02-18 王子の呪
この世界に来て初めて町を歩いた時には、今ほどゆっくり回りを見る余裕は無かっただろう。
そしてその時よりも溢れる活気と道行く人々の奇抜な衣装に圧倒される。
「…こりゃ、黒一色で出かけのぐて正解だったかもな」
単色だと余計に目立つといった船長の言葉が思い出される。周りの鮮やかな色に、確かにそうだなと思いながら足を進めた。暫く歩くと、最初に言葉を交わした商人が居た辺りに出る。チラリとそのほうを見れば彼は今日も店番のようだ。頭から花を咲かせたような、ちょっと馬鹿っぽい格好をしているが、今この時は何となく微笑ましく感じる。
ってか何売ってるんだ?お面と…ステッキも見えるな。紳士雑貨って感じ?
この前のお礼もかねて商品を買ってやるかな。いくら持ってきたっけ?なんて考えながら近づいていくと、側に居た元気な子供達がバッと近づいてきて声をかけられた。
「あれぇ!?お兄さんオオジの格好してるの?」
「…」
「聞いてる?」
「ねぇちょっと!お兄さん!」
「…は!?俺?」
「そうだよ!そのオオジ、カッコイイね!」
「ん?…王子?」
「良いなぁ~僕も欲しい!」
「でも毛皮か…謝肉祭でそのまま使うなんて、勇気あるね」
「でもあったかそうで羨ましい」
「それに誰も思いつかないよこんなの。ねぇお兄さん、自分で作ったの?来年は真似して良いかなぁ?」
「は?わんつか待って。王子って…これが?そう見えんの?」
「わんつか…?」
「うん!オオジに見えるよ!でも珍しいオオジだよね!」
「一瞬分からなかったけど、これ今のオオジより格好良いよ!」
「…え?(王子?王子様?プリンス?この毛皮の何処がそう見えんだ?)…そ、そう?」
王子ってなに?今のって何!?いきなり分からない事を言われて焦りながらも、それって何ですか?なんて聞くことが出来ない。とりあえず今は適当にごまかして、後でスターニャに聞くしかないと考えれば、早々に立ち去るべくにっこりと笑った。…まぁ、骨のお面のせいで表情は見えないんだけど。
「格好良い?ありがどな。次はお前達も真似して良いぞ」
「ホント!?ありがとう!」
「良いって。へば、またの」
「…へば?」
「あ。…じゃあな。俺、もう行くから」
理解されなかった言葉を言い直して、立ち去るべく右手をサッと上げて歩き出そうとした時だった。
「ちょっと待て!今年もオオジの仮装は俺が一番だぞ!」
突然横槍を入れられて立ち止まる。声のした方を振り返ると、あいつが立っていた。おかしな格好をしているが、見間違えるはずも無い。会うたびに面倒ごとに巻き込んでくれるサーロヴィッチ・ステンカだ。
「…(子供の素直な感想だろ…別に茶々入れのぐて良いのに。…ってか、マジデ王子って何?)…」
「ふん!俺の格好良さに言葉も出ないか。まぁ、そうだろうな!」
「…その格好、一昨年はやったよね」
「うん。僕、去年はそんな感じだった」
「う、うるさい!餓鬼のくせに!」
何でこう、何度も出会ってしまうんだろう?相手が誰だか分かっていないのか、子供たちの言葉は素直で直球だ。そんなステンカの格好はハイネックセーターのようなものを着ていた。セーターと同じ素材で出来ているっぽい襟巻きを首に巻きつけずに首からさげていて、何故か犬っぽい耳のついたカチューシャに、3本ヒゲの描かれたマスクをしている。下は蛍光ピンクのズボンに赤いブーツ…いや違う。この独特の歩く時の音、表面のテカリ具合、これはアレだ。ゴム長靴。…悪趣味なんて思う鷹司のほうが、この世界では少数派なんだろうな。それにしても今気づいたが皆防寒着ナシか?寒くないんだろうか。
…っていうか、仮装して無くね?色を除けば耳しか変なところ無いよ。
「餓鬼共にはこの衣装の価値が分からないようだな!」
「勝ち?」
「その服着てると勝てるの?」
「勝ち負けだばねぇ。価値ってのは、そのモノがどんくらい役サ立つかの度合いって意味だ」
「へぇ~」
「あ。そっちか!」
「何をヒソヒソ喋っている!そんなに俺を怒らせたいのか!?」
小さな子供達に補足説明を小声でしてやれば、ステンカがさらに怒ったようだ。相変わらず気が短い。マスクをしているせいで周りの大人もこの男が誰か気付いている人は少ないようだ。これ以上相手を怒らせたら罰を受けるのはこの子供達だ。…あと偶然にも目の前に居る探しまくっていた鷹司。幸いにもステンカは一人だった。取り巻きも居ないのは珍しい。此処は何とかごまかして子供を逃がしてやったほうが良いかもしれない。
「貧乏人はこれだから困る。良いか?今日は肌着も高山に住む珍しい羊の毛で編まれた物で値段にすると…」
「ねぇ骨のお面のお兄ちゃん、そのオオジどうやって作ったの?」
「…え?(だから王子って何?どれの事だ?)…あの兄ちゃん喋ってっぞ?聞か無くて良いん?」
「だって良く分からないし」
「つまんないし」
「この餓鬼が!!黙って聞いてれば俺のことを馬鹿にしやがって!」
「ちょっ…お前ら後で教えてやる、すまんな。…高級セーターの兄さん、わんつかむつけらこっち来い」
「?…はっ!?呪文か!?」
「こっちゃ来いっつってんだ!」
突然暴力に出ようと右手を振り上げたステンカ。その手首をサッと掴んで子供達を守ると、この場は離れた方が良いと判断して強引にそのままステンカを引っ張っていった。
少し道を外れて人気の無いところまで来たところで、ステンカが腕を振りほどく。
「いい加減にしろ!この俺を誰だと思っている!?」
「…。…はぁ…ステンカだべ?知ってるよ」
「なっ…知っていたなら何故頭を下げない?頭が高いぞ!」
「…そいつはスマンな、もう邪魔しねぇ。取り巻きのどごサ帰れ」
「何だ偉そうに!」
ステンカを置いて身を翻そうとしたところに、ステンカがパンチしてきた。それはヒラリと避けたが、大きさ的に微妙に入らなかった合羽にかすってズボンのポケットからポロリと落ちる。
「…あ」
「何だこれは」
合羽の包みを拾ったステンカは、まじまじと見ていた。だが、なじみのある物では無いようで、包みを開くことなくクルクルまわして観察している。
興味をもたれる前に回収しようと考えて1歩踏み出すが、フッと別の考えが脳裏をよぎった。
安物のカッパはビニール製。そして奴の衣服は羊毛、ウール100%と言っていた。それにくわえて今の乾燥シーズン…
ふふっ。
「忘れてた。これは特別に入手した幻のコートだ。欲しけりゃやるが?」
「何?これがコート?見せてみろ」
いわれるとおりに包みを開いて合羽を見せてやった。鷹司たちにしてみれば何処にでも売っている安物のビニール合羽は、この世界では珍しい透明のコートだ。想像したとおり、ステンカは目を輝かせた。
「なんと!色の無い服など見たことが無い。気に入った、俺が着てやる」
「気に入ってもらえたようで何より。…ん?…あぁ、俺が着せるのか…」
着てやると言ったステンカが両手を広げて立っているのを暫く見ていたが、早くしろとでも言うかのような目で睨まれて、ハッとして合羽を着せるべく背後に回った。
上に防寒着を着ていなかったこともあり特に窮屈さは感じていないようだ。着せられた合羽にステンカは大満足そうにして、ヒラリとなびく裾を見ている。動いて汗をかかれると通気性の無い合羽は湿気が高くなり、そうすると作戦に支障がでる可能性があるので、前は閉じずにあけたまま。袖も窮屈を感じない程度に折って短くした。
「悪くないぞ。だが…透明なコート…どうオオジに組み込むか…」
「王子?ちなみに、先程の格好はどこらへんが王子なん?」
「分からなかったのか!?嘆かわしい。これだから学の無い奴は…。仕方がないな、良いか?良く聞け。山を駆ける最強の肉食獣、力の象徴である狼の耳とヒゲ。そして群れを作ってリーダーに完全服従、王国繁栄の象徴の草食獣である羊の毛皮。どうだ?この2つの組み合わせで完璧なオオジだろう!」
「あぁ。オオカミとヒツジって事ね。プリンスだばねぇのか。吃驚した」
思わぬところで謎が解けた。
そういえば、チラシには「毛皮を脱ぎ捨てて春の衣装を…」みたいな言葉があった気がする。
だから殆どの人が上着なしだったのか。寒さを堪えつつの春の祭り。なるほどなぁ。
…って事は、色は確かに町の人に溶け込んだけど、毛皮を身にまとってる時点で目立ってたんじゃ…
がっでむ!
「…さっきから何を言っているんだ貴様は…」
「なんもねぇ。…あ。今の服の組み合せにぴったりの、ヒツジばイメージした小物もあるぞ」
「何?本当か。用意がいいな貴様。褒めてやるぞ!何処所属の召使だ?」
「そんな事より、つけてやっから頭ば下げろ」
「む…その口調はマイナスポイントだな…」
ちょっとした悪戯を思いついて提案すれば、アッサリ乗ってくるステンカ。鷹司のなれなれしい口調には不満そうにしながらも少し頭を下げて此方に突き出す。こういうところは素直なんだな…と思いながら、先程ポケットの中で見つけたゴム製のブレスレットになれなかった物を取り出した。そして両手で持って頭が通るまで引き伸ばすと、頭を通して首の位置まで下げる。そして位置を見計らってパッと手を抜いた。
“バチン!”
「うっ!」
良い音。ゴム製品のため、勢い良く縮んだブレスレット…いや、チョーカーってことにしておこう。は、ステンカの首に音を立ててはまった。すんなり引っかかってくれて嬉しいぞ。
突然の衝撃に苦しそうな声を出したステンカは、直ぐに顔を上げた。そして怒りに任せて殴りかかろうとするのをサッと避ける。
「な…ケホッ…何をする」
「うるさいな。あんま喋んな」
「なんだと?…騙しやがって、こんなものが一体なんだと」
ひらり、ヒラリ。
たまに雨龍の組み手の相手していたせいだろうか?単調で単純なパンチを危なげなく避けながら、路地の奥へと1歩、また1歩進んでいく。ゴム製品である長靴。ウールとビニールの組み合わせ。そして低い湿度と、動かされた摩擦のせいで狙い通りの物が生まれた。それを裏付けるかのように、ステンカの髪の毛の先が僅かに浮き上がる。
…ここらで一発、お見舞いしてやろう。
「教えてやる。…それは、ヒツジの首輪だ」
何度目かの右ストレートをかわしたタイミングで守屋が忘れた伸縮する指示棒をパッと伸ばすと、ヒュッと風を切って振り下ろす。だが、それで右手を叩くわけではなく、ギリギリの位置ですん止めした。
その瞬間…
“バチィッ!!”
「ぎゃぁ!!」
青白い閃光と特徴のある音とともに、突然走った激痛にステンカは右手をおさえてうずくまった。
「お、お前、何をした!?」
“静電気”は珍しいようだ。ウールはあってもビニール系の衣類が無いせいかもしれない。
これはこれは。とても好都合じゃないか。
長靴のおかげで地面に電気が逃げることが出来ない。ウールとビニールの組み合わせのおかげで、動けば摩擦で電気が生まれる。そして静電気とは物と物が触れ合う瞬間に起こる放電の事。乾燥気味の空気が静電気を発生させやすい環境まで整えてくれている。当然ながら鷹司にも電流が流れているのだが、金属の棒に触れているため直接肌に触れる放電が起きない。よって、僅かな衝撃はあっても、痛みが生まれる事が無いのだ。単純に棒で叩くより強い痛みに、精神的にも来るものがあるよね、静電気って。
訳がわからない様子で右手を擦りながら、涙目で鷹司を見上げる。素材の組み合わせのおかげか、あの短時間でかなり帯電していたようだ。その表情にはいつもの傲慢さは隠れ、怯えが色濃く見て取れた。それを正面からしっかりと見返して、指示棒を右手に持ち、左手のひらにパシパシと打ちつけながらステンカに向けて声をだした。
「サーロヴィッチ・ステンカ。貴様は罪を重ねすぎた。これより何時来るか分からない神の鉄槌に怯えるが良い」
「そんな…馬鹿な話があるか!理不尽だ、こんな…」
「黙れ!」
「ひぃぃ!!」
ヘタではあるが、ノリノリで悪役を演じてみた。通じなかったら困るので、極力方言も出ないよう意識して。そんな鷹司の小さくも怒気を含んだ言葉にビビッて縮こまるステンカ。あっという間に立場が逆転したようだ。だが、やりすぎだなんて思わない。これくらいの経験をした方が良いんだ。いつか人の上に立つのならば。
「…その首輪が苦痛ば集める。民の痛みば集める避雷針、民のために捧げられた生贄、まさにスケープゴート。…ほら、山の羊だべ?」
「なっ!こ、こんなもの……あ、あれ?何故金具が…まさかこの首輪も魔法で…」
鷹司の言葉にすぐさま首輪を外そうと手を後ろに回した。が、留め金が無い事に気づいたらしくかなり動揺している。結び目は偶然にも前にあるのだが、本来こういったタイプの首飾りは大きな金具がついているのだろう。探している時に結び目を触っているのだが飾りとでも思っているようで、気づいていない。
それに本当は合羽を着たことが原因なのだが、痛みとともに首輪をつけた事が印象強く残ったらしい。プラス嘘のカモフラージュに騙されてくれたようだ。…こいつもやっぱりこの世界の住人だな。騙されやすいったらもう…
「…ど、どうすればこの呪は解ける?」
「は?」
「いや!…と、解いてもらえるのですか?」
「なした?いきなり…」
こいつ、敬語使えたんだ。
というか魔法を使ったわけじゃないので、呪という単語に直ぐ反応できなかっただけなのだが、鷹司の短い疑問の言葉に機嫌を損ねたと判断したステンカが謙った。こういう対応も出来るんじゃないか。何故普段からしないんだ?
…ちょっとした悪戯のつもりだったが。
この町に長く居るつもりは無いし、ちょっとくらいコイツで遊んでも良いかもしれない。
「暫ぐ俺に付き合え。条件ば満たした時に、解放してやる」
「暫く…とはどれくらい…」
「それは…」
「うわぁ!!それをこっちに向けないで!」
「あ、あぁ…すまん」
ヒュッと音をさせて指示棒をステンカに突きつけると、頭を抱えてそれから逃れようと再びしゃがみこむ。しかし逃げ出したいがそうすれば呪が解けないと思っているステンカは、頑張ってその場に踏みとどまっていた。そんな必死な態度に思わず反射的に謝ってしまう。
「どの程度時間が必要サなっかは、お前次第だ」
「俺…次第?」
「自分も皆と同じ人間だど理解した時、首輪を外そう」
「…な…。意味が良く…分からない…」
「分かんのぐて良い。知る必要もねぇ(俺も特になんも考えてねぇしな)」
「…。…も、もしや…あなたは初代オオジの御霊か…?」
「…?」
鷹司は、何を問われているのか分からなかった。
故に返事を返さなかったが、それをステンカは肯定と見たようだ。
「オオジ…様…」
「…様!?…コホン。…ステンカ、此処で待て。直ぐ戻る」
突然の敬語に思わずぞわっと鳥肌が立ってしまった。
怯えたままのステンカは、それでも骨のお面の眼の部分である空洞の暗闇を真っ直ぐに見つめていた。
顔が見えないことがこんなにも怖いと感じた事は無かった。それは常に自分が上に立つものだと思っていたから。それゆえに、短い命令を残して背を向けた鷹司に対し、拒否も反論も出来なかった。




