02-04 偵察隊
「さて、出てきたは良いが、どうやって情報を集めたもんかな…」
久しぶりな気がする日の光の下、ポカポカ陽気で過ごしやすい気候。それなりに人通りのある道を歩きながら、小さな声で雨龍が皆に問いかけた。
「適当に街中歩いて、分からない事は人に聞けば良いんじゃないの?」
古き良き時代っぽいレンガの道を眼をキラキラさせながら獅戸が答えた。確かにその通りなのだが…と、周囲を見渡して驚きながらも冷静な高司が腕を組む。
「注意すらべきは、俺達がこの世界の常識ば知んねどいう事だな」
「常識ですか?…暗黙の了解、みたいな?」
「確かに見た感じは、ちょっと古い時代の欧米って感じはするが、俺たちの“普通”に当てはめて考えるのは危険かもな」
「…?何で?どういうこと?」
自分たちの世界であっても国が違えば常識が変わり、宗教によっても出来ることと出来ない事に分けられる。こういった問題はデリケートゆえに、慎重に行こうと話しが纏まりかけたところで、獅戸がきょとんとした顔をした。それを見て鷹司が大きく、「お前バカ?」とでも言いたそうな顔で大げさにため息を吐く。
「え!?鷹司先輩、私何かしました!?」
「獅戸、赤信号ってどんな意味?」
「赤信号?信号機なら止まれですよ」
「何で知ってんの?」
「小さい頃から教わりましたよ!?常識じゃないですか」
「だな。だがこの世界では進めかもしれん。今の俺らにはその常識がねぇ」
「?…あ、そうか。此処は地球じゃないんですよね。…あまり実感沸きませんけど」
「もう分かんな?えぱだのごど言えば、悪目立ちする可能性もあら」
「え、えぱだ?」
「…変な事。…あぁ、通訳が居ね。不便だ…」
自分が標準語を意識すれば良いのだけれど、普段は八月一日という従兄弟と、九鬼という方言に慣れている人が居たために特別不便に思ったことが無かった。しかもこんなに喋ってるのも珍しいかもしれない。
そんなまったく関係ないことを考えながら、再度ため息を吐き出した。
「とりあえず街中をふらつこう。店の配置なんかも覚えておいたほうが良いだろうな」
「…この場所自体は…結構大きい町みたいですよ。結構遠くでも人の活動の音が聞こえます」
「世界を飛んだって言われたけど本当に別の世界に…あ、別世界だわ。あの文字読めない」
話を続けながら、人の流れに乗るように町を歩いた。町の人の会話に耳を傾ければ、正確な内容は分からないけど話が分かり意味を拾う事が出来るため世界が違うなんて話を信じきれていなかったが、壁に貼ってあるポスターのような物を見つけて納得する。何やら催し物のような広告が書かれている様だが、いかんせん文字が読めないのだ。これは思っている以上に不便かもしれない。
周りを観察しながら歩いていくと、大きな通りにぶち当たった。
露天が軒を連ね、活気に満ちている。たまに馬車も通っていき、大人も子供も楽しそうで、そして先ほど見たポスターがいたるところに貼ってあった。
「…これまた貼ってあるわ。何かのイベントなのかしら?」
「なんだお嬢さん、知らないのかい?もしかしてこの町は初めてなのかな?」
「ふぇ!?…え、えっと…」
小さく呟いたと思ったのに、近くの露天のおじさんが笑顔で声を掛けてきた。「変な事を言ったらマズイよ」と先ほど話をしていたばかりだった為に、何て返事をしようかと慌てて助けを求めるような視線を3人に向ける。皆困った顔をして一度顔を見合わせるが、腹を決めたらしい鷹司が1歩おじさんに近づいた。
「あぁ。初めて来たんだ」
「君は…ボーイフレンド?」
「いや、兄だ。後ろの…父と、妹その2」
「その2って…いや、人様の家庭だ、突っ込む気は無いが…家族なんだな。でもこのイベント知らないって事は…旅人かい?」
「そんな所だ。では店の邪魔になるんでそろそろ…」
「ちょちょちょ!ちょっと待ちなよ。このイベントが終わるまでは滞在するんだろ?」
「未定です。用意が出来次第移動するつもりだ」
「おいおい、この町名物の『謝肉祭』を知らないまま帰るなんて、勿体無いぞ?」
極力方言が出ないように短い言葉で切り返す。家族設定を即興で作り、変な突込みが入る前に紹介をしてから早々に話を切り上げようとたが、おせっかいのおじさんは話がしたいらしく放してくれない。
だが、いい感じに情報を引き出せている気もする。一度チラリと雨龍を見ると「話を続けてみろ」というかのように一度頷いた。それを確認して再度おじさんに向き直る。
「詳しく聞きたい。時間は平気…ですか?」
「良いぞ!店番だけだと退屈でなぁ、話し相手ほしかったんだ。それともターバンに移動するかい?」
「ターバン?」
「あぁ、酒屋だよ。バーって言った方が分かり易かったかな?…ん?でも見た感じ16歳越えてるだろ?今まで一滴も飲んでないのかい?」
「…父が厳格なんで」
そう言ったらおじさんが可哀想なものを見るような目で鷹司を見つめた。その視線から逃れるように、此方は雨龍を見ると、困った顔をする。それが面白くて小さく吹き出すが、直ぐに顔をおじさんに戻した。
「悪いがあまり金に余裕が無い。長居するつもりもないし店には入りたくないので、此処で良い」
「なんだそうかい?じゃぁ、何から話そうか…」
その後、言葉巧みに此方の素性を隠し、おじさんから情報を引き出した。
『謝肉祭』と呼ばれるイベントは、どうやら春の祭りのようだった。この世界でも1、2を争う位の大規模なものらしい。知らない人の方が珍しいと言われた時は全員でしらばっくれた。イベント内容は、冬の間溜めておいた保存食を皆で盛大に消費して、新たな季節の到来を感謝し、今年の作物の実りを祈る。開催は今から3日後から始まり、1週間続く予定だそうだ。
それ以外にもこの町のこと、町の外の事、世界の情勢など、所々知ったかぶったりして怪しまれないようにしながら話を続けた。
まずこの町の名前は『ブラート』。世界でも有数の大規模な町で、港町から山間の町へと抜ける道がつながっており、旅行者も商人も多い。だが、定住せずに暮らす『流浪の民』がたまに出没して荷車を襲うので、移動には常にガーディアンを雇う必要があるらしかった。ちなみに町に定住する人を『町の民』と呼ぶそうだ。
「あいつらはド派手な魔法で馬の足を止めるんだ。積荷もそうだが、馬も奪われた日にゃ…本当に愉快なヤロウ達だぜ」
「ガーディアン…それって儲かる?」
「そうさなぁ。命を懸ける仕事だからその分給金も良いんじゃないか?…なんだい兄ちゃんガーディアン目指してんのかい?強い男はモテるし、ガーディアンは名誉職だもんなぁ」
「いや。金が欲しい」
「金って…現実を見てんだな、苦労してきたのか?」
「…まぁ。それなりに…」
「短期で高収入を得るならガーディアンが一番だな。大体貴族が雇ってくれるし気に入られればお抱えになれる。そうすれば収入は貴族と同じさ。流浪の民も俺たちと同じ人間だ。見た目も同じだし言葉も通じるんだ、そう何度も襲われたりなんかしないし、いざって時は命乞いすれば…」
「何言ってんだ!?あいつらは化けもんだぞ!」
ガーディアン…良いかも!なんて思っている最中に突然会話に横やりが入った。声の方を見ると、話をしてくれていた人と同じかそれよりも少々年配気味の男性が怒ったような顔で此方を見ている。唖然と言うか茫然と言うか、声を出せずに固まる4人。それを見て店のおじさんが苦笑いを浮かべつつ怒っている男性に顔を向けた。
「そうだな、俺が悪かったよ」
「まったく。何にも知んねぇ素人をガーディアンに誘うなんて、死ねって言ってるようなもんじゃないか!アドバイスするならもっと良く考えろ!」
「あぁ、スマン。次からは気をつけるよ、悪かったな」
「…ふんっ」
店のおじさんが下手に出ていたのが良かったのか、それ以上騒ぎは大きくならずに怒った男性は直ぐにその場を去って行った。まったく意味が分からないという顔で雨龍達4人が顔を見合わせると、再びおじさんが此方を向く。
「ふぅ。悪かったな。此処だけの話にしといてもらいたいたいんだが、流浪の民は大体が義賊なんだよ。中には本当に強奪する悪党も居るが、捕まえてみたら町の民が流浪の民を語ってる場合が主なんだ。だから上流階級の人間には受けが悪いのさ」
「あぁ、なるほどね。さっきの男は貴族なのか?」
「いや、彼自身は貴族の家に使える使用人で身分は町民なんだ。昔はあいつもあんなんじゃ無くて俺たちと良く酒を飲み交わした仲だったんだが…2年程前だったかな?奉公先の貴族のドラ息子が道楽で新しい馬車を乗りまわすって言うんで、彼の息子が2人が従者として一緒に町の外に出たらしいんだけど、どうやらその時に運悪く襲われてね」
「…貴族も乗っていたのならしょうがないと思うわ。なのにその1回で態度を変えちゃったの?」
「悪い事って言うのは重なるもんなのさ。…何があったのかは詳しく知らないが、彼の上の息子がその時に殺されたそうなんだ」
「え!?」
「馬車は修理も難しいほど壊されていて、兄息子の千切れた片足だけが帰ってきたそうだ。弟の方は怪我を負いながらも生きて帰ってきたんだけど、ショックのせいで記憶が飛んじゃってるみたいで…可哀想なもんだよ」
思わず声を挟んだ獅戸が、おじさんの返答に声を詰まらせた。
義賊といえば悪い奴を襲って金品を奪い、弱い立場の人間に配る盗賊の事のはずだ。命を奪ったらそこでただの犯罪者になり下がる。どうも納得がいかない様子で、今まで黙っていた雨龍が口を開いた。
「殺されたとは…穏やかじゃないな。確かな情報なのか?」
「なにぶん目撃者も居なかったんでドラ息子の証言のみなんだ。だが、帰ってきたボロボロの馬車を見た感じだと、一方的にやられて命からがら逃げかえってきたって言う彼らの証言に信憑性があったよ。でも身分が下の連中は流浪の民を信じてるやつも多いから、そのまんますんなり信じられなくてね…」
「他にも襲われて命を落としたって奴は居るのか?」
「いいや、襲われて怪我をするっていうのは珍しくも無かったが、死人が出たのは後にも先にもあの一件だけさ。彼らは基本、力を人に対して使わなかったから。…当時は流浪の民を名乗った町の民の仕業って噂も流れたが、いつの間にか『流浪の民を討伐せよ!』って話に切り替わっちまって詳しく調べる事も出来なかった」
「権力に物を言わせたか…」
「確かに危険と隣り合わせだけど腕が立つならガーディアンは俺的にお勧めの仕事だよ。それに、その一件以来は流浪の民の事件は一度も聞かないんだ。積荷が狙われる事件は起きてるけど、どれも町の民の悪党どもばかりさ。…もしかして、本当に殺しちまって後悔してんのかなぁ?」
「何で誰がやったかって分かるの?」
「うん?殆ど現行犯で捕まってるからさ。それに、流浪の民は常に移動生活していて、俺達町の民より運動神経が抜群に良いんだ。流浪の民を相手にするくらいなら、それが例え娘っ子でも、町の民の悪党をぶちのめす方が簡単だよ。それにたまに逃げた奴を捕まえて奪われた荷物と一緒に街に護送してくるって話だぜ」
「…話を変えるが、仕事に就くにはどうすればいい?」
ちょっと気になる話ではあったが、長くこの星に滞在するつもりがなければ自分たちには関係ないと、ドライな態度で鷹司が話を強引に変える。雨龍達3人は物語を真剣に聞いていたが、優先順位を思い出して何も言わなかった。その後一応ガーディアンになるための方法と、他にアルバイト的な物が出来ないか確かめたあと、さりげなく物価情報等の常識話を聞いた。
そんなこんなしているうちに、先ほどの怒った男性との口論した辺りから注目を集めていたのか、周りのおばちゃん達も会話に参加してきたので、暫く近状把握のため井戸端会議を傍聴した後、静かにその場を後にした。




