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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
02 はじまりの旅・Ⅱ番目の世界
54/146

02-23 幻影の鷹

翌日。

謝肉祭3日目。


今日は各バイトから1名が休んで情報を集める事になっていた。

大人数で同じものを調べるのは効率が悪いし、情報収集は各仕事先でもおこなって、幅広い層から情報を得ようという訳らしい。


警備スタッフになった雨龍と舞鶴からは、話術が得意な舞鶴が。

食事処の店員になった三木谷と草加では聴力の強い三木谷が。

そして宿屋のスタッフになった守屋と九鬼は幻覚の力を持つ守屋が。

売店スタッフになった天笠と月野はどちらが行くか最後まで揉めたが、最終的に対人スキルが上の天笠に決まった。

鷹司を使うのは最終手段だから部屋でおとなしくしていろと言われ、渋々従う事に。


そして舞鶴と三木谷がペアになり屋敷に行き、天笠と守屋がペアになって宿屋に行くという手はずだ。


センと鷹司に見送られ普段よりかなり早い時間に部屋を出て、まだ人通りのまばらな道を歩いていく。詳しい作戦があるわけではなく、何でも良いから情報を集めるというもの。もしかしたらこれが更なる危険につながるかもしれないが、それは皆が覚悟していた。

謝肉祭のために顔を堂々と隠していても怪しまれないというのは都合が良かった。それぞれ祭り特有のカラフルな布を体に巻き、祭りの仮面をつけている。

まず情報収集の前に、鷹司とチームを組んだスターニャの様子を4人で見に行く事にして、町の外れを目指した。


軽いノックの後、直ぐに顔を出したスターニャ。

ちょっと寝不足気味のようだったが、スターニャとカリャッカはとりあえず無事だった。突然訪問した舞鶴達4人に不信感を抱いていたようだったが、鷹司と獅戸の名を出すと直ぐに心配して様子を聞いてきた。


「ナガレさんは!?怪我、良くなったんですか?」

「ナガレ先ぱ…ナガレさんは大丈夫だよ。傷もふさがって、普通に歩き回ってる…みたい」

「良かった。会いたいです。会えますか?」

「それはまだ無理だ。ちょっと事情があって」

「そう…ですか」

「ではアンナさんは?昨日は屋敷で見かけなかったのだが…」

「それが、ですね…」


サーロヴィッチ家に呼ばれて、帰ってこない。天笠が大まかに伝えた猫柳と獅戸の行方が分からないという情報にカリャッカが拳を握り締める。


「…俺の息子だけではおさまらなかったのか?…何故こうも関係ない人間を…」

「まだサーロヴィッチ家に何かされたと決まったわけじゃないわ。呼び出された場所はあの屋敷だけど、呼び出した人間はシルという人物なの」

「え、シル様?…シル様が何かするとは思えないわ。ナガレさんに助けられた事をそれはもう感謝していたの。お礼が言いたいから私に居場所を知らないか?って聞かれて…」

「お礼だけ?」

「え?どういう意味…ですか?」

「タカやんの話だと、彼が作り出した道具に興味を持っていたみたいだったって言ってた…みたいだけど」

「タカ?…いえ、道具…そういえば、あの重い鉄の扉を持ち上げた道具には大変興味を持たれて…で、でもまさか…シル様がそんな…」


信じられないといった表情で口元に手を当てた。その様子を見て、4人は顔を見合わせて頷く。


「とりあえず、無事を確認できてよかったよ。俺達はもう行くから。自分の身の回りには気をつけてね」

「お邪魔しました。…あ、それと。ナガレ先輩は明日のコンテストには参加するつもりだから安心してって言ってましたよ」

「え、来てくれるんですか?!この状況で?」

「…危ないからって止めたんだけど、いろんな人の眼があるコンテストでは逆に安全だから出場はやめないって聞かないんだ。先輩、頑固なところあるからね」


守屋がしみじみと答えると、今度はスターニャとカリャッカが顔を見合わせて頷きあった。そして軽く会釈して外に出た4人を追いかけて2人も外に出てくると、真剣な顔で呼び止める。


「待ってください。私も行きます」

「へ?」

「私はシル様の宿を知っています。顔も知っています。連れの方とも知り合いました。…きっとお役に立てるはずです」

「でも、危ないかもしれないし、これ以上巻き込むわけには…」

「嫌なんです。もう何も出来ないで事が終わるのは嫌なんです!」

「…私も、お供します」

「えぇ?」

「屋敷は私の職場です。中を探すなら案内できるし、侵入するなら手引きできます。だから、お願いします」

「「どうか、連れて行ってください」」


内容が内容だけに、再び家の中に戻ってから最初は断っていた4人だが、2人の真剣な言葉に最後には根負けして、僅かの時間話し合って結局連れて行こうと言う事になった。そして屋敷を目指す舞鶴と三木谷のチームにカリャッカが、宿屋を目指す天笠と守屋のチームにスターニャが加わった。


早朝の少し冷たい空気がだんだんと暖められて、通りに見える人の数も多くなってきた頃。

天笠と守屋はスターニャと一緒に細い裏道を通っていた。


「この道の先に宿があります。でもここら辺は比較的裕福な方が多くて警備の人も多いんです」

「うん船長の地図と同じだね。でも警備員が多いなら舞鶴先輩がこっちに来た方が良かったんじゃないですか?天笠先輩」

「人選ミスったかしら。でも今そんなこと言っても仕方ないわ、私達でも出来る事をしましょう。それよりも…本当に良いの?スターニャちゃん」

「はい。力になりたいんです。手伝わせてください」

「分かったわ。正直なところ、あなたが手伝ってくれるととても助かるし。…良い?作戦なんて立派なものじゃないけれど、今から考えた手順を説明するわ」


大通りに出る前に行動の手順を確認して、3人は顔を見合わせて頷きあった。



**********



宿屋。

シルの部屋。

朝食の後のティータイム兼作戦会議。本来ならば主と同じテーブルにつくことは許されないのだが、今は作法を気にしている場合ではない。護衛騎士のエフレムと女騎士のラプシンは武器を壁に立てかけて席についていた。


「状況は芳しくないな」

「そうですね、シル様。どうも後手に回ってばかりですわ」

「昨日ラプシンと共にサーロヴィッチ家のご子息を捜索しながら町を見て回ったけど、スパルタク様が姿を見せない事に疑問を感じている人が吃驚するほど少なかった」

「それに、ステンカ様のご学友の方2名ですが、謝肉祭が始まってから見かけていません。私の思い過ごしなら良いのですが、もし何かあったなら…」


沈黙が辺りを包む。鳥の声が窓の外から聞こえる。こんな良い天気で世間では祭りで騒いでいるのに、事件のおかげで陰鬱になりかけている空気を払うようにエフレムが深く息を吐き出した。


「しっかし、せっかくのお祭りなのに、全然のんびり出来ないですね」

「何を言っているのよエフレム。私達は遊びに来たわけじゃないでしょ?」

「そうだけど。でもまさかこうもドンピシャで事件が起こるなんて思わなかったから」

「確かにそうだな。彼は先を見る目でも持っていたのだろうか?」

「分かりませんシル様。でも…」


“コンコン”


会話を遮るタイミングでドアがノックされると、3人の視線がドアに向く。その後でシルの目配せを受けてエフレムが立ち上がってドアの前に行くと、ドアノブを握って武器である剣に手を添え、声を出した。


「はい、どなたでしょう?」


落ち着いた声色で問いかける。それに応じたのは少女の声だった。


「あ、わ、私です。スターニャです。先日はお世話になりました」


この返答にシルがエフレムに頷きながら目配せすれば、武器から手を放してドアを開ける。

そこに立っていたのは紛れも無く、先日鷹司と共にこの部屋に訪れたスターニャだった。


「おはよう、スターニャ嬢」

「おはようございます、シル様」

「おはよう、スターニャちゃん。私は呼び捨てで良いって言ったのに」

「おはようございます。エフレム様、ラプシン様。呼び捨てなんて、そんなわけにも行きません」

「おはよう、で、どうしたの?スターニャちゃん。こんな早くに何かあった?まさか彼が…」

「いえ、それがまだ何も…。ラプシン様達は、ナガレさんについて何か分かりましたか?」

「私達もまだ有力な情報は得ていないの。ごめんなさいね」

「そうですか…」


新しい情報を期待したシルたちは胸の内で落胆するが、とりあえず室内にスターニャを招きいれた。

一度ぺこりとお辞儀をした後で部屋に入ると、何か情報が得られると思っていたのか何処か残念そうな顔をしてテーブルの側まで歩いてきた。


「あの時お話しましたけれど、ナガレさんとは同じ城門較べのチームだったんです。初対面で無理やり引き入れたんですけど」

「そう言っておったな」

「でも…帰ってこないなら出場自体を考えないといけないかもしれないですね」

「そうか…。コンテストは明日だっけ」

「はい。そう言えばあの窓から、でしたね」

「彼が飛び降りた窓の事かい?」

「はい。…あの高さから落ちるなんて事、誰も意図的にしないだろうし、絶対にないと思っていたから。…私、ビックリしました」

「ワシもじゃよ。これくらい高さのある建物も珍しいからの」

「バンドを身に着けていたとはいえ、あの怪我で…無事だと良いんだけどね」


鷹司が飛び降りた窓に近づきながら呟かれたエフレムの心配そうな声色を聞いて黙ってしまってスターニャ。皆が彼を心配している。でも今はそんな空気を明るくしようと、ラプシンが穏やかに笑みながら声をかけた。


「スターニャちゃん、お茶…紅茶で構わないかしら?」

「あ、いえ、そんなお構いなく。状況をお聞きしたら直ぐ帰る予定でしたので」

「良いのよ。私達ものんびりしていた所だったし。皆の分も…冷めちゃったでしょ?いれなおすわ」

「悪いのぉ」

「じゃあ、俺茶葉をリクエストしても良い?この町の春茶ってやつ昨日買ってみたんだけど…」

「ちょっと!エフレムったら仕事中に何してたのよ!?」


テーブルの上のカップを集め始めたラプシンを手伝おうと、この季節限定で発売されるお茶の名を口にしたエフレムが窓から1歩離れた時、フッと視線を感じて立ち止まった。そっと背後を振り返れば、そこには窓が。気のせいだろうかと思って顔を戻そうとした時に、下の通りに人が1人立っているのが見えた。

町は春色でカラフルな色があふれているのに、その人物は黒一色のコートを着てフードをかぶってこの宿屋の方を向いている。

顔はちょうど影になっていて良く見えないが…誰だ?


「…?」

「どうした?エフレム」

「いえ、通りに誰か…」


そう言いかけると皆の視線が窓の外へ。それに気づいたらしい黒コートの人物は、サッと身をひるがえして歩き去ろうとした。が、急に動き出したせいで前から来ていた女性にぶつかりかけて慌てて再び立ち止まる。


「きゃっ!」


小さな女性の声。急ブレーキが間に合わず、その拍子に女性はその場に尻餅をつき、支えようと身を屈めた黒コートの人物のフードが風に煽られて外れた。風になびく黒髪、とっさに腕をつかもうとして出した手首には医療バンド。

ハッとした様子で窓を見上げたその顔には、全員に見覚えがあった。


「ナガレさん!」


スターニャが思わず声を出した。窓のガラス越しにその声が聞こえたのか、転んだ女性をそのままにして駆け出し、逃げるように近くの路地裏に入って言った鷹司。それを追うためにスターニャが部屋を飛び出した。


「お前達も追いかけるんだ!彼には聞きたい事が沢山ある」

「分かりました!」

「了解!」


思わず反応が遅れたシルがラプシンとエフレムに声をかけると、すぐさまドアに向かったラプシン。だが、エフレムは目の前の窓を大きく開け放った。


「ちょっとあなた何を!?」

「怪我人の彼にできたんだ、健康体の俺にだったら絶対出来るはず!」


そう言って窓枠に足をかけ、2階から外に飛び出すエフレム。あの後現場の検証をしっかりしていたようで、直接地面に足をつけるのではなく、下にあった屋台の屋根でワンクッションつければ、一番最初に部屋を出たスターニャよりも早く表に出る事に成功した。そのまま路地へ走りだしてチラリと2階を見上げて満足そうな視線を向けた。そんなエフレムを見て、思わず窓によって見守ってしまったラプシンとシルは知らないうちに止めてしまっていた息を吐きだした。


「まったく、無茶をしおって。今怪我したらどうする気だ。…ワシらも行くぞ!」

「はい」


直ぐに頭を切り替えて宿屋を出ると、彼が走り去った路地を目指して走っていった。そしてそれを立ったまま黙って見てる一人の少年。


「成功して良かった…」


路地からちょっと離れた壁際に立っていた守屋が安堵の息を吐き出した時、鷹司とぶつかり転んだ女性…天笠が近づいてきた。


「これで部屋の窓から見ていた3人が出て行ったわね。鷹司先輩とスターニャちゃんの話しだと、あの部屋に居たのは3人だけだったらしいから、今なら中に入れるわ」

「よし、じゃあ行こう。…それにしても、結構演技うまいっすね」


幻術で作った鷹司、それを見せればきっと反応して追いかけるために外に出る。

その予想は見事的中し、彼らをおびき出す事に成功した。幻術に術者以外が触れる事が出来ない問題は、天笠がぶつかったフリをして後ろに倒れる事で誤魔化し、術者から一定の距離以上離れさせる事が出来ない短所は直ぐに角を曲がって姿を隠すといった動きでカバーしてみせた。


「でしょ!?私学園祭でメインの役を担当した事あるんだから。まぁ、その時は悪役だったけど」

「はまり役っぽいっす。いつの学園祭ですか?探してみればDVDとかあるかも」

「ふっふっふ。しかたいわね、じゃあ無事に学園に帰れた時に教えてあげるわ。…それよりも、此処からはさらに気を引き締めて行くわよ」

「了解っす」


鷹司の幻影を追いかけて走り去るスターニャとすれ違う時、彼女の真剣な眼差しを受けた天笠は、必ず成果を出して見せるという意味を込めて静かに頷き返していた。

彼女の為にも、連れ去られた2人の情報を探し当てなくては。


守屋が宿屋でアルバイトをしていたために、建物の大体の作りが把握できるのはとても助かった。宿屋のカウンターの使い方だったり、従業員用の通路だったり、怪しい人物を眼で見て判断しているので、やましい心があっても堂々と入室すると店員はスルーする、と言った些細な事も知る事が出来たおかげで、問題の部屋まですんなりと到着。

一応周囲を確認してからドアを開けて、入室する。


「…鍵が無いって、やっぱり危険よね」

「俺もそう思う。せめてこういった高い店には必要だよ」

「でも何故かしら?ピッキングするよりは罪悪感が無いわ」

「…た、確かに」


たっぷり3秒無言で見つめあってから再度天笠が口を開く。


「って、こんな事してる場合じゃない。帰ってくるまでに何でも良いから情報を探すのよ」

「OKッス!…でも、書類なんかは何が重要か分からないよ?読めないし」

「あ。…あ!そうよ、チラ見しておけば、きっと後で船長が記憶からサルベージして解読してくれるわ」

「あぁ!なるほど!…そういえば最初は記憶見たって言われた時は恥ずかしかったけど、アレ以降俺らの記憶って見られてるんっすかね?」

「さあ?どうなのかしら。…私もプライバシーの侵害!って怒ったけど、船長は自分からあまり発言しないし…良く分からないわね」

「…今度聞いてみようかな」

「そうね、私も気になるしそうしましょう。…じゃあ、とりあえず先に書類関係を見ていてもらえる?私は部屋に監禁されてないか確認して来るから」

「そうっすね!分かった。気をつけてください」


頷きあって一度離れた2人。守屋は適当に開けた引き出しの中に丸くまとめた紙を見つけて手にとった。折った方が幅取らなくて良いと思うのだが、羊皮紙ってやつなのかな?丸めて紐でとめてある。紐を取って広げてみたが、案の定何が書いてあるのかさっぱり分からない。しかし、捺印というか、サインというか、最後に押された朱色の模様が、普通の手紙と言うよりちょっと偉い人って感じ…って、そうだった。シルって人物はお忍びで来てた偉い人っぽいって言われてたんだった。

とりあえず次の書類…と思って手を別の紙に伸ばした時、小さな声をあげて天笠が後ずさりしながら隣の部屋から帰って来た。


「?…先ぱ…」

「娘、いったいこの部屋で何をしている」


低く響いた男性の声にギクリと肩を震わせる。この部屋には3人しかいなかったはず。困惑しつつも紐をとってしまった紙を慌てて引き出しの中に戻して引き出しを閉めたタイミングで、下がってくる天笠を部屋の奥に押し込むような威圧を放ちながら、隣の部屋から男性が入って来た。黒い服装に春の催しのためか暖色系の大きな布を肩に羽織っていて、髪は白髪でシル様よりも恐らく年齢が上のおじいさん。しかし、此方を睨むその眼は鋭く、逸らす事すら出来ない。いったいいつ、この人がこの部屋のメンバーとして加わったのか?


祭り期間のおかげで人の出入りは激しいが、大体此処よりも町はずれに近い安価な、それこそ守屋がバイトしていた場所にある宿に多く集まる。こんな高価な宿屋を選ぶなど、よっぽどの権力と発言力がある人物なのだろう。警備をしていた舞鶴や雨龍からは、偉い人がやってきたなんて情報は…。

…いや、ひとつだけあった。

事件として報告された、偉い人の訪問が。

だが、それなら新しい部屋を用意させる気もするが…


「まさか…王様?…」


思わず零れた守屋の呟きに反応するように細められた眼は、その睨みだけで2人の足を縫いとめてしまった。

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