02-33 後始末
物が焼ける焦げくさい香りと、辺りに舞う砂埃。
先輩の助言。それは確かに気になる情報ではあるが、今はとりあえず置いておく。一度はステージに上がってきた仲間だったが、各自今できる事を探しながら怪我した人に声をかけていた。幸い死者は居ないようだ。
「母様!」
一体今まで何処にいたのか、ステンカがステージに上がってイーヴァに駆け寄ってくる。殴られて気絶でもされていたのか頭に包帯を巻かれていて、そのため毛皮も骨面も外していた。息子の姿に安堵の息を漏らすがイーヴァの身体の震えはおさまらない。それでもステンカの方へ手を伸ばし、指先が触れた途端に気絶してしまった。
「母様!?」
「イーヴァ様!」
「急いで安静にできる場所に運ぼう」
パッと見怪我はなさそうだが、エラの話が本当ならば幻覚の能力が20年程続いたと言っていたし、どれ程心労を溜めこんだか分からない。ぐったりしているイーヴァを雨龍が軽々と横抱きにして、ステージから降りて行った。その様子を見てステンカが自分の二の腕と雨龍の腕とを見比べて何か言いたそうな顔をしている。自分と違いたくましい姿が羨ましいんだろう。男としてその気持ち、分からなくもない。
「医療関係者を至急呼び集め、解呪能力のある者をイーヴァ殿に当てよ。怪我人の搬送を急げ!隊長は隊員の無事を確認した後で、被害を調べ報告せよ」
「了解しました」
「シル様、此処は我らに任せて…」
「何を言うかエフレム。この状況を眼にしておいて安全地帯に居られるか」
「ですよねぇ~。俺も手伝います。ラプシン、側についててやってくださいよ」
「はいはい」
憲兵の指揮を勝手に取ってるシル。仮面をとった司会、エフレムがシルを避難させようとしているようだが、聞き入れる素振りはまったくない。そして彼もそうなるだろうと分かっていたようで、直ぐに動き難いひらひらした飾りを取ってから走って行ってしまった。赤色マントの王様に付き従っていた女性も、メイド服をバサッと格好良く脱ぎ捨てて武装を完了すると、シルの側で辺りを警戒している。
王様のメイドじゃ無かったのだろうか。でも王様はシルの隣に立っているのでそれでいいのかな?と考えていた鷹司は此処でハッとした。何か知ってる気がすると思ったのは、ステンカと2人でいたときにチラッと見た後、彼を押しつけた2人だったからだ。そしてシルと一緒に居るって事は、多分門に挟まれた時に彼と一緒に居た付き人2人だったのだろう。一人で納得しながら少し歩いて、ディウブに外されて放り投げられたステンカの仮面を拾い上げた。
「ナガレさん。お怪我は?」
「ん?大丈夫」
「でも手当てされた方が…」
「平気。今は俺よか重症の人が多そうだし」
スターニャが近づいて来ると切れた首筋を見ながらそう声をかけた。首の傷は皮膚を薄く裂かれただけのようで、袖で血をぬぐっただけでもう血は止まっている。それよりも肩が痛いと感じるが今は皆忙しそうだし手当ては別にいいかな。と勝手に判断。自分が買ってあげてステンカに借りた仮面が壊れてない事を確認しつつ、埃を払っていた鷹司に守屋が近づいて来て声をかけた。
「先輩。ナガレ先輩」
「ん?…おぉ、守屋。無事だったか」
何故か声量を落としているので、何だろう?と思いながらも内緒話をするように少し顔を寄せてみた。スターニャはきょとんとしているが、無理やり割り込もうとは思っていないようだ。
「はい。心配かけました。それよりも伝えなきゃいけない事があるんっスよ」
「何?」
「ナガレ殿」
守屋と会話をしようとしていた時に別の人物に声をかけられて顔をあげた。鷹司の視線の先にはシルがラプシンと王様を引き連れて此方に近づいて来ている。守屋はシルを見て口を噤み、1歩下がって逃げようか隠れようか迷ってアワアワしだした。そう言えば守屋は一晩彼らの宿に世話になったのだったな、何か彼らの事について言いたい事があったのかもしれない。それに猫柳と獅戸の事も聞いてみないといけないが、ディウブ達が暗躍していたなら何も知らない可能性もある。とりあえずどんな事を言われても戦うぞ!と無駄に気合いを入れてから迎えた。
「…何?」
「無事また再会できて本当に良かった。まずはあの時助けていただいた事に感謝の言葉を」
「別に良いし。丁度側に俺が居た。それだげの事だ」
鷹司の口調に無礼と感じたらしいラプシンがキッと鷹司を睨むが、睨まれてる本人は全く気にした様子は無い。思わず突っかかって行きそうなラプシンを、シルが手を挙げて制する。
「怪我の具合はどうかな?」
「悪くない」
「それを聞いて安心したぞ。それにしてもナガレ殿は隠れるのが上手いようだな」
「…で?」
「そう警戒せんでくれ。君をどうこうしようとは思っておらぬよ。ただ、話がしたいだけなのだ」
「話ねぇ…」
「ときに、彼はキョウタロウ君であろう?」
「っ!?はい、そうっすよ!」
「ナガレ殿と知り合いだったのか。そうと知っていれば…」
いきなり守屋に話を振ったシル。それに対して警戒の色を強め、あからさまに不機嫌そうな顔をした鷹司に今度こそラプシンが動いた。
「貴様!シル様に対して先ほどから無礼にも程があるぞ!」
「これ、ラプシン!」
「ですがシル様」
噛みつく飼い犬をなだめる飼い主のようだ。眼の前で言い合う2人を見ていれば、守屋が服をそっと引っ張って再び注意をひいた。
「何?」
「もう横やり入る前にぶちまけるっス!昨日1晩お世話になって分かった事なんですけど、あの赤いマントの人は王様じゃないッス!」
「え、紹介されてたばって…違うん?」
「はい。あの人は謝肉祭初日に襲われた馬車に乗っていた、王様の執事兼今回に限り影武者らしいッス」
「あぁ、そうなんだ」
「で、王様の名前なんっすけど…」
此処で守屋がフッと口を閉ざしていまだ言い合いをしているシルとラプシンをチラ見した。いい所で中断されて先が気になる。むだに溜めを作った守屋は再び鷹司に視線を戻してから、よりいっそう小さい声で先を続けた。
「リェーブ・シルヴァーニっていうみたいです」
「シル…ヴァーニ?」
「そうっす。シル様が王様なんっすよ!」
「…あぁ」
「えぇ!?」
「あぁ。って!先輩軽くないっすか!?…って、スターニャさんも知らなかったの?」
「は、はい…」
鷹司的にはだいぶ驚いたのだが、反応が薄かったために悪戯が失敗したような気になったのだろう。守屋がだいぶショックを受けた顔をしたが、知っていたと思っていたスターニャの驚きの反応が良かったので、まぁいいかと納得したようだ。
と、ステージ外のざわめきが大きくなった。怪我人を集めていた運営スタッフの本部の方だ。どうしたんだろう?と思っていれば、憲兵が1人ステージ上に駆け上がり王様(影武者)の方へ走ってきた。
「お、王様!」
「どうした?」
「イーヴァ様が眼を覚まされたのですが、混乱しているのか少し暴れまして…」
「仕方なかろう。今まで長い間、苦痛に耐えてきた様じゃったから」
当たり前のように答えるシルに若干困惑した様子を見せるも、今はそれでどころではないと、憲兵は気にせず先を続けた。
「それで、王様を呼んでいらっしゃいます。呪いが、どうとか…」
「呪い?…とりあえず行こう」
「はい!こちらです!」
呼びにきた兵と一緒に走っていく王様達の様子を見送る。
「あ。ラプシン、ナガレ殿をお連れせよ!」
「え!?シル様!?何故ですか?お待ちを…」
一緒に走りだしたラプシンだが、シルにそう言われて立ち止まった。そして離れていく背中に向かって投げかけた言葉に、返事は帰ってこない。渋々此方に戻ってくると、ラプシンは鷹司をキッと睨んだ。
「シル様の名により、貴方をお連れします」
「え」
「ちなみに、拒否は出来ませんのであしからず!」
有無を言わさず鷹司の腕を掴んで速足でシルの後を追いかけ始めた。引っ張られた鷹司は側にいた守屋の腕をとっさに掴む。驚いている彼に「道連れ」と呟けば、今度は守屋がサッとスターニャの腕をつかんだ。そして微妙な顔をしつつも手を振りほどく事無く付いてきた。
「あの人は…あの人達は何処?」
「今は安静にしていなくてはなりません、イーヴァ様」
「いいえ、寝てなんて居られませんわ!…何処へ行ったというの!」
「イーヴァ様!」
「お水をお持ちしました。まずは一息ついてください」
運営スタッフの本部にある机をつなげて作った簡易ベッド。そこから上体を起こしたイーヴァがベッドを下りようとするのを医者のような人が必死に止めている。立ちあがっても部屋から出て行かないように、少し離れたところで雨龍とステンカが待機していて、飲み物を持ってきていたらしい三木谷がイーヴァをなだめるのに協力していた。しかし、室内にシルが入ってきたのを見るとイーヴァは彼に手を伸ばした。
「シ…シル様…」
「イーヴァ殿、彼らは姿を晦ましてしまった。今はとりあえず落ち着きなさい」
彼女はシルが王様だということを分かっているようで、彼の言葉に渋々とだが頷いた。
「彼女を屋敷にお連れせよ。直ぐに術を解除させねばならん」
「…術?」
何の話をしているのか分からない鷹司達。
邪魔にならないようにと黙って聞いていたのだが思わず守屋が呟くと、声に反応したシルが此方を向いた。
周りがばたばたと動き出し、さらにあわただしくなる。
「…。…いや、今更隠し立てする必要も無いな。イーヴァ殿が流した涙が、石に変わったのを見ていただろう?」
一瞬だけ迷った様子を見せたシルだが、隠す必要もないだろうと此方に近づきながら語り始めた。問いかけに無言で鷹司が頷くと、再び口を開く。
「アレは禁術の一種で、大変危険なものなのじゃ」
「そうなのですか?聖女の涙は子供向けの物語もありますよね?私、読んだ事がある気がします」
「確かに聖女の涙を題材にした物語はあります。ですが、実際にはあり得ない、夢物語として語られているはずです」
「そう言われてみると…そうですね」
「…どういうこと?」
「本当のところ「聖女の涙」は正確な手順を踏めば誰でも生み出す事が出来る石。しかし希少価値のある宝石とされるのは、あの石を作る時の代償が大きいからじゃ」
「…代償?まさか…命とか…」
「そのまさかじゃよ。涙を流し石を作った分だけ命が縮む。1人から作られる石の数は、多くても2桁にならん。それだけ1つの石に生命の力を持っていかれるのじゃ」
「涙1粒に10年の寿命と言われている地域もあります。それゆえに、昔は権力者が弱者に涙を強制させたという記述もありました」
そう説明しながらも鷹司たちを促しながら歩き出し、馬車のようなものに乗った。きっとシルたちも屋敷に向かうのだろう。行かないという選択肢は選べなそうだったので、途中で見つけた天笠(何故か月野に抱きついて離れない様子だった)に目線だけで「彼についていく」と告げた。1晩お世話になった相手で、なおかつ素性が知れているため、シルに対して信用がある様子。天笠も引き止めることはせずに了解の証として2度大きく頷いた。
「で、術ば解除するってのは?」
「うむ。生み出された石は、石を生み出した者…この場合はイーヴァ殿になるが…の命そのもの。その石が破壊されるか傷つけられる前にイーヴァにかけられた術を解く事が出来れば、命を助ける事が出来る。…のじゃが…」
口ごもったシル。そのどこか不安そうな様子に、隣に居たラプシンに視線を向けた。鷹司と守屋の視線を受けて後を続けるようにラプシンが口を開く。
「術の成功例はあるのですが、あくまで側に流した涙、あの石があった場合、なのです」
「今回は奪われちゃいましたけど!?」
「えぇ。それが、我らが危惧する最大の点。もし解除より先に石に何かがあれば…」
「…死ぬん?」
「正確なことはわかりませんが、おそらく」
「え、後どれくらい時間があるんッスか!?」
「あまり長くはないじゃろう。2日か、3日か…。7つの涙を流したようじゃったし…」
「こりゃ確かに、生きる宝石だの…。何で止めながった?」
「…贈り物はグラスだと言われていたの。涙を使うとは…そんな自殺行為に近い事をするなんて、想像もしてなかったのよ」
今になって言い争ったって無駄だった。解除の術も失敗する可能性の方が高い。しかし、何もしないで居るという選択はない。
「…こんな時、彼が居てくれれば…」
ポツリと呟いたラプシン。自分でも声に出すつもりはなかったようで、ハッとした顔をして謝罪と共に頭を下げた。しかし、こんな時だからこそそういう発言がとても気になる。
「彼って?」
「あ…その…」
「言えんの?なして?」
「それは、彼が…」
「ラプシン。…もうよいだろう。黙っているのも限界じゃよ。それに、いつかは知らせなければ、とは思っていたではないか」
「シル様…」
“彼”が秘密にする事を望んだらしい。話したくないというより、言っていいのか分からないと言った様子でスターニャを見る。しかし、もう秘密にすることは出来ないと判断したシルが何処か申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「この事態を想定し、我らをブラートに導いたのは…ジューン、じゃ」
「…え」
「ジューン…って…」
「そう。カリャッカ殿の息子であり、スターニャ、君の兄のジューンじゃよ」




