01-18 上へ
無事解放を終えた雨龍、草加、猫柳3人。疲労がたまっている彼らのために休憩を取りたいところだが、「大丈夫だ」と言い張る3人を信じ、休むなら目の前にある階段を上った先で考えても良いだろうと、雨龍に舞鶴、草加には九鬼が肩を貸し、比較的元気な猫柳には鷹司が付き添う形で螺旋階段を上り始めた。
強度の面で一度に全員で上って大丈夫か心配なところもあるが、先ほどから時々床が揺れるのだ。グループに分けて片方が上りきるのを残って見ているっていうのも…ちょっと怖い。少し時間考えた結果、怪我人の3人を先頭にして皆が一緒に上って行くことにした。
「そういえば確認しなかったけど、棺開けてなかったら3人はこの階段は上れなかったのかな?」
「それは…どういうことだ?ケイシ」
「あのねリヒト、棺の鍵を開けておかないと、行動に制限が掛かるみたいなんだよ。ナガレ先輩は理科室から出られなかったし」
「俺も教室から出られなかったぞ!月野先輩と一緒にケイシの悲鳴聞いた時は出て行くよりも篭もってた方が安全かも…って思たから、出られなくて良かったって感じだったけどな」
「ちょっとキョウタロウ!?あの時すっごい怖かったんだよ!?あそこでナガレ先輩に出会えなかったら、今も1階でうろうろしてるか黒い棺にやられてたかもしれない」
「黒い棺?…僕たちが入ってた物のほかにも棺が居るのか?」
「うん。下の階には居たんだよ。上に来て…そういえば見てないね。足が無いから階段上がれないのかも?」
螺旋階段を上りながら持っている情報を交換しておこうと会話を始めれば、ちょっと冗談も混ぜて笑いを誘おうとする。それに釣られて草加の表情も少し和らいだ事に守屋と九鬼は安堵しつつ、さらに続けた話には他のメンバーも質問を投げかけ、会話に参加してきた。
「後どれだけ上れば良いのかしら?確かアナウンスでは上を目指せって言ってた…わよね?この建物って何階建てなのか知ってる?私とアンナちゃんが居たプールは上にも下にも階があったんだけど」
「何階まであるんかは知らんが、俺らは1階から上がって来た。此処で5階だ。…んだべ?九鬼、逃げてた時階段上がんなかったんだろ?」
「はい。上がらなかった…と思います。…実はあまりしっかり覚えてないんですけど…」
「いくら焦ってたからって、階段上がったかどうかくらい覚えてるものじゃないの?頭大丈夫?ケイシ」
「だって怖かったんだよアンナ!いきなり棺が後ろに立っててさ、突然開くんだよ?」
「…動く棺もあったのか?」
「そうみたいだね、タクミン。でも俺も見てないんだよなぁ、吸血鬼の棺」
「吸血鬼…うーん、一人じゃなければ僕も見てみたかったかも…」
「あまり良えもんとちゃうよ?猫柳先輩。うちも見たけど、何かめっちゃ怖かったし…」
次第にいつもの調子が戻って来て雨龍や猫柳も参加してくれば、ギスギスしていた空気も和らいできて、表情も明るくなっていく。先ほどの一件はそう簡単に忘れられないだろうが、何時までも自分で勝手に溝を作ってもらっていは困るのだ。
そんな思いが共通したか、ホッと皆安堵の息を吐き出した。が、
「…何だか、嫌な音がするわ」
今まで黙っていた三木谷の声が、緩みかけた空気に再び緊張を落とす。
そうだ。まだこの状態を脱したわけではない。気が緩んだ事を自覚して一度頬を叩き、階段を上りながらも舞鶴が後ろに居る三木谷に顔を向ける。
「音?ミッキー、今度はどんな?」
「鐘が鳴った時と同じ、ザワザワした感じが…近づいてるような気が…」
「鐘が鳴った時…って、床が沈んだ時よね?」
「そうです天笠先輩。それと…風が吹く音と床が軋むような変な音もします。上手く表現できないですけど、風で木がしなってる…ような?」
「音?俺には何も聞こえないぞ?」
「ミッキーはここに来て聴覚が敏感になったみたいなんだ。他にも変な力をゲットした人居るみたいだよ?タクミンだって拳で殴って床ボッコボコにしてたじゃん?」
「…あ。確かにしてたな」
三木谷の言葉に怪訝そうな顔をするが、舞鶴に指摘されてハッとして自分のことを振り返る雨龍。たしかに、と納得した時だった。
「あれ?」
「…?どした?」
「何だか灯りが…」
下をチラリとみた猫柳が思わず足を止めてリング上を指差した。側に居た鷹司も足を止めて、指をさす下を見下ろす。前が止まったために後続の皆も足を止めて、下へ視線を落とした。
薄暗い室内では直ぐに変化を感じる事が出来なかったが、少しずつ灯りが落ちている床面積が狭くなっているような気がして、パッと顔をあげて天井の照明を確認するが、照明の灯り自体に変化は無いように思える。そう思って再び下を見てみれば少しずつ、しかし確かに黒い色が侵蝕してきて、じわじわと目の前で光が落ちていた明るい床が見えなくなってしまった。そしてところどころに広がる緑。何だ?…と思って目を凝らすと、何かの蔦の様なものが急成長しているようで、下からぐんぐん伸びてくる。
「この音!ザワザワっていうのは蔓の成長の音だったのね」
「でも何か…まずくない?」
「とりあえず上に…」
音の発生源を目で見て納得した三木谷の隣で、不安を覚えて獅戸が思わず声を出せば、同意するように舞鶴が先へ進もうと声に出しつつ1歩を踏み出す。そしてその時
-ギョロリ-
「「「目ー!!」」」
いきなり影から眼が開いた。視線があってしまえば思わず叫んでしまう。この感覚に覚えがある人物数名は窓を開けた時を思い出してビシッと表情が固まった。
光は依然として下に落ちていたが、外に居た黒い壁…だと思ったら目が生えたアレ…が室内に入ってきていて、床に広がって居たために明るく感じなくなっていたのだ。動いた物に反応するかのように、無数の目が床一面に広がっていけば、不気味さと言うより、気持ち悪さに鳥肌が立つ。
そして思わず再び硬直してしまった彼らめがけて、床が一瞬波打って『目』の波が追いかけるようにせり上がってきた。螺旋階段にまとわりつけば、既に限界に近かった重量に悲鳴をあげるように“ギシギシ”と金属が軋む。
「やばい!皆走って!!」
慌てて舞鶴が雨龍を引っ張りながら階段を走り出せば、皆も急いでそれに続いた。幸い黒い波はそれほど速度が速い訳では無かったが、浸食が進めば進むほど、階段に負担がかかるようで骨組みが歪んで行く。
なんとか全員が階段を上りきった時“ギギィ”と不快な音を立てながら、螺旋階段が引き剥がされて倒れて行った。まさに危機一髪。
「出口付近で止まっちゃ駄目!もっと先に進んで!サヨもほら、立ち止まらないで!」
「うん!…あ、ホクトちゃん、月が!」
「え?月!?…ってことは外?一番上…に来たのかしら」
上がりきった先は屋上のようだった。初めての屋外だったがそこは気持ち悪い程の無風状態。しかも黒い目の波から逃げている途中だったために周りを見る余裕が無かったため、気付くのがワンテンポ遅れる。月野の声で上を見上げれば、空には大きな月が浮かんでいた。コンクリートの地面、四方は高いフェンスで囲まれているようだ。位置的にフェンスの向こうの景色は見えない。下の階も広かっただけに、壁も何も無いだだっ広いだけの空間では余計に広く感じる。
「…月…丸ぐ見えらばって、こいは満月?」
「どう…なんでしょう?キョウタロウ、ちょっと前に月に関係した何か物語作って無かった?」
「あれは月から来た女の子の話で、満月がどうとかって物じゃなかったからなぁ…」
「あ、見て!あっちには扉が…う、浮かんでる…ような?」
アナウンスされたタイムリミットが今夜なら、あまりゆっくりして居られないのだが、天体に興味を持って観察していた人物がこの中に居ないので、満月なのか満月一歩手前なのか、もう満月は過ぎているのか判断できない。と、そんな時に獅戸が見上げていた空と反対側を指さした。その先には、ガラスのような透明なステップが浮いて階段を作っていて、その先に輝く扉が見える。とりあえず見たままを口にしたのだが、自分の目が信じられないという風に言い淀むのも無理は無い。階段のステップ、そして扉、全てのパーツが浮いているのだ。吊っているワイヤーや、下にあるべき土台が無いか、つい探してしまうのも仕方ないだろう。
「あれがゴールで良いのか?」
「…たぶん?これ以上は上に行けないっぽいし。…それよりタクミン身体平気?リッヒーとネコちゃんも怪我とか辛くない?思いっきり走らせちゃったけど」
「僕は大丈夫だよ。戦闘って言っても正面からぶつかってたわけでも無いし。ただ『疲れた』ってだけだから」
「俺も平気だ。…と言うか今は身体を動かしたい」
「…僕もです。っていうか、竹刀持って来ちゃったんですけど…」
「良んじゃない?1本くらい持ってきちゃっても」
「…うわっ!ヤバイ!葉っぱ来た!!」
「黒いのも染み出してるよ!?」
「くっそ!走れ!」
皆肩で息をして呼吸を整えながらも足は止めずに扉を目指していた。心身ともに疲労は限界値に到達し、もし仲間が居なかったらずっと前に諦めていたかもしれない。そんな彼らに追い討ちをかけるように、足場のコンクリートの隙間から“シュルシュル”と蔦が顔を出し始め、床を歪ませ割りはじめれば、駆け上がってきた階段の出口からは黒い波が溢れてきた。
慌てて再び走り出して、たどり着いた者から浮いてるステップを駆け上がる。
コレで終わるんだと誰もが思った。しかし…
「…あれ…」
草加に肩を貸していた九鬼がステップの手前で足を止めた。困惑の表情を浮かべ、隣にいた草加が彼の顔を覗き込む。
「どうした?…ケイシ?」
「……」
沈黙したままその場で立ち止まり、足元を凝視してから顔を上げて既にステップを上がっている皆の方を見る。既に九鬼が止まった事に気づいていて、皆が階段の途中で立ち止まり視線を向けていた。僅かな時間見つめたその後で肩から草加を離して突き飛ばすように背中を押した。いきなりの事で踏ん張りが利かずに突っ伏した草加は、ステップの上に倒れこんだ。手をとっさに出したおかげで顔面強打は避けるが、驚いてガバッと九鬼を振り返る。
「痛った!ちょ、いきなり何すんだよケイシ!」
「何遊んでるの!早く上がりなさいよ!」
「うわぁ、アンナ落ち着いて!あまり暴れると私も落ちる!」
「行け!上がれリヒト!キョウタロウ、リヒトを手伝って!」
「だからケイシも早く…」
「九鬼!!…まさか…お前…」
立ち止まった九鬼を呼ぶ高2グループ。獅戸の勢いに同じステップに居た三木谷が慌てるが、それでも視線は九鬼から外さない。しかしその言動に鷹司がハッとして九鬼を見つめた。
「通れねぇのか?」
「…」
「階段サ近づけねのか!?」
「……」
「返事をしろ!九鬼!」
「………はい。これ以上…進めません」
「くそっ!!…失念していた…」
「どういうこと?タカやん?」
「…見つけてねんだ」
「…え?」
最初から一緒にいたのに。
今の今まで忘れていた。
…いや、九鬼には必要が無いのではと勝手に思っていた。
この中で唯一、彼だけが体験していない事があったのに。
「九鬼は自分の棺ば…開けてねんだ」
そう言って、鷹司は拳をギュッと強く握った。




