02-01 宇宙船・部室号
「…とりあえず、此処までで質問はあるかい?」
八月一日アコンにそっくりの人物は長い話を終えて一度皆に問いかけた。彼…で良いんだろう。見た目胸があるわけでもないし、その姿で女性だったら驚きだ…は、宣言したとおり丁寧に過去の話をした。あの星の歴史、壁に張り付いていた黒いモノ、そして黒い棺。
救済処置の能力追加や船に関する事等は“後で”とスキップしたが、分からない所の突込みにもきちんと返答してくれる。視線はちょっと鋭くて怖いし口調は偉そうだが、案外良い奴なのかもしれないと皆が考えを改めていた。
だが彼は“本物の八月一日”とのやり取りは話していなかった。八月一日が巻き込まれたことすら教えていない。“これで全員だ”と思っている彼らに「実はもう一人居たんだよ」とか言える雰囲気ではないし、彼自身言って良いものか迷っていたため、次の世界で再び出会た時に確認をとるまでは此方から話さない事に決めていた。
「何故僕たちがこういった事になったのか、は理解できたよ」
「異世界に飛ばされた…って事だよね。喰われたっつーの?理解は出来るんだけど、納得が…すんなり出来ない」
猫柳テトラが返事を返せば、舞鶴チアキが腕を組んで背もたれに寄りかかった。不可思議な力の無い世界から来たのなら、この反応も当然と言えるだろう。
「納得出来なくとも構わぬ。我は起きた事、その真実を告げた。それだけだ。信じる信じないはお前達の勝手。…反論が無いなら話を進める」
「今の時点では何もないわ。…と言うか、分からない事が何なのかすら分からないもの」
「せやね。うちも…頭こんがらがってきたわ。あぁ、気にせんと、続けて?」
天笠ホクトも考え込むように手を組んで答えれば、月野サヨも声を挟むが説明を止める物では無く、先を促す。それに1度頷いてからこの「部室」について説明を始めた。
「まず、先ほど入ってきた正面の扉は新しい世界へ続くゲートとなるので、世界がつながっていない時は開かなくなる。そのため、庭に出るには横のガラス戸を使用してもらう」
「庭に出られるの!?」
「あぁ。帰路プログラムの効果範囲は、奪われた物全て。当然土地も含まれる。…ちょうど話が折れた所だ、一度外へ出てみると良い」
思わず喰いついた九鬼ケイシが身を乗り出すと、スッと立ち上がってガラス戸の方へ歩いた。カーテンが引かれていたし、光が入ってこないことから外は暗いと判断していたため、この壁の向こうには何もないと勝手に思い込んでいたのだ。彼は戸の鍵を外し“カラカラ”と音をさせて開いた。風は入ってこなかったが、皆は外に出ろと促されて足を踏み出していく。室内から出て行く皆を見ていたが、彼は突然フッと灯りを消した。
「ちょっと、いきなり暗…ん?うわぁ~!綺麗!」
「凄い、なんだこれ!」
「待て!」
いきなり灯りを消されて驚き部室内を振り返るが、直ぐに頭上から降り注ぐ光に気付いて顔を向ける。
そこに広がっていたのは満天の星空だった。思わず部室から離れて駆け出しそうになった獅戸アンナと三木谷ナナを、鷹司ナガレが引き留める。
「前ば良ぐ見ろ。あまり広ぐねぞ」
言われて再度地面を見る。薄暗い事もあって気づかなかったが、鷹司の言うとおり地面がある範囲には限りがあった。それでも部室を中心に半径数十メートルはあるかもしれないがその先は地面が無く、宇宙空間のぽっかりと浮いているように見える。一歩足を踏み出せばどうなってしまうか分からない。そんな恐怖に走りかけた獅戸と三木谷は数歩下がって部室の方を振り返り、八月一日のそっくりさんへ視線を向けた。
「…どういうことだ?というか…畑や部室、ここら辺は見覚えがある」
「見たままだよ。この土地は切り取られてしまった。形はほぼ球体、そしてこれが船の全貌でもある」
「まるで、スノードームみたいだね」
「…そうだな。それをイメージしてもらえれば分かりやすいだろう。案ずる事はない、あの壁が此処を保護している。出ようと思っても地面が無い場所へは進めない」
雨龍が疑問をぶつければ、部室の中から皆を見て彼が返事を返した。いい例えをした守屋に頷きながら軽く手をあげると境界線と思われる、部室を中心とした球体の壁がボヤッと光る。そのおかげで境界線に壁があることが分かった。知らない間に落っこちるなんて事が無さそうで、とりあえずホッとする。
「この部室が俺たちの世界…地球のもとあった場所に戻るまでが、旅ってこと?」
「そうだ。物分りが良くて助かる」
「基本どれくらい時間が掛かるの?それに…部室があった場所ってえぐれちゃってるわけ?」
「そうなるな。そこにある存在を引き寄せたわけだから」
草加が部室内に戻りながら声を掛けて、九鬼も質問を彼にぶつけた。とりあえず動作で再度入室を促しながら口を開く。
「帰還プログラムは場所の逆探知機能がついていたが、それは悪意ある者によって壊されてしまった」
「直せねぇの?」
「無理だ。我はそこまで万能ではない。だから、搭乗者の記憶から近い星を検索し、しらみつぶしに時空を飛ぶ。それには確かに膨大な時間が必要となる」
「膨大な…って、どれくらい?」
「さぁ、そこまでは知らぬ。星の食事が行われるたびに、プログラムがコピーされて船に乗せられるが、全てが片道切符故に、経路や時間などのデータを集める事は出来なかった」
「片道切符…って君は星に戻らないの?」
「ただの量産されたプログラムだぞ?戻る必要が無い。…というか、そこまで強力な力がない。しかも船本体はわれらの物ではない。プログラムのみでは帰れない。奪ってしまったものをもとあった場所に返却出来れば任務終了。船が星に着いた時がプログラムの消滅の時で旅の終わりだ」
「何だか…」
まるで死にに行くようだ。そんなことを言いかけて、九鬼は口を閉ざした。彼は自分たちのためにしてくれているのだ。「早く帰りたい」と思うことが彼の時間を削ることになるのかもしれない。それに知人の姿をして居るせいか、寂しそうな顔をしてしまったらしい。彼に鼻で笑われた。
「何て顔をしているんだ」
「…だって…」
「時間は十分ある。十分すぎるほどに」
「…?」
「この船の説明を続けよう。まずは、動力。それは…分かりやすく言えば魔力という事になるのだが、1度の移動で残量が必ず0になる。そしてFULLにならなければ動かない。だから皆に燃料補給は手伝ってもらう」
「燃費悪いね。燃料…ってガソリンとか?」
「リヒト、動力は魔力って言ってるのに例えでガソリンって…」
「う、うるさいぞキョウタロウ!」
「我は飛ぶのは始めてだ。確かな事は今の時点でいえないが、到着と同時に燃料の補給方法を提示する事になるだろう」
彼の話はこうだ。
別に皆が何もしなくてもシステムが魔力を溜める事が出来る。
だがそれでは本当に微々たる物で、魔法が日常的にある世界なら長くて数十年年、まったくない世界だと100年以上掛かる。
しかし奪ってしまった土地を、奪われた世界が気づかないように返却するために、飛ぶたびにエネルギーチャージに使用した時間も巻き戻して時空を飛ぶ。その影響もあり、船に乗っている者は“不老”となる。
「不老…」
「そうだ。流れた時間は老化として現れない。だが、勘違いするな。不老といっても“老化しない”というだけであり、怪我をしたり病にかかれば治すのに時間が掛かるし、酷ければ傷跡も当然残る。時を巻き戻して元通り、というわけではない」
「だったら此処に来た時に治癒の魔法みたいなのかけてたよね?あれ使えるんじゃない?」
「アレは戦場を掻い潜って船にたどり着いた者が怪我が元で死んでしまう事の無いようにと施された魔法だ。帰還プログラム事態にそんな能力は無い。つまり不老ではあるが不死ではない。死んだものは生き返らせることは出来ない。気をつけることだ。…ついでに言っておくが、この場の結界の関係で船の定員は減る事はあっても増える事は無い」
「減る…途中で死ぬって事?」
「それも一つの可能性だ。飛んだ先の世界が争いを行っていたりすれば当然生存率は低くなる。それと異世界で運命の相手を見つけた場合。乗船させる事は絶対に出来ない。故にその者に下船してもらう事になる。…まぁ、それはその時に話せばいい。先にすすむぞ」
何人か口をはさみたそうにしたが、とりあえず口を閉じて先を聞く事にし、船のエネルギーの話に戻る。チャージに必要な時間、それを短縮させるためにやってもらう事が“ミッション”だ。魔力となる“気”のようなものを集めるのだが、一番分かりやすいものが“お金”だった。
「金で動くの?…現金な船だなぁ…なんちって」
「必要なのはその金額。金であればコイン、紙幣、電子マネーに区別は無い。何処の世界にも必ず存在し、そして人間の心が動きやすいものが“金”だろう。人の感情がこもりやすいものは大体魔力、そして動力に返還できる」
「ちょっと、スルー?」
「何か言ったか?舞鶴チアキ」
「…何でもないです」
「動力になるのは金だけではない。あまり大量に稼げないが、金のように物で無くてもある程度は変換可能だ。個人が注目を集める…例えば有名人になるとかな」
「何だか難しくなってきたわね…」
多くの心や感情が動くもの、何かの大会で優勝して注目を集めるとか、害獣を倒して感謝されるとかでも構わないらしい。だが、皆が狙う“物”という実体があるモノのほうが返還率は高い。個人に向く感心も、意識を向けられるだけで少しずつ力として返還できるらしいが、何かの大会の優勝トロフィーなどは多くの物が狙い欲するために手に入れられれば十分動力になる。そう考えれば納得だろう。
「こうして集められた力が満タンになった時、再び時空の移動が可能になる。ちなみに、次の移動のための繰越は出来ない」
「余分サ溜めておぐって事が出来ねわげか。移動するたびサ「0」からなんだの?」
「あぁ。とりあえず移動の仕組みは理解してもらえたかな。後で何か疑問が出たら聞けばいい。…さて、次は我に出来る事だ。まずはこの船の操作。燃料がたまっても出発のタイミングは此方である程度調整する事が出来る。そして既に行ったスキャン。船内のモノを徹底的に調べる。あと通訳機能」
「通訳?」
「これはそのままだ。飛んだ先で言葉が通じなければ何も出来ない。それを補助するもの。ただし会話のみ。読み書きは各自努力するように。…そして、空間の改良」
そう言ってぐるりと室内を見渡してから、適当な場所に手を翳す。と、まるで生えるように壁際に階段が出来た。
「すごいわ!ほんまに魔法やね」
「これは空間魔術だ。この木造の建物内を指定し、この中であるならば自由に間取り変更が可能だ」
「間取り変更…って、2階が出来るほど天井高く無いわよね!?」
「指定した範囲内なら実際の大きさよりも大きいものが作れる。この中をどこぞの城のように改造する事も可能だぞ?」
そう言って作った階段を上がっていった。慌てて彼の後について階段を上がるとそこは広い正12角形の部屋となっていた。下の階では壁際にあった階段は、この部屋では中央部に出るようになっている。
「何だか増築を繰り返して迷宮になったお家って感じね。外から見たらどうなってるのかしら?」
「外観は変わって無い。中身の空間が歪んでいるのだ」
「それ、平気なん?なんていうか…危なくないん?」
まるで話に聞いた星の食事に似ているようで、漠然と危機を覚えた月野が不安げに尋ねれば、12角形の壁際を歩きながら返事を返す。彼が通るたびに1面につき1つ出現する扉に視線は釘付けになりながらも声に耳を傾けた。
「危険視するのはもっともだと思う。実際これはあの星が滅亡した原因となった術の元となったものだ」
「じゃぁ、危ないんじゃ…」
「問題ない。似ているだけだ。この術はこの範囲より外に影響を及ぼす事は出来ない。見えるし触れる、しかしそれはこの部室内でのみ。この力で出した物を持ち出す事は出来ないし、この力を外で使用できない。それを外に出せるようにしたのが星の食事だ」
「な、なるほど…」
「さて、とりあえず部屋を12つくった。お前たちのパーソナルスペース、自室として使うがいい。狭い船で毎日共にすごす事になる。自分の時間が取れる場所も、当然必要となるだろう」
そう言いながらドアを1つあけた。此方の壁より広い室内の1辺に、驚きが隠せない。中には簡単なベッドとテーブルが1つだけというシンプルなものだったが、何となくどこかの寮のようなつくりだった。
「希望があれば部屋の増築改良を受け付ける。とりあえず今は寝る場所があれば良いだろう」




