02-07 職人の手
とりあえず、まずは情報を収集するところからはじめようと考えた鷹司は、潔く開き直ってスターニャに色々と質問をした。その結果分かった事は、この星のテクノロジーはあまり凄くないということだった。現代日本と較べて、だけど。
扉を数十名居なければ開けられないほど重くする事で防犯対策のロックとしている城門。開かないようにするという点ではつっかえ棒が最先端。窓は基本拳大くらいの大きさの穴のため、鍵が必要とかいう発想には至らないようだ。釘とか歯車とかバネとかいうパーツはゴロゴロしてるのに、それはそれ1つで完成する置物みたいな扱いになっている。何故それらを組み合わせたりして研究する人間が居なかったんだろう?不思議でならない。
此処に現代日本の技術が飛び込んだら、コンテスト1位どころじゃなく世界を改革する事だって出来そうな気がする。
…ま、それが実現できるだけの材料と専門的知識は無いんだけど。
「はぁ…アコンが居れば…」
「アコ…ン?…」
「や。なんもさ」
「…??」
「…何でもない」
呟きに反応したスターニャに軽く手を振って話を流す。
鷹司はどちらかというとハードウェア系に強いためボディーを作る事に関しては自信があるが、電気経路もそうだがカラクリの仕組みなどを考えるのは八月一日の方が得意なのだ。2人居たからカコウ部でやっていけたのだが…でも、この旅に居ない事は良いことなんだろうな、と何も知らない鷹司はフゥと息を吐きだした。
「ただいま~。鷹司先輩、やっぱ何処のお家も同じ様な感じだったわ」
さりげなく周囲のお家の鍵事情を探ってきた獅戸が元気よく戸を開けて帰ってくれば、顔をそちらに向けて「そうか」と呟いた。スターニャの話で何処も同じと言われていたが、一応の確認だ。
「此処だば外出する時どうすんだ?鍵かけねぇの?」
「出かける時ですか?そうですね、ここら辺の家は裕福とは言い難いので、盗まれるような物は特に置いてないんです。なので気にしたことも無かったのですけど…」
「裕福な家庭ではどうしてるの?ほら、昨日の貴族とか居るじゃない?ああいう奴は金持ちだから泥棒なんかにも狙われるんじゃないの?」
「そういうお家には留守番専用の使用人を置いているので問題ないんです」
「…なるほどね…」
裏切られたりとかしないの?なんて野暮な事は聞かない。それにしても留守番専用とかちょっと羨ましいんだけど。家の中に居れば良いんでしょ?あれだ。自宅警備員を格好良く言い変えたみたいな。…格好良くは無いか。
鷹司が一人で考え込んでいると、スターニャは帰ってきたアンナを見て一度席を立ち、お茶を入れて持ってきてくれた。それを皆に手渡しながら少し控えめに口を開く。
「あの、アンナさん?」
「ん?なーに?スターニャ」
「ちょっとお尋ねしたいのですけど」
「何かしら?」
「タカツカサセンパイって、どういう意味ですか?」
「!?」
あぶない。思わずお茶を噴き出すかと思った。せっかく下の名で自己紹介しても、苗字で呼びあってたら意味がないよね。もう後の祭りだけれど。
「…え?」
「センパイは「先輩」って事で、目上の方を呼ぶ時に使うものですよね?」
「うん。そうね」
「タカツカサ、とはどういった意味があるのかしら?」
「えっと…あ、あだ名っていうか…」
「あだ名ですか?…何故そう呼ばれるのか、伺っても?」
それにしても色んな事に気づいて突っ込んでくる娘だ。会話をしていた獅戸が言葉に詰まって視線がさまよっているのを見て、スターニャは鷹司へ顔を向けた。さて、どう誤魔化したものか。いっその事その名の通り「鷹を飼ってたんだ」とでも言えば納得される気もするが、鷹という鳥がこの世界に居るのか謎だ。鷹ってなんですか?なんて突っ込まれたら、そっちの方が説明が面倒。…どうしたものか。
「おーいスターニャ、今日は外門が久しぶりに開くって…ん?」
返答に困っていた所に、大人の男性が声を出しながら家の戸を開けた。助かった!と思ってそちらを見れば、ばっちり視線がぶつかり合う。…あれ?何だか見た事が有るような人だなぁ。気のせいか?なんて思って獅戸をチラリと見れば、彼女もそう思っている様子で眉を寄せて男性を凝視していた。いったい誰だろう?ノックも無しに入ってきたことからこの家の住人…って事は父親かな?そんな予測を立ててスターニャを見れば、最初は「あれ?」って感じだったのに何故か驚いた顔に変わっていた。
…ん?
そして再び入ってきた男性に視線を戻す。顔色がみるみる青くなり、その泣きそうな様な困ったような表情は怒ってるというより焦ってる?
「え…?」
その良く分からない態度に思わず声がこぼれてしまった。そんな空気を感じて獅戸が近くに移動してきて、ボソッと小声で問いかける。
「先輩、私達何かしました?」
「いや、してねど思うぞ」
「何であんなに…焦ってる?慌ててる?今何か誤解されるような態度とってます?」
「いいや?」
「いったい何が…あ!」
「なした?」
「先輩がスターニャの彼氏と思われてるんじゃないですか?いきなり家に連れてきたから慌ててるんですよ!」
「よし。んだ尋られたらアンナの旦那って言っどぐ」
「えぇ!?私まだ子供ですよ!?」
「きなの露天のおっさんが16で酒が飲めるど言ってた。成人も16前後だべ。獅戸、年齢は?」
「…17ですけど…」
「だば問題ねぇな」
鷹司の言葉にプ―と頬を膨らませて怒る獅戸。普段軽口をめったに言わない為にこういう冗談でもマジっぽいから照れていたりする。決して嫌では無いのだが、どう見ても鷹司が本気じゃないのが分かるから複雑なのだ。乙女心は難しい。
「あの、何か…」
とりあえずこの微妙な空気をどうにかしたく、鷹司が椅子から立ち上がりながら声をかければ、弾かれたように男性がその場に膝を折って土下座した。
…土下座!?何事!?
「すいません!本当に申し訳ない!」
「…?」
ポカーンとしてしまった獅戸と鷹司。いったい何が起きているのか分からない。お互いに顔を見合せながら首をかしげるが、いつの間にかスターニャも男性の隣に膝をついていた。
「私からも謝ります。いくら知らなかったとはいえ、誇りある流浪の民に暴言を…」
「ちょっと待て俺らは流浪の民じゃ…」
「分かってます。町の民って事ですよね。そうしないと町では生活しづらいし…」
「いや、違…」
今何て言った?流浪の民?…あ。
何度か声を聞いて思い出したけど、この男性は昨日露天のおじさんに怒ってきた人だ。全力スルーしたからイマイチ記憶に残って無かったが、たぶんあってる。でも貴族の使用人で息子が2人って言ってなかった?あれ?何だかもう頭の回転が追いつかないぞ?とりあえず何か向こうの事情があるようだ。
「良ぐ分がんねぇから全部話せ。正直に話せば、怒んねぇよ」
「…分かりました。まずは私、スターニャの父のカリャッカと申します」
何だか知らないが怒られる事をしたと思っている様子。何もされた覚えがないが、ここはこの空気に便乗して偉そうな態度で良い放てば、素直にも語り始めた。床に正座したままで。
簡単に要約すれば鷹司達を流浪の民と勘違いしていて、昨日暴言を吐いたことを詫びているようだった。
事の起こりは2年前、例の事件までさかのぼる。
このカリャッカという男性には3人の子供が居た。妻は病気で早くに亡くしているらしい。
1番上の長男は、母に似て体が弱かったがとても心根の優しい子だった。そして町の民には珍しく強い魔力を持っていた。炎を巧みに操るその才能はカリャッカの奉公先の貴族にも気に入られて、貴族の子息のお坊ちゃんの友達として屋敷に上がる事を許されたほど。運動はからっきし駄目だったが、その分書物をよく読んで、頭の回転も速かった。
2番目の次男は長男とは逆に、魔法が使えないが体が丈夫な元気な子だった。だが兄同様に優しい子で、兄に影響されていろんな書物を読み、良く意見を言い合うほどに頭脳のレベルは同等といっても良かった。その秀才さが気に入られて、彼も兄に続いて貴族の屋敷に入る事を許された。
3番目の長女がスターニャ。彼女も魔力を持っていたが長男ほどではなく、体が丈夫で力も強かったが次男ほどではない、普通の女の子だった。
奉公先の貴族の旦那はとても良い人だった。周りの人を常に気にかける、まさに絵に描いたような紳士。しかしその息子はまったくその旦那様とは似ていなかった。スターニャのスケッチブックを奪った三人のうちの、リーダー格だったやつらしい。獅戸も思い出して顔をしかめる。
自分が一番偉いんだと信じて疑わず、自分に従わないものは父の権力を使って黙らせた。旦那様もどうにかしようと考えているのだが、原因が権力を得てから我侭になってしまった彼の妻にあり、どうも強気に出られなかった。そんな時に見つけたカリャッカの息子2人をドラ息子とあわせることで、価値観の違いや常識を知ってもらおうとしたのだそうだ。
はじめのうちは上手くいっていた。
旦那様に権力に怯えなくて良いといわれた事もあり、長男はドラ息子の前でも堂々としていた。何か問題が起きても持ち前の頭の回転のよさで何度も巧みに事を運び、解決に導いた。そのせいで屋敷の中の使用人の間でも一目置かれる人物となっていた事が、ドラ息子は気に入らなかった。
そして事件が起きる。
新しく買ったという馬車は、ドラ息子の悪友達と手に入れたものらしかった。
ここからはカリャッカの2番目の息子の話になる。長男と付き添いで町を出たは良いが、山道を少し進んでから道を外れだしたのを不審に思った長男が目的地を問うた時、いきなり暴力を振るわれたそうだ。
改造した馬車には武器が隠されていたらしい。弾薬や刃物も仕込まれていたそうだ。不意打ちを喰らった次男は直ぐに意識を手放してしまった。次に目を開けたとき、兄が自分の上に覆いかぶさるようにして守ってくれて居たらしい。
「何て奴なの!完璧に殺す気じゃん。犯罪者じゃないの!何で誰も罰しないのよ!?」
「貴族だからです。…町民の真実の証言よりも、貴族の嘘の方が重要視されるんです」
「ふざけてるわ!」
「…兄は、事切れる寸前だったと聞いています。そして貴族の…あの馬鹿者が振りぬいた剣が馬車の金属に当たって火花が散った時、積んでいた火薬に引火したそうです。…もし兄が自分で爆発を起こしたんだとしても、納得できる場面ではあるわ」
獅戸がたまらず拳を握れば、カリャッカが涙をためた目を伏せて、スターニャが後を引き継いだ。爆発によって馬車はボロボロになり、次男を守った長男はこの時に足を失ったらしい。そして瀕死の長男をその場に残し、次男とちぎれた足だけを回収して帰還したのだそうだ。
「息子から話を聞いたときに直ぐに旦那様に掛け合おうとしましたが、奥様によって妨げられてしまいました。全ては流浪の民の仕業であると言われて」
「それであんな悪口言いふらしてたわけ!?本当は違うって知ってるのに」
「兄が捕まってるんです!…唯一真実を見た当事者だから…」
「あれから会わせてももらえず、話を合わせなければ息子を殺すといわれて。怪我も酷かったようだし、従うしか…」
「脅迫じゃない。…その旦那様はいったい何してんのよ!?」
「お会いできていないので何とも…。噂では病に臥せっていると聞いてます」
「毒でも盛られてるんじゃないの?調子に乗った馬鹿女とその息子に」
ついつい汚い言葉遣いになりながらも、獅戸も怒りを感じていた。今まで暮らしていた世界には身分なんてもの無かった。いや、あったのかもしれないけど、肌で感じた事は無かった。故にこの不平等さが許せない。…それは自分が別の星の部外者だから?
「…で?」
「え?」
「状況は分がった。で、どしたい?」
「どうって…1位です。優勝です。コンテストで優勝すれば…兄を返してくれると…」
冷静に鷹司が質問を振れば、今更嘘を言っても仕方ないと思ったのか、スターニャは自分の気持ちを素直に吐いた。きっと八百長試合のために絶対無理な要求だったのだろう。それを自覚してか、唇をかみ締めるスターニャに近づいて、膝を折って高さをあわせればポンと軽く肩を叩いた。
「だば、目指そう。大丈夫、きっど出来ら」
「…許してくださるの?」
「許すも何も…」
流浪の民じゃないし。ちょっと面倒な事に巻き込まれた気もするが、こうなったら現代技術を生かして勝利を掴み取ってやろうじゃないか。そう考えて不敵に笑った鷹司へ、スターニャは再び手を伸ばして彼の手を握った。
「最初に触れた時から思っていました」
「…ん?」
「ゴツゴツしていて、ペンを握る場所では無い、不自然なところにタコがあって。…何も知らない場所でぬくぬくと育った馬鹿共とは全然違う」
「…まぁ、手入れなんかかしてねぇしの」
「骨ばっているけど力強くて…ステキだと思います。仕事をしている人の、職人の手だと…思っていました」
「そりゃ…どうも」
スターニャ、もしかしてマジで惚れてる?立ったフラグに気づか無いのか、意図的に折りに行ってるのか、照れた様子も見せずに普通に手を放してから感謝を述べる鷹司。傍から見ている獅戸のほうが恥ずかしくて顔が赤くなりかけた。それを誤魔化しながら割り込む。
「それにしても、どうして鷹…ナガレ先輩が流浪の民って思ったの?」
慣れない下の名前呼び。さっきは赤面を我慢して耐えたのに、再び爆発しそうだ。やっぱ無理はよそう。
「だって、此方の言葉に慣れて無さそうだったので」
「ん?どういうこと?」
「流浪の民は彼らの仲間内で通じる専用の言葉を持っていると聞いています。父から聞きましたが、昨日は町に来て情報を集めていたんでしょ?」
「…う、うん」
「初めて来た町の情報を集めていたんですよね。…あ、泊まる場所とかは見つかりました?」
「それは大丈夫よ!知り合いがこの町に居てね…」
「あの時は話の腰を折って申し訳なかった。一応俺の状況を知っていて、フォローしてくれる奴と会話してる人間にしか突っ込まないようにしてたんだが、まさか流浪の民の方に直接暴言吐いてしまうとは…」
「それはもう良いわ。大丈夫だから」
「その相手がまさか娘を助けてくれていた恩人だったとは…重ね重ね申し訳ないことを…」
「私も話を聞いた時はその相手がナガレさんとアンナさんだったなんて思わなかったわ。私からも謝罪します。ごめんなさい」
訛りのせいだったか。この国には方言とか異国の言葉とか、そういったものが少ないのかもしれない。世界が一つの言葉で統一されているって、色々と便利だよねー。それにしても、流浪の民ではないと言うべきか?そんな視線をチラリと鷹司に向けた獅戸に対して、彼は小さく首を振った。どうやら明言してるわけではないし、色々と面倒なので勘違いされたままで行く方針らしい。
「さて、どりあえずコンテストメンバーはこの4人だの?まずは何が出来っかお互い知っておきたいのだが?」
「あ!そうでしたわ」
「ちょっと待って!」
仕切りなおした鷹司を獅戸が遮った。そして腰に手を当てて立ち上がり、フンと笑って見せる。
「私、コンテストメンバーには入らないわ」
「どした?」
「だってこういう事は専門外だもの。それより、するべき事…いいえ、したい事を見つけたの」
「…え?」
きょとんとするスターニャとカリャッカ。そして何を言い出すか予想がついた鷹司は何処となく困った顔で眉を寄せた。
「…丁度呼ばれてるんだもの。私、屋敷に行くわ」