02-08 鉄の外門
鷹司は外門と呼ばれる大きな鉄門が開かれる様子をぼんやりと眺めていた。その大きさと開け閉めの手間から、特別な時にしか開かないこの町の大門だ。鉄の塊であるそれを男たち数十人で鎖を引っ張り、巻き上げていく。
「…はぁ」
とても原始的。思わずため息がこぼれた。
あれから獅戸は「屋敷へ行く」の一点張りで、何を言っても考えを変えなかった。最初は心配して止めていたカリャッカも獅戸の決意に折れて、なるべく馬鹿息子と鉢合わせしないような配属を考えてくれると言って2人で屋敷へと向かったのだ。「敵陣に乗り込んでスパイ活動は基本でしょ!?」なんて言った獅戸に屋敷内に居るはずなのに、探せない息子を探してもらいたいと言う欲望(?)もあったのかもしれないけど。
カリャッカもチームとしてはスターニャと一緒なのだが、貴族の家の使用人という仕事のおかげで自由時間が少ない。しかもこの時期は特に忙しくなるらしく、一応2人だったコンテストメンバーも、話を聞いた感じ実質1人で準備していたみたいだ。今日は偶然外に出た仕事の途中で門が開くと聞きつけて、スターニャに知らせに来たタイミングだったらしい。
本来なら住み込みになるはずの、それなりに偉い地位に居るのに自宅に帰るのは、スターニャが居るからなんだってさ。…たぶん忙しいのは本当だと思うが、仕事を沢山言いつけて打ち合わせさせないって言う地味な妨害工作も働いていたと思われる。
「まったぐ。何で俺らが同じ職場サ2人以上で入ったか分かってんのが?あいづは。なんがあってもフォロー出来ねばって…どーすべなぁ…」
思わず愚痴もこぼれた。「何かあったら全力で逃げるから大丈夫よ!」なんて明るい言葉がフラッシュバック。これ皆に言ったら怒られるのたぶん俺なんだよな。だんだんイライラしてきたぞ?何でお前はそんなに能天気に考えられるんだ。殺人犯の家かもしれないって言うのに。こう、真剣に悩んでいる自分がおかしいのか?いや、そんなことはあるまい。最後まで諦めずに引き止めてればよかった。「ツインテールは目印になるから、髪形変えてけ」なんて言ってる場合じゃなかった。腕を組んで再びため息を吐く、そんな様子に一生懸命スケッチしていたスターニャが気付いて鷹司を振り返った。
「やっぱり心配ですか?アンナさんの事」
「…まぁの。だが今愚痴ってもしょうがね。俺らは俺らの仕事ばすっぞ」
「はい!あ、スケッチ終わりましたよ。ご覧になります?」
「どれ?…うまいな。ちょっと1つ出してみ?」
笑顔で差し出してきたスケッチブックを受け取ると、まじまじと見つめた。ずっと描き続けていただけあって上手だ。そして最後に続けた言葉はスターニャの能力に対して。彼女の力は、絵に描いたものを立体化させる力らしい。絵を本物にするといっても良い。だが、大きさは絵に描いたサイズとピッタリ同じで材質は鉄オンリーという制限がつく。
鷹司の言葉に一度頷くと、スケッチブックの上に手を翳した。ぺたっと紙に手を置いてからゆっくり離すと、そこには今目の前で開けられている門が立つ。何分の一のミニチュアなんだろう?大きめのスケッチブックいっぱいの絵だったから、高さ30センチくらいある。そして鉄のため何気に重かった…。
鉄の扉と開けるための鎖。しかし見えない部分は描けないので、書いていないカラクリ部分は機能していない。そのため鎖を引いても扉は動かなかった。…というか、人力で引っ張ってる辺りで想像できるが、鎖が上につながれているだけなんだろうな。頑張って引っ張りあげてるんだろうな。もうちょっと仕掛けを作れば、もっと楽に開けられそうなものだけど。
「出来ました!…ふぅ、久しぶりで緊張しました」
「ほぉー凄いな。けどやっぱり、この門無駄だな。壁薄いばってこいだげしっかりしてたって意味ねぇし。しがも手入れもちゃんどしねぇど重い扉って危ねぇわ」
「…危ない、ですか?」
紙から建った鉄の扉。それを片手で弄りながら実物と見比べた。鷹司の方言にはまだ全然慣れていないスターニャが首をかしげながら、理解できた最後の方の単語を繰り返すのを聞いて、標準語意識しようと考えてから1歩前に踏み出した。返事はサラッと流す事にする。
「せっかくだ、近くで見よう。めったに開かない門なんだべ?」
「はい!…謝肉祭でも開けるのは珍しいです。きっと今年は王様が来るので、見目を良くしたいんでしょうね」
「見栄っ張りだの」
「フフッ、私も「無駄な事するのね」って言って、権力者って言うのは大体そんなものだと父に言われました」
他愛ない会話をしながら近づいていけば、その大きさに再び息を呑むスターニャ。…といっても2階建て位か?高層ビルに慣れてると「フーン」って感じ。しかもちょっと覗き込んで上がった門を下から見たら、想像していたよりは薄かった。もっとがっちりどっしりって鉄門をイメージしてたけど、人力で引き上げられる重量ってなるとここら辺が限界なんだろうな。そのまま視線を横に移せば、あけた扉を固定するために、門につながれている鎖の穴に別の短い鎖を通して固定する作業が行われていた。
「…原始的」
「はい?何か言いました?」
「いや、なんも。…なんにも」
首を傾げられる前に言い直した。それにしても…
「何か、凄い錆びてねぇ?」
「サビ?ですか?」
「あぁ。これ、ひょっとすると危険かもしれんぞ」
放置するだけで酸化は進んでいく。しかも此処は野外だ。そのダメージも相当なはず…って、何首かしげてんの?スターニャ。
「もしかして、知らんの?」
「…はい。すいません。鉄を手元に置いておく事自体があまり無いので」
「これは?お前の作品だべ」
「放っておくと茶色くなって手に色が移っちゃうので、大体捨てちゃってます」
「…それがサビって現象だ」
「え!?そうなんですか?」
この子アホの子?
いいや、違う。この世界が何かおかしいんだ。
鉄も銅も存在するのに、その物に関する知識が皆無と言っても良い。力で出せるから、使えるって感じ。食器は木製、調理器具は焼き物が主。別にそれはまぁ値段の関係もあるし個人の自由って言えるけど、ドアがあってドアノブがあるのに鍵が無い。火薬はあって、銃器もあるのに爆弾は無い。火薬が爆発する事件とかも起きてるのに爆薬が無い。これはおかしい。普通は爆弾とか、何か爆発した!みたいな事例が有れば誰か気付いて作られるだろう。
発展の仕方がどうも変だ。…が、それが自分に関係あるかと聞かれると無いんだけど。
「おや?こっちに入り口が出来たのかい?」
世界の不思議について静かに考えていれば、突然壁の門が開いたので、近くに来ていた商人の荷車がその前で止まった。ちゃんとした入り口は此処からあと10分ほど行った所にあるので、此処で入れればショートカットできて楽なんだろう。馬の頭の向きを変えようとしたとき、門開けで指示を飛ばしていた、武装した偉そうな人物が立ちはだかる。
「一応謝肉祭開催日までは通行禁止の予定なんだが…」
「良いじゃないですか、憲兵さん。関所がある訳じゃないんだし」
「うーむ…」
「ではこれ、どうぞ皆様でお召し上がりください」
「お、おぉ。そうか。では特別だぞ?」
「馬車含め3台あるんですが」
「大荷物だな。まぁ、1年に1度のイベントごとだしな。構わん、行って良いぞ」
「ありがとうございます」
悩みだした憲兵さんに、荷物の中からなにやら箱を出して差し出すと、二マッと笑って態度が変わった。
食べ物か、飲み物か、それなりに値が張る物なんだろうな。いわゆる賄賂ってやつ?しかも即行で仲間のところに戻ってあけてるし。…今勤務中じゃなかったんですか?
「私達もそろそろ行きますか?」
「そうだの。何か腹減ってきたし…って、そういやぁ、見てた奴らも減ったな」
「そうですね。もう門が開ききってしまったからでしょう。私達みたいなコンテスト参加者は開くまでの過程を観察して居た人が殆どのはずなので…もう見所はナシですね」
「見所ナシ…。じゃぁ行くか」
「はい」
門が開く前はワラワラと人がいたと思ったが、もうそんな気配すらない。自分達もその場を離れようとして…
-ピキッ-
「ん?」
すごく小さな音が聞こえた気がして立ち止まった。側ではガラガラと音を立てて荷馬車が通っているし、賄賂を貰った憲兵さんは鎖を引いてた男達の方へいって箱を開けてる。少し先でスターニャが立ち止まって、ついて来て居なかった鷹司を振り返って不思議そうな顔をしていた。
「どうしました?」
「…何か嫌な気配が…」
そういってフッと右手に視線を落とした。そういえば、構造が分かるって言ってたな、自分の力。電気使ってない奴だと動かしたりしてみる必要があるって言ってたか?だが…
ダメ元でそっと門に近づいて触れてみた。
「おいおい、爺さん。こっちは入り口じゃないぞ?」
「何?だが前の荷馬車が入っていったじゃないか」
「アレは特別だ。他の奴は正門に回りな。あと少しの距離だからよ」
賄賂を渡した荷車の後から、また別の荷車が来ていた。また何かもらえる事を期待して別の男ら立ちふさがるが、此方は初老の男性が馬の手綱を握り、荷車には少しの荷物と人間が2人。旅人か?運転手の男性が喧嘩を始めてしまったのを少し困った様子で見ている。今度は何も貰え無そうだな…じゃない。門の痛み具合を調べるために意識を集中させる。そんなことをしていたらスターニャも気になったらしく近づいてきた。とりあえず黙ってろ人差し指を立ててから今度は目を閉じる。
動かしているのを見ていたからか、廃校舎での人体模型の時のようにその構造が脳裏に描かれる。門その物も傷みが激しかったが、一番問題があったのが鎖と連結する中心部だった。これはマジで危ないぞ。パッと目を開いて憲兵と言い合いになっている馬車の運転手に向かって声を張り上げた。
「おっさん!そこ危険だ。どっちでも良いから早くどけ!」
「何!?若造が、いきなり割り込んで何を言っておる!?」
「良いからどけ!…あぁくそっ!憲兵、さきの奴入れてやったんだ、もう一組くらい良いべ?入れてやれよ」
「何を言うか!此処は謝肉祭当日までは通行止めなのだ。これも仕事なんだぞ!?」
「だから危ねぇって…」
どっちも頭が固いんだから!
ああ言えばこう言う!って感じで言い合いになってしまえば、じれったさに表情をしかめる。しかしそれでも早く移動してほしくて声を出そうとするが、触れていた手が確実に開いていく亀裂を感じていた。そしてそれは久しぶりの開門という衝撃を受けたせいか、一気にヒビを広げていく。
あ。マズイ。
落ちる。
そう思った鷹司は、この中でただ一人冷静だったと思う。まず、側に居たスターニャを突き飛ばして門から遠ざけた。そのまま走っていって、憲兵にもタックルを食らわせて思いっきり吹っ飛ばす。
…と思ったけど、さすが憲兵。文化部だった野郎がぶつかったところでさほどダメージではなかったか。それでも数歩後退させることが出来た。あとは門の真下の位置に居る操縦席のおっさんをどうにかすれば…と、その時…
-バギンッ!!!-
「な、何じゃ!?」
鉄が割れる音がした。