00-06 剣道部部長・漫画研究部副部長・園芸部部員・園芸部部長
「え。…リヒトお前部長だったの?」
「そうだよ。…言わなかったか?」
「聞いてないよ!?」
「俺は聞いたぞ?ケイシ。お前が聞き逃してただけなんじゃないのか?」
「えぇ!?」
同じクラスであるにもかかわらず、草加が剣道部部長だった事を知らなかった九鬼が驚きをあらわに呟けば、守屋も知っていたぞと追い討ちを掛ける。
「ついでに、俺も漫画研究部で副部長になったぞ!」
「…!!!?」
しかもさらに守屋が続けた言葉に勢いよく立ち上がり、今度こそ食べかけのクッキーを落として固まった九鬼。
「おめでとう、守屋さん。頑張ってたものね」
「ありがとうございますアコン先輩。しかも先日はトーン貼りを手伝ってもらっちゃって…」
「良いんだよ。切り絵みたいで楽しかったし」
「…って、アコン先輩になにやらせてんのキョウタロウ!」
思わずの突っ込み。突っ込みは九鬼の仕事のようだ。しかし気にしてないと八月一日が笑顔で軽く手を振れば、渋々といった様子で黙り着席。が、ハッとして首を振って皆を見渡し。
「…って事は、俺以外は皆各部活の部長、副部長って事?」
九鬼の言葉に一同皆を見渡し、視線を交わしてから九鬼へもどす。
「その…ようだな」
一同を代表して雨龍が肯定を口にした。驚きで再度固まった九鬼へ舞鶴が席を立って近づき、ガバッと首に後ろから腕を回して。
「ってか、俺ケイシは園芸部の副部長だと思ってたよ?」
「…いえ、ただの部員です。スミマセン」
「謝んないでよ。…でも実際、園芸部って部長のアコちゃんと部員のケイシしか居ないよね?」
「そうだね」
舞鶴の質問には八月一日が頷いて返答を返す。腕は九鬼に回したまま、返事をした園芸部部長の八月一日に視線を向けて
「立ち上げたのはアコちゃんだよね?従兄弟のタカやんは何で入んなかったの?」
「ナガレは、中学まで一学じゃなかったんだ。高校受験で外部から来たんだよ。だから設立当時は居なかったんだ。高等部に入ってからもカコウ部引き継いだりして忙しそうだったし」
八月一日の言葉に鷹司は無言で頷いて肯定を示す。
「じゃあ、設立時は?部員5名以上いないと部活として認められないよね?」
「それは…。…皆、一学の高等部進学に失敗して、外部に行っちゃって。とりあえず一人でも存続させていこうと思ってね。やりたい事もあったし」
「なんと…」
そんなヘビーな理由があったとは。
微妙な気持ちで次の質問を口に出来ず、舞鶴は九鬼の肩をポンと叩いて
「アコちゃんが卒業したら、ケイシが部長になるんだろ?だったら今から副部長でもいいんじゃない?」
「うーん…俺、アコン先輩の仕事ぶり見てるんで、同じようには出来ないと断言できるんですよ。役職に就くと色々頼られそうで不安なんですよね」
園芸部唯一の部員の悩みを初めて聞いて、少し驚いた様子を見せた八月一日だが、すぐ笑みを戻して
「…九鬼さんと俺が違うのは当たり前だ。出来る事、出来ない事も当然あるよね。でも…俺もこのままで良いかなって思ってるよ」
「え?このままって、部員のままでいいって事ですか?」
「うん。…さて、先の事は問題にぶち当たった時に考えようよ。そういえば雨龍さんは何か用事が?」
曖昧に濁して話を切り上げてしまえば、最後に残った雨龍へ質問を投げかけて
「あぁ。俺はケーキを焼いたんで…」
「マジですか!?」
言い切らない前に食いつく守屋。勢いに押されて僅かに上体をそらすが頷いて肯定を示せば、自分が持ってきていた荷物から箱を取り出して蓋を開ける。甘く香ばしい香りが漂い、おいしそうなケーキが顔を覗かせて
「八月一日、この前蜂蜜作ったって言ってたろ?それで分けてくれるって言うから、合いそうな物を持ってきたんだ」
「あぁ、ちょっと待って、持ってくるから」
手をポンと叩いてからそう言って席を立つ八月一日を視線で追いかけつつ、九鬼が雨龍へ顔を向けて
「蜂蜜?」
「あぁ、なんでも養蜂をはじめたらしくてな。植物の受粉を手伝ってもらえるし、天然の栄養食を入手できて一石二鳥と言っていたぞ。…知らなかったのか?」
「はい。知らなかったです。…虫、苦手だから黙っててくれたのかな?」
「そうかもな」
そんな話をしている所に、八月一日がビンを2つ持って帰ってきた。テーブルの上において蓋を開けて、スプーンで別の器に取り分けながら
「赤い蓋のこっちが、養蜂を始めたばかりの頃採取した蜂蜜で、緑の蓋は最近の物。色が全然違うでしょ?」
言われるまでも無く、赤い方はよくスーパーでも見る綺麗な黄金色だが、緑のほうは色は黄金であるもののピーナツバターのように濁りがあった。皆が舐め比べてみる中、草加が味を確かめながら顔を上げて
「コレ、同じ蜂から取れたものですか?」
「そうだよ」
そう言いながら八月一日もスプーンを使って濁った方の蜂蜜を一舐め。満足そうな笑顔を見せてから説明を求めている顔の草加に視線を移して
「こっちの濁ってる方は花粉が多く混ざっているんだ」
「花粉ですか?…では花粉症の人は辛いんじゃ…」
「いいや、必ずしもそうとは言えないんだよ。ミツバチの集める花粉は、逆にアレルギーを抑えると言われているんだ。だからって、蜂蜜が花粉症に効く万能薬になるとは言えないけれど。それとね、蜂蜜の花粉には沢山の栄養分が入ってるんだ」
その言葉に、舐め比べていた月野が顔を上げて
「確かに…濁っとる蜂蜜ん方が、濃厚で美味しい…と、感じます」
「でしょ?…でも、やっぱり少し見目が悪いから。純粋蜂蜜は高いし、あまり出回ってないみたいだね」
「確かに、水あめで水増ししてる製品多いわよね」
「「「おぉ!」」」
続いた獅戸の言葉に高校2年仲良し3人組が同じタイミングで声を上げ、視線を彼女に向ける。いきなりの事に驚いた様子で
「な、何よ?何か変な事言った?」
「いや、驚いているんだ」
「何でよ?」
「アンナが、その…」
「何よ。勿体つけないで言ってよ!気になるから」
「…女の子っぽい発言したから…」
ムカッ!!
「悪かったわね!乱暴物でお調子者で男っぽくて!」
「そ、そこまで言ってないだろ!?」
「おいおい、いつもの事だが喧嘩はよせよ?食い物があるところで暴れられるとまわりも迷惑だぞ」
いつも元気な高等部2年。それを宥める係りをお父さんである雨龍が買って出るのもいつもの事で。そんな彼らを見ながら、周りからも笑顔がもれる。
同じくその様子を笑顔で見ていた八月一日だが、スッと立ち上がり
「…」
「どこさ行ぐ?」
「え?…」
先ほど出てきた会議室の方へ行こうとして、鷹司に腕をつかまれる。若干鋭さのある視線に苦笑い零しながら視線を泳がせて
「えぇっと、ちょっと今聞いた事とか、纏めとこうと思って」
「んなの此処でやれば良いべさ。なして席ば替えんだ?」
「それは…手帳とか、携帯とか、向こうの部屋だし…」
「だば、俺が取ってきてやら。アコンは座って、しっかり何が胃袋サ入れどけ」
「ち、ちょっと…」
そう言うとやや乱暴に八月一日を椅子に押し戻し、代わりに鷹司が立ち上がって扉まで歩いていく。すぐ追いかけようとしたが、今度はそれを舞鶴が防いだ。
「はーい、アコちゃん。座りましょうね~」
「ちょっと舞鶴さん!?」
慌てた様子の八月一日はとりあえず無視して、姿が見えなくなった鷹司へ向かって声を張り上げる。
「タカやん、今日部長が食べたものは?」
「朝食ば食ったかどうかは知らん。学校だば菜園で収穫したミニトマトば3個食べただげだ」
「…それ、いつの話?」
「舞鶴と三木谷が来らわんつか前」
「俺らが来るちょっと前って…それってお昼ご飯のつもりかなぁ?」
「…知らん」
自分の腕時計を見ながら質問を重ねる舞鶴。荷物を持って戻ってきた鷹司が、再び八月一日の所へ来ると呆れたようなため息を吐き出した。
ここに居る皆が知っている事のため、その会話で皆が何か食べ物を八月一日に食べさせるべく動き出す。
八月一日は20歳になって数年なのに酒は飲む酒豪のくせに、食に関してはまったくの無頓着。
あればある物を適当につまむが、無ければ無いで何も食べないという偏食っぷり。栄養バランスはまぁまぁ良いものの量が圧倒的に足りていない。
しかし、肉体的にはガリガリにやせているわけでもなく、筋力が著しく弱いわけでもなく、人前で絶対に食べないというわけでもなく、日中倒れたりした事があるわけでもないため、鷹司が皆に言うまで誰一人として彼の偏食に気づかなかったのだ。
「八月一日、昨日の夕飯は何を食べた?」
「雨龍さん?…えっと、昨日?…昨日は…」
「熱燗しかまぐらてね」
「まぐらてね?」
「…飲んでねぇ」
「ちょ!何やってんですかアコン先輩。この暑いのに熱燗とか、おかしいんですか?」
「おかしい!?猫柳さん、それは…」
「ちなみに朝は?」
「……」
「…あ、コレ、食べてないパターンだよケイシ」
「俺なんて飯抜いたら倒れるぜ」
「これ、美味しかったのよ。八月一日先輩にもあげますね」
「飴?あ、ありがとう三木谷さん」
「うちも。これ…もらいもんやけど…」
「うん?…ラスク?貰ったものを俺が貰うのは悪い気が…」
「私からもコレ!お風呂上りに飲むのが良いわよね!」
「あ、私もあげます。一部で盛り上がりを見せてる人気商品ですよ!」
「天笠さん獅戸さん!?…え?何かこの飲み物蛍光ピンクだけど…あ、でもタバスコ味?…辛いのは嫌いじゃないよ。うん…でもやっぱり、遠慮したい…」
そんな事をしながらも積み上げられていく食べ物を前に、八月一日は頭を抱えた。