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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
02 はじまりの旅・Ⅱ番目の世界
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02-12 本日の成果

「サーロヴィッチ家のステンカ、か。その名前は俺達も聞いたな」


鷹司の部屋で猫柳と鷹司から一通りの話を聞き終わった雨龍が腕を組んだまま、一緒の仕事についていた舞鶴に同意を求めた。鷹司はセンが出した臨時の服に着替えて、自室のベッドに腰を下ろしている。寝るように促されているが、とりあえず情報の共有が先だと言って起きているのだ。そういえば汚れた服はどうしよう。洗濯機無いし…血って、普通に洗っただけじゃ落ちないんだよね。ちょっと乾いちゃってるし。

脱いだ事で改めて分かる出血の量。こりゃ…捨てるしかないかなぁ…

自分で言い出したにもかかわらず、どうでも良いことを考えている鷹司をよそに、話はドンドン進んでいく。


「そうそう。サーロヴィッチ家のステンカといえば、この町一番の名家で、この町一番の問題児だってね。曲がり角では鉢合わせないように気をつけろ、なんて言われたくらいだ。お父さんが…確かサーロヴィッチ・スパルタク。で、奥さんが、サーロヴィッチ・イーヴァ。スパルタクさんの評判は良いみたいなんだけど、奥さんがね。彼女も結婚前は容姿も性格も美人って有名だったみたいだけど、嫁いだら性格変わって贅沢三昧って噂だよ」

「猫被ってたのか。それにしても…詳しいな、舞鶴」

「仕事仲間から情報集めてたの。…あ、もちろん遊んでた訳じゃないよ?」


今日働きながら同僚に聞いた情報から必要なものを抽出して皆に告げた舞鶴。働きながらいったい何時情報を集めて居たんだ…と疑いの眼差しを向ける雨龍と猫柳に気づいて、問われる前に慌ててつけたした。そしてその後で遅れて帰ってきた獅戸が口を開く。


「私も、今日屋敷で聞いた話何だけど、スパルタクさんには王位継承権があるらしいわ」

「マジデ!?第何位くらい?」

「え、こういうのに詳しいの?キョウタロウは。…えっと、確か82とか83とか…」

「それじゃぁ、あってないような物じゃん」

「そうなの?何で?」

「だって約80人が王様とそのスパルタクさんの間に居るんだよ?一人が1年ずつ王を継いだとしても80年後だし、子供とか出来ちゃったらそっちに継承権が移って行くんだ。…まぁ、俺達の世界と同じように継承権がうまれるなら、だけどね」

「だが、王族である事サ変わりはねんだな?喧嘩売ったの不味がったかのぉ…」

「うーむ、今の段階では何とも言えないな」

「ってかアンナ勝手に一人で行動しちゃ駄目じゃん!」

「そ、それは…悪かったわよ。思い立ったらつい、行動したくなっちゃって…」


と、そのとき部屋のドアがノックされて、天笠と月野が薬を持って入ってきた。

あの時医者が薬を出してくれたのだが、とっさの事で持ってくることが出来なかったのだ。猫柳がとりに戻ろうとしたが、鷹司が行かなくて良いと止めたのだ。何だか色々危なそうだったから。


「おまちどうさま鷹司先輩。痛み止めの薬、出来ました。少し眠気を誘う成分も入ってるんで、飲んだら眠くなるはずや」

「ぐびっと飲んじゃって。それにしてもこの世界、給金が即日配給で助かったわ。必要そうな物買っちゃったから良い薬を買うお金は無かったけど」

「せやね。けど薬局を見れて良かった。この世界では漢方薬に似た薬が使われとるみたいよ」

「薬屋でのサヨ格好良かったんだから。見せてあげたかったわ!」

「ほぉ。格好良いって、どんな?」


持ってきてくれた薬を受け取った鷹司が、天笠の言葉に質問を返した。そして器に口をつけて薬を飲む。バンドがあれば耐えて寝ていれば良いと思っていたのだが、仲間が心配して直ぐ用意してくれたのだ。無駄な出費をさせてしまった気もするが、そんなこと皆は思わないんだろう。ありがたくもあり、申し訳なくもある。だが一人じゃなくて本当に良かった。なので結構怪しい黒色の液体だが我慢して口に入れる。抗生物質なんてものはこの世界には無いんだろうなぁ…なんて考えながら飲み下した薬剤を煎じた薬は、思っていたより匂いも味も強くなかった。激苦な薬を想像していただけに、ホッと胸をなでおろす。


「あのね、粗悪品を高級って偽って売ろうとしてた奴がいてね。でもサヨは触っただけで植物の情報が分かるから“こないに古いと効果が半分以下に落ちるさかい、もっと価格が下がるんやない?”って言ってやったら逆切れされかけて」

「…そっちも危ね事サなってたんか」

「せやけど、雨龍さんが一緒に居てくれたさかいな、平気やった」

「なんていうの?目利き?嘘を暴くあの快感!癖になるわ」

「…ホクトちゃん、うち、気になった事いうただけなんやけど…」

「俺も一緒に行ってよかったよ。月野はまぁ、控えめだから良いんだけど、天笠が何故店員を煽るような事言うから…」

「フッ、なるほど。確かに雨龍は、盾役だしの」

「…鷹司、それは褒めているのか?」

「もちろん」


あえて明るく振舞っているというのもあるのかもしれないが、大怪我をした割に元気そうな鷹司に皆がホッとしていた。と、そのとき再び戸をノックする音がして、扉の近くに居た九鬼が対応するべく戸を開く。といっても、皆がここに居る以上、残りはセンしかいないのだが。


「船長?どうしたの?」

「そろそろ良いのではないか?話し始めて大分立つぞ、鷹司ナガレを休ませるべきだ」

「…そうだな、少しだけと言いながら、大分無理させてしまったようだ」

「必要な事だ。気にすんな」

「食事はどうする?食べられそうか?」

「…。…いや、いらん。食欲無い」

「分かった」


センの言葉に皆が引き上げる用意をし始める。雨龍が謝れば軽く頷いて許し、その鷹司がベッドに横になるのに苦戦する様子をみて身体を倒す作業を手伝った。仕上げとばかりに掛け布団を引き上げてやる。


「はぁ…何だか介護受けてる気分」

「なに言ってんだ。今だけだろ?…しっかり休めよ」

「…あぁ」

「じゃあ、また明日」


薬の効果がもう出てきたか、少し眠そうに瞬きをしてから目を閉じた。それを見届けて退室し、戸を閉じる。


「…体温の上昇を感じる。今夜は熱が出るかもしれんぞ」


12角形の自室エリアを抜けて部室である1階に下りながら、センが報告した。彼の作り出した空間ゆえに、中に居るモノなら僅かな変化も敏感に感じ取れるらしい。


「アレだけの怪我だ。おかしくは無いが…解熱は…」

「薬は入手できなかったわ。だからなるべく夜中に目が覚めないように睡眠作用のある物を混ぜたの」

「もちろん、飲み合わせの確認はうちがしたんよ。体に害が無いように」

「そうか。でも、定期的に様子を見たほうが良いだろうな」

「ならば我が見ていよう」

「センが?」


1階に下りて、今日入手した金で買ったもの(テーブルに放置)に手を伸ばしながら舞鶴が問いかけた。

食材からシンプルな衣服まで幅広く、安いものを買い集めたようだ。今日の稼ぎはほぼ全て日用品と少しの食材に消えたのだろう。それなのに、その後で薬を買う金を捻出できた。皆無駄遣いしなかったんだな。さすがだ。


「我はシステム。生体ではない。故に睡眠を必要としない。監視は24時間年中無休で行える」

「監視って…。でもそれならありがたいね。緊急事態には俺達を起こしてもらえれば」

「そうだな。皆、明日も仕事があるし」

「寝不足で仕事しても効率悪いし、頼めるならホント助かるよ。それにしても、あのバンド結構便利じゃない?…船長!あれ、コピー出来ない?」

「バンドその物の作成は可能だ。しかし能力を伴う複製は不可能だ」

「つまり…どういう事?」

「あのデザインのブレスレットなら作れるが、魔力を込める事は出来ない」

「…なんで?」

「我が持っている能力を超えている。ちなみに、正確に言うならば、今此処にある増設した物は全て我のデータの中から選択し製作している」

「…うん?だから?」

「椅子も、机も、テーブルも。全て仕組みや構造を知り、機能を理解し、用途を把握している。つまり、作りたい物を我が解析、理解できない場合、それを再現する事は難しいのだ」

「へぇ~。何でも出来るまさに魔法って感じだったけど…意外と制限があるんだね」

「我が作られた世界では、魔力とは選ばれた物だけでなく全てのモノに等しく備わる力だった。それを使いこなせるかは、力を持つ者次第だ。…まぁ、お前達の世界には魔法が無かった。ゆえにそれと同じものを作成するのはそれほど難しくは無かったが」

「なるほどなぁ」


例えば冷蔵庫なんかは、電気回路などを詳しく理解しているメンバーが居なかったため、初めて見るセンも理解出来るはずがないのだが、逆の発想で「食べ物を冷蔵保存するための箱」という意味でとらえれば「低温に管理した箱」という解釈で再現が出来る。コンロもそんな感じで作っていたらしかった。


「結構柔軟な考えが出来ないと難しいね…あ、話変えるけど、僕明日何か話聞かれたりするかなぁ?ナガレのことで」

「あぁ、可能性はあるな、猫柳は鷹司と知人と言ってしまっているし」

「タカやんとの関係は何て言ったんだっけ?」

「ルームシェアしている、とだけ言った。どれくらい詳しく言って良いのか分からなかったから」

「だよなぁ。じゃあヤバイ雰囲気だったら“帰ってこなかった”で知らぬ存ぜぬを通した方が良いかも?」

「まぁ、聞かれなければ応えないってスタンスでいいんじゃね?」

「だな。そういえばアンナちゃんは?タカやんと一緒にコンテストのチームの人に会ったんじゃなかった?」

「う、うん。あの、それでね…」


そこで獅戸は一人で屋敷の使用人として臨時メイドになった事を正直に話した。大体鷹司から聞いていたのだろう、特に驚く事も無く、皆最後まで話の腰を折る事もせずに聞いていた。


「このお仕事も、謝肉祭期間限定の募集なの」

「そう。…気持ちは分かるわ。でもちょっと危険なんじゃないかしら?」

「天笠の言うとおりだと思う。この町一番の問題児に目をつけられてるアンナちゃんがそいつの屋敷に行くなんて」

「天笠先輩、猫柳先輩…ごめんなさい。私も危機感が無かったって言うか、下調べが全然出来てなかったって…思ってるわ」

「でも、僕が同じ立場だったら、同じ事をしている気がするから、正直な所キツく怒れないんだよなぁ…」

「俺もネコちゃんと同意見デ~ス。客観的に見れば、そんな危険なトコにマークされてる女の子が行くなんて超危険だと思うけど」

「私も、相談くらいしてほしかったわ?アンナ、私達友達でしょ?」

「ミッキー…うん。ごめん。ホント反省してるわ」


気持ちは分かる。でも知らない世界が危険だという事も理解できる。どちらを取るのが正解か?と言われれば、帰還に無関係のこの世界の人間の問題には首を突っ込まない方が良いんだろう。けれど…


「ルールを決めよう」


ずっと黙っていたリーダー兼保護者の雨龍がそう口にすると、皆の視線が彼に集まる。一度グルリと席についていた皆の顔を見渡してから、最後に船長に視線を向けた。


「この部室…船が世界を飛び越えるには、燃料が必要だといったな?船長」

「あぁ。言った」

「その燃料はその世界の金を稼ぐ事が一番手っ取り早いが、ようは人の関心を集める事でもある、と言う解釈で問題ないか?」

「あぁ。大方間違ってはいない」

「燃料の補給を全てセン1人に任せた場合、膨大な時間が必要となるから俺達に手伝って欲しいという事だったよな?」

「そうだ。食糧問題を考えず、数十年を引き篭もっている事が苦ではないなら、外に出る必要は無いがな」

「…ということは、燃料が溜まるまではその世界の人間と付き合っていかないといけないわけだ。近所付き合いは最小限に止めたいが、付き合う以上は良い関係を築きたいと俺は思っている」

「私もそう思っているわ」


天笠が同意を示し、それに便乗するような形ではあるが、皆が頷いて、異議を唱えるものが居ない事を確認する。そこでテーブルに肘を着いて指を組んだ。


「そこで、その世界の人間とどれくらい深くかかわるべきか、どれくらい俺達の情報を伝えるか、伝える場合はどういう話にしておくか。マニュアルのようなものを考えておいた方が良いと思うんだ。例えば生活するにあたって、その町に来た時に旅人と言った方が良いのか、引越し設定が良いのか、そういった話を俺達であわせておく必要もある」

「口裏を合わせるって事だね。後でボロが出ないように」

「あぁ。そうだ。…今は最初の世界でどういった行動がベストなのか分からない。だから今回は様子見しながら慎重すぎる行動でも良いだろう。だが、世界によってはそれが逆に不信感を抱かせたりしかねない。が、とりあえず、なるべく単独行動は避けて欲しいと思う」


その後も皆で真剣に話し合った。途中で雨龍が夕飯の用意を始めたが、対面型キッチンのおかげで話が折れることは無かった。だが、どうするにしても経験も足りず、分からない事が多すぎるので、この世界から次の世界に飛ぶ時に再度話し合ってルールを決定しようという事に落ち着いた。

今は鷹司も居ない事だし。


初めてで初日という事もあり買い物は食材を揃える事と、衣類を揃えることに集中したようだ。他に必要なものも無かったせいもあるが、買い物を終えて残っていた金は必要最低限と思われる金額を皆に割り振り、それ以外は船長に預けておくことになった。

その際に部室のテーブル中央にセンが豚の貯金箱を出してくれた。


「一時的に置いておきたいならこれを使え。燃料にまわしても良いと思える様になったら…いや、燃料にする際にはまたその時に話をしよう」


既に雨龍の話でいっぱいいっぱいな顔をしていた高校2年生グループを見てそう言い、その後は購入した物を皆で確認をして就寝となった。



…夜中…



熱に浮かされていた鷹司は唐突にフッと目を開けた。そして視界の端に見える人影に顔をごと視線を向ける。誰かが自分のベッドの側に座っていた。看病してくれているのだろう。室内は暗く、意識も朦朧としていてはっきりしない。それでも何となく懐かしい雰囲気にゆっくりと口を開いた。


「…ア…コン?」

「…」


声に反応してその人が此方を向いた気配がした。それでも顔はしっかり見えない。…きっと夢なんだろう。彼は此処に居ないはずだ。重傷をおって心も弱っているのかもしれない。

夢なら、少しくらい弱音を吐いても良いだろうか…


「起きたの?…気分はどう?」

「良ぐねぇ…」

「そうか。…そうだよね。ほんと…大分無茶したみたいだね、ナガレ」

「…なして此処に?」

「良いから。…今は休んで、身体を治す事だけ考えていて」


船長も同じ声で話すのだが、それとは何かが違う。どこか懐かしいような暖かい響きのある声が鷹司を気遣えば体を起こそうとするも、それをそっと手で制されると抵抗も出来ず再びベッドに身体を沈める。乱れた布団を覆いかぶさる形でかけ直しながら、彼は心配そうに息を吐いた。


「…昔と逆だね」

「…?」

「病院に付き添ってもらった時、ベッドに寝ていたのは俺だった」

「あぁ。…懐かしいの」

「…良い気分じゃ…無いね」

「…何?」

「大切な仲間が、苦しんでいるのを見ているのは…これほどまでに辛い事だったんだね…。ごめん、ナガレ。君もこんな気持ちを、抱えていたの?」

「…さぁ、どう…だったかの?…良ぐ…思い出せね…」


彼の話を聞かなくては。彼に返事をしなくては。

そう思っていても傷付いた鷹司の意識は再び沈んでいく。側に居てくれるだけで何故かとても安心できる相手をじっと見ていたが、瞼が次第に落ちていった。

陰になっていてはっきりと見えない彼の顔。

ただ、彼の首から下げられた“鍵の形のネックレス”だけは、室内の僅かな光を反射して輝いて見えた。

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