02-24 捜索・屋敷
「カリャッカさん、お嬢さんが来てますよ」
屋敷での潜入捜査はおおむね順調に進んだ。
三木谷の聴力のおかげで、屋敷の人間とばったり出くわす危険を回避する事が容易に出来たおかげで、屋敷の中に入る時にちょっとカリャッカに手伝ってもらった後は自由に屋敷内を歩き回る事が出来たのだ。
教えられた書斎で本を開いてみたり、VIP専用エリアに入ってみたり、台所でつまみ食いしたり。
字が読めないという問題は、天笠達と同じ考えで後で船長に聞いてみようという事になり、とりあえずパラパラと眼を通すだけ。それでも大分時間がかかってしまったが。
そしてほぼ丸一日屋敷内の捜索に時間をかけたその結果、この屋敷の中から獅戸と猫柳の声は聞こえないという事が分かった。
完全密封していて音が漏れない部屋があれば別だが、そうじゃなかったら別の場所に居るという事になる。2人がまだ生きているならば。
獅戸が言っていた箪笥の中の金庫も見ておきたかったが、さすがに個人の自室は常に人の気配があり、ガードが固くて部屋に入る事が出来ず断念。そろそろ時間も言い頃合になったので、屋敷を出ようと考えカリャッカに会いに来たところだった。
庭師のような人が告げた言葉になんだろう?と不思議に思うと同時にこみ上げる嫌な予感。
カリャッカが舞鶴達の隠れているテーブルに注意が行かないよう、絶妙な位置でそれ以上の入室を阻止し視界の範囲を妨げるが、言伝を持って来た人は特に何も感じていない様子で用件を伝えた。
湧き上がる複雑な思いを押し隠し、単純に疑問を浮かべた声色でカリャッカは返事を返した。
「スターニャが?どうしたんだろう。何か言っていた?」
「急用なので、直ぐ父を呼んでくれ、とだけ言われました」
「何かあったのかな…。分かった、ありがとう。直ぐ行ってみるよ」
のんびりした口調でそう返せば、一礼して去っていく。その姿が完全に見えなくなった後で慌てたように2人を振り返った。
「すぐに外へ案内します」
「お願いします」
「うん、お願い。何があったのか俺も気になるし」
「キョウタロウたちの所で何かあったのかしら…。あ!待って!別の足音が近づいてるわ!」
外へ出るために行動しようとした時、周囲を警戒していた三木谷が去っていくものとは別の足音を耳に捉えた。テーブルの下から出ようとしてい舞鶴を再び押し込むようにしてテーブルの下に隠れ、自分ももぐったところで別の人物が顔を出す。
「あ、此方にいらっしゃったんですか。と…いえ、カリャッカさん」
「おや?…君は確かメイドの?」
「…ノフィーです。突然ですけど先日私が引き抜いたアンナという少女を連れてきたのはあなたでしたよね?」
「そうだが。…彼女の行方について何か分かったのか?」
「いいえ。ですがその事とは無関係ではありません。今後についてお話があります」
「なんだい?」
深刻そうな顔のノフィーは、一度周囲を見渡して誰も居ない事を確認した。テーブルは再びカリャッカがさりげなく隠してくれているおかげで、下の2人には気づいていない様子。それでも声を落としてささやくように声に出した。
「イーヴァ様が、アンナをどこかからの間者だったのでは?と疑っています。有力な情報を得たために身を隠したのだろう、と」
「間者って一体何処の?」
「それは確定していませんが、ステンカ様の嫁問題にかかわっているとか何とか」
「馬鹿らしい。一体何故そんなことに!?」
「詳細は詳しく分かりません。ですが、バイトに入ってから屋敷付きとして引き抜かれた後で、何者かに買収されたのではと言っています」
「呆れたな…。何の根拠があってそんなことを言っているんだ?濡れ衣にも程が…」
「あなたが…カリャッカさん、あなたが連れてきたからです」
「…何?」
「あなたの息子の件を、奥様は良く覚えています。そのため、あなたに謀反の疑いありと思っているのです。ステンカ様を利用して、由緒あるサーロヴィッチの乗っ取りを考えていると」
「そんな!?…だったら何故私を狙わないんだ!」
「町の人が、あなたを見ているからです。いきなり手にかけたり不信な死をとげたら、民の反感を買うと思っているようです。いくら奥様でも、民の暴動は避けたいとお考えの様子」
「そんな事で標的を少女に変えたのか!?…散々人の命で弄んで、今更何に怯えるというんだ!サーロヴィッチ…。いや、取り乱してすまない。教えてくれてありがとう、それよりもノフィー、何故君が知っているんだ?」
「奥様の話はこっそりと。あなたの話は町で噂になってますよ。…あの事件の後も尽くしてきたというのにあなたの扱いはあんまりだ、と」
「そうか。そうだった…噂になっていたんだったな…」
あまりの事に何処か疲れた顔をして見せたカリャッカ。そんな彼をいたわるように肩に手を掛けたノフィーは、少し離れてから微笑みかけた。
「暫く身を隠してください。お嬢さんと一緒に」
「ありがとう。…でも、でもジノヴィがいるはずなんだ。私の残された息子がこの屋敷に…。だから離れるわけには行かない」
「少しの時間で良いんです。きっと決着が直ぐにつきます。だから…」
「良いんだ。私は良いんだ」
「…」
何かを言いたそうな表情を浮かべるが、ノフィーはこれ以上言っても無駄と判断したようだ。僅かな時間眼を伏せて、再び顔を上げると軽く頭を下げた。
「分かりました。では私はこれで。…どうかお気をつけて」
「ありがとう。こんな事なら、もうちょっと早くに声をかけてみれば良かったよ」
「え?私にですか?」
「あぁ。…何となく…何となくだけど、息子に間違えそうになった事があってね。もちろん姿を見て見間違えたわけじゃないよ?視界の端でふとした動作が似ている気がして。…すまない、こんな綺麗な女性なのに」
「いえ、それは構いませんが…」
他愛ない会話でお互いにクスリと苦笑い。その後でノフィーが今度こそその場を去ると、テーブルから舞鶴と三木谷が顔を出した。
「ノフィーさん、アンナの話でも聞いていたわ。優しい先輩だって」
「何かあったら、彼女に助けを求めるのも良いかもしれないね」
そう言いながら三木谷と舞鶴は顔を見合わせる。獅戸からジノヴィの話は家族にナイショといわれた、といっていた。ので、今ノフィーがジノヴィの居場所を知っている、と口にすることは出来ない。目配せだけでお互いに確認しあって、話を変える事にした。
「それで、今度こそ周囲に人は居ないわ」
「ありがとうミッキー。それにしても…さっきの話、大丈夫なの?カリャッカさん。あのメイドさんの言うとおりにスターニャちゃんと隠れたら?」
「大丈夫さ。今まで生きて来れたんだ。きっと何か目的があって生かされているのかもしれない。だったら、息子のためにももう少し頑張るよ」
「そうですか…」
そういって軽く頬を手ではたいたカリャッカ。気を引き締めなおして周囲を警戒しつつ廊下を歩き、カリャッカが門番の注意をひいている隙に従業員用の小さな扉からこっそり外の通りに出ると、大きな門の前でスターニャが屋敷の方を見ているのに気付いた。服の裾を払ったり、指を胸の前で組んでみたり、辺りを見渡したり、ため息をついたり。明らかにソワソワしていて、落ち着きが無い。
舞鶴達は一度深呼吸をし、そしてちょうど今通りかかったという風を装ってスターニャに声をかけた。
「あれ?スターニャちゃんこんな所で奇遇ね!」
「あ!…えっと…」
「…あれ、もしかして名乗って無かったっけ?俺ら」
「そういえばそうでしたね。カリャッカさんとは自己紹介したけどスターニャちゃんとは名乗りあう前に分かれちゃったから」
「あの!お名前はぜひとも伺いたいですが、今はそれよりも…」
「スターニャ!どうした?何かあったのか?」
「お父さん!…それが、大変な事になっちゃって…」
「…とりあえずちょっと移動しましょう?此処で話し込むと屋敷の方にも迷惑になるし」
「そ、そうね」
門番の注意をそらすために立ち話をしていたカリャッカが小走りで近づいて声をかけると、スターニャも早歩きで彼に近づいていく。慌てふためくのを堪えているのか、ニッコリ笑顔ではあるがギュッと服をつかんだ手に力が入り布にしわが寄る。それを見た三木谷が場所を変えるべく背中を押せば、皆同意して少し静かな所へと移動した。
かくかく、しかじか
宿屋での一連の出来事を説明する。
スターニャはお昼頃までなんとかシル様達を外に連れ出す事に成功したが、所詮幻影の鷹司、探しても見つかる訳が無い。
お腹もすいたという事で一旦切り上げるべく宿屋に戻ってきた時に、前に来た時には居なかった4人目の男性とともにテーブルについている天笠達を見つけて心底ビックリした。しかも見つかって罰を受けている…様にも見えない。お茶まで出されて接待されていたのだ。
「あ、あの…」
思わず声を掛けそうになって口元を手で覆うが、そんな様子を見た天笠が立ち上がって芝居がかった動作と口調で語りかけた。
「あらぁ?始めましてお嬢さん。あなたもこの部屋のメンバーの一員なの?私はホクト、こっちは付き人のキョウタロウよ。ヨロシクね」
「ヨロシクー」
「は、はい!私はスターニャです。よろしくお願いします」
とりあえず先に自己紹介を済ませておけば、思わず名を口にしても大丈夫だ。その後で黒服のおじいさんの相槌を受けながら経緯を聞いた。
先日、テトラ(猫柳)が居なくなった。その時シル様に呼ばれてサーロヴィッチ家に行くといっていたので、何が起きたのか確かめに来た、と言う事だった。此処まではスターニャも聞いたとおりだ。
「ねぇ、一体何故ダーリンを呼んだのかしら?」
「ダーリン?」
「黙りなさいキョウタロウ。…ねぇ、口を挟むの止めてくれる?話が全然進まないじゃないの」
「ス、スイマセン…」
「さぁ、おじ様。もう一度じっくりゆっくり説明最初からお願いできるかしら?」
「だ、だからのぉ…」
守屋が呟いた王様という言葉は聞かなかったことにして、猫柳と天笠が恋仲という設定が付け足されたようだ。鉢合わせた時に驚き、直ぐに怒りをぶつけて、最後に泣き落としたらしい。学園祭の悪女が発揮されて、まるで女王様のような態度の天笠、それに困りながらも嫌では無さそうな顔で受け応える黒服の4人目。
シルやラプシン、エフレム達も驚いているようだ。部屋に入ったは良いが、最初に立った位置から動けないでいた。
「とりえず、見つかっちゃったって訳ね」
話を聞いていた三木谷がそう纏めれば、スターニャが頷く。
「はい。…ですが、拘束されているというわけではなく、話を聞くために任意でとどまってもらっている、という形でしたけど…」
「今日解放されるかな?」
「分かりませんが、必ず帰ると言伝を預かりました。今日は帰れないのかもしれません。ですが、やはり私にはシル様は悪い人には見えません。テトラさんの事も、知らないようでした」
「え、どういう事?」
「シル様は呼びだしていないとおっしゃったんです」
「…とぼけてるの?それとも本当に知らないのかしら?」
「怪しいのも分かりますが、私も彼らは信じられる気がします。人柄については娘の話しか聞いていませんが、サーロヴィッチとはあまり仲が良くないようですし」
「なら良いんだけど…。これでさらに2人が帰宅困難って訳だ」
「無理やり逃げ出すと逆に怪しまれる可能性もあるし…。どうするかの判断は2人に任せるしかないわね」
「とりあえず、俺達は戻ろうか。ホクトちゃんたちの話をしないといけないし」
その後は明日の城門較べの集合場所などの簡単な連絡をしあってそれぞれ帰宅する事になった。
夜、部室でその話を聞いた時心配の声も当然上がったが、今はもう彼らの判断を信じるしかない。
その後調査をしてきたメンバーの記憶からチラ見した書籍を翻訳して本にしたものを皆で見たり、集めた情報を報告しあったりしていたが、猫柳も獅戸も外見的特長は珍しくなく、新参者と言う事で知り合いもほぼゼロ。そのため覚えてる人どころか彼らのことを知っているという人も居ない。そのため有力な情報は得られなかった。
そんな中で1日中部室で留守番をしていた鷹司は船長が翻訳した書類を見つつ皆の話を聞いてはいたが、終始無言のままだった。




