01-19 上へ、上へ
最初は廊下を走って、次に理科室にも入れた。
階をまたいでも平気だったし、見えない壁に行く手をふさがれる事も無かった。
鍵は確かに見つけていたが、使い道は別にあるのかな?って思ってる間に所有してる事すら忘れていた。
仲間の棺の解放を何度も見ていたのに、自分にその機会が無かった事に疑問を抱いて居なかった。
時間がもう無いのなら、皆を此処に足止めしていてはいけないだろう。
そう考えて九鬼は視線を伏せる。
「…お、俺の事は良いから」
「探してぐら。わんつか待ってろ」
置いて行け。言われたらとても困るだろうがそう言うしかない場面だろう、九鬼は意を決して口にしようとしたのに、鷹司の「探してくる」という声にサラッと遮られた。傍に居た猫柳を天笠と月野に頼んで、トントンとステップを降りる。一度周囲を見渡すが、隠れるものの無い屋上というこの場所には一瞥しただけで棺が無い事が分かり、そのまま九鬼の横を通り過ぎて蔦がうねり黒い波がしみ出す階段があった方に進もうとした鷹司を、見送りそうになった九鬼が慌てて手首をつかんで止めた。
「え…ちょっと!何言ってるんですかナガレ先輩」
「むつけら居たばて、気がつかながった。俺のせいだ」
「一緒に居たとか、そんなの関係ないですよ!此処まで来るのに『自分に棺は無いのか?』って疑問すら感じ無かったんだ。…自業自得ってやつ…なんです」
「自分の棺は自分サ見えね。だかきや九鬼が見つけられんがったのはお前のせいだばねぇ。…すぐ上ば目指さねで少しでも探索してれば良がたんだ」
「…っ。…で、でも…」
聞いてる方には方言にハテナが飛ぶが、ここは九鬼の慣れた返事で自動翻訳が行われすぐに納得。どちらにしろ口をはさめる空気では無いので、2人を見つめて黙っておく。
そんなギャラリーなど構いもせずに慌てて引き留める九鬼を振り返った鷹司は、自分自身に対する不甲斐なさに怒りを感じていた。普段から感情がめったに動かない彼であるが故に、そのピリピリとした空気を纏う様子に驚きを隠せず一瞬言葉に詰まる。そんな2人のやりとりを階段の上の皆はオロオロと見守るばかり。見捨てられない。助けたい。でも脅威がそこに迫っていて、おそらくもう時間がない。それを分かっているのだろう、自分を置いて行かせようと喰い下がろうとする九鬼の手は振りほどかないまま、もう片方の手をゆっくり持ち上げた後、思いっきりゲンコツをお見舞いしてやった。
「痛ったー!!」
「諦めんな馬鹿が!!」
「…ナ、ナガレ先輩…」
「自分で自分を諦めんな。俺も、お前を限界まで諦めねぇ」
「でも…俺のせいで皆…」
「心配要んね。限界まで粘って無理だば、置いて行ぐ」
「…ふぇ?」
「は?」
「えぇ!?」
感動のシーンだった。前半は。
殴られて両手で頭を抱えた九鬼の肩に手を置いて、喝を入れるように言葉を発した厳しくも優しい鷹司に思わず涙がこぼれそうになって俯いたが、後に続いた迷いのない「置いて行く」という言葉に思わず顔をあげて茫然と目の前の相手を見てしまう。見守っていた皆も予想外の発言だったか思わず疑問の声をだして鷹司を見つつ、呟きを漏らした。
「え?あれ?なんだか感動の波があっという間に去って行ったよ?此処は『死なば諸共』的な言葉が来る所じゃなかったの?」
「う、うむ。俺もそう思ったぞ」
「馬鹿言うな。逃げないで死んでやったどごでそれはただの自己満足だ。それなら見捨てて恨まれたって生きてやった方が供養サのら。九鬼もその方が良いべ?」
舞鶴が腕を組んで首を傾げれば、雨龍も頷いて同意してみせるが、それを一蹴する鷹司は怒りを覚えても通常運転だった。たとえ心の内では一緒に死んでやると思っていたとしても、態度には全然表わさない鷹司の言動に心が軽くなったのを感じてフッと笑みがこぼれれば、九鬼は大きく一度頷く。
「はい。一緒に死んでくれるくらいなら、化けて出たいので生きてください」
「分がた。任せろ」
「あと、俺も行きますからね?棺は見つけてもらう必要がありますけど、鍵は自分で開けないと駄目なんですから」
「あぁ、んだの」
死ぬつもりは無い。死なせるつもりも無い。そんな事で討論になるくらいなら、表面上だけでも見捨てる宣言しておいた方が時間を有効に使えるのだ。
その時、一番下にあった浮いてる階段のステップが、1つ“パリン!”と音を立てて割れた。階段に乗ってる皆は驚いて慌てて1段上に移動するが、もしかしてコレがカウントダウンなのか?と誰もが思ったのだろう。表情に不安の色が濃くなったのが分かる。
「お、俺も行く!」
「駄目だ守屋。無駄に多いと足手まといだ。しがもお前はトロい!…舞鶴、お前達はこいつら引っ張って退路の確保。此処がゴールだばねぇなら別のルートば見つけとけ。この扉が開ぐかとがもチェックよろしぐ。確認かねて先行ってても良いぞ」
きっぱり言われて守屋は止まった。躊躇いも無く思っていることを言えるのは鷹司の良い所(?)である。ショックを受けるが反論はしない。というか正論で自覚もあるので出来ない。
あの黒い波が何なのか、後どれくらいの時間が残っているのか分からないが、黒い波が吹き出す階段があった場所を目指して行く時点で、生還できる可能性は限りなく低くなるのだろう。だから残る皆にその場を動くな、先に避難していろと釘をさした。この後順に下から階段が壊れていって、タイムオーバーになるのであるならば、残された時間は多くはなさそうだ。
この場で最年長の雨龍は心身ともに疲労が限界で動けない。しかし彼が居れば残った皆を安全に誘導するだろうと思いながらとりあえず指示を出せば、九鬼を引き連れて歩き出す。蔦と黒い波もじわじわと近づいて来ていて、此方が歩みを進めたら先ほど見たようにギョロッと目が開いた。コレに突っ込んでいくのはちょっと気持ち悪いが、乗り越えなければ進めないので仕方がない。
「ちょっと待ってタカやん!…。…心当たりとかあるの?ケイシの棺、今から出鱈目に探してたらマジで間に合わないよ!?」
「分かってんのは下の階。それだげだ」
「下の階…って言ったって…」
無謀という言葉を飲み込んだ。捜索範囲が広すぎる。しかも下の階は潰れている可能性もあるのだ。しかし2人は止まらない。鷹司を思えば止めた方が良いのだが、九鬼を助けるためには止めてはいけない。究極の2択に悲痛な表情を浮かべるが、此処でまた三木谷が何かの音をとらえた。
「止まってください!下から凄い勢いで何か来ます!」
「…っ!?」
言い終わらないうちに“ズンッ!”という音と衝撃があり、床が揺れ始めた。地震だったら家具が倒れてもおかしくないほどの強い振動に、階段の上で立っていられず落ちるくらいならと皆一旦下に下りる。鷹司と九鬼もよろけるが、此方は伏せてる場合ではなかった。
-ビキビキッ!-
豪快な音を響かせながら床であるコンクリートをぶち破って、緑の何かが頭を出した。所々見えていた小さい蔦と似てはいるが、押し寄せる黒い波と扉の間に現れたそれは床を破壊しながらどんどん伸びていく。直径が1mはありそうな巨大な蔓がらせん状に絡まって太い幹を作っている植物だった。メキメキと音をさせながら、巨大な木として空に枝を広げていく。バサバサと落ちてくる葉っぱと崩れる足場から逃げるように、鷹司と九鬼は後退して扉付近まで戻った。幹が足場を砕いたために、ボロボロとコンクリートが落ちていく。見える下の階には明かりは無く、ただ真っ暗な闇が広がっていた。
「うわっ、何…木!?」
「きゃぁ!ちょっと急成長しすぎじゃないの!?」
「足場が崩れっ…ちょっと下がって!落ちる!」
「でもこれ…なんやろ?変な感じはするけど、恐い感じはせぇへん気がする」
「なっ!?何で…木が…あ、コレ使って下に行けるかな?」
-パリンッ-
突如出現した緑に驚く。覗いてみた下の階に恐怖を感じるが、それを誤魔化しつつ呟いた九鬼の背後で2段目の階段が砕けた。ハッとして振り返ってから直ぐ顔を戻し、直ぐ行動に起こそうと1歩踏み出すが、今度は猫柳が声を上げる。
「待って!棺だ!棺を見つけた!」
「何!??」
「どこ!?」
「下には何も見えないわよ!?」
いつの間にか皆がステップから降りて下を覗き込める位置に来ていた。ぎりぎりまで近づかないのは足場が徐々に崩れているので、巻き込まれるのを防ぐためだろう。しかしこの木が現れたおかげで地面を壊し、黒い波の進路が絶たれ、穴を迂回するルートに流れ始めた。直進するよりは時間を稼げるだろう。
必死に下の階に眼を凝らす皆とは逆に、猫柳は木の上を見上げていた。そしてスッと指を指す。
蔦のような木は全体的に緑色。まるで桜の花びらが散るように、綺麗な葉っぱが絶え間なく降り注ぐ。その空に伸びた枝の隙間に引っかかるように茶色い物体が見えた。
「…?」
「まさかアレが!?…ッチ、結構高いトコまで上がったな」
「私が行って確認するわ!鍵出しなさいケイシ!」
見えない九鬼はひたすらに首を傾げるが、落ちてくる葉っぱから目元をかばうように守屋は腕をかざしつつ見上げて舌打ちをした。そんな彼を押しのけて獅戸が九鬼に近づき、鍵を受け取る。数回準備運動のようにその場所でジャンプしてから、床を思いっきり蹴って走り出した。落ちたら下の階に真っ逆さまにとなる枝の上を、軽やかなジャンプで上がっていく。
「おぉ~。すごい」
「兎さんみたいやわ。…どう?アンナちゃん、九鬼君の?」
一度プールで見ていたジャンプだが、思わず天笠は息が漏れた。それに月野も同意を示してから獅戸に声を掛ける。
「ちょっと待って下さい…はい!ケイシのです!」
そう言って鍵を鍵穴にさしたその瞬間に棺が九鬼の眼にも映りこみ、息をのむ。
その言葉に皆が驚き、同時に安堵するが足場はさらに傾きを大きくしていた。時間が少ないのは変わらない。
「どうしますか!?棺落とします?」
「動かせんの?」
「ちょっと重いですけど、押せば動きそうです!」
「…まいね。真下サ落ちたら下の穴サ落ちら。屋上サ引っかかんねぇ。…雨龍、こっちサあべ!」
「まい…あべ?…」
「まいね、は『だめだ』って事です。あべは『来い』ってことで、雨龍さん呼ばれてますよ!」
「あ、あぁ…そうなのか」
ボロボロと崩れ落ちてだんだんと傾いてきた床に気を取られていれば、いきなり鷹司に呼ばれてハッと顔を上げた雨龍。何となく声は聞こえていたが頭の回転が疲労も手伝っていつも以上に鈍く、理解が出来なければいつもの通り九鬼が翻訳。獅戸も解説に「あぁ」と小さい声を出した。鷹司も鷹司でなんだかんだいって切羽詰っている様子で、普段なら意識して標準語を使うか、理解されなかったら言い直すところなのだが言いっ放しだ。
雨龍は九鬼の言葉に小さく返事をして、支えてくれている舞鶴と一緒に近づいていく。
「どうした?鷹司」
「腕、あど1回だげ耐えてぐれ」
「…何?」
「下から登ってく時間はねぇ。九鬼ば飛ばして上まで届けろ。それが出来んのはお前だげだ」
きっと雨龍は腕力が上がっている。下での戦闘を観戦したときに思ったことで、実は確証はなかった。しかし、特別な力が無かったとしても、空手部部長として鍛えられた筋力である程度の距離を稼げると思って告げた。既に腕はボロボロで体力も限界に近い。故に満足のいく結果は出せないかもしれないが、この中では一番可能性があるのが雨龍なのだ。「やってもらえるか?」という質問では無く「限界を超えてやれ」と言った。
この時隣にいた舞鶴は声にこそ出さなかったが思った。鷹司っていつも無口でクール…というより、のんびりなイメージだけど、実は結構Sっ気があるんじゃないだろうか?しかも「ド」がつきそうだ。TPOはわきまえるが、基本的に目上の人でも敬語使わないし…と。
「何だそんなことか。お安い御用だ。九鬼!」
「は、はい!」
「俺が指を組んで腰を落とすから、お前は助走つけて組んだ手の上に飛び乗れ。踏み切りにあわせて俺が上まで放り投げる。…既に足場が崩れてきてる。失敗してる暇は無いぞ?」
「…はい!お願いします!」
仲間の為に…と思っていた雨龍は即答で快諾した。ボロボロな腕に飛び乗るのはちょっと気が引けるが、遠慮している場合ではない。そうして棺がある位置を背にして場所をチェックしてから雨龍は手を組んで少し離れた九鬼を見た。互いに頷き準備が出来た事を確認し、走り出す。雨龍の腕をジャンプ台に、九鬼は高く高く飛び上がった。
「うわわ!」
やや進路がずれそうになったが、上に居た獅戸が腕を掴んで引き寄せたおかげで、一発で上に登る事が出来た。あとは鍵を開けるだけだ。