01-17 弓道部部長と剣道部部長と柔道部部長兼家庭科部副部長
雨龍と草加は2人してギリギリの戦闘を続けたために、既に体力の限界は近い。
それでも“敵”より先に膝を着くことは許せない。
勝利しか認めない。
諦めるなんて絶対に出来ない。
-ガラーン…ガラーン…-
突然鳴り響いた鐘の音すら気にならず、視界には“敵”しか写らない。
さすがに足場沈んで崩れた時には身を守るために動いたが、“敵”が前に立ちはだかるなら自分も立つ。
既に時間の感覚は無く、手足の動きもぎこちなくなってきていた。
恐らくもう次をかわせない。膝を着いたら立ち上がれない。ならば倒れる前に全力で当たるしかない。
「あぁ、もう!矢は残ってるのに弓が壊れた…コレじゃあ何も…出来ないのか?…いや、待て。諦めるな。考えるんだ、頭を使え!…もういっその事飛び込むか?…」
「くそっ…、手こずらせやがって。だが…お前ももう限界だろ?…よし、来いよ。…全力で、全力をぶち込んでやる」
「はぁ…はぁ…リーチは僕のほうがあるはずなのに、当たらないね。…その巨体でたいしたものだよ。だけど…次で決める」
お互いに相打ち覚悟で全力の一撃を叩き込もうと床を蹴った時だった。
『全員動くなー!!』
初めて聞こえた自分以外の声に驚いて立ち止まり、雨龍、草加、猫柳の3人ともいっせいにその声のした方へ顔を向けた。
「…舞鶴?…」
視線の先には焦ったような顔の舞鶴が確認できた。雨龍は声の主の名を呟いて視線を動かす。その後ろにはいつものメンバーも確認できる。
「チアキ先輩…ケイシにキョウタロウも?…」
草加は皆の無事な姿に安堵するが、何故此処に?という疑問も生じる。自分同様つれてこられたのか?
「…皆…は普通…だな?」
猫柳は、草加と雨龍は「たぶんあいつ等」と想像はしていたが、変な格好に見えていた。しかし舞鶴たちはいつもどおり、普通だ。何故だ?と思うが、知人の登場に緊張の糸が切れてしまい、フラッとバランスを崩してその場に膝を着いた。
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「ちょっ!何で戦ってんの!?」
九鬼は激しい戦闘を目の前にして疑問を口にする事しか出来なかった。
階段を上がってきた彼らは、プールの階を通り過ぎた後の部屋で、リング上で戦う草加と雨龍を見つけた。ゴールが近いのか、中央で真っ直ぐ上に伸びる螺旋階段は、先ほどの揺れで僅かに歪んでいるような気がする。そしてその側に棺が3つ。窓は全て開けられている事から、中身を確認はしたのだろう。
雨龍と草加、お互いがお互いを罵るような言葉を言い合っているが、傍から見ている限りでは話が全然かみ合っていない。止めようとしている猫柳の声にも反応をしていないのだ。
「気づいてない。…ちゃんと見えていないのかもしれないわ」
「…俺たち、音楽室ではお互いが見えなかったんだ。同じような状況…なのかも」
三木谷の言葉に舞鶴が頷く。経験しているからこそ、認識できていないという可能性に気づいた。しかし止めようとしたところで凄い威力で破壊行動を繰り返す2人を止める事が出来るのだろうか?…ヘタに飛び込んだら巻き込まれて終わる。自分達も正しく見てもらえるか分からないのだ。
「ど、どないしよ?」
「見たところ致命傷…は無いみたいだけど、このままだと…」
不安げに声を上げる月野。天笠もどうにかしなくてはと思うが、激しい戦闘に足がすくむ。しかし素人目でみても、これ以上戦わせてはいけないのだと思うには十分なほど、2人はボロボロに見えた。
「リヒト!雨龍さん!戦いをやめて!」
「あ!そうだキョウタロウ、あんたの嫁使って割り込んでみなさいよ!」
「無理だよ!遠すぎる。廊下で確認した時は俺から3mくらいしか離せなかったんだ!」
声を出した守屋に獅戸が「名案!」とばかりに提案するが、能力を正しく把握していた守屋は首を横に振った。3mも映像を飛ばせれば活用できる場面はあるだろうが、この戦闘を止めようと思えばそれだけ近づかなければいけない。危険の方が大きいだろう。
「もうやめて!敵じゃないんだ!戦いをやめてよ!!猫柳先輩!雨龍さん!リヒト!!…だめだ、声聞こえてないみたい」
「眼の前の敵サ集中してんだ。体力が限界値なんも原因で…周りば見てる余裕がねんだど思う」
戦っている2人と、止めようとしている猫柳のかみ合わない台詞を拾い集めて、お互いがお互いを「棺に仲間を入れた犯人」だと思っているようだと判断した鷹司。声を張り上げるが無駄に終わった九鬼に声を掛けながら視線を巡らせて室内を見る。攻撃のせいでボコボコな部屋、どれほどガタが来てるか分からないが、鐘の音の後で沈んだ衝撃で壁にも亀裂が入っているかもしれない。そうすれば下から潰れるのではなく、今すぐにこの部屋が潰れる可能性もある。早くどうにかしてやらなければ…と考えるが、良い案は直ぐに浮かばない。既に体力の限界を感じている2人は相打ちする覚悟をもって戦いを続けているようで、このままでは本当にまずい。
何かしなくてはと思いながらも何も出来無い現状に皆が沈黙する中、舞鶴が数歩進み出て皆の前に出た。いつもは飄々としている舞鶴も、この時ばかりは焦りを隠すことが出来ずにギュッと拳を握って息を吸い込んだ。そして全力で声を張り上げる。
「全員動くなー!!」
「…っ!?」
声量は確かに大きかったが、拡声器具を使っているわけではないので耳に痛いものではない。それでも近くに居た全員が驚いた。上手く表現できないが、緩やかながらも空気に鋭い振動を広げ、ダイレクトに耳を突きぬけ胸に刺さる一声だったのだ。ハッとしてリングを見れば、今まで無反応だった3人の顔が此方に向いている。
「俺たちに気づいた?」
「ね、猫先輩!」
守屋がポツリ呟くが、それとほぼ同時に膝をついた猫柳に向かって天笠が駆け出す。それを追いかけるように全員が移動を始めてリングへと上がった。
「天笠…君も来てたんだ。怪我は…無い?」
「何言ってるんですか!ボロボロなのは、猫先輩の方でしょ!?」
額を切っている猫柳を見て、持っていたハンカチをあてがう天笠。その後ろで追いついた月野も胸の位置で手をギュッと握って見守っている。草加との側には九鬼、守屋、三木谷、獅戸の同学年が、雨龍のもとへは舞鶴と鷹司が近づいて傷の具合を確かめた。肩で息をして立っているのも辛そうで、皆しゃがみ込んでしまうがとりあえず元気そうではある。
「…出血はあるけど、傷は深くないわ。押さえてれば直ぐに血も止まるはず」
「ありがとう天笠。それより離れないと危険だ。あの変な格好してる2人…どうも声が聞こえないみたいで…」
「服もボロボロだけど…掠り傷程度…だね。良かった。リヒト、骨は逝ってないみたいだよ」
「ケイシ…これは…いったいどういう事だ?アイツは敵で…」
「止まってくれてよかったよタクミン。うわっ!手真っ赤通り越して紫じゃん!もう、無茶しすぎ!」
「何してるんだ舞鶴。早く離れろ、危ないだろ!今戦ってる最中で…」
依然として雨龍、草加、猫柳はお互いを認識できていない様子。しかし今まで聞こえていなかった様子だったその他の人間の声に反応をしている。合流組みの皆の事は正確に認識できているのだろう。それを見てから鷹司が立ち上がった。
「まずは落ち着け。この場の誰も死んだばいねぇ。棺の中身も無事だ」
「え…生きてるって事ですか?ナガレ先輩。雨龍さんも、猫柳先輩も?」
「何!?無事…そうか。それは良かった…。じゃあこいつは?犯人じゃないのか?あの猫は?」
「生きてる?何が?…え?棺って…何?その木箱?」
自分の棺が今までと同じく自分には見えていなかったのだとしたら、この勘違いも納得できる。だが猫柳はリング上の木箱が棺だと気づいてなかったようだ。棺の中を見ていたのではなかったのか!?何をしていたんだ!と心の中で突っ込むが、彼は彼で大変だったのだろうと思い直して声には出さずに飲み込み、さらに口を開く。
「説明も後でしてやら。したばって、今はこの場ば離れるため棺ば開ける。それに…んだすれば戦っていた相手が誰か、分かるべ」
「戦ってた相手?…鷹司、こいつは知人なのか?」
「それも直ぐ分かるよ、タクミン。…まずは鍵だ。どんな形の物でも良いから、鍵を見つけてたら見せてくれない?」
「分かりました舞鶴先輩。鍵なら…」
「どんなんでも良いのか?だったら…」
「あぁ、鍵なら拾ったよ。コレ…で良いの?」
此方の言葉にそれぞれ違う反応をする3人。同じ質問も別々に聞いてくるので、いちいち説明するのは時間が掛かるし、ぶっちゃけ面倒。鷹司の言葉の後に舞鶴が続ければ、3人とも鍵に心当たりがあるようだった。猫柳は持っていた鍵を手のひらに乗せるが、雨龍と草加は揃って猫柳のほうを指差した。
「「あの猫が持ってるのを見た」」
声も姿も認識していないハズなのにタイミングバッチリ!拍手をしそうになって思いとどまる。そう言われて舞鶴も猫柳を見るが、猫柳が手に乗せている鍵しか見えない。いったいどういう風に見えていたのだろうか?
「…え?ネコちゃんが持ってたの?」
「はい。首にかけてますよ。しかも2つ」
「持ってるって言うか…首輪?ネックレスかな?…に掛かってるんだが」
「首輪!?…うーん、俺にはアクセサリー見えないなぁ。コレが認識のズレってやつ?とりあえず手にしてもらった方が良いかも。おーい、ネコちゃん!動ける?」
「え、う、うん!今行く」
あだ名呼びがデフォの舞鶴は猫柳をネコちゃんと呼ぶために会話に入っても違和感が無いようだ。戦闘を続けていた2人より猫柳のほうがダメージ少ないだろうと判断して呼べば、天笠と月野に付き添われながらも立ち上がって自分で歩いてきた。そして草加と雨龍に「鍵を握れ」と指示すれば、間に鷹司を挟んで立ち、敵と思っていたお互いをかなり激しく警戒しながらも、猫柳の首もとに手を伸ばして何かを掴んだ。その瞬間…
-ピカッ!-
一瞬の発光。そして草加の手には「竹刀のキーホルダーがついた鍵」雨龍の手には「拳の形のキーホルダーがついた鍵」が現れた。
「な…何なの!?何で光った!?」
「これが…棺の鍵ですか?ナガレ先輩」
「こいつは…確かに材質は似ている気がするが…」
「貸せ。俺等が鍵穴に挿してやっから、自分の棺の鍵ば開けろな?」
「自分の…棺?ナガレ、また光るの?」
首もとでいきなり光った事に驚いた猫柳を天笠と月野が宥める。しかしこれで3本の鍵が現れた。次々と起こる不可思議な出来事に質問したくなる気持ちは分かるが、時間が無い…のかどうかも分からないけど…事実も忘れてもらっては困る。雨龍の鍵を鷹司が、草加の鍵を九鬼が、猫柳の鍵を天笠が鍵穴に指せば、2つだと思っていた棺が1つ増えたのに気づいたようだ。そしてその瞬間にお互いの姿も、声の確認も確認が出来るようになった。3人とも顔を見合わせて驚きに眼を丸くする。
「まさか…草加だったのか!?」
「雨龍さん!?…嘘、本気で殺すつもり…だったですよ…僕…」
「雨龍さんにリヒト!!!やっぱり合ってた。…でもなんで声、聞こえなかったの?…ってかあれ!?服装変えた?早着替え?」
「お前も猫…猫は猫柳だったか…2人ともすまない…」
「ぼ、僕のほうこそ…猫でピンとくれば…ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「大丈夫だよ2人共。僕は戦いを妨害してただけだし。それよりも、大怪我しないで本当に良かった」
「「…」」
「…話は後だ。早ぐ鍵ば開けろ」
戦っていた相手が、棺の中の人物だったとは想像もしなかったのだろう。止めようとしていた猫柳は自分の想像が正しかったと胸をなでおろして促されるまま鍵を開けた。しかし実際戦っていた雨龍と草加は驚愕でお互いを見つめたまま固まる。とりあえず謝罪の言葉を口にはするが「どうして正体を確認することもせず、何故戦いを選んだのだ?」と後悔がわいて、身体を支配していった。今になって冷静さが戻ってくれば自分がとった行動も過激すぎたと言わざるを得ず、さまざまな感情が胸のうちにあふれて言葉を無くす。謝るだけでは足りない。それほど大きな過ちを犯しそうになった。しかし、どうすれば良いのか分からない。そんな困惑を察した鷹司が行動を促しながら軽く背中を押してやれば、雨龍は苦虫を噛み潰したような顔のまま、草加は泣きそうな表情で、自分の棺の鍵に手を掛けて解放を終えた。