血だと主張しているようだった。

自分も赤く汚れながらも、かなり狼狽している様子のノフィーが地面にその人を横たえると、こぼれるように床に落ちた手に握られていた瓶と何かの木片のような物が地面に転がった。それに気づいたスパルタクが、制止を振り切って近づく。


「あ!あの瓶だ!持っててくれたんだね、ありがとう」


透明の液体の中に、金の粒が入っている瓶をスパルタクが拾い上げるて両手で握ると、途端におとなしくなった。その隙を見てイーヴァが鍵を額に押し当て、何やら呪文のようなものを口にする。

すると、僅かな光を放ったのち、鍵が吸い込まれる様に消えていった。

呪いを解く事に成功したようで、終わった途端にイーヴァとスパルタクが気を失い倒れてしまう。

医師が慌てて容体を見るが、今は彼女たちを気にしている場合ではなかった。


「そんな…うそ、どうして…」


信じられないといった様子で呟やかれた言葉。しかし発したのはノフィーではなく、スターニャだった。

声に引かれるように獅戸が顔をスターニャに向けると、持っていたタオルをその場に落として、倒れている彼の側に駆け寄る。


「怪我してるの?…ど、どうしよう」


血で汚れていない部分など無い。そんな状態の彼の前に、一体どうしたら良いのか分からなくなってしまったようだ。パニックに陥りながらも、自分の手が汚れるのも構わずに身体に触れた。

その様子を見てとうとう涙を流し始めたノフィーが自分の首のチョーカーを引きちぎるかのように外して放り出し、彼の肩に手を置いて乱暴に揺すった。


「冗談やめろよ…なんで…何でなんだよ兄貴!」

「…ジ、ジノヴィ兄さん?」


発せられた声は男性の物。顔を隠すようにしていた髪をかき上げれば、自分の髪の毛も血で汚れるが気にしない。しかしその顔には見覚えがあるのだろう。スターニャは呆然とし、カリャッカは思わず倒れそうになって、とっさに反応した鷹司に支えられた。


「皆助けるって…絶対大丈夫だって言ってたじゃないか…起きろよ!ジューン!」


声をかけながら涙を流し始めたノフィー…ではなく、本物のジノヴィ。居なくなった兄が突然目の前に現れて放心しかけたスターニャも、慌ててこの場に来ていた医者に助けを求め、泣きついた。


横たわる血まみれの彼は顔に付着した血のせいもあって顔色が悪い。

動かない胸元は、既に彼が息をしていない事を物語っていた。

ズボンの裾は伸ばされているが、片方は厚みの無い隻脚。



そして彼を知る皆の態度が、彼がジューンであるという何よりの証明だった。

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