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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
01 廃校舎・覚醒の章
23/146

01-16 死闘+α

「あの猫…援護してるんだか妨害してんだか分からないけど、とりあえず邪魔だな!」


竹刀を持って目の前の“敵”の拳を掻い潜りながら、草加クサカリヒトは視界の端に映る“猫”に悪態をつく。

目の前の“敵”、草加には2mを越す大きい背丈の人物に見えていた。黒い服に身を包み、フルフェイスのヘルメットを被っている。草加が思う典型的な“犯罪者”の格好だ。

そして“猫”はそのまんま黒猫だ。ピンチには逃げ道を作ってくれるが、此方が追い込むと妨害する。手にしているのは長い弓、そしてふてぶてしくも余裕ありげに笑う姿はまさに野良猫様。長靴を履いていても驚かないだろう。


-----


この場所で目が覚めた時、草加は隣接する剣道場に居た。ごく一般の施設だったが、自分の知っている場所では無い。その場でグルリと室内を一瞥した後、すぐにその部屋を出た。ちなみに服装は剣道着ではなく、普通に学校の制服である。

そしてやって来た隣接する部屋のリングの上。スポットライトの光が落ちているのか薄暗い部屋の中でも螺旋階段とその傍の木箱にはすぐ気付く事が出来た。特に何も考えずにスタスタと近づく。


「無駄に広いな。…この広さでプロレスやったらどうなるだろ…っ!?うっわ、ただの木箱じゃないじゃん!え?何でこんな所に?ってか此処何処だよ!?」


一緒に居たはずの友達が居ない。外に居るかと思ったけど居ない。不安を紛らわせるようにブツブツ独りごとを口にしていたが、見えていた木箱の全容がはっきり見える位置に来れば、思わず驚きの声が漏れ、足も止まってしまった。

頻繁に見る物ではないけれど、そのデザインは1度でも見た事があればそう簡単に忘れられるものではない。生きている自分たちにとって、死者の為に作られた物はそれだけで特別な意味を持つからだ。しかも鎖が巻かれてるとか冗談だろ?と言いたくなる。世界の理として「死者=もう動かない」という方程式が成り立つが、鎖が巻かれてると「動き出すかもしれない」という可能性が心に生える。


「…体験型アトラクション…とか?…この中は…ゾンビ…とか?…あ、でも和風の敵って言うと…何だ?」


ホラーシューティングゲームで良くお世話になる敵キャラクターを想像しつつ、止まっていた足をソロソロと動かして近づいた。いきなり動いても対応できるようにやや逃げ腰気味だが、素通りして階段を目指すのも少し怖い。通り過ぎた後の背後が恐い。振りかえれない。


「お、襲われる前に、敵を確認しておこう。見た目で行動パターンが分かるかもしれないしな!」


無理やりのカラ元気でアトラクションだと勝手に決定。同じ敵ゾンビでも、牙があったら攻撃特化とか、ヒョロヒョロしてたらスピード特化とか、デブだったら特殊攻撃注意とか、色々特性があるではないか。…って、マジでゾンビだったらどうしよう。

暫く自分の勇気と格闘していたが、行動を決定すれば実行するのは早かった。恐る恐る手を伸ばし、棺の窓に手をかけて、そっと開く。何か出てきたら困ると思って、一度バッと飛びのいて様子を見るが、特に動いたり音がしたりしない事を確認してからそっと覗きこんだ。


「…う…えぇ?そんな、嘘だろ!?まさか、猫柳先輩!?…じゃぁこっちは…雨龍さん…だと…!?」


1つ目の棺が知り合いだった。急いで2つ目を開けたら、こちらも知っている人物だった。ふざけてバカな事をしても、兄のように、父のように、側で笑って時に怒ってくれた瞬間が思い出される。慌てて鎖を何とかしようとガシッと掴んで引っ張ったり、棺を叩いたりしてみるが何の反応も示さない。


「人形?…いや、分からない!猫柳先輩!雨龍さん!…くそっ、いったい誰が…痛っ!」


南京錠を引っ張っていたときに手が滑り、金属のパーツが肌を裂いて人差し指に血が滲む。深い傷ではなかったが猫柳の棺の上に数滴の血が垂れてしまい、慌てて手を引いてとっさの反射で思わず怪我した指を口にくわえた。そのままの格好で考える。いったい誰が彼らを棺に入れたのか…何がどうしてこうなったのか、当然分かるはずもなく茫然と立ち尽くしていた、そんな時だった。



“サア ゲームノ

ハジマリダ


オノレヲ マモリ

ナカマヲ マモリ

コノバヲ マモリ

タタカイナガラ


ウエヲ メザセ


タイムリミットハ

マンゲツ ノ ヨル”



突然アナウンスが広い室内に響き渡る。ノイズのおかげで聞き取りづらかったが、なんとか聞き漏らす事無く聞き取れた…はずだ。


「ゲームだと?…これがゲーム?…目的は何だ!?こんな所に人を閉じ込めて、お前は一体何がしたいんだよ!?」


放送だと分かっていても憤りを抑えておく事が難しい。仲間をこんな目にあわされて冷静に対応なんて言ってられない。怒りのこもった顔のまま、棺を見て中の2人を再確認。見た目穏やかな表情だが、触れてみない事には生きているのか死んでいるのかの確認もできないため安心してはいられない。

実は「人形です」とかぶっちゃけてくれた方が精神的に助かる気がするのが、棺の中で眠る2人は作り物には見えない。それに専門知識の無い草加では当然見ただけで本物なのか偽物なのかの区別もつかない。


「…戦えと言ったな。戦って勝てば先輩達を解放してくれるのか?…。返事は無いか。…確証も無い…が、試してみる価値はある。…良いだろう、やってやろうじゃないか」


静かな闘志を燃え上がらせた草加。戦う必要があるのなら、自分の得意な分野の武器を得る必要がある。最初に特に調べる事無く出てきた部屋には剣道の道具がそろっていたはず、ならば…と考えるよりも先に身を翻した。



**********



「あの猫!…何度も良い所で邪魔しやがって。さっき意識を落とせなかったのが地味に響いてきたな…」


目の前の“敵”の剣術を軽やかに避けながら、雨龍ウリュウタクミは視界の隅にチラチラ映る“猫”の姿にイラついた声を出す。

目の前の“敵”、雨龍には黒いロングコートにフードを被った小柄な人物に見えていた。フードの下の顔にはシンプルな仮面、そして眼の部分が赤く不気味に輝く。竹刀を持って襲い来るその姿は、雨龍が思う代表的な“殺人者”の格好だ。

そして“猫”はそのまんま黒猫。此方の油断に相手を牽制してくれるが、その逆もして邪魔をする。自分の味方ではないのかもしれない。こいつに関しては草加と同じ見え方をしているのだが、現在の認識の相違に気づけるはずもない。


-----


この場所で目が覚めた時、雨龍は隣接する柔道場に居た。ごく一般の施設だったが、自分の知っている場所では無い。暫くその場で腕を組んで、直前の記憶を呼び起こした。


「確か…園芸部の菜園で鷹司と野菜を…」


兼任で家庭科部にも席を置く雨龍は、この菜園の野菜を良く利用させてもらっていた。作ってる人の顔が見えるのは安心するし、何より旬の野菜を簡単に手に入れられて、しかも美味しい。良い事尽くめなのだ。その水遣りを手伝っていた…はずだったと思ったが。ちなみに服装はスーツ姿。大学部にも制服はあるが、年齢を考えて着用はやめた。仕事をしていた経験もあり、シャツに背広がほぼ普段着だ。おもむろにネクタイを外して胸ポケットに入れる。


「いつの間にか眠ったか?…だとしたら、どっちが夢だ?」


畑にいた記憶も、今現在の状況も、リアルすぎて夢とは思えない。確認するように室内を捜索し始めれば色んな備品がそろっている事に気づくが、ほぼ全てが新しい事にも気づいた。まるでこの部屋を急ごしらえしたようで、使い込まれた形跡が無いのだ。しかもこれは板割り用の板?と思ったら取っ手が着いてるまな板だったり、タイマーはタイマーでも卵型のキッチンタイマーが置いてあったり、体重計に混ざって卓上測りがあったりと品揃えがおかしい。何だかとても怪しい。

暫く室内を調べていたところに、変なノイズの入ったアナウンスが聞こえてきた。


「ゲームだと?何のことだ?…とりあえず上を目指せば誰か居るのだろうか?」


とりあえずおとなしく放送終了まで聞いてみたが、このアナウンスだけでは分からない事の方が多い。何でこんな事になったのか情報がほしい。そう思えばこの部屋には用は無いと、唯一の扉を開いて隣の部屋に移った。


薄暗い隣室には闘技場のようなリング、その中央部に螺旋階段と木箱が2つ。確か上を目指せと言っていた。あの階段を上れば良いのか。そんなことを思いながら真っ直ぐ階段を目指す。

近づいてから木箱は棺に似てると思た。しかしまずは情報を得る事が先だろうと、上に行く事を優先させようと思っていた。しかし、通り過ぎざまに箱を一瞥してしまえば、足はその場で止まってしまう。


「…猫…柳?」


1つの棺の窓が開いていた。チラリと向けただけだった視線は一度前に戻されるが、慌てて顔ごと棺に向ける。しっかり確認して再度思う。知り合いだと。


「なん…で…」


慌てて近づいてハッとする。棺に血がついている。しかもまだ乾いていないという事は、新しい物。

攫われた?殺された?何時?今?何で?凶器は刃物?鈍器だろうか?しかし殴られたにしては顔が綺麗だ。小さい窓からでは見える範囲も少ないが、傷跡などは見つけられない。自分自身に言うように「落ち着け」と心の中で繰り返しながら、隣の棺の閉まっていた窓を開けた。


「草加まで!?…いったい誰がこんな事を…。…おい、猫柳!草加!聞こえてるなら返事をしろ!」


隣の棺には草加の姿が。園芸部の部室で自分の子供のように世話をやいてあげたことが鮮明に思い出される。穏やかな寝顔に見える2人、声を掛ければ眼を開けるかもしれない。そんな思いで大声を出しながら箱をこじ開けようとするが、僅かな隙間すら作れない棺とピクリとも動かない2人の様子に絶望感さえ感じはじめた。


「どうして…何で…誰が…」


絶望、悲しみ、そして怒り。特別親しくしていた人物を殺されたと思った雨龍は、沸々と湧き上がる悲しみと怒りに拳をきつく握る。その時だった。


-パシッ!-


背後で堅いもので何かを叩いたような音が響き、雨龍はその音源を確認するために勢い良く振り向いた。



**********



雨龍が見た先、そこにいたのは“殺人者”

獲物を見つけた肉食獣のような殺気を放って、竹刀で床を叩いたのだ。刃物は持っていないようだが、意識を奪ってから切り裂くのかもしれない。殺害方法なんて知りたくも無いし、知る必要も無い。


「お前は俺が倒してやる。悪いが怒りが収まらないんだ…殺してしまっても悪く思うな」



武器を選んで戻ってきた草加。

先ほどまで無人だったその場所に居たのは“犯罪者”

こいつが先輩達を閉じ込めた犯人なんだろう。自分もコレクションに入れるつもりか?だがそう簡単に捕まってなるものか。


「犯行現場に戻ってきたな?お前は僕が捕まえる。勝利条件がどちらかの死なら…悪いけど躊躇ったりしないからね」



平和な時代に生きていたはずなのに、平然と物騒な事を口走る

死ぬかもしれない場面に置いて、恐怖を感じてすらいない。

他者を殺してしまうかもしれない事にも躊躇いを感じない。


ほぼ同じタイミングで攻撃に移るために身構える。戦いを選んだ理由は2人とも同じ。

『大切な仲間を奪われた』

そして目の前に犯人と思われる人物が居る。


お互いの声が聞こえないまま。

お互いの姿が認識できないまま。

感じる怒りに身を任せ、溢れる絶望を忘れたいが為に力を振るう。


その思いに応えるように、全力の一撃は床を砕き、会心の一撃は石の足場を切り裂いた。

本来ならありえない破壊力。だが「好都合だ」と思うのみで、このことに疑問を感じることが出来るほど冷静ではいられなかった。


そこに突然邪魔が入る。


「何だ!?」

「二足歩行の猫?」


ヒラッと軽やかに2人の間にはいったのは猫柳。しかし見える姿は黒猫のもの。長い弓を持っていて、猫…と言うよりはヒョウほどの大きさがあるが、長毛種の猫っぽい姿にヒョウとは呼べない。

間に立って2人を交互に見ている。その間の彼の声は当然聞こえてはいない。が、2人は猫の乱入よりもその首に掛かっているものに眼が行った。


「「鍵だ!」」


猫の首からは2つの鍵がぶら下がっていた。2つの鍵が見えていた。

草加と雨龍は同時に思った。猫の鍵を手に入れれば、棺を開ける事が出来るかも知れない。そうすれば2人を救う事も叶うはず。怪我をしてるなら早く手当てしなくては、危険な状態なら一刻も早く介抱しなくては。と、とっさに自分が先に鍵を手に入れようと動いたが、猫も俊敏な動きで攻撃を交わし、持ていた弓で反撃までしてきた。しかし逃げ出すそぶりは見せない。このまま“敵”を牽制しつつ猫を捕まえるのは難しい。ならば今相手をするのではなく、完全なる“敵”を倒したあとで捕獲しよう。



「これは…負けられないな。早く沈め。殺人者が!」

「鍵は僕が手に入れる。その首、取らせてもらうよ?犯罪者め」



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