02-16 謝肉祭前日の夜
「でね、金庫を見つけたのは良いんだけど、イーヴァつきのメイドが応援呼んじゃってね、直ぐ部屋を出なくちゃいけなくなったの」
「…ふむ」
「だけど、問題の鍵は絶対あそこにあるって思うの。明日から謝肉祭だから、ノフィーさんの話では人の出入りも今以上に激しくなるんだって。だから、動きやすくなるらしいから、探すにはベストなタイミングだわ、きっと」
「…ほう」
「でも、やっぱり問題はあの金庫よね。金庫の中に錠の鍵があるとしても…金庫のカギは何処にあるのかしら?」
「…」
「ねぇ、ちょっと無視しないでよ、聞いてるの?」
「聞いている。何故一番最初に我に報告しているのか謎だがな。…それよりも今は夕食の準備であろう?口よりも手を動かせ。全然進んでいないではないか」
「むー!!だって~!!」
あの後直ぐにメイドが複数名やってくる事が分かっていたため、金庫だけ見つけて引きあげてきた獅戸とノフィー。もともとノフィーは止まり込みのメイドだが、獅戸は期間限定のバイトメイド。そのため金庫を開ける為の案を考えてくるわ!と自信満々に宣言して分かれて帰宅したのだ。
そしてこういう時に助言を求めて相談を持ちかけるべきBestな相手は鷹司なのだが、今の彼は怪我人で病み上がり。説明下手な獅戸があーだこーだとゴチャゴチャ言ったら「聞くより見るほうが早い」なんて言って無茶しかねないのだ。…しかも自分の好きな事に関しては本人に無茶をしている自覚がないから問題である。
彼を除いて、誰に相談するべきか迷っていた獅戸は一緒に雨龍の手伝いで夕食の材料の下ごしらえのジャガイモっぽいものの皮をむいていたセンに声をかけたのだった。
「この芋みたいなやつ、硬くて剥きにくいんだもん」
「食事はお前達のエネルギーだろう?しっかりと準備をしないと何処で失敗を呼ぶか分からんぞ」
「…え、芋の皮でそこまで…じゃなくて、今は芋は良いのよ。問題は鍵!ねぇ、船長なら大切なものは何処に隠す?」
「…。…大切なものは…そうだな。作り出した空間の密室、信じられる人物に預ける、自分で持つのどれかだろう」
「密室か~。そうよね、出入り口の無い場所を作れるセンは何でも隠し放題よね」
なんだかんだで相手をしてくれる船長に、獅戸は感謝しながら考え込む。やっぱり金庫が怪しい。でも金庫にも鍵がついてるなら、そのカギはやっぱり…奥様が持っているんだろうか。
呪いを解く鍵が金庫で、金庫のカギは奥様のイーヴァが所持ってところかな。確証があるわけではないけれど。
「やっぱ持ち物検査とかしてみるしかないかなぁ…」
「どうやって?」
「どうって…どう…どうやって?」
「我が聞いている」
「ほぼ初対面の相手に持ち物検査してくださいって頼まれたって、許可しないわよ?普通」
「そうだな。普通なら警戒するだろう。だから聞いている。どういった手段を用いる?」
「うーん…」
船長との話のおかげで、ぼんやりとしていた話の輪郭が明確になって…来た気がする。とりあえず、鷹司にはバレないように話を進めていこう。皆に聞いてみて、分からなかった時の最終手段だ。
「こうなったら仕方ないわ…」
「どうだ?はかどってるか?」
「うっひゃぁ!」
コンロの前で火を使っていたはずの雨龍が突然後ろから声をかけると、驚いた獅戸は変な声を出して振り向いた。今、センと獅戸が居るのは出入り口入ってすぐの部室エリアのテーブル。そこに皆が仕入れてきたジャガイモっぽいものを持ってきて、椅子に座って作業をしている。台所は同じ階の隅で隠れていた訳じゃないのだが、なんとなく内緒話をしている雰囲気になっていたせいもあるのだろう。心臓がバクバクと音を立てていた。
驚いた獅戸に驚いた雨龍、二人して見つめあって固まってしまった。
「…ノルマは終わったぞ、雨龍タクミ」
「あ、あぁ。ありがとう。…で、何をしていたんだ?」
「今日の…」
「「「…」」」
助け舟を…と思ったセンが声をかける。そして芋が入ったざるを持って立ち上がったところで、返された質問に普通に答えようとしたが、先ほどまでの獅戸の様子からもしかして秘密にしたい事なんだろうか?と思いいたれば、途中で言葉がぶち切れる。
微妙な沈黙が3人の間に流れた。
困った表情の獅戸と雨龍が何故かセンを見ている。
センの表情は特に変わっていないが、内心此方も困っているぞ!…まぁ、どうしても秘密にしたいならさっき言いかけた時点で獅戸が慌てて止めるはずだ。そう考えて、再びセンが口を開いた。
「今日の報告を聞いていた。その際アドバイスを求められたので、答えていた」
「報告?…獅戸の報告って事は、屋敷での事か?」
「そのようだ」
そう返事を返してから1歩雨龍に近づいて、耳元に顔を近づける。この空間の中を完全把握出来るセンは鷹司が何処に居るか把握していた。一晩熱にうかされて、今日1日は少しボーっとしていた。夕方になって意識もしっかりしてきたが微熱が続いた彼は今まで部屋で寝ていたのだ。そんな彼はのどが渇いたのか自室をでて階段を降りようとして、舞鶴と猫柳につかまって話し込んでいる様子。一度チラリと階段上へ視線を向けてから、この声量でも聞こえはしないだろうが、念のためにと声の音量を落とす。
「獅戸アンナが屋敷で金庫を見つけたそうだ」
「金庫?…そうか」
「おい“だからどうした?”と思っているな?雨龍タクミ」
「いや、そ…そんなことは…」
「確かに、お前達にとっては珍しくも無いだろう。だが、この世界で金庫と言えば、かなり希少なモノになると思われる」
「そう…だろうか?」
「…まぁいい。…今後どうするのかはお前達次第。我は求められた助けに応えるべく動く。それだけだ」
早々に話を切り上げてしまったセン。
皮をむき終わった芋を流しに持っていくと、手を洗ってからコップに水を入れてお盆に乗せて階段を上がっていってしまった。
半ば呆然としながら見送った2人。そして雨龍が視線を獅戸に移す。
「で…金庫がどうしたって?」
「はっ!あのね、雨龍さん…」
かくかくしがじか。
獅戸は今日の出来事を雨龍に話した。
**********
夕飯の時間。
町で入手した、スパイスに成りえる香辛料を発掘した月野と雨龍の提案で、カレーを作ってみよう!という実験の元完成したカレーもどき。
見た目も味も、そのまんま。久しぶりの懐かしい味に皆自然と笑顔がこぼれる。
「…で。まだベッドで飯なん?もう大丈夫だし」
「確かにキズは大体ふさがったようだが、骨は…もう少し様子を見た方が良いな」
「血と汗で身体中がベトベトだ…。風呂は入れんだろ?」
「激しい運動でなければ問題ない。…それにしても、自分の体は見る事が出来ないとは」
話をしながら鷹司に手をかざし、目をつぶったセン。
僅かな時間そうして居るのをベッドに座っていた鷹司は見上げていたが、眼を開けてから傷の具合を口にしたセンを見て、スキャンをかけていたのだと理解する。
その後で自分で自分の体を触れてみるが、やっぱりこの間の門に挟まれたおっさんを見た時のように、頭に身体の情報が浮かぶ事は無かった。
「どんな力が使えるか」これは船長がスキャンで確認出来るが「力が誰に対して使えるか」という点は良く分からないらしい。練習を積めば自分でも見れるんじゃないのか?と鷹司は言われたが、力の事がまだ良く分かっていないのだ。当分は自分の体調に関してはセンのスキャンに頼る事になりそうだ。
「あぁ。変な所で不便だの…。皆は?なんが問題起きてんの?」
「さあ。今は会議中だそうだ」
「は?」
「明日から謝肉祭が始まるからな」
獅戸の話と心配を聞いた皆が船長に鷹司の監視と世話を頼んだ。鷹司の部屋にこもっている間に、1階の部室フロアで食事をしながら、今日1日の報告を聞いたり、今後の行動を確認したりと作戦会議をするつもりらしい。
鷹司は独りだけ蚊帳の外って感じがするが、怪我人だから仕方ないか。それよりも約束した城門較べについて考えないといけないのかもしれない。
「明日…そうか。何だか早がったんだか、遅がったんだか…」
「コンテストは4日目だろう?先の事は考えず、今はゆっくり休むと良い。明日から活動を再開する気なのだろうから」
「バレてたか。んだの」
風呂に入るならお湯ごと風呂エリアを新規作成して、タオルと着替えと…とポンポンと出現させて準備を始めてくれたセンをベッドの上から見ていた鷹司。もう船長と言うか、執事というか、お母さんと言うか。
至れり尽くせりで頭が下がる。すでに何か言われても気分的に逆らえない感じはするが。
「…セン、昨晩俺の部屋サ居た?」
唐突に切りだした鷹司は昨晩の懐かしい会話を思い出していた。
掛け直してくれたかけ布団の縁を静かになぞって考え込んでいたが、センの回答を促すように視線を向けた。
「昨晩?看病を頼まれたので、様子を見るために入室はした」
「そうか…入室しただげ?」
「タオルを取り換えたり、汗を拭いたりはしたが。…どうした?」
「いや、懐かしい夢ば…見だんだ。…夢…だよな…」
此処に居るはずがないのだ。分かっていても、何故か何度も確認をしてしまう。きっと相手が血縁者だからかもしれない。夢だ夢だと言い聞かせるように呟く鷹司に向かって、用意出来た入浴セットを差し出しながら答えた。
「鷹司ナガレ。我は入室し世話を焼いただけ。熱にうかされていたようだが、会話はしていない」
「…。そう…だよな。サンキュー、船長」
いい加減気持ちを切り替えようと決心したらしい鷹司は、入浴セットを受け取って立ち上がった。そしてセンは歩きだした鷹司の為に、部屋のドアを開けてやる。
「戻るまでにベッドを一新しておいてやる。今晩ぐっすり眠れれば、大方完治と言って問題ないだろう。バンドが途中で消失しなければ、ではあるが」
「分がった。頼むわ」
「あぁ。…湯の温度は40℃。ゆっくり浸かって汗と疲れを取って来ると良い」
「おー」
部屋を出てから、室内に残ったセンに向かって軽く頭を下げて頼んだ後、歩きだした鷹司に向かって再度背後から大きめの声を掛ける。下のメンバーに鷹司が自室を出たというメッセージも込めてみたが…うん。通じたようだ。
センの言葉に対して気の抜けた声を出しながら片手をあげるだけの返事をした鷹司が、階段に足をかけた時、下の階がガタガタ騒がしくなった。何か隠したい情報でも出てきたか?慌てているな。
そんな様子は置いておいて、センは部屋のドアを閉めて室内に向き直った。
「…会話はしていない。我とは会話をしていない。…いつまで待たせるつもりだ?八月一日アコン…」
胸元に手を置く。
服の下には預かった鍵。
目を伏せて眉を寄せ、苦渋の表情を浮かべるのも僅かの時間。
直ぐに頭を振って気持ちを切り替えると、指を“パチン”と鳴らした。
その音に合わせて、室内にあった血と汗で汚れたベッドが消えさった。