01-22 死んだ星の悪あがき
説明パート。
長い会話が続きますが、お付き合いください。
魔法使いは王に言った。
“お前達は、その術がどんな力を持っているのか理解しているのか?”
しかし王には分からない。術を開発した魔道師は既に居らず、この術がどういうものなのか考えた事すらなかった。困った時に必要な物資を出現させる、都合のいいものだとしか考えていなかったからだ。
“別の次元の物を手元に引き寄せる魅力的な力だよ。だからそれを貰っていく。…心配するな、この星が生きるためのシステムは残してやる”
そういって“魔法使い”は王を殺した。
正確には王を喰らって力をその身に取り込んだ。
そして兵に追われながらもそいつは得た力を使えるか試し、成功させた。
もとの術式に改良を加えて定期的に術が起きるようにした。出現ポイントを設定し、一定の時間が経過したらその場所に切り取ったものが現れるように。
術の改良は成功したが、その“魔法使い”は自分の世界に帰る事が出来なかった。引き寄せる事は出来ても、自分が移動する事が出来なかったのだ。そしてその術を完成させる前に兵によって殺された。
術が使える事が王である条件だった。
王の力は王のみが知るものだった。口伝であり、記述は何も残されていない。
殺されるはずの無かった王が殺され、術式の伝承は途切れた。
“魔法使い”によって変えられたその力は、既にこの星の人間に手がつけられるものでは無くなっていた。
しかしこの状態でも人間は生きた。
殺された王の子が次王として立ち、出現ポイントを守ることで王としての地位と威厳を守った。しかし、既に王は絶対の存在ではなくなっていた。
奪う事がすべての人種にとって、王位は魅力的な獲物となった。
そしてさらに数百年。
人工を減らしながらも人間は生きた。
既に星が死んでいる事にも気づかずに。
**********
一旦言葉を区切った目の前の人物に、控えめに声を掛けた。
「君は、この星の人…なの?」
『…そうだ。我は王族、そして魔道師の末裔。この星に生きた愚かな人間の最後の1人だ』
「最後の1人?…親とかは…」
『人類は既に滅びた。この星には1つの命も残っていない。…今では星を完全に死なせる事を目的としている。だから人間である事をやた。我は既に人ではない』
「え、完全に死なせるってどういうこと?…さっきはすでに星は死んでいるって…」
『死んでいるよ。だが…依然として“魔法使い”によって施された術は生きている。そのせいで君達はこの星に連れて来られたんだ。その術を完全に破壊する。長い時を過ごす為に肉体を捨ててもう何百年経った事か。…これで終われば、我も解放される』
「それはどうすれば…解除できるの?」
『兄が…あの人が全てを賭けて布石を打った。後は発動させるのみ』
「お兄さんが居たんだ?」
『あぁ。兄がこの術は壊すべきだと主張した。当然民は反発したがな。…だが、奪ってくるものの中に人間が混じるようになって、特殊な力を持つものが現れた時、王都は戦場と化した。勝手に連れて来られた者たちが、怒りを覚えるのは当然だったのだ』
「…それで、お兄さんは?」
『術式そのものに手を出す事は出来なかった。兄は我と違い魔力が無かったから。だが、その分動植物をこの地に戻して星自体の蘇生を最善と説き、この術に帰還プログラムを付け足す事を思いついた』
「帰還プログラム?それは何?」
『奪ってきた座標を逆算して、その場所に戻すというものだ。仕組みは簡単で、数回は安全に動いた』
「数回だけだったの?」
『…この星に飛ばされてきた魔力持ちが改ざんしたのだ。己の欲のためだけにな』
「そんな…」
『そのおかげで、固定されていた出現ポイントが動くようになり、奪われて来た者たちは魂の欠片を奪われて、その者に刃向かう事が出来なくなった』
「魂の欠片を奪う?そんな事が出来るの?」
『…現に、君も奪われているぞ』
「え、嘘!?」
驚いた八月一日に、目の前の人物はシステムについての説明を始めた。
星が別の星を奪う時に時空にゆがみを作って引っ張り込む。その際の歪みを利用して生物の魂の一部を切り離し手中に収める事で、ていのいい人質として人を配下に強制的に置くらしい。いわゆる奴隷だ。
しかし不安定ながら帰還プログラムは生きていて、何とか魂を回収できた者は逃げ出すことに成功していた。最初は帰還プログラム自体を破壊しようとしたが、それを目の前の人物の兄が命をかけて守った。だから逃げ出して帰還する者を強制的に足止めする必要性が出来た。
そのために奪った魂の箱に鍵をかけて、所有者自身に見えないようにし、時間制限を設けたのだ。
『だが君が奪われたのは肉体のようだね。本来なら肉体が奪われる事は無かったはずだ。魂だけでは先ほどのように触れることが出来ないから、戦力としても食料としても、慰み者としても使い道が無い。…あぁ、此処まで術式は劣化していたか』
「…な…いや。それよりも食料って」
『喰うものに困れば同種だろうと喰らう。そうしなければ、生きられない』
「…。…俺の体は何処にあるか…分かる?」
『まだ見ていない。星の食事の気配に気づいて此処に来た時、君をすぐに見つけたのでな。それに…術が今まで解除できなかった事と同じで…実は問題がある』
「問題…とは?」
『我はこの線の内側に入れないのだ』
八月一日の質問を受けて、その目の前の人物は手を前に出した。その手はある場所から先には行かない。丁度線が引かれたところの上で、パントマイムをしているように見える。しかし、痛みが和らいで周りが見えるようになっていた今、この線が境界線であるという事を理解した。線の内側と外側でまったく景色が違うのだ。
「そっち風景が全然違う…」
『そうだ。こちら側は死んでいる土地。荒れた大地が続き、砂嵐が吹き荒れるのみ。反対にこの中は奪われた命のある土地。だから…生命が溢れ、木々が生い茂っているだろう?』
線を越えた先には砂しかなく、内側は緑が溢れている。これが“星の食事”として切り取られた、という事なのだろう。
「どうして入れないの?」
『魔力持ちの改ざんのせいだ。だが、そいつも既にこの世には居ない』
「え?何で?その人の都合の良いようになったんじゃ…」
『詳しくは分からないが、新たにつれて来られた人間の中にも魔法使いがいたようで、大きな戦闘が行われたようなのだ。おかげで奪われた魂を時間制限以内に見つけないと…』
「うわっ!」
『…!?』
と話の途中でなにやら黒いものが目の前を通った。何だ?と思うより先にいつの間にか安心して警戒を解いていた八月一日の体がビクッと跳ねると“がさがさっ!”と音がする。思わず瞑ってしまった眼を開くと、八月一日を守るように植物が枝を伸ばして覆っていた。八月一日には触れられなかったが、一緒に飛ばされた植物は実体があったのだろう。伸びた枝が目の前の人物の方にも伸びていて、危うく突き刺すところだった…かもしれない。服の前が裂かれていて、後ろに飛び退らなかったら危なかっただろう。
「わっ!…え?何これ、ってか大丈夫!?」
『あ、あぁ。平気だ。おそらく君の能力、救済処置の結果だ。奪われた魂の欠片からその者の特出する能力を見つけて、敵との対抗手段として倍増して与えてやっていたのだ。…それより、それを拾ってくれ』
「対抗手段…それって…え、どれ?」
戦わなくてはいけない状況という事なのだろうか。不安げな声を出しかけるが、拾ってくれといわれれば視線を落として指を指したほうを見る。そこには「バラのキーホルダーがついた鍵」と、小さい木箱が線の内側に転がっていた。お城にでも使われているような、レトロで味のある鍵だ。そして箱には開けてはいけない物なのか、鍵代わりと思われる紐が厳重に巻かれている。突然出来た木々の壁から這い出して、言われるままに拾い上げた。
「これ2つで良いの?…ごめん、俺の力ってやつのせいだね。自覚無かったけど。…中に何か入ってるみたいだけど壊れてないかな?…」
『……』
「…どうしたの?怪我した?」
『いや、大丈夫だ。なんでもない。…開けてみてくれ。中にも鍵が入っているはずだ』
一瞬言葉を無くした人物に「何だろう?厳重だけど開けて良いのか?」とは思うが、素直にその言葉に従った。グルグル巻きの紐をほどけば、その言葉通り1本の鍵が現れる。そちらにもバラのキーホルダーがついていて、色や形がなんとなく似ていた。取り出して確認してみれば、折れたりはしていないようでホッと息を吐く。
「こっちの鍵も折れてないみたいだ。良かったよ。…これは何の鍵?」
『兄の仕掛けを発動させる鍵だ。鍵穴は何処にあるか検討がついている。…見たことは無いが、話を聞いて情報を集めていた』
「聞いて…って、誰から?」
『こいつだ』
思ってチラリと視線を向ければ、そこに黒いモヤッとしたものが目の前の人物の隣にある。眼の錯覚だろうかと思って目をこするが再び視線を向けたとき、同じタイミングでその黒いものからギョロリと眼が開いた。
「っ!!?」
『フフッ、やっぱり驚かせたぞ。それと、何度もいきなり現れるなと言っただろう』
ビクッと肩を震わせた八月一日とは逆に、目の前の人物は若干呆れた様子で彼は黒いもやに話しかけた。目しかないが、なんとなく申し訳無さそうに細められたそれに対し、ちょっと警戒心が和らぐ。
「…これは…何?」
『魂を取り戻す事が出来なかった者の成れの果てだ』
「え、人なの!?」
『あぁ。…見えるか?後ろの建物。もう大分、眼も暗闇に慣れただろう?』
スッと指を指した先には、巨大な黒い壁が空高くまで立っていた。パッと見ただの壁なのだが、話では四角柱の建物でちゃんと窓やベランダも存在しているらしい。まったく面影は無いが。
そしてさらに説明を続けた。
支配していた魔法使いが居なくなった後、この星の食事が現れる場所はさらに混沌と化した。
約1ヶ月周期で行われていた食事のタイミングがずれ始め、今ではほぼ毎日に。多い時には1日に3~5回も行われる事があった。タイムリミットはその時その時で「正午」になったり「日の出」等に変わったそうだが、魂の塊が黒い壁として外の光を遮り、時間が正確に分からないこの異世界ではその時間の把握も難しかっただろう。
そして魂を奪われたままタイムオーバーを迎えると、魂を覆っていたロックが肉体に跳ね返り、黒い棺に閉ざされる。肉体は意思を持たない人形のように、自分の魂だけを求めてそのまま徘徊を続けるが、時が止まるわけではないので大体1ヶ月もすれば死に至る。そうすると棺ごと消滅するらしい。
逆に魂はモヤのような黒いものになり、肉体を探すために建物の壁に張り付く。この時点で建物から追い出されて、たとえ僅かな隙間からでも侵入できなくなるらしい。窓が開いていても見えない壁が妨害するそうだ。
そしてそれらははじめのうちは意識があるが、肉体の消滅にあわせて此方も自我を失い、ただの化け物と成り果てる。しかし魂は肉体と違って消滅しないので、この場所で息絶えた者の数だけ存在するようだ。
建物の中で徘徊する肉体は魂を求めて動いているのだが、動くものと出会うとそれを捕まえようとする。それに取り込まれたら棺は魂を得たと勘違いして、取り込まれた者とともに消滅を迎えるまでその場所で動かなくなるようだ。ちなみに魂を取り戻している存在には反応しないらしい。欠けた魂の部分に反応しているのだろう。
そして魂を取り返す事が出来たのにタイムオーバーとなった者は、目の前の人物同様にこの線の外側にはじき出される。勝手につれて来られた挙句、この星に放置されることになるわけだ。そういった者達も、あまり長生きできなかった。まずこの星の空気が既に人が住めるものではなかった。そして食料も水も無い。当然といえば当然だろう。
『我は中には入れないため魂だけとなった存在に情報を集めてもらった。確認は出来ていないが、何度繰り返しても同じ結果になるため信憑性は高い』
「…その人も、いつかは自我を失うの?」
話を聞きながら、いまだ自我を持っているように見えるモヤに心配そうな視線を向けた。それに気づいたのかフンッと軽く鼻を鳴らして呆れたように返答する。
『そうだ。だが、こいつらの心配をしている場合ではあるまい?』
「…え、何で…あ!そうだ!部室に居た皆も此処に来ているかもしれないんだ!…時間制限って、何時までだか分かる?」
『いや、お前自身の…まぁ良い。確か先ほど声が…』
ついうっかりしていた。時間制限を尋ねれば、目の前の人物はアナウンスの言葉を繰り返す。それを聞いて腕を組んで暫く考え込んでから顔を上げて空を見る。
「満月…形が円に近いね。“満月の夜”って言われると、夜の何時の事なのか分からないけど…とりあえず、今の月はどれくらいだか分かる?」
『?満月…とは?』
「え?月が丸くなる日のことだよ。…知らないの?」
『月とはあの星のことか?…だが、雲に隠れる事はあっても、アレ自体は今まで一度も形を変えたことは無いぞ』
「え…ちょっと、待って…それって…常に満月って事!?じゃあ、毎日がタイムリミットって事じゃないか!まずい。知らせないと…」
『待て』
慌てて黒い建物に走りだそうとする八月一日を引き止める。腕をつかもうとして手を伸ばしたようだがその手は腕をすり抜けた。触れないと自分で言ったのに忘れていたのか?その行動に少し驚きつつも、八月一日も立ち止まって振り返る。
「何?急ぎたいんだけど」
『これを持って行け。恐らく君は“魂のみの存在”として建物に入る事は出来ないだろう。だが、これがあれば鍵を開ける事が出来る』
「…この鍵は…」
そう言いながら、先ほど拾った2本の鍵を握らせてきた。
何で持てるんだ!?と思ったが、先ほども拾い上げる事が出来ていたな。触れないのは人間に対して、なのだろうか?
『片方はこの場所の仕掛けを発動させて“壁”を消すものだ。これを使えば魂だけでも建物に入れる。だが注意しろ?』
「注意?」
『そうだ。君が入れるようになるって事は、あの黒いやつらも侵入が可能になると思われる。どれくらいの攻撃力があるか分からないが、捕まったらただではすまないだろう。特に、魂を取り返していなかった場合は、身体を奪われる可能性もある』
「…っ!…わ、分かった。もう一つの鍵は?」
『恐らく君の身体を解放するものだ。君自身では見つけることは出来ないだろうが、この鍵を使って君でなければ解放する事は出来ない。だから君が持っていると良い。…お前、彼を鍵穴のある場所まで案内してやれ』
「分かった…うん。ありがとう。…ありがとう」
『…これでやっと…』
飛んできたモヤに指示を飛ばす様子を見ながら、感謝を述べつつ頭を下げた。指示にあわせてモヤが膨らんだ気がする。恐らく「分かった」の意思返しなのだろう。見慣れてくればなんとなく可愛い。そんなことを思いながら視線を移せば、目の前の人物は建物の方を見ていた。兄の仕掛けをやっと発動出来るとあって、嬉しいのかもしれない。八月一日の視線に気づいて此方を向くが、やはり顔は見えない。でもなんとなく笑っている気がした。
『…では行くがよい』
「うん、分かった。…ねぇ、あなたの名前は?」
『もう一度会うことが出来た時に、教えてあげよう』
ここで別れたら多分もう会えないのだろう。
とても気にはなったが、食い下がってる時間は無い。
一度しっかり頷いて、今度こそ走ってその場を立ち去った。
これで説明終了。
説明漏れは…無いはずです。
何だか執筆中に新しいキャラの口調が迷子に…とりあえず、偉そうな口調を目指しました。




