02-22 犠牲≠犬死
翌日。
夕方になっても猫柳と獅戸は帰って来なかった。
「いくらなんでも遅い…ですよね。警備の仕事ってどんな感じなのか分からないけど」
緊急会議と称して、全員が集まった部室で椅子に座って腕を組んで考え込んでいる雨龍に、三木谷が声をかける。警備の仕事がどんなものか良く分からない三木谷は、同じ警備職の雨龍に意見を求め、不安を解消しようとしたのだ。しかし、同じことを考えていた雨龍は眉を寄せて考え込む。
「確かに遅い。実は昼間屋敷の方に行ってみたんだが…」
「何か分かりました?」
「それがね、来てないって言われちゃったんだよ」
同じく帰ってこない2人を心配していた舞鶴が口を開いた。昨日の仕事が終わった後、帰り道で確かに屋敷の人に呼ばれた猫柳。それについていこうとした雨龍は門前払いをくらい、その話を聞いて後を追った獅戸も消息が分からない。
「何か…あったのかな…」
「やっぱり無理にでもついて行ってれば良かった」
「雨龍さん…」
「単独行動は避けようって話していたばかりだったのに」
「でもそれは雨龍さんのせいじゃないわ。私だって…」
「今、後悔ばしてる場合だばね。今後どうすっか考えるべきだ」
暗くなりかけた空気を一蹴するように鷹司が机を叩いて発言をした。
一瞬反論しかけた雨龍だが、彼の言い分はもっともだ。今、もう終わった事について後悔している場合ではない。彼らに何かが起きたのだとしたら、助けるべく動く時なのだ。
顔を上げた雨龍は、鷹司を見て一度頷いてから口を開いた。
「確かにそうだな。スマン。…ではまず先に、猫柳が何故狙われたのかって事だが…」
「俺のせいだ。…たぶん」
「鷹司?どういうことだ」
その問いかけに対し、鷹司は自分の考えを口にした。鷹司が助けたシルという人物が自分を探していたらしいという事。そして猫柳は鷹司と知り合いだと知られていること。その上、ステンカにまで探されていた事。以上の事から、姿を隠した鷹司を探す手がかりとなるだろう猫柳が狙われた可能性がある。そして偶然居合わせた獅戸は、巻き込まれたのだろう。
「なるほど。その可能性は大いにあるな」
「でも昨日タカやんはあの馬鹿息子を改造したよね?」
「改造…変な言い方すんな。確かにわんつか考えが変わったみたいだったが、人間そう簡単に変われねんだべ。しがも呼び出したのシルっておじさんだろ?ステンカは知んねぇ可能性もあるぞ」
「…じゃあ、アンナと猫柳先輩は屋敷に居ないかも…って事?わ、私探しに…」
「落ち着け三木谷。心配する気持ちは分かるが、皆同じ思いなんだ」
「雨龍さん…でも、でも…アンナが…」
「探し出す方法を考えよう。何か良い手段があるはずだ」
そう言われて皆が考え始めるが、この町、この世界に来てまだ数日。この町の中すら把握できていない。考えても良い手が思いつくはずも無く、みんなの表情も暗い。そんな中、鷹司が手を上げた。無言のまま、しかし皆の視線が彼に集まる。
「俺を、使えば良い」
「…タカやん、何考えてるの?」
「俺を誘き出すためにエサどして攫われたんだば、狙い通り食いづいてやるって言ってんだ」
「自分が犠牲になるつもりなの?そんなの駄目だよ!」
鷹司の言葉に、今まで黙っていた九鬼が声を荒げて立ち上がった。台詞をとられはしたが、皆が同じ思いで居るらしいことは皆の顔を見れば分かる。しかし、犠牲無しには成し得ない事だってあるんだ。そう心の中で呟いた鷹司は、一人台所に立って夕食の用意をしている船長へ顔を向けた。
「セン、話聞いてた?お前の考えば聞かせてぐれ」
「…我の?」
教えた事は何でも直ぐに覚えるセンはいまや立派な頼れるお手伝いさん…ではなく、船長だ。持ち帰った雑誌のような物を、この中で唯一文字が読めるセンに渡したところ料理本であることが判明し、今日はそのレシピを元にこの世界の郷土料理らしいそれを作ってもらうという事になったのだ。下準備は手伝ったが、話し合いのためにセンに後を任せた。もう出来上がり間近のようで良い匂いが部屋に充満している。
そんなわけで作業をしていたのだが、声をかけられて中断し顔を上げる。対面式のキッチンの中で話を聞いていた彼は、その場に立ったままで直ぐに返答した。
「鷹司ナガレを使うのは良い手だと我も思う」
「な!船長まで何を…」
「九鬼ケイシ、お前に問う。鷹司ナガレを差し出すことで、猫柳テトラと獅戸アンナを助けられると判明したら。どうする?」
「え?」
反論した九鬼は突然の質問よりも、その内容に驚いて言葉を失った。それは問われなかった皆も同じのようで、船長を見て驚きの顔を見せている。考えなかったわけではなかったが、考えたくなかった事でもあったようだ。当事者である鷹司だけは落ち着いた様子で背もたれに身体を倒して、みんなの様子を伺っていた。
そんな中、問われた九鬼が口を開く。
「そ、そんなの…どちらも選べないよ」
「では言い方を変える。1人を犠牲にすることで、2人を助けられるとしたら。どちらを救う?」
「言い方は違うけど同じじゃないか!やっぱりどちらも…」
「ならば見捨てるか。奪われた2人、もしくは3人とも」
「…。…いやだ。誰も失いたくない。皆助けたい」
「3人とも助けたい。誰もがそう思うだろう。だが、それは実行して成功させる事の出来る力を持つ限られた者にしか成し得ない事。…はたしてお前にその力があるか?」
「…意地悪な質問しないでよ」
真っ直ぐ船長を見ることが出来ず、九鬼は視線を手元に落とした。大切な人を失うことに慣れていない平和な世界の住人。そうセンは思うが、それでが彼らの良いところであり、彼らの団結の力。そしてそれで良いと思うのも事実だった。しかし、今後その思いが身動きを封じる鎖になりかねない。皆揃って生還したい。その思いは間違いではないし、綺麗事だとも思わない。だが、それが叶わなかった時、誰かが居なくなった瞬間に歩く事をやめてもらっては困る。それを危惧してあえて悪役を演じる事を選んだ。
「ならば鷹司ナガレではなく、九鬼ケイシ。お前自身が犠牲になる事で、2人を救えるとしたら。お前は自ら命を賭ける事を厭わないか?」
「俺の?…」
「そうだ。もしもお前が死ぬ事で、2人の命が助かるとしたら」
「…うん。構わないよ」
「ケイシ!?」
「確かに怖いし、いざとなったら尻込みすると思う。泣くだろうし、逃げ出そうとする…かもしれない。でも…皆の旅がそれで続くなら、突き出してもらって構わない」
暫く考えた九鬼の返事に草加が反応するが、彼はきっぱりと言い切った。今現在危機に面しているわけではない彼の言葉、例えそれが虚勢だとしても今のその言葉を尊重しよう。そして九鬼は再び顔を上げて、此方を見続けていた船長の視線を真っ直ぐ受け止める。
「仲間のために、自分を賭けることが出来るか?」
「うん」
「仲間の制止を振り切ってでも?」
「…うん」
「そうか。その決意は評価する。…だが、その思いを今、鷹司ナガレが抱えている。彼が行くと決めた場合、お前は彼を止めるのか?」
「…そ、それは…」
「彼が犠牲になる事で他のメンバーの旅が続く。きっと続いて欲しいと心から願って、皆のために命を賭ける。その思いをお前は…いや、お前達は、どう思う?」
最終的に九鬼個人ではなく、部屋に居るメンバー全員に問いかけた。しかし、返事は返ってこない。言われている事、言っている事、その思いも理解する事が出来る。が、その場面になったら鷹司をきっと止めるだろう。旅が続く事を望んでいる。しかし、メンバーが欠けることは望まない。そんな思いが口にされなくても、センには分かった。そしてそんな中で、黙っていた鷹司が口を開く。
「俺は言葉では止めるど思う。だば、最終的に見送るだろうな。…例え志半ばで倒れたどしても、自分が信じた道を貫いて生きる事が出来てれば、後悔はしねぇ。…そいづが後悔しねぇなら、その生き方ば止める権利は俺に無い」
「ナガレ先輩…」
「だから、止めてほしいなら俺の制止を求めんな。俺は見送る。送り出す。背中ば押してやら事もすら。そしてその犠牲ば越えて、そいつのためにも俺は生きる…覚えておけ。…まぁ、最初の脱落者は俺かもしれんが」
いつか誰かが死んだとしても立ち止まらずに未来を生きる。皆もそうであって欲しい。そんな鷹司の言葉に圧倒されて、重い空気が沈黙を包んだ。
仲間が欠けるという場面がいつか訪れる日も来るだろう。だが、今はまだそれが確定したわけではない。いじめるのはこのくらいにして、そろそろ助け舟を出すべきだと判断したセンは、出来上がった料理の鍋を持ってキッチンから出てきた。そしてテーブルに置いた。
「焦るな。今は落ち着いて考えろ。どれも仮定の話であり、まだ何も確定していない。2人は確かに居なくなった。だが死亡を確認するまでは希望を持ち続ける事を推奨する」
「船長…」
「情けない声を出すな。先ほどの暴言は謝罪するよ、九鬼ケイシ。だが、覚えておいて、考えろ。仲間が欠けるその時が、いつかやってくるかもしれない。この旅は、安全の約束された旅行ではない。世界の問題に首を深く突っ込めば、簡単に消されてしまうだろう。命を奪うその行為が、許される世界はきっと多い」
星の捕食という災害に巻き込んでしまった側の船長は、そうならないように最善を尽くすつもりではある。それでも限られた空間でしか活動できない自分では、力及ばず、なんて事もありうる。何時までも遠足気分で居てもらっては困るのだ。船長の言葉に希望を見て、同時に丁度良い危機感を覚えたようだ。真剣な顔で頷きあい、先ほどよりも真面目な考えが出始めた。
呼び出したのがシルならば、彼が借りたという部屋を鷹司が知っている。怪我もしていて場所はうろ覚えかもしれないが、船長に頼めば正確な場所が分かるだろう。そこを探してみれば何か見つかるかもしれない。
一方で攫ったのがステンカ達サーロヴィッチの人間なら、屋敷に居る可能性が高い。鍵が存在しないこの世界なら、魔法には注意しないといけないが、侵入するのは難しくは無いだろう。
周囲に怪しい行動をとった者が居なかったか、聞き込みする事だって出来る。そう、出来ることはまだ沢山残っている。
そして狙いが鷹司で間違いが無い場合、彼を使うのは最終手段。選びたくない手段ではあるが、外す事も出来ない一案だった。
真剣に話を続けるそんな様子を見ながら料理を取り分けて、皆に配りはじめる。そして夕食を終えて食器を下げようとする頃には、再び彼らの間に希望の笑顔が戻ってきていた。




