02-27 本戦一歩手前
物凄い人ゴミの中で警備の本部を目指していた雨龍は、会場の隅に設置されている背の高い建物を目指していた。そこは先日サクッと作られたVIP専用の観覧席の下にある、警備と運営スタッフの仮設本部である。たまにすれ違う同僚に軽い挨拶と現在の状況をさりげなく聞くが、特別大きな事件等は聞かなかった。そうこうしている間に本部到着し、あわよくば偉い人の作戦会議なんかを都合よく聞いちゃったり出来ないかと期待して、そっと気配を殺して近づいた。
「ほな、お母ちゃん見つかったんやね」
「見つかったよ。連れてきてくれてありがとね、サヨちゃん」
「ううん。迷子見つけたんは偶然やし、お母ちゃん見つけたんは舞鶴先輩で、うちはなんもしてへんよ」
聞こえた声に思わず眉を寄せて3秒考える。そしてそっと顔を覗かせた。
「舞鶴…それに月野も。何で此処に?」
部屋にはほとんど人がいなかった。と言うか、話していた2人しかいない。聞き覚えのある声に思わず名を呼べば、2人も気がついてにっこり笑った。警備&運営スタッフの舞鶴はいいとして、何故売店スタッフになった月野まで居るのだろう。そんな月野は雨龍の名を呼びながら歩み寄り、舞鶴は笑顔で手を振った。
「あれぇ?タクミンも迷子?」
「そんなわけあるか。ちょっと様子を見に来たんだよ」
「だよねぇ。こっちは特に変な動きは無いよ。不審者の情報収集もイマイチ進まないね。とりあえず、今日の城門較べの参加人数がヤバいくらいに多くなっちゃったから、色んなところから人集めて運営スタッフに回してるみたい」
「そうだったのか」
「参加者が100組越えって言うのは連絡来てたから会場を外に移したみたいだけど、此処まで混雑するとは想定してなかったみたいだね。これ知ってたらタクミンの休みを許可するはず無かったよ、きっと」
「確かにそうだな。…ラッキーと言うか何というか。で、月野は何で此処に?」
「うちの売店、コンテスト会場から遠くて人も昨日よりは来なくて。手が余るみたいやったから、思い切ってお休み貰たんよ」
「それで来る途中で迷子を見つけてくれて、サヨちゃんが此処まで送ってきてくれたんだ」
「なるほどな。月野のほうは、何か情報集まった?」
「それが…」
特に何も集まらなかったのだろうかと思ったが、月野の返答はちょっと違った。数人のお客さんにさりげなくスパルタクについて質問すると、普通に「良い人だよね」といった返事が返ってくるのだが、最近の彼についての質問には揃って言葉を詰まらせたらしい。不思議に思って、何時から姿を見ていないのか、最後に見たのはいつか、等ともっと深く掘り下げて聞いて行ったら「何で最近姿を見ないのだろう?」と、月野が質問をした人も疑問を感じていた様子を見せたそうだ。
「居ない事が不思議じゃ無かったってこと?」
「けど、質問したらおかしいって言わはったよ?」
「気付いて無かったとでも言うのか?」
「いや、でも自分の住む場所の偉い人だよ?突然居なくなったのに、それをおかしいって思わないって相当変だよ」
何かの陰謀の気配がする。
思わず口を閉じて僅かな時間沈黙すれば、賑やかなコンテストの司会の声が飛び込んできた。
「は~い!!時間終了!今ステージに上がっているチームで審査締め切りでーす。間に合わなかったチームは予選敗退。でも作りかけのオブジェを本部に持っていけば参加賞と交換できますので、八つ当たりして壊さないでね。では、審査が全組終わるまでもう少々待っててね~」
「お。いつの間にか終わっていたか。鷹司の傍を離れてしまったが、大丈夫だったかな…」
「うーん…あ、スターニャちゃんだ」
「え?どの子なん?」
「審査待ちの列の前から3…4番目?…位に居るピンクのスカートの女の子だよ」
ちょっとだけ背の高い建物のため、視界を遮るものも無くステージの上を見ることが出来る。距離が少しあるけれど、頑張れば肉眼で見えなくも無い。
「鷹司先輩達は一緒やないみたいね」
「そうだね。皆作品持ってるから…代表者1名なんじゃないの?ステージにグループ100組も上がれなそうだし」
「あ、そうだ。コンテストが始まる前にステンカに会ったんだが…」
ここで雨龍は自分が此処に来た理由を思い出した。もう一度辺りを見渡して室内に自分達以外に誰も居ない事を確認してから鷹司が本格的に追われることになるかもしれないと話す。
「なにそれ。ってかさ、炎の力がどうのって言ってたのに。そういうことが出来る人探すべきなんじゃないの?」
「俺に言われても困るよ舞鶴。だが…そうだよな。俺だってそう思う」
「狙われてるかもしれへんのに、こないな人目につく場所に来て平気なん?やっぱり隠れたほうが…」
やっぱり城門較べに参加させるべきじゃなかった。情報を聞いた時点で部室に引き返して居ればよかったかも。腕力は部室のメンバーの誰にも負けない自信がある雨龍、ここは力づくでも隠れさせるべきだったかもしれない。そんな事を考えてため息を一つ。黙って見ていた2人も、何を考えているのか容易に想像が出来たらしくつられる様にため息を吐いた。
「とりあえず、今はこの人ごみだから顔を知ってる兵に近づかなければ気づかれる事は無いんじゃない?それに正式にその情報が回って来たわけじゃないし」
「…そうだな。ステージに素顔のまま上がるのを阻止すれば終わるまでもつ…事を祈ろう。そういえば他の警備員はどうした?待機していないのか?」
「うん。手の空いてる奴は運営スタッフの手伝いに行った。って言っても、不正の監視でもうちょっと近くで見てるだけみたいだけどね」
「何で舞鶴は行かなかったんだ?本部を空に出来ないのかもしれないが、何もバイトのお前に任せなくても…」
「俺、昨日病欠した設定なんだよ。だから皆が気を利かせて座れる場所に残らせてくれたの。それに俺の声聞き取りやすいみたいで「何かあったら大声で叫ぶんだ!」ってリーダーに言われた。こういう時は人ごみに混ざった方がいろんな人と色んな話できて情報も集められるんだけどねぇ。…そしてちょっと良心が痛む」
警備のリーダーの人の真似をしてからふにゃっと苦笑いを浮かべた舞鶴。それを見て呆れるような困ったような、しょうがない奴だな、と言いたそうな優しい笑顔を雨龍と月野が浮かべた。
「さぁ~て!長らくお待たせいたしました、結果発表だよ!!技術者兼審査員の人が認めたグループ10組が本戦に進出だ!一気にガクッと人数を絞るよ!心の準備は良いかな?」
再び聞こえ始めた司会の声に、視線を外のステージに向ける。ステージの上の代表者がずらりと並び、認められたチーム代表が呼ばれるたびに歓声と拍手、たまにブーイングが飛び交っていく。
「あ。あれ、多分ステンカだぞ」
6番目に呼ばれた人物を見て雨龍が告げた。毛皮に骨面の今ブームの格好はそれなりに多かったが、直前に本人と会っていたため特徴を直ぐに捉える事が出来たようだ。
「え?ステンカさん…鷹司先輩に参加はせんって話してたんじゃ…」
「俺もそう聞いた。が、参加しているって事は…仲間が戻ってきたのか?」
「辞退するなら辞退してくれれば良かったのに。もしかして合格枠は最初から9個だったんじゃないの?」
「ステンカは家の権力で本線出場って訳か?」
「一番最初に選ばない所が怪しいよね!…まぁ、ホントの所は分かんないけど」
ムッとした様子のまま舞鶴が想像を口にする。が、次の瞬間にはパッと笑顔になった。
「あ!!!スターニャちゃんも選ばれたじゃん!」
「ほんま?やった!凄いわ!」
「ほぉ。…で、最初の課題って何だったんだ?」
「え!?あんな大声で説明してたのに聞いてなかったの?」
「す、すまん。同僚に話しかけていて…」
最後の最後、10番目の組に選ばれて本人も驚いている様子のスターニャがステージ上で1歩前に出て他の9組の代表と並んだ。簡単に一次のルールを説明してやっている間に、選ばれなかった組は残念そうにしながらも、参加賞と変えるためにぞろぞろとステージを降りていった。そんな中ステージの上で興奮した様子のスターニャは人ごみに向かって手を振っている。
「…お?あそこに鷹司たちが居るのか?」
「戻るの?タクミン」
「あぁ。一応、頭数は居た方が良いだろう。何かって時に備えてな。見つからなかったらまた戻ってくるかもしれんが、平気か?」
「俺の方は大丈夫。勝手に動けないしね」
「雨龍さん…」
「大丈夫だ。じゃあ行ってくる。お前達も気をつけろよ?」
不安そうな顔をした月野の肩をポンと叩いて、雨龍は部屋を出て行った。
残された舞鶴と月野は、とりあえず視線をステージの上に向ける。
「本戦はどないなるんやろか?」
「さてね、想像できないよ。でも…何か起きるならこれから、なんだろうね」
「何も無く終わればええんやけど」
心配する2人、そのステージの上では司会者が残った10組の代表者を等間隔に立たせた。そしてその彼らの前に本戦に使うのだろう、先ほどのオブジェとは別の物が各チームに1つずつ、用意される。布が掛かっているので何かは分からないが、先ほどのオブジェより大分薄いようだ。
「さぁ、いよいよ本戦が始まるよ。1回戦にして、決勝戦!敗者復活戦は無いからね、精一杯頑張ってちょうだいね!さぁ、布オープン!!!」
司会の声にあわせてかけられていた布が取り払われる。が、そこにあるのは長方形の四角い枠だった。まるで額縁。何だこれは?という顔をしている参加者代表に向かって、きっと仮面の下で良い笑顔を浮かべているのだろう司会が再び声を張り上げる。
「課題は“この枠に合う扉を作る事”だよ!基本的な道具とこの枠に合う鉄プレートは用意しているけど、此処からは材料や加工器具の持込もOKです。審査はあちらの壁に取り付けて行います」
そういって司会が指さした先には1面だけ壁の無い四角い箱だった。いや箱というよりは壁が1面だけないプレハブ?人がすっぽり入れる大きさで、中に簡単な家具がある。
「そこの家の壁に取り付けて、作者はこのお家に入っていただきます。そして作者以外のチーム9組が、その家の中に入ろうとするのを阻止してください。何分で扉が破られるか、そのタイムを競いますよ!あ、もちろん扉を開けて入るんだからね?こっちの壁が無いからって、此処から入るのは駄目ですよ!これは皆に様子が見えるようにしてるだけですからね」
時折入れられるギャグ?のようなものに会場が沸いて、決勝に残れなかったチームも残った10組に熱い声援を送っていた。
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「ふふ、時間までもう少しよ」
大きな歓声の裏でささやかれる女性の言葉。それを聞いた側の男性が長い息を吐き出して、緊張しているのか手を開いたり閉じたりを繰り返した。
「…何度やっても、慣れないな」
「あら、なぁに?もしかして嫌になっちゃったの?」
「…」
「私達のチームが勝ってくれれば、動かなくて済むんだから。今は優勝を願いましょ?」
小さく呟かれた言葉は、女性の耳に入ってしまったようだ。嫌味を言うかのような彼女の言葉に無言で応える男性。そしてギュッと拳を握ると、静かに眼を閉じた。
行動の時まで、あと少し。
投稿日は偶数日!
って事で、次は2/2に投稿予定です。




