02-29 本戦・01
「ナガレ先輩、出来ました?」
「あどちょっと…そっちは?」
「こっちは用意できましたよ」
城門較べのステージ上では、本戦に残った10組が扉の作成をしていた。制限時間は予選の倍の2時間だ。
お互いが見えないように仕切りが立っているので他のチームがどんな風な扉を作っているのかは不明だが、不正監視はそれなりに厳しくしているようで、背の高い櫓の上に運営スタッフと思われる人が待機し、上から此方を監視、観察していた。
あの技術者も運営スタッフの一人だったのか、囲いの中で此方をジッと見ている。視線がちょっと気になる。
長時間の戦いの為に途中で飲み物が配られたが、それを持ってきたのが三木谷だったのには驚いた。食事処の店員が出張で此方の手伝いに来ているらしい。そうでなくても今日は此方に出店を出す予定だったとかで、会場近くに仮設の店が出てきてるらしい。言葉を交わすと不正が疑われるのを警戒しているようで、とりあえずニコッと笑って見せた後「頑張ってね」という激励の言葉を残して直ぐにステージを降りて行った。
軽いブレイクタイムを挟みつつ、枠に合う扉を作れという課題に鷹司はごく普通に開き戸を作成した。鷹司がデザインしてスターニャの力でパーツを出してもらってから、用意された厚さ3cmほどの鉄板に運営側で用意されていた道具を使って穴を開けたり溶接したりして、ドアノブと蝶番をつけて枠に固定。蝶番は外に突出すると見目も悪く邪魔なので、鉄板と枠の内側につけるタイプの中厚蝶番。枠にもドアノブに合う位置に穴を開けたり、ドアチェーンを掛けるツメを付けたり加工を施して、比較的短時間でアッサリ完成。
その後暇を持て余しているのもなんだったので、廃材の山を物色して見つけたゴム製品でクッションをつけたり隙間を埋めたりと手を加え、鉄板に錆止めもかねて塗料を塗ろうということになった。途中で合流した雨龍、予選で娘を見つけてこちらに来たカリャッカ達に塗料になる材料を混ぜてもらっている間の暇な時間を潰そうと、鷹司はタガネの変わりに釘を使ってハンマーで彫刻を始めてしまった。
「うわぁ、凄いですね、ナガレさん。これは…山と鳥?」
「こっちは野菜かな?…スターニャ、こんな野菜見たことあるか?」
「形から果物じゃないかしら?王都や港に近い町ではこっちで見られない食べ物もあるらしいから、きっと高価な果物なのよお父さん」
短時間で作ったとは思えない精巧な彫刻に感嘆の息を漏らす親子。ネタが何となく分かる草加と雨龍も、その巧みな技に多少なり驚いていた。
「これは富士だな」
「えぇ、これは鷹で、茄子ですね。でもこの扇は?」
「一富士二鷹三茄子、四扇五煙草六座頭。初夢で縁起が良いものば表すことわざだ」
「へぇ~。僕3までしか知りませんでしたよ」
「でも何で扇まで彫ったんだ?」
「スペースが余ったんで。あど、煙ど座等は表現しづらい」
「なるほどな」
まだ手を加えたかったが手直しを始めたらキリが無い。それにこれ以上時間を延ばすと時間制限を越えそうだと判断して、鷹司は作業の手を止めた。その後錆止めとしてこの世界の塗料を塗った後で軽く炙って表面を乾かす。そんなことして良いのか?と思ったが、この世界ではこの塗料の乾燥方法としてこれが一般的なのだそうだ。成分も詳しく知らないし、まぁ良いかとカリャッカの言葉にしたがってバーナーの火を当てていたら、彫って凹んだ部分に溜まった塗料に良い感じに艶が出て、光を反射するので豪華な感じになった。狙ったわけではなかったけれど、ラッキーってことにしておこう。
「ナガレさん、これでもう完成ですか?」
「だな。思いづぐのは一通りつけたし」
ドアスコープもつけたかったけれど、レンズもないし途中で面倒になって諦めた。だがそんなことを知らないスターニャは、鷹司の言葉に頷いて完成を皆に伝え、その後でドアをあけたり閉めたりして動作の確認をしていると、再び司会の声が響きわたった。
「さぁ、残り時間もあとわずか。ほとんどのチームが作業を終えているようだね。扉が出来たチームは完成した作品に布を被せて隠しておいてね!その後予選の通過順に1チームごと壁に取り付けて審査を始めるよ!」
その言葉に最初に被っていた布を扉に被せると、準備が終えたチームの囲いが外されていく。広場にはステージを見つめる沢山の人、そしてステージ上には作品を完成させたチームが出揃った。そして視線を巡らせて、
「あれ?課題は扉…でしたよね?」
「あぁ。確か、扉だと言っていたはずだぞ」
完成したらしい他チームの作品(布)を見て、思わず草加が呟く。視線を他の選手に向けていた雨龍も若干驚いた様子を見せていたが、それも仕方ないだろう。他のチームが作った扉、それにかけられている布の形が物凄く歪なものになっていたのだ。カリャッカやスターニャも驚きというより、若干不安げに自分達の扉と他のチームの作品を見比べている。そんな中で鷹司だけは特別焦った様子も見せずに「疲れた」と呟きながら欠伸を噛み殺していた。
「さーて、まずは最初のチームだよ!1番目のグループは作品の布オープン!」
司会の言葉に合わせて、1番目に通過したチームが作品の布を取り払った。が、それを見て鷹司が一言。
「意義有り。それは扉だばねぇ」
思わず発言してしまった。
突然の発言にカリャッカたちは慌てるが、草加と雨龍は生暖かい眼で作品を見ていた。課題は枠に合う扉と言う事だったのに、何がどうなったのか立派な偶像が出来上がっている。どこかの偉い人なのか?男性が豪華ないすに座っている像だ。変なところから飛び出ている鉄の部分が、かろうじて配られた枠を使っていることを示しているのだろう。だが、鉄のプレートは手付かずのようで、どう頑張っても用意された壁に設置する事は出来そうにない。しかも、所々に輝いているのは宝石のようだ。たかだか扉1枚で一体いくらかけているのか。そもそも課題をしっかり聞いていたはずなのにこんなものを作るなんて、言葉通じていなかったのか?と、湧き上がる疑問を上げ出したらきりがない。
鷹司の言葉に作品を作った1番目のチームがムッとした顔をするが、鷹司が突っ込まなかったら草加や雨龍も発言していた気がするので、とりあえずチーム10番の中に鷹司を止めようとする者はいないようだ。
「何だよ10番目。俺達の作品にケチつけるつもりか?」
「ならば問う。それがどう扉サなるんだ?」
「それをこれから見せるんだろ!?黙っとけ!」
そういって審査に使う小部屋の前に移動し、設置を始めた。が…
「雨龍さん。僕には扉をつける壁の穴の前に置いただけに見えるのですが」
「奇遇だな草加、俺にもそう見えるぞ」
「何か魔法の力が働いているのでしょうか?」
「さてな。もしそうなら凄いものだ。だが俺達のようにその魔法が使えない人も居るからな、アレを普及させるのは難しそうだ」
「ですね。しかも何だか無駄に高そうですし…」
ヒソヒソ声での会話は幸運な事にチーム1番には聞こえていなかったようだ。そうこうしている間に1番チームは建物の中に移動する。
「はいは~い、チーム1番設置は完了しましたか?これより他チームの突入が始まります。準備はOK?」
「おうよ!」
「では始めます。が、その前に注意事項です。突入側は道具を使ってこじ開けてもいいけれど、完全破壊したり魔法の使用は禁止だよ。ちなみに、魔法の使用有無はパッと見で判断するのは難しいので、このステージ上には魔法は使えないように結界魔法でマジックキャンセルかけてるから、守る側も防御魔法は使えません。そこらへんヨロシクね」
「え!?」
「さぁそれでは審査が始まるよ!突入時間は最長15分。その間耐えられれば作者の勝ち、破られたら破られるまでの時間が判定基準になるよ!」
「ま、待ってくれ!」
何故か勝ち誇った顔を見せていた1番チーム、しかし司会が説明を終えると驚いた顔をして、とたんに慌てだした。去年は魔法が使えていたのかもしれない。他のチームも眼に見えて慌てている。それに比べて鷹司はとても楽しそうだ。この後どうなるのか想像して楽しんでいるのかもしれない。口の端を歪めて笑っていると、仮面とマッチして悪役に見える。
「では始めます。1チーム目、審査スタート!!」
スタートの合図を出されても、一向に動こうとしない他チーム。恐らく同じような作品を作ってしまって1番目のチームのように慌てているのだろう。しかし、今更手を加えようにも作品の側には運営スタッフが居て加工できない。どうにかならないものかと慌てたり、賄賂を渡して逃げ道を探そうとしたりしているチームもいる。そんな他チームを呆れたように一瞥してからため息を吐き出してチーム1番の扉…いや、像…を攻略しようと鷹司たちが歩き出そうとした時。“ズンッ!”と大きな音を立てて1番の扉が倒された。
「あはは、こりゃ確かに扉じゃないね」
「魔法禁止なんてそんなに驚く事じゃないだろ?いくら金をかけても、目的に添わない作品じゃ無意味だ」
「馬鹿、のるなって!何をしているんだお前達。ずらして場所を空けるだけで良かっただろ?壊れちゃったらどうするんだよ、なにも倒す事なんて…」
「言葉を正しく理解してないこいつらが悪いんじゃないか」
「うーん、それにしてもだいぶ丸くなっちゃった?こんなの俺達の知ってる坊ちゃんじゃないよ」
視線を向けると、1番の作品を倒してその上に乗るチーム6番が居た。ステンカと、その取り巻きだった2人だ。骨面をつけているステンカと違い、お付きの2人は素顔を晒している。ステンカに怒られて作品の上からは素直に降りるが、どうも力関係が以前宿屋で見た時と違う気がする。前は口ごたえなんてしなかったような。
仮面の奥で眼を細めた鷹司は、チラリと彼らのチーム6番の作品の布へ視線を向けた。彼らの作品もまた、自分達の物とサイズが同じ。ちゃんとした課題の答えを作った数少ないチームなのだろう。そうしている間にチーム6番が建物に侵入。
「はいそこまでー。チーム1番の扉は1分で突破されました。さて、チーム2番に移る前にサレンダーを受け付けるよ。勝てないと思ったチームは作品を置いてステージを下りてください」
その言葉に無駄に大きい作品を作ってしまったチームが葛藤の末に、ステージを降りていく。残ったのは4番と6番と10番チームの3つだけ。本当はどのチームも粘っておきたいところなのだろうが、王様が見ている前でヘタに問題を起こしたくないのだろう。作品を見せる前に退場した方が良いと思ったのかもしれない。しかし、司会はそこまで優しくなかった。
「では、試合放棄したチームの作品の布オープン!」
「「「えぇ!?」」」
ステージを下りた退場者が慌てたのも一瞬で、作品の側に配置されていたスタッフが布を取ってしまった。
「ん?何だか皆同じ感じだね」
「そうだな。アレは…有名人か?」
「何を言っているんですか、リヒトさん、タクミさん。これは全部、王様をデザインしたものですよ」
「へぇ~。あ、だからステンカさんが色々と慌ててたんですね。でもスターニャさん、何で皆同じ格好なの?」
「皆直接拝見した事が無いからです。たしか、これは有名な雑誌に掲載されていた絵の一つだったはずですよ」
「なしてそしたら物作ってんの?扉だっつってんのに」
「王様が来ていらっしゃるからだと思います。ナガレさん。実際、防御魔法を使うと術者が許可を与えた人しかそのエリアに侵入出来ませんから結構主要な場所では使われているらしいです。発動の要となる像に宝石や高価な飾りを使ってみたって所でしょうか」
「魔法が使われているらしいって?珍しいの?」
「はい。詳しくは知りませんが、修行によって後天的に得られる力らしいのですが、それを取得するのが大変難しいと聞いています。私は見たことがありませんし」
「金で術者を揃えたって?はんかくせぇ奴等だの」
案外一次予選通過したのも裏で課題を聞いていたとか、不正が起きてそう。せっかくお題を100%トレースして目立つのを避けようとワザと変な部分を作ったのに。問題を最初から知ってのだとしたら手を抜くんじゃなかったな。
似たり寄ったりの像を隅にまとめた後、審査が再会された。
沢山の注目が集まる中、残った中で数字の若い4番目が次の審査のために作品の布を取り払う。此方も布の大きさは此方とさほど変わらないものの、若干でこぼこしていたのが不思議だったが、中を見て納得した。枠の中にどうやったのか、透明なガラスのような素材の細工で綺麗な飾りがはめ込まれていたのだ。此方も王様のデザインで、かなり立体的に出来ている。厚みが大分あるせいで布が歪になったのだが、サイズは扉と同じ大きさ。司会の言葉通りに扉をセットし、審査に備えようと壁を回って室内に入った。扉を使わずに、壁を迂回した。それを見ていた鷹司と、ステンカチームの1人がほぼ同時に待ったをかける。
「ねぇちょっと…」
「おい、お前…」
「「…」」
言葉が被って思わずステンカの取り巻きの1人と顔を見合わせてしまった。驚いたような顔で僅かに見開いた眼は灰色。灰色の眼、灰色の長髪。後ろで髪1つに纏めていて、身長は170cmくらい。その彼が次の瞬間にはにっこり笑ってからフイッと視線をそらす。
「ねぇ、それ扉だって言うならそこを開けて入りなよ」
「何?」
「だってそれ、扉って言うより、はめ込んだ只の壁だよ?」
「何だと!?俺たちの作品にケチつけるつもりか!?」
チーム4番は彼がステンカのチームの1人だと知らないのか、取り巻きに食って掛かった。地位という有利な条件がある以上、自分が口を挟むより良いだろうと黙って下がった鷹司だったが、なかなか終わらない言い合いに不快そうな声を挟む。
「壁でねぇなら、それ一度開けて見せろ」
「貴様まで何を言うか!これは…」
「…これは?」
「こ、これは…」
「作者も開けらんねぇんなら、全壊させるしか通過手段はねぇぞ」
「そ、それはルール違反だ。残念だったな」
「のぉ、司会者。こういう場合どうすんだ?」
「え?うーん、そうだねぇ。作った人にも開けられないってなると…扉じゃないね。それだと課題の条件を満たしていないから、失格かな!」
「なにぃ!?」
その言葉に今度は司会者に向かって抗議を始めたチーム4番。それを睨みつつも終わるのを待っていた鷹司に先ほどの取り巻きが近づいてきた。
「…助けられちゃったね」
「別に」
「つれないんだから。ねぇ、君は何処から来たの?」
「…は?」
突然の質問に不審に思って、やっと視線を向けると取り巻きは肩をすくめて笑って見せた。
「警戒しないでよ。君の事、気になっただけなんだ」
「…お前、名前は?」
パッと見た感じステンカと同類の優男。だが、その眼光は鋭く、油断ならない気配を感じる気がする。何度ステンカに聞いても得られなかった取り巻きの名前、それを直接問うてみると、渋る様子も無く返事が返ってきた。
「俺?俺の名前はディウブ。ステンカ様とはそれなりに仲良くしてるけど、今後は君ともお付き合いしたいな」
何を言っているんだ?コイツ。喉まで出かかった言葉はその視線に抑えられてしまい、思わず飲み込む。不敵で怪しい笑みを浮かべるディウブを、鷹司は正面から睨み返した。




