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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
01 廃校舎・覚醒の章
22/146

01-15 2VS1

「僕は…何か…間違えた?…」


鐘の音の後揺れて沈んだ床。運悪く投げ出されて頭でも打ったのか一瞬意識が飛んでいた猫柳ネコヤナギテトラは頭痛を堪えなんとか身体を起こして、場外から目の前の闘技場のリングを見上げる。ボクシングで使うようなロープ(かと思ったら太いワイヤーだったけど)が張られたリングは、石で作られていたようで冷たく硬い。普通の広さの倍以上の大きさがあり全容は薄暗いせいもあって把握出来ない。中央部に簡単に折れそうな細い螺旋階段が1つ上に真っ直ぐ伸びて、天井を突き抜けてさらに上に続いているようだ。その中央部の階段の近くに鎖が巻かれた長い木箱が2つ、そしてそれを守るかのように男が一人立っていた。そいつのせいで近づく事が出来ないのでそれ以上の詳細の確認は出来ない。そしてその男と対峙するかのように小柄な影がもう1つ。今までも死闘を繰り広げていた2人のせいで足場が削れたり亀裂が入ったりしていて、2人も既にボロボロ。しかしさらに足場が揺れ、ガタガタに崩れてもなお、戦う姿勢を崩しはしない。


「もうやめろよ!どうして届かないんだ。なんで…なんで聞こえないんだよ…」


もう何度声をかけたことか。しかし此方の声が届かないのか、一度も返答は帰ってこない。額を切ったのか気がつけば視界に朱色が混じるが拭う事をせず、猫柳は手の中にある折れた弓をギュッときつく握ってヨロヨロと立ち上がった。



**********



アナウンスの声で意識が完全覚醒した時、そこは園芸部の菜園では無かった。


「あれ?…え、あれ??ナガレ?雨龍さん?…どこ行ったんだろ…ってかいつの間にこんな物…」


一緒に居たはずの人物の名を呼んで辺りを見渡すが、知っている場所ではない。いつの間にか握っていた立派な和弓をまじまじと見てから辺りを見渡す。揃えられている装備品を見る限り、どこかの弓道場のようだ。完全室内で窓は無く、適度に盛られた安土に的が掛かっている。が…距離がメッチャ短い。弓を使わず手で投げても届きそうな距離と部屋の狭さに首をかしげる。


「何?此処。お遊びで作ったとしても、弓道場って…弓道する以外に活用する場面無くない?」


下に土が敷いてあるので、普通の部屋としては使えない。トレーニング用?まさか金持ちが子供向けに専用の部屋作ったとか?等と考えながらも暫くボーっと突っ立っていたがようやくノロノロと室内を調べ始めた。

ロッカールーム兼用なのか、弓道着や胸あてなんかも置いてある。部屋は変だが、置いてある弓や、矢、備品等はそれなりに良いものがそろっているようだ。松脂なんかも種類が豊富で、見ていて楽しい。ついつい無駄に時間を使ってしまう。


「おぉ…何だかショップに来たみたいだ。勝手に試したら怒られるかな?」


良いものがあれば試してみたい。アナウンスで目を覚ました猫柳はイマイチ内容が頭に入っていない様子で、暢気な事に目の前の物を試してみる事に決めたらしい。誰が何の目的で握らせたのか分からないが、手には立派な和弓があるのだ。“ピンッ”と弦を弾いて張り具合を確かめてから、矢を1本番える。そして目の前の的に狙いを定め、射た。


-ビシッ!-


良い音。そして確かな手ごたえ。矢は赤丸の中心、見事ど真ん中を射抜いた。というか、この距離で的に掠りもせずに外したら天才的な不器用さんだろう。そんなんだったら部長の座にはつけない。フフッと笑って気を良くすれば、もう一度…と矢をとるために的に背を向ける。と…


“カシャッ”


土の上に何かが落ちる音がした。慌てて振り返ってみれば、そこにあったはずの的は消え、下に「矢に射抜かれた的のキーホルダーがついた鍵」が落ちている。


「…え?あれ?的…が消えた?」


思わず近づいて見間違いではない事を確認し、落ちていた鍵を拾い上げる。軽く土を払ってから鍵と的が掛かっていた場所を見比べて、どういうことだ?と不思議に思った時だった。


-ガシャーン!-


外から大きな破壊音が聞こえ、振動で床が揺れた。驚きで思わず肩を竦め、首をまわして出入り口を見つめる。


「何?何の音だよ…。何かが襲ってくるの?…あ、そういえば上に行けとか言ってたっけ?」


今になってアナウンスの内容を思い出してゴクリと唾を飲み込む。とりあえず何か敵が出てくるなら丸腰だと心もとない。持っていた弓と、適当に矢筒を拝借してソッとドアを開けた。

断続的に続く騒音と振動、恐る恐る隣の部屋を覗きこめば、そこは大きなリングが設置された闘技場のようだった。照明は少なくて薄暗い。正確な広さも把握できない灯りに眉を寄せるが、いったい何が起きてるのかと、遠くから良く眼を凝らす。するとステージの上で2つの人影が争っているのが分かった。


片方は格闘家なのか、手を振りまわしてパンチやキックを繰り出している。

驚くべきはその威力。攻撃が当たった箇所がベッコリと凹み、リングにクレーターを量産している。

もう一人は剣士のようで、竹刀を時に片手で握って巧みに操っている。

注目すべきはその切れ味。真剣ではないのに、剣技の軌道上がパックリと割けて、リングに数多の傷を掘り込んでいた。

もしかしてこのリングは発泡スチロールで出来てるのかと勘違いしそうなほど、簡単に足場を破壊していく。身を隠しながらも一体何…いや、誰だ?と、安全マージンをとりながら観察しつつ近づいていくが、距離を縮めた事で確認できた2人の姿に不覚にも思わず笑いが吹き出しそうになった。


格闘家の男は黒地の柔道着を着ていた。帯は赤、それだけでちょっと強そう。しかし何故か顔ははっきり認識できず、もやっとしている。よくよく眼を細めてみても、眼や鼻といったパーツすら見つけられない。首から上が煙のようになっているのだ。それだけなら恐怖を覚えるところなのだが、その人物が手にはめていたもの…真っ赤なグローブ…ではなく、花柄のミトンだ。


「まさかオーブン・ミトン?…あの組み合わせって…雨龍さんじゃね?」


剣士の男は普通に剣道着を身に着けていた。当然ながら名前はついておらず普通に面によって顔が隠れているが、眼鏡がその存在を主張している。なんと面の外側にデカデカと2つもついているのだ。此処まで眼鏡にこだわりを持っていて、尚且つ剣道を嗜む人間は自分の知り合いに一人しかいない。


「あっちはリヒトか?…ってか、何かの遊び?」


顔を確認できないため確証は持てないが、サイズ的に見ても柔道部の雨龍ウリュウタクミと剣道部の草加クサカリヒトだろうと予想をつける。そう思えばステップの踏み方や、行動前の腕の振り等見覚えがある気がしないでもない。だが知り合いだったならそれはそれで構わないのだが、知ってる2人が本気で殺しあっているように見える現状に理解が出来ない。どうしたものかと見ている前で、竹刀が雨龍(仮)の肩口を掠め服を裂き、拳が草加(仮)の小手に接触して粉々に砕いた。


「ちょっと2人とも、何やってんの!?いい加減にやめないと怪我どころじゃなくなるよ!?」


慌ててリングに駆け上がり、間合いを取った2人の間に割り込んで攻撃を止めようとしたが、声を掛けたはずなのにどちらも何も言わず、反応を返さない。


「ちょっと…雨龍さんとリヒト…じゃないの?」


不安になりながらも再び声をかけるが、2人はお互いのターゲットを猫柳に変えたようだ。雨龍(仮)が拳を構え、草加(仮)が竹刀の先を猫柳に向ける。


「…う、嘘だろ…」


その後慌てて逃げ出す間もなく、攻撃ラッシュが始まった。少し観察していた事が幸いし、繰り出される2人の攻撃を何とか避けていく事が出来る。遠距離専門の猫柳では接近戦で2人の相手をする事は出来ないが、緊急事態に神経が尖っているのか、視界が広がり2人の行動が何とか把握できている。右に、左によけながら10分、15分、20分とただ時間だけが過ぎていく。しかし、体力は無限ではない。このままではまずい。そう考えた猫柳は防戦一方のこの流れを変えようと、しなやかな動作で弓に矢を番えて弦を引き絞り、間髪いれずに放った。


-ビシッィ!-


放たれた矢は勢い良く飛んで行き、草加(仮)の服の裾を貫通して縫い止めるように床に刺さる。僅かでも動きを止められれば…と思って放ったが、寸分たがわず狙いを射抜き、その上まさか石の床に突き刺さるとは思ってなかった。僅かな驚きが隙を生じさせてしまい、そのタイミングを雨龍(仮)は見逃さない。


「しまっ…」


最後まで言葉を発する事が出来なかった。バックステップを踏みながら、身体を捻って直撃を避け、威力を最大限に削ったはず。それなのに掠るように拳が接触した右肩に痛みが走り、数メートルも吹っ飛ばされた。


何とかロープに手を掛けてリングから落ちる事は避けられたが、衝撃で直ぐ起き上がることが出来ない。追い討ちをかけられたらまずいと思って顔を上げるが、動けない猫柳に興味は無くなったのか、雨龍(仮)は猫柳に背を向けて、矢を抜く事を諦めて服を破って自由になった草加(仮)と再び対峙した。


そうして繰り返される攻防を倒れたまま見つめる猫柳。もしかしてまったく知らない人だったのだろうか?…と思うが、やはり動きの癖や、細々とした動作を確認するごとに雨龍と草加だと確信していってしまう。


「どうして?…なんで…何があったんだよ、いったい…何が…」


声を掛けても届かない。反応が無いから何を思っているのか分からない。弓矢では接近戦では使えない。ならいったい何が出来る?…分からない。しかし何もしなければ、恐らく近いうちに2人して相打ち、共倒れになるだろうと簡単に想像できるほど、力のバランスは拮抗していた。

痛みに耐えながら立ち上がろうとしつつも視線で追って観察していれば、動きにキレが無くなってきたのが分かる。バケモノじみていてもやっぱり人間なのだろう。2人のその破壊力にこちらから近づく事は出来ないが、向こうがこっちに来た時のために弓に矢を番えて、威嚇と牽制の為に速射出来るようスタンバイ。

その状態でどうすればいいのかと悩んでいれば、疲れが溜まってきたのか一瞬足を縺れさせてバランスを崩した草加(仮)の隙を狙って、雨龍(仮)が拳を叩きこもうと腕を振るった。


「危ない!」


思わずスタンバイしていた矢を放つ。矢はどちらにも当たる事も無く、2人の間を凄い勢いで通過して行った。しかしそれだけでも2人の動きを一瞬止める事が出来て、雨龍(仮)の一撃から草加(仮)を逃がす事に成功する。

それを見て覚悟を決めた猫柳はふらつく身体を安定させるためにその場に片膝を着いて弓を構えた。


「くそっ…仕方ない。2人の体力が切れるまで付き合うしかない。…せいぜい盛大に暴れるがいいさ!止めの一撃は、僕が必ず阻止してみせる」


2人の力が尽きるのが先か、拝借した矢が切れるのが先か。限界が見えない2人の体力を予想して限りがある矢の使いどころを判断しないといけない。無駄には出来ないが、出し惜しみも出来ない。

終りの見えない戦いになりそうな予感に、猫柳はゴクリとつばを飲み込んだ。

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