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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
02 はじまりの旅・Ⅱ番目の世界
48/146

02-17 部室の扉

翌日。謝肉祭1日目。


「色鮮やかだの…」


街ゆく人々は仮装していて、大人も子供も色とりどり。女性は豊かな実りを願った花や野菜等の植物をモチーフにしたものが多く、男性は家内安全を祈願した群れを成す草食動物や、成長と大成、そして力をイメージした肉食動物の仮装が多かった。

たまに少々グロテスクな格好で退魔をイメージしたり、露出度高めで結婚を祈願したりという変り種も居たけれど。


皆は既にバイトに出かけていて、留守番の鷹司は玄関の戸を開け放ち、部室と外の境界線に座って通りを眺めていた。寝る時にはあった医療バンドは、目が覚める時には無くなっていた。力を使いきって消滅したようだが、それでも怪我の具合と体調はかなり良くなっていた。


そんな鷹司の視線の先では憲兵が民家に入って何かをしている。

昨日の獅戸の話では、サーロヴィっチの馬鹿息子が鷹司を躍起になって探していると言っていた。きっと家の中を探しているんだろう。…家主は出かけて行くのを見ていたので誰も居ないはずだが、鍵が無いこの世界に侵入者を防ぐ手段は無い。ここら辺の家庭は留守番を置く事も無いようで…ってどんだけ平和なんだろう?確かに稼いだ金に対して、物価は安いと思ったけれど。

でも関係ない一般家庭まで巻き込んでしまって…ちょっと申し訳ない気もする。


「鷹司ナガレ、隣に兵が入ってどれくらいだ?」

「…もうすぐ10分」


出入り口の境界で座っていた鷹司に船長が後ろから声をかけつつ、大きな空のかごを机に置いた。皆が元々持っていた服や、買い足した物など、外から持ち込まれた衣類の洗濯を頼まれていて、庭に干していたようだ。ちなみに洗濯カゴもこの世界で購入したモノで、外の世界から持ち込まれた物。庭も船の中なので空間魔法の範囲内。センが必要ならカゴくらい出現させる事が可能なのだが、皆そのことをうっかり忘れて用意したらしい。それを律儀に使ってくれる船長はやっぱり優しい奴なんだろう。


部室の庭は宇宙空間と言う事もあり大体いつも薄暗い。だが、湿度が低く星灯りに紫外線が混ざっているようで、殺菌作用も強く比較的短時間でカラッと乾くようだ。天気が変わらないのも洗濯を干すにはもってこい。作業前に「空間魔法で洗濯と乾燥をパパッと出来ないの?」と聞いたら「不可能ではない。が、する事が無いと暇だ」との答えが返ってきた。

食事も睡眠も必要としない、それなのに力を使ってくれているせいで船の外には出られない。人だったら退屈だと思うのも仕方ないとは思うが、システムであり、生物では無いという事を忘れてしまいがちな言動に思わず突っ込みを入れたくなるのは仕方ないだろう。

どうやら時間をつぶす為だけに大量の洗濯物を手洗いしているらしい船長の仕事は丁寧で綺麗。そのうえ仕事が早く、別の用事もお願いすると大体は聞いてくれる。本当マジで凄腕家政()さんだよ。初対面のころは恐い感じしたけれど。


「では、そろそろ家の中の捜索は終わるだろうな」

「んだの。…なぁ、本当にこのままで大丈夫なん?こしたら事してたら目立つ気が…」

「不安なら中に入っていろ」

「…」


そんな彼の話では、この扉には存在を誤魔化す力があるらしい。まぁそうだろうな。だって今扉がついてるこの壁、普通に民家の一部だもんな。住民が気付かないのがおかしいし。

そしてこの力が及ばない例外は船のメンバーのみ。しかも出入り時等で扉が開いているとその効果も強くなり、部外者には扉と船のメンバーをほぼ100%見つける事が出来なくなる。その話を聞いて、今後の為にも一度検証してみようと思い至った鷹司が扉を開けて境界線に腰掛けて勝手に実験をしているのだ。

…と、そんなやり取りをしている間に憲兵が民家から出てきた。


「…くそう、居ないなぁ」

「居ないですね。というか、情報が少なすぎるというか該当者が多すぎるというか…」


右隣りの家から出てきた憲兵が愚痴をこぼしながら鷹司の目の前を通過する。華麗にスルーだ。しかも開けっ放しで道にはみ出しているドアの部分を無意識なのかスッと避けてぶつからないように歩いている。これが誤魔化しの魔法?超近距離にいるのにこちらをチラリとも見ない。…なんだか足でもひっかけてみても大丈夫な気がしてきた。スッと腰を浮かせた鷹司の肩を、センが抑えた。


「…手を出すなよ」

「なして?」

「言ったであろう?見えないように誤魔化しているだけだ。扉の近くで船の搭乗メンバーに接触すれば、見えるようになる」

「…なるほど」


部室の扉の前をスルーした憲兵は左隣の民家の戸を叩いた。

当然返事は無い。祭り期間の為殆どの人が出かけているのだ。


「あ~ぁ、こんな命令が下りなければ、俺たちも祭りの会場の警備で楽しめたのになぁ」

「それを言うな。こっちもむなしくなるだろ?…とりあえずさっさと確認して終わらせよう。今日中にノルマの範囲が終わらなかったら延長されるかもしれないぞ」

「うわ、そいつは困る」


愚痴をこぼしながらも仕事をする憲兵。先ほどと同じ様に勝手に戸をあけて中に入ると、捜索を開始した様子。


「スルーして行ったのぉ…」

「確認が済んで満足したか?」

「あぁ」

「なら直ぐ戸を閉めてくれ。空気のバランスが崩れる」

「…バランス?」


センの言葉に立ち上がると服の汚れをはたいてから部室に入りドアを閉め、室内の椅子を引きながら質問を投げかければ、センは一度頷いてから口を開いた。


「あぁ。この世界の季節のせい…なのだろうが、外気は温度と湿度が低い。気温は日照で変わるが、湿度は常に5%を下回っている」

「へぇ。…だば、そんな気にすら事か?」

「この船の中は気温24℃、湿度50%を維持している。そのバランスが崩れるのは良しとしない」

「…そう…ですか…」

「要望があれば設定を変える。24℃では不快か?」

「適温。快適じゃ」


完璧主義者なのだろうな。妥協しないのは…良いことなの?…今は特に問題になってないけれど。苦笑いしつつ返答を返して、昨日まで無かった服のハンガーラックの前に移動した。

昨日、早々に鷹司が休んだ後で皆が謝肉祭用の衣装を嬉々として製作したらしいく、色鮮やかな仮装服がかけられていた。それを見てセンも近づき、ラックの前に並ぶ。デザインは守屋、裁縫は雨龍が中心になって、思いついたものを大量製作したらしい。

もともと仮装用に出来上がっているものを購入してきたりもしていたようで、かなりの数になっている。


「外出か?」

「あぁ、散歩してぐら。…そんな目で見んなし。歩いてぐらだげだ。直ぐけぇる」

「…はぁ。外に出すなと言われていたのだが…」


そんなことを言いながらも衣装選びを手伝ってくれる船長。皆に鷹司を休ませておいて欲しいとお願いされたが、彼にとって搭乗メンバーの言葉はどれも聞くべき絶対命令。故に“他のメンバーにこう命令されている”という事を言う事はできても、搭乗者の意思を妨害する事は出来ないのだ。


「…鷹司ナガレ、黒いローブで行くつもりか?」

「あまり目立ちたぐねぇからの」

「今この格好は逆効果だ。町の人間が派手な色の服を着ているのに、一人で黒単色では…」

「やっぱり変だと思う?変り種の仲間入りで許されっかど思ったばって」

「悪くは無いが、逆に目立つ気もする」


その後暫く服選びに時間を費やし、黒いズボンに茶色い皮のブーツ、ベージュのシャツに黒いベストのなんちゃってカウボーイスタイルに、仮装としてねじれた角が特徴の羊の骨のお面(木製のレプリカ)に銀の肉食獣っぽい何かの動物毛皮のがくっついたものをはおって、春をイメージしたカラフルな布を腰に巻いた。堂々と顔を隠せるお面をつけられるのは、良い部分かもしれないな。それにこの毛皮の前足部分に腕が通せるので、大分暖かい防寒着だ。

それにしても、なんだかこのお面着きの毛皮、有名なアニメ映画の獣のお姫様を彷彿させるデザインなんだけど。


「…」

「どうした」

「着てみたばって、めぐせぇの…」

「恥ずかしい?だが、この世界ではこれくらいが普通のようだぞ?この期間はな」

「む…」

「ならば外出をやめるか?」

「いいや…行って来る」

「…そうか。…あぁ、念のため雨具も持って行け」

「天気崩れんの?」

「いいや。だが今日に限って湿度が少し高かった。この世界に来て数日、季節の変わり目のようなので特に問題視する事ではないかもしれんが、念のため」


最後の悪あがきとばかりに外出をやめるか?と問いかけたセンの言葉に首を振って否定すれば、センもこれ以上食い下がる事はせずに出入り口まで歩いた。

そして昨晩鷹司が自室を出たときにもしたように、彼のためだけに玄関のドアを開けてやりながら、手のひらサイズにたたまれた小さい合羽かっぱの袋を差し出す。


「この世界に合羽なんてあったん?」

「これはお前達の世界のものだ」

「…え?」

「部室に沢山ストックされていた。恐らく、この場所の持ち主が念のためにと蓄えていたのだろう」

「…アコンが?」


そういえば、梅雨のシーズンになると雨具を忘れて「どうしよう!」と騒ぐ自転車通学の人に安物の合羽をあげていた気がする。

そうじゃなくても学校の中の駆け込み寺的な存在だった園芸部部長が居る部室。親戚であるアコンの事を思い出しながら受け取った合羽を見つめていた鷹司には色々と思うところがあるのだろう。そんな様子を見ていたセンは、少し時間を置いてからそっと声を掛けた。


「さぁ、行って来い。…気をつけてな」

「…あぁ。行ってぐら」


軽く手を振って外に出た、暫く見送るためにドアを開けていてくれたセンも、鷹司が暫く歩いて離れるとドアを閉めたようだ。背後で扉が閉まる音がした。


「さて…っと」


とりあえず病み上がりだし、みんなにこれ以上心配と迷惑はかけられない。本当にフラッとそこらへん歩いて帰ろうと考えて歩きながらズボンのポケットにに合羽が入るだろうか?と手を入れようと指を掛けた。


「…ん?」


と、毛皮の一部に違和感を覚えてその部分を上から触る。毛皮をめくって内側を見れば、内ポケットが作られていた。本物の毛皮なのかわからないけれど、堂々と外側にポケットをつけると見た目にワイルドさが欠けると思ったのだろう。後ろには尻尾のようなものもつけられているし。芸が細かい。

なのに何故、肉食獣のような毛皮の頭部が羊の骨なのかがナゾなのだが。


その内ポケットの中に何かが入っているようで、それを違和感として感じたようだ。手を入れて中身を掴み、取り出してみた。


「…?」


中に入っていたのはゴム製のブレスレットのようなものと、教員が良く使う金属製の伸縮する指示棒ポインターだった。

ブレスレットは手製のようで、やや不恰好。しかも腕に巻くには長すぎるが、男性の手首に2巻きするには短すぎる微妙な長さ。…まぁ、ゴム製なので手首が閉まって血流が悪くなる心配を考えなければ2巻き出来る気もするが。

そしてもう一つのポインターは見覚えがあった。確か…守屋の私物だったはず。記憶が確かなら、先が確かペンになってた。


「昨晩何があっだんだべ?…俺も起きてればよがったかな…」


何故こんなものがこんな所に紛れ込んでいたのだろうか。

今となっては想像しか出来ないけれど、楽しそうな時間を想像して思わず苦笑いがこぼれた。

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