02-09 必要な時に使えてこその道具
ちょっと流血表現あり。
「ナガレさん!!」
何かが割れる大きな音。そしてまるでギロチンのように、門は下に落下した。その破壊力で中途半端な位置にあった馬車の運転席が潰れ、完璧に切断されてしまっている。驚いた馬は荷馬車の破片を引きずりながら遠くへ走っていってしまいそうになったが、見物人に何とか引き止められていた。
そして凄まじい風圧でモウモウと立ち込める砂埃、その中に消えたチームメイトの名前をスターニャは必死に呼び続けた。
「ス、ターニャ…此処だ」
「っ!…きゃぁ!な、ナガレさん!?」
砂埃が晴れれば視界も晴れる。声のしたほうに駆け寄って、思わず小さく叫んでしまった。鷹司と運転手のおじさんが門に挟まれてしまっていたのだ。あの勢いで切断されなかったのは、スターニャが絵から出した門をつっかえ棒にしていたおかげ。持ってて良かった鉄の塊!
「おっさん…平気か…?」
「う、うむ。君のおかげで何とか」
「だば、もう少し…待ってろよ」
2人してうつぶせの状態で何とか潰されずにすんでいた。とりあえず鷹司は声を掛けてから状況を整理しようと眼を瞑った。鎖との連結部が壊れたので、鎖を引くだけではもう動かない。つっかえ棒のおかげで出来た僅かな隙間は抜け出すにはぴったりすぎた。というのも、衝撃でつっかえ棒にしたミニチュア門の下は土に僅かに沈み、上は重みで僅かに凹んだせいで、その分短くなって身体にぴったりフィットしてしまったのだ。荷馬車に一度接触したおかげで、威力が大分相殺されたみたいだ。あれがなかったら、内臓に衝撃がダイレクトに来ていたかも。
隣のおじさんは思っていたより体格が良かった。ひょろひょろしてたら抜け出せたかもしれないが此方も同じく身動きが取れていないようで、鷹司はスッと手を伸ばし、抜けだそうとウゴウゴしているおじさんお肩口に触れる。そして門を調べる時と同じように意識を集中すれば、本当に身体の構造(?)が把握できた。身長184センチで体重85キロか。いい体格してんじゃん?…というか、鷹司よりも良い筋肉してるかもしれない。胴回りもがっちり筋肉がついているが、門のせいで軽い圧迫があるようでちょっと苦しそう。痣は出来ちゃってるような気もするが、大きな怪我はないようだ。これ幸い。…というか、これ女性に触れたらスリーサイズとか分かっちゃうじゃなかろうか?…気をつけよう。
「お…あ、旦那様!」
「なんてことだ!急ぎ門を開かなくては!」
「旦那…様?」
「ワシの事だ。大丈夫だラプシン、エフレム。とりあえず怪我は無い…と思う」
「…お偉いさんか…」
荷馬車に乗っていたのは付き人だったのか。こいつ…貴族とかか?…貴族と思われるこのおっさんが気分で馬車の手綱握りたいって言うから好きにさせてたんだな。…たぶん。で、それよりも。
「スターニャ、人、集めてくれ。…隙間が大きくなれば…抜け出せる…うっ、ケホッ!」
「分かりまし…ナガレさん!?血が!大丈夫ですか!?」
「平気。口の中噛んだ。切った。それだけ」
「…はい。…スイマセン!手伝ってください!あと、お医者様を!」
会話の途中で軽くむせて、赤い血を吐き出した鷹司にスターニャが泣きそうな顔をした。事務的に淡々と簡単に答えれば、一応頷いて人を集めるべくその場を離れる。それを見てフゥと息を吐き出した。
「嘘じゃな?」
「…は」
「その呼吸音、肺を痛めておるぞ」
「おっさんが直ぐ、どかねぇからだ…。これねじ込もうとして変な体勢で一撃喰らった」
「…す、すまぬ。言われて直ぐに伏せていれば、お主も…」
「良いよ…もう…」
このおじさんも突き飛ばせればよかったんだけど、高い位置に居たせいで引っ張るか押し倒すしか方法が無かった。奥に押しても門の軌道上に落ちるだけっぽかったので、それなら見える範囲に居てくれた方が良いかも…と此方に引き寄せたのだ。そして思わずこけてしまったのが運のつき。持っていたミニチュア門を身体の隙間にねじ込もうとして斜めの体勢の時に門が落ちてきた。そのせいで脇を強打し、恐らく肋骨をやったのだろう。…やばい、意識するとなんだか息が余計に苦しくなってきた。
「集めてきました!」
スターニャの声に顔を上げれば、鎖を巻き上げていた男性陣が集まってきていた。門の側に並んで、掛け声をかけて持ち上げようと力を入れる。
「いくぞ!せーの!」
「うっ、重いぞ!?」
「まだか!?」
重さのわりに横幅が無かったせいもあり、全員が並べなかったのも原因の一つだが、落ちた時に歪んだようで、屈強な男数十名が頑張ってもびくともしなかった。これは…
「くそ、全然動かないぞ」
「仕方ない、石畳掘り返して穴掘るしかない」
「だがそんなことしたらサーロヴィッチ家が黙ってないぞ!?」
「死人が出るほうが問題だろ?」
「貴族に取っちゃ町民なんて虫けらと同じさ」
「ごちゃごちゃ言ってる暇は無いぞ!石畳を掘り返す!」
「駄目だ!やるにしても許可取ってこないと!」
「だめよ!…そんな時間無いわ!」
どうするべきか話し合っている会話を聞きながら、目を閉じて自分もどうしたものかと考えていた鷹司は、スターニャの声で目を開けた。
そして気づく。石畳の溝に沿って赤い液体が流れていく。血だ。…多分自分の。服も赤く汚れていて、呼吸もいつしか荒くなっていた。
たぶん最初の一撃で体の何処かを傷つけた。そして隙間を広げようとしたちょっとの振動で、圧迫されていた傷口が緩んで血が漏れ出したのだ。それにしても何だか流血の量が尋常じゃない。どうりで痛いわけだ。…って、これってもしかしてヤバい系?
「スターニャ…」
「は、はい!」
「スケッチブック…貸して」
人力では無理。穴を掘るにも時間が掛かる。このままだとお陀仏コースだ。それは勘弁してほしい。…とスターニャにスケッチブックを要求した所でふと思った。抜け出したところでこの世界に外科医なんてものが居るのか?居なかったらそこで終了なんだけど…。そんなことを考えていた鷹司の目の前にスターニャがスケッチブックを置く。一抹の不安は取り合えず置いておいて、そこに気合を入れてペンを走らせた。慎重に呼吸しないと口からまるで赤い絵の具のようにドバーっと吐血するのだ。
「これ…だして。パーツ…少ないから…」
「はい」
死にそうな声で話す鷹司の声に、思わず泣きながら返事をしたスターニャ。おじさんは隣で此方を凝視しつつ空気になっている。何見てんの?とか言ってやりたいけど、そんな元気が無い。
「出来ました。これであってますか?」
「…あぁ。そしたらこれを…こっちに…ケホッ!ゴホッ…」
「ナガレさん!」
「平気だ。それよりも早く…組み立てて…」
「組み立てる?」
「説明は…後。…これをこっちで…」
「わ、分かりました」
フリーハンドで書いた絵を出現させて、組み立てさせる。それは使えるか分からないが今あったら使えそうな道具、パンタグラフジャッキだった。本来なら完成図を書いて一気に出してもらった方が連結部等の具合も良いのだろうけれど、大きさと強度を得るためにパーツに分けてみた。長いネジを中央部に差し込んで、準備は完了だ。
「良いか?…これをここにおいて…このワッカに棒をさして、まわすんだ」
と、苦しい中説明していると扉の反対側に居たおじさんの連れの会話が唐突に聞こえてきた。
「だめだ、この高さ、ちょっとやそっとじゃ乗り越えられない。…あ!だ、旦那!血が!」
「ワシは大丈夫だ!もう少し進めば正門があるらしい、そちらから回って来い!」
「大丈夫って、結構な出血量ですよ!?」
「今穴を開けます。私の炎の魔法で…」
「やめろ!火ば使っちゃまいね!」
「は?」
「ケホッ…火を使ちゃだめだ」
「私達の話に口を出すな小僧!鉄は熱で焼き切るのが常識…」
「熱伝導って…知ってるか?」
「ね…なんだって?」
「金属は、熱を、伝えやすい。…しかもこの門、鉄だべ?…この状況で火ば使えば、おっさんも火傷じゃすまねぇぞ」
「何…そんな…」
静かだと思ったら乗り越えられる場所を探そうとしていたらしい。そんな2人に声を張り上げたら思いっきりむせた。苦しい。そして一気に注意点を言ったら何だかどっと疲れた。そんなことをしている間に隙間に入ったジャッキは頭を門に接触させていた。とりあえず強度が心配だが、動作自体は問題無さそうだ。
「…うっ、カタイ…」
「力が…足りないか…」
「俺がやる、貸してみろ」
頑張っているスターニャを見て、馬車のおっさんを足止めして鷹司がタックルかました憲兵が前に出た。罪悪感を感じているのかもしれない。選手交代で再びジャッキの回転が回復すると“ギギッ”と耳障りな音をさせて門がゆっくりと持ち上がってきた。
「今だ…行け、おっさん」
「よ、よし!」
途切れ途切れの掛け声に反応したおじさんがスッと隙間から這い出す事に成功した。何だか身軽だなぁ。その様子を見て満足してしまったのか、鷹司の意識がそこで落ちた。
「やった!出られたぞ!さぁ、おぬしも早く…おい?少年!?」
「ナガレさん!しっかりしてください!」
「…っく、とりあえず引っ張り出すぞ!」
うつぶせのまま腕を掴んで引っ張り出す。とりあえずジャッキはそのままにして、うつ伏せの状態のまま気を失った鷹司の頬を憲兵が軽くたたいた。
「おい、しっかりしろ!」
「ナガレさん!?」
「すみません、連絡を受けてきました運営の者です。医療班の要請があったので医者を連れてきましたが…」
「丁度良いところに!こっちです!」
「俺は怪我人を見るから、君は何があったか話を聞いておいてくれ」
「分かりました…って、ナガレ!?」
グッドなタイミングで駆けつけた運営&医療チーム。本来なら憲兵とは別に警察的なポジションの人が居るらしいのだが、イベント前のおかげで運営チームがそれも担っていた。そしてそれを率いてきたリーダー格の人に指示を言い渡されて頷いたのはバイトで入っていた猫柳。怪我人が誰か気付くと慌てて血まみれの鷹司に近づく。
「何で!?…いったいどうして…」
「テトラ君、きみの知り合い?」
「え、えぇ。…ルームシェアしてるんです」
「…ル、ルームシェア?」
「…一緒に暮らしてるんです。一時的に」
「では、あなたがナガレさんのお友達ですね!?」
「じゃあ…君がナガレが誘いを受けたって言うチームの?」
スターニャの言葉に頷きながら聞き返せばスターニャも涙を拭いながら頷いた。とりあえず鷹司を通じてこの相手は信頼しても良さそうだ。そう判断し、猫柳は立ち上がる。
「ナガレを見ていてあげてください。僕は仕事を優先させなくては。…後で話、聞かせてくださいね」
本音を言えば心配で鷹司の側についていたいけれど、医療ではまったく役に立たない。だったら気になる情報収集に専念しようと考えればスターニャにそう告げて、連れて来た医療チームの面々が作業に入るのを確認してからサッと身を翻した。




