02-15 奥様の部屋
あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いします。
「どうだ?エフレム」
「…パッと見ただけですが、祭り前の準備に追われている普通の貴族の家…という印象ですね」
「ふむ」
第3応接室では勝手に入ってきたシルと、ラプシン、エフレムの3人がヒソヒソと小声で話をしていた。一度お茶を持ってメイドがやってきたが、受け取った後は出て行ってもらっている。その後で女騎士であるラプシンが出入り口の前にたって廊下の様子を伺いながら、シルとエフレムは今まで起きた事や屋敷の様子を確認し合っていた。
鷹司が逃げ出した後、当然必死になって彼の行方を捜したが見つからない。頭の回転の速い人物だった。危険を感じて身を隠しているか、もうこの町にすら居ない可能性もあるが、とりあえず先に原因を作った貴族の方をなんとかしようとしたのだ。
「外門を開いたのは、王が来るという知らせを受けたからのようだな」
「えぇ、それは間違いないでしょう。あの外門を開くと、ブラートに入った時に中心部まで真っ直ぐな道が伸びてるので、見目も良いですしね」
「だが、頑丈とされる鉄が何故壊れた?」
「それは俺にも分かりかねますが…あの青年は知っているようでしたね」
「そうだな。あの時…鉄に火を使ってはいけないとは…そんなこと、考えもしなかったぞ」
「実際、止めてもらって助かりました。後の検証で、確かに鉄は熱を伝えやすいと分かりましたし」
「危うく大火傷だったな。それに、彼の作ったあの道具も…」
「シル様」
「うむ?」
「足音です。女性が数名。恐らくイーヴァ様かと」
「やはり、スパルタクは出てこないか」
ラプシンがエフレムとシルの会話の途中で声をはさんで人が近づいている事を告げながら近づく。ソファーに腰掛けた状態だったシルは、サッと身だしなみを整えてから足を組んで座りなおし、エフレムはシルの後ろに立って護衛をアピール。ラプシンもエフレムの隣で警戒するように立つと、ドアがノックされた。
“コンコン”
「…此方にお客様がおいでと伺いました」
「あぁ、邪魔している」
「失礼します」
声を掛けてからドアが開かれると、そこに居たのはやっぱりイーヴァだった。表情はお互いに笑顔。しかし、顔を見た瞬間に同時に理解した。何か腹の中に抱えていると。
「いらっしゃるのでしたら前もって連絡をいただきたかったですわ。謝肉祭直前という事もあって、十分なおもてなしが出来るかどうか。(こんな時に何故やって来るの?…何か勘付かれたのだとしても、確信を持たれてはいけない。早急に帰ってもらわないと)」
「いやぁ、お構いなく。なにぶん普段は自由にならない身の上ゆえ、今回はスパルタクのただの友人として気楽に接してくれ。(見た目は落ち着いているが…何か、隠しているな?)ところで、スパルタクはどうした?彼を呼んできてくれと、メイドに頼んだのだが」
「申し訳ありません、主人は今体調を崩しておりまして…」
「ほう。それはそれは…」
会話を続けながら入室したイーヴァ。彼女はシルの前のソファーに腰を下ろすと、扇子を開いて真っ直ぐ彼を見つめた。口元を隠した彼女は、メイドに自分の分の飲み物を頼まなかった。長居するつもりはなく、長話をするつもりも無いようだ。焦るそぶりは見せないが、動揺しているそんな彼女の眼を真っ直ぐ見返して、シルはにやりと笑んだ。
「では…話をじっくり、聞きたいですな」
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一方イーヴァの部屋では。
「…ふぅ。現代日本に慣れてて助かったわ」
ブツブツと小言を言いながらも辺りを探していく獅戸。ちょっと高めのホテルのような部屋は、想像した大豪邸って程広くも無く、これくらいなら一人でも探せそうだった。しかも防犯への関心がほぼゼロのこの世界の人の事だ。ベッドの下とか、ちょっと高めに箪笥の上とか、そういったところに隠してそうだ。
そう考えて、まずはクローゼットのドアを開けた。
「うわ、すっごい服の数。…そのうちウォークインクローゼットとか作るわね、この人。というか、良くこのスペースに収まってるって言うか…」
ブツブツ言いながらもせっせと手を動かして鍵を探した。ドレスのプリーツ部分や、上着のポケット、リボンの中等も念入りに。
しかし、やっぱり出てこない。
「鍵…鍵…やっぱあれでしょ?ロック解除用のかぎって言ったらやっぱり形はアレよね。小さい感じよね…やっぱりヘアーアクセサリーとかしまってある所かしら」
意図せず独りごとが多くなる。呪いを解除する“鍵”と自分が想像している“鍵”が同じフォルムかどうか分からないのが、心配なところ。もしかして見落としてたりする…かもしれない。
「ねぇ、ノフィーさん。周り誰も居ない?」
「…えぇ、誰も居ないわ。どう?見つかりそう?」
「それが、あらかた探したと思うんだけど…」
「そう…やっぱり奥様の所には無いのかしら」
「でも怪しいんでしょ?もうちょっと探してみるわ。…それで、もっと特徴が知りたいんだけど」
「特徴?鍵の?」
「そう。色とか、形…は何となく聞いたからイメージわくけど、キーホルダーとかついてないの?」
「ん?キーホルダー?…って、何?」
「えぇ?…えっと…飾り…みたいな?…そう!ストラップとか…」
「スト…ラップ?」
「あれぇ?これも分からない?えっとね…ストラップって言うのは…」
常識の違いがもどかしい。
何て言えばいいんだ?キーホルダー…飾りの小物?ストラップだったら落下防止紐とかもありか?
鍵の詳細を聞こうと思っていたのに別の物の説明になってしまった事に気づいてハッとする。
「じゃなくて!後でしっかり説明するわ。今は鍵よ!」
「鍵…錠を解くために作られる鍵に飾りは基本ついて無いの。後付けで誰かが紐を通したりする事はあるけれど…」
「そうなの?じゃあ目印には出来ないかなぁ。…ねぇ、ノフィーさんだったら大切なもの何処に隠す?」
「私?…そうね、とても大切なものだったら…知人に預けるか、身につけておく…かしら」
「なるほど!じゃぁ、イーヴァが持ってるんじゃないの?」
「…その可能性もあるわね…」
1枚の扉越しにヒソヒソと会話をつづけていたが、フッと足音が聞こえてぴたりと動きを止めた。
直ぐにノフィーが声を飛ばす。
「奥様つきのメイドだわ!何処かに隠れて!」
「え!?」
あわわわわ。
さっきから色々探し回っていたので間取りを大体把握しているが、定番のベッドの下は足が短くて侵入できない。カーテンに丸まっても長さが足りずばれちゃうし…消去法でドレスが沢山かかっているクローゼットに飛び込んだ。
「鏡付きのタンス…From my bureau!ってやつね。…ふざけてる場合じゃなくて。お願いだから探しに入ってこないでよね…」
タンスの中でドレスに埋もれながら、部屋の前のノフィーとやってきたメイドの話に耳を傾ける。
「…奥様はもうお帰りですか?」
「いいえ、ちょっと奥様に用事を言いつかったのよ。それより貴方、此処の扉は閉まったままだったわね?」
「えぇ。不審な者はこの扉を通っていません」
「よろしい。では…」
“ガチャ”
「(ひぃ!)」
部屋の扉をメイドがあけた。それをノフィーが言葉巧みに足止めしている。ドアを開けたり、閉めたり。そのたびに蝶番がキィキィと音をたてるので、獅戸もビクッと肩をすくませた。
「(何よ!入るの?入らないの?はっきりしてよね!)…痛っ!」
音から少しでも遠ざかろうとモゾモゾゆっくり動いていたら、低い箱でもあったのか脛を思い切り打ちつけてしまった。口を抑えて叫ばない様に頑張ったけど漏れてしまった声、それに被せるようにノフィーが絶妙なタイミングで咳をする。
…わざとらしかったけれど、誤魔化せたようだ。ありがとう!
「…分かったわ。じゃあ、直ぐに別の者を来させるから、そしたら同じ事を伝えておいてちょうだい?ノフィー」
「承りました」
獅戸達のやりとりに気付か無かったようで、メイドがその場を後にする。暫く様子を見てからノフィーがドアを少し開けて顔をのぞかせた。
「…大丈夫?」
「え、えぇ。大丈夫よ…痛かった!フォローありがとう、ノフィーさん!」
「いいのよ。それより何があったの?」
「タンスの中に隠れていたら、低い箱があったみたいで…」
ドレスのすそのおかげで全く分からなかった。靴の箱でも積み上がっていたのだろうか?
声をかけながら入室してきたノフィーに状況を説明しつつ、何があるんだ?と服を寄せて見えるように視界を確保した所で、ノフィーは眼を丸くして、獅戸は思わず首をかしげた。
「何でしょうこれ。置物?」
「ん?…これって…」
約50cm四方のほぼ正方形の四角い鉄の塊。
女性1人じゃ、びくともしない頑丈な作りに持ち上げられない程の重さ。押しても引いても動かないことから、もしかして固定してあるのかな。
そして扉は側面の1面で、中央部にダイヤル式の鍵…っぽいもの。
「もしかしてこれ…金庫じゃないの?」
…超怪しい物はっけーん。
今後の更新は基本2日に1回だけど、場合によっては3日に1回になるかもしれないです。




