02-03 ハウスプラン
話し合いを始めてどれくらい経過しただろうか。
「そろそろお腹が減ってきたんだけど…」
「そういわれると…どれくらい何も口にしていないんだろう?」
食いしん坊の守屋がお腹を擦れば、周りもそれにつられだす。
「センさん、君の力で何か出せないの?」
「敬称は不要。我はシステムであり、人では無い。ゆえに立場で言えば誰よりも下」
「…セン、何か食べ物出せます?」
「無理だ。我に出来るのは間取りの変更、正確に言えば“物”と定義する事が出来るモノしか出す事は出来ない。家具に木材を使う事は出来るが、食べられる野菜は出す事は出来ない。花瓶は出せるが、生ける花は出す事が出来ない」
「…まぁ、何となく分かるよ。命は作れないって事だね」
「それに…そろそろ着くぞ」
「着く?何処に?」
「次の世界だ」
普通に呼んだら怒られた…訳でもないけど…敬称が要らないと言われても、何か付けたくなるのは日本人だからだろうか?呼び捨てのほかに“船長”なら怒られないかもと、高2グループが裏でヒソヒソ話をしていたが、続いた船長の言葉に空気が一気にピンと張り詰めた。
「処女航海ゆえに燃料の関係もあり、あの星から近い世界を意図的に選んでいる。故にお前たちの故郷ではないだろうが、本格的な旅に入る前にまずは慣れる意味をこめて、魔法を持っている者も持って居ない者も存在する比較的安全な星である事を過去に確認している。だが…」
そこまで言ってフッと言いよどむと、腕を組んで眉を寄せた。その行動に不安を感じて、雨龍が口を開く。
「だが、どうしたんだ?問題があるのか?」
「帰還プログラムが仕込まれた時の情報なので、今も平和な時代が続いているかは分からない」
「それってどれくらい前の話だ?」
「数百年は昔だ」
「…」
時代が変われば常識も変わる。前は平和だったとしても、今も平和とは限らない。重い沈黙が漂う中で、ドアベルが“リーン”と澄んだ綺麗な音を響かせると、ドアのガラスが外の光を室内に通し始めて室内が一気に明るくなる。その音を聞いてセンが立ち上がった。
「うぉ!何時の間にドアにベルついてたの!?」
「先ほど、階段をつけた時に。…さぁ、世界が繋がったぞ」
舞鶴の驚いた声に冷静に対応し、ドアノブに手を掛ける。そして僅かに開いて外を確認した。その隙間はとても狭く後ろに居た皆は外の様子は伺えないが、外は昼間なのだろう。宇宙空間に浮いていた船には灯りが乏しかったせいもあり、窓の隙間から差し込む暖かい日の光に眩しさを覚えて目江を細めた。センは直ぐに扉を閉めて向き直る。
「見た目は特に問題は無さそうだが…」
「でも一度少人数で様子を見てきた方がいいんじゃないかしら?」
「偵察か。確かに俺も天笠先輩の意見に賛成。一気に皆で出て行くよりは、どんな世界なのか先に情報を集めた方が良いだろうな」
「ケイシのくせにいい事言うわね。でも私もそれに賛成。…じゃぁ、偵察メンバーはどうする?」
「そうだな…3~4人の男女混合チームが良いのではないか?」
「どうして?船長」
「単体ではいざ問題が起きた時データ…情報を伝えられない。5人以上だと多すぎてグループの動きが遅くなる。性別を混ぜたのは色々な視点から物事が見えるように、あとはセクハラ問題も女性が居れば解決が早い」
「確かに、冤罪でも男が『やってません!』っていうより女性に『この人はやってません』って言ってもらった方がすんなりおさまるよね」
「…舞鶴先輩、それって実話ですか?やけに説得力あります」
「違うよミッキー!…ちょっと、皆も誤解しないでね!?」
試しに呼んだ“船長”は怒られなかった。時と場合で使い分けようと皆の心は一つになる。
話をしながらとりあえず腹ごしらえをしようと、部室内にストックされていたお菓子を出してきて頬張り始めた。園芸部部長が丁寧に保存していてくれたおかげで、とりあえず空腹からは脱する。
「猫柳テトラ、ちょっとこちらへ」
「うん?僕?…何かな」
お茶しながら一息ついていた皆。そんな中で再び扉の前に近づいたセンが、猫柳を人差し指を軽く動かす手招きで呼んだ。それに応じて立ち上がると、出入り口の扉の前に2人して立つ。
「今からこの扉の磨りガラスから凹凸を消して外が見えるようにする。数分程度しかもたないだろうが、そこから外を見て情報を集めてほしい」
「分かった。けど、具体的にどんな情報?」
「まず人の服装、容姿の特徴、村人の種類、種族。人間以外にも知的生命体が存在しているか等」
「あぁ、今の俺たちの格好がこのままで馴染めるか確認するんだね」
「そうだ。星によっては男女比率が均等ではない場合もある」
「男性が少ない星だったら、ハーレムが簡単に出来るじゃん!」
「ハーレムが出来るだけなら良いが、拉致監禁されて種馬にされる可能性もあるぞ」
「…え、何それ恐い」
「単なる例え話だ」
「だよね…分かった。じゃあ、通行人を見てそこらへん把握すれば良いんだね」
「ガラスが元に戻るまで頼む」
「オッケー!…でもガラス変えるのは今回限定なの?普段から普通のガラスにしてカーテン掛けておけば良いんじゃない?」
「此処は内側と外側の境目だ。ゆえに力が影響されにくい。ガラスを変えたいならお前達が自らの手で改造するしかない。元々この建物は我の物ではないのだし、勝手に弄る訳にもいかぬ」
「…なるほどね」
「私も外見てみたい!」
「今は情報収集が先だ。悪いな獅戸、後で外にも出られるだろう。もう少し辛抱してくれ」
「…わ、分かったわ」
獅戸が駆け寄ってくるが、窓は大きくなく2人で覗くと視界が半分になるだろう。今は情報収集に専念してもらおうと、センが彼女を止める。気にはなるが、大切な物の優先順位は分かってるつもりで、すんなりと引き下がると座っていた席に戻った。苦笑いを浮かべながらも猫柳はガラスを覗く。始めて…喰われた星が始めての星だとすると2番目の星になるのだが、じっくり外の様子を眺めた。
大通りではなさそうだが、それなりに人通りがあるようだった。服装は一昔前の欧米と言ったところだろうか?シンプル無地なシャツに、ズボン、靴はローファーっぽい気がするが、マントというかローブのようなものを羽織っている人も居る。あれを着れば全部隠せる。
容姿に関しては特に問題はなさそうで、髪色と瞳の色はだいぶカラフルだった。人間以外の動物は犬と猫、後は野生の小鳥くらいしか見当たらないので、人外のいわゆる獣人のようなたぐいは居ないのかもしれない。
その後外のレンガっぽい建物等を観察しているうちにガラスが戻ってしまい、顔を引いた。
そして先ほどの情報を皆に伝える。
「ローブか…。確かに上から羽織れば全部隠せるな。ちなみにセン、数百年前はどんな感じだったんだ?」
「定住はしておらず狩猟民族が主だった。遊牧民とでも言うのだろうか。常に移動しているために一期一会を大切にし、助け合い精神が強い。衣類も獲物からはいだ毛皮をつなぎ合わせたような物で、糸を作るなんて事はしなかった。使える魔法は炎を出したり、雨を降らせたりと、派手なものが多かったが…」
「定住って事は田畑を作ったのかしら?…発展したのね」
「その分、どの様な変貌を遂げたか分からぬ。…人の心は読みにくい」
「警戒はしておいた方が良いね」
服は替えが無いので、部屋にあるカーテンをローブに見立ててみる事にした。少々不格好ではあるが、奇抜なファッションで目立つよりは幾分かマシだろう。そうして偵察チーム決めでは所々で脱線しかける話を雨龍と天笠が修正しながら、メンバーが決まった。
まず、保護者兼リーダーの最年長者、雨龍タクミ。冷静なブレインとして鷹司ナガレ。情報収集の面で地獄耳の三木谷ナナ。いざという時に情報を持ち帰る為に獅戸アンナの4名だ。
「では行ってくる。…そうだ、今更だがセンは来れないのか?」
「今は難しい」
「今は?」
「この空間魔法は術者が指定エリアから出ると解除されてしまうのだ。作ったものは当然消え、その中に居た生命体は外にはじき出される」
「…なるほどなぁ。だば“今は”って事は、今後はその限りだばねど?」
「核を移して室内に残す方法がある。これが出来れば我も外に行けるだろう。だが、外に出たところで魔力も使えない普通の人間と同じ、特別役に立てることなど無いと思うが」
「でも出来て損は無いわよ。もしお祭りなんかしてたら皆で騒ぎたいじゃない?」
「…」
「何で黙るの!?」
軽いコントのような事をしながらも、4人は仲間に見送られて出て行った。やはりカーテンをローブ代わりに纏ったのは正解だったようだ。これである程度安全に情報を集められることが期待できる。
残った皆で何をしよう?と話しあっていた時だった。
「…それにしても、すんなり信じたものだな」
突然のセンの言葉に驚きのこもった視線が集まる。
「え?…何?まさか嘘吐いてたとか…」
「いや、そうではない。ただ…いきなり別の世界に飛ばされて、訳のわからない事に巻き込まれて、死にそうな目にあって…もっと喚き散らして抵抗すると思っていた」
「あぁ、そういうことか…」
とりあえず騙されていた訳ではない事に胸をなでおろす。だが、確かに思い返してみれば、怒りあらわにセンに当たる可能性も無くは無かった。そうならなかったのは仲間が一緒に居た事が大きいだろうと皆感じていた。
もし独りだけだったら、早く帰りたいと泣いたかもしれない。心細さにセンの言葉を突っぱねていたかもしれない。どれほど大切な事を言われて居ても、聞こうとすらしなかったかもしれない。
今こんな風に笑って居られなかったかもしれない。
そう考えれば、仲間が巻き込まれたのは何も悪い事ばかりでは無かったのだ。
「うち、皆と一緒で良かったと思うよ。一人やったら、きっと直ぐ諦めてたわ」
「私も。生徒会長なんて仕事してると良く分かるわ。独りきりでは出来る事は少ないって事がね」
「皆が大切なチームメイトであり、精神安定剤って事だね!俺は声出す担当だし…歌でも歌っとく?」
「精神安定剤…その通りですね。とりあえずチアキ先輩は黙っていてください」
「ケイシが冷たい!俺を軽視する!」
「(無視)じゃあ、4人が帰ってくるまで何します?」
「とりあえず間取りのチェックをしてもらいたい。必要と思って部屋を最初に作ったが、ここを拠点とするなら水回りも完備させないといけないだろう。他、必要な設備等があれば言ってくれ」
「あぁ、お風呂とか、トイレも無いとあかんね」
「キッチンは簡易があるけど…ちゃんと作る?」
「僕は剣道場欲しいかも。剣道の練習もそうだけど、力のトレーニングもしたいな。使い方を間違えれば結構危険な暴力になるわけだし」
「あ、じゃあ弓道場も欲しいー。でもそんな事言ったら柔道の練習場とかランニングトラックも欲しいって言うよね、雨龍さんとアンナちゃんも運動部だし。合体したトレーニング設備作れないかなぁ?なんかイメージは…こう総合体育館っていうか…こんな感じで」
「はいはーい!イメージの絵なら任せてよ。漫研副部長は背景画も得意っすよ!なので、詳しく宜しく!」
「25mで良いからプールも欲しいわ!」
「…ねぇ!寂しいから無視しないでよ!」
ワイワイと騒ぎながらも今後の活動拠点となる部室を住みやすくするために案を出し合った。何でもかんでも詰め込んだ結果カオスな事になり、その後取捨選択を繰り返していく。
その結果
F2→プレイグラウンド(ピアノが置いてあるが、自由に使える遊びの場)
F1→12角形の個室(全室に超簡易シンク・トイレ)
G→異世界の扉が有る階(内装は部室のまま)・キッチンは少し拡張
B1(地下)→男女別風呂(温泉並に広い)・トイレ・洗濯エリア(水回り全般)
B2→トレーニングルーム(普通にジムみたいな物)・多目的室(センに頼んで使用者希望の部屋にする、まさに多目的室)
B3→エンジンルーム(どれくらいエネルギーが溜まったか確認できる部屋)・貴重品を置く倉庫
こんな感じになった。
「これだけ広いと、お掃除大変やね」
「そこは問題ない。船を清潔に保つのも我の役目だ」
「え、この広い室内全部一人で掃除するの!?12人居るんだし当番制で回した方が良いんじゃない?」
「掃除?そんな面倒な事はしない。汚れた部分は破壊し消滅させ、そして新たに作りなおすまで」
「…ダイナミックですね」
「週に一度個人の部屋もチェックしようか?床にゴミが溜まっていたら全て消去してやるぞ」
「何だって!?」
唐突に、まるで悪戯を思いついた時のようなうっすらとした笑みを浮かべながらセンが言えば、慌てた声を上げた。まだ一度も作られた部屋に入ってもおらず、散らかってすらいないのだが掃除が出来ない男子達は頭を抱えた。
勝手に掃除機をかけに来るお母さんよりも恐いかもしれない。
いや、捨てる宣言してくれてるから、うっかり片付け忘れてデリートされても諦めがつく…かな?




