01-13 死人花
月野と守屋を見つけた天笠と獅戸は、浮島の上からプールサイドに戻ってきた。
「月野先輩とキョウタロウ…何で居るの!?」
「俺と月野先輩で外の廊下歩いてたら盛大な水音がしたから、何かあるのかと思って覗いたんだよ」
「サヨ…だよね?本物よね!?何で此処に?って言うか、見えない壁が…」
「ホクトちゃん、説明は…ちょっと難しいんやけど棺の鍵を開ければ分かるわ。あ、あの、それよりもな…」
「ちょっとキョウタロウ、ミッキー見なかった?私と一緒に居たはずなのよ」
「見てないよ。何も見てない!」
「ねぇちょっと!キョウタロウどうしたのよ?」
「守屋君、何やってるの?向こうの壁に何かある?」
パーカーのフードを目深に被って天笠と獅戸から身体ごと視線を外して壁際を向いてる守屋を不審に思って声をかけたが、慌てて月野が顔を赤くしながら口を開いた。
「あのな、うちが見たらあかんって言うたんや」
「え?何を…あっ!」
「わっ!そうだった!」
スッと指さした月野の先…を眼で追って、天笠と獅戸はほぼ下着姿だった事を思い出した。飛んだり跳ねたりしていた獅戸は寒さから上着を羽織ったりしていたのでまだ見れる状態だが、天笠はヤバイ。しかも服が濡れて張り付いた事でうっすらと色々透けてしまっており、それに気づいて慌てて天笠は水の中に隠れるように飛び込んだ。
「キョウタロウ最低!」
「何で!?顔を向けてもないのに!」
「守屋君…見たわね?」
「見てないっすよ!ちゃんと後ろ向いてたっしょ!??」
壁際を向いて振り向かないという、身体全体で「見てませんよ」アピールしていたのにこの言われよう。
これが男の宿命なのか?…理不尽だ。
その後月野と守屋のアドバイスを元に、天笠と獅戸は2人で協力して棺の解放を終えた。
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相変わらずびしょ濡れのままではあるが、服を着て再びプールサイドに上がってきた2人を守屋と月野が再び迎えた。
「本当にこれは夢じゃなかったのね。サヨと守屋君も同じ事を体験したんでしょ?」
「うん、そうなんよ。気がついたら同じ部屋に守屋君とおってな、色々助けられてしもた。先輩なんに申し訳ないわ」
「何言ってるんっすか。月野先輩、困った時はお互い様っしょ?」
「今だから思うけど、私天笠先輩と一緒で良かったかも。もし私がキョウタロウと一緒だったら『私が上の棺見てきます!』なんて絶対言わなかっ…ヘックシ!…」
話の途中で獅戸がくしゃみをすると、つられる様に天笠もくしゃみをした。その様子に慌て月野が2人を見てから、数歩出口の方へ歩いて振り返る。
「ここちょっと寒いし、いったん出よ?うちら被服室みたいな部屋の前を通ったんよ。髪は乾かせへんかもしれへんけど、アイロンがあれば服は乾かせるわ」
「その意見には賛成ですけど…これでプールから出られるようになったんですか?月野先輩」
「うちらの時と同じなら、そうやと思う」
「俺も大丈夫だと思う。試してみてまだ駄目だったらまた考えれば良いんじゃね?」
「そ、そうね。このままだと寒くて風邪ひいたら困るし。移動しましょう」
月野を先頭に歩いていく4人。出入り口で少し躊躇ったが、伸ばした腕は何にも当たらずに通過した。
「うぉ!本当に外に出られる!」
「ホントだ。…いったいどういう仕組みなのかしら…」
先に出た獅戸が嬉しそうに声を上げれば、天笠も手を出したり引いたりして確認する。しかし今原理を考えても分かるはずも無く、早く暖を取ろうその場を後にし歩いていく。
廊下は真っ直ぐな道が1本だけだった。右を見れば下り階段、左を見れば上り階段。壁に窓は無く、プールへ入る扉が1つあるだけで、廊下も室内同様薄暗い。周りを観察しながらも一同は下り階段を目指して、1階分下の階に降りた。…が、明らかにプールの水深を考えると高さが足りない。あの階段の長さでは物理的に考えてプールの壁と水にぶち当たるはずで、この位置に下の階が広がるはずが無いのだが、フロアが普通に存在している事に驚きを隠せない。もう些細な事では驚くまいと思っていたが…いったいどんな構造をしているのだろうか?
「そ、そういえばサヨ、被服室って言った?」
「え?うん、言うたよ」
「ってことは此処、学校なの?」
「…たぶん…うちも良く分からんのやけど、下の階は学校みたいやったんよ」
「俺たちが居た部屋は木造校舎っぽかったんっスよ。黒板とか、天板を上に上げて中の物出し入れする机のデザインとか。上に上って来たらだんだん近未来化してきたんで、此処からスタートした天笠先輩とアンナには学校とは思えないかもしれないっすね。まぁ、本当に学校なのか分かんないけども」
「木造校舎…そういえばキョウタロウたちも何か…変な力?…をゲットしたの?」
「おうともさ!棺問題も俺の活躍であっという間に解決よ。見たい?ねぇ見たい??」
「うちには特別な力は出なかったと思う。守屋君のはおもろいよ?けどそれは後でな。まずはお洋服、乾かさんとあかんよ」
獅戸の言葉ににやりと笑って、見てもらいたいらしい守屋の言葉を月野が遮れば目的地である被服室の扉を開いた。
8台ほどの大きなテーブルに備え付けのミシン、服を作る時に使う人形などが置いてあり、棚を探せばアイロンも常備されていた。コンセントに差し込んで動作確認をすれば何とか使えるようで、ホッと安堵の息を吐く。
「これで服は直ぐ乾かせるわね」
「よかった~。いつまでびしょ濡れで居ればいいのかってちょっと心配してたんです」
「うちも手伝うわ。靴はさすがに…我慢してもらうしかないかなぁ」
服だけでも乾けば体感温度も違うはず。気持ち悪いけど靴は最悪我慢できる。そしてアイロンをセットしつつ服を脱ごうと手を掛けてから、ハッと3人して守屋を見た。
「「「……」」」
「…はい。俺ッスよね。邪魔ですよね~。隅で丸くなってれば良いッスか?」
「出て行きなさいよ!キョウタロウ!」
「えぇ!それは勘弁して。廊下暗くて怖いんだよ!」
「男でしょ!ガッツ見せろ!」
「んな理不尽な!!」
「怖かったら大声でアニソン歌ってて良いから」
「ちょっと待って!ちょっと待ってってば!何か聞こえる!ピアノの音が微かに聞こえる!!」
「大丈夫!ピアノは襲ってこないわ。たぶん。音に誘われてフラフラ歩き回らないでよ?」
天笠と月野が声をかける前に獅戸によって守屋は無理やり廊下に追い出された。
「ええの?アンナちゃん。此処、安全か分からんし…」
「うん、私も今回は非常事態だから、部屋に居ても良いような気もするんだけど…」
「駄目ですよ。か弱い女子3人も居るんだから守ってもらわないと。何かきたら警報の変わりにでもなるでしょうし、ビビリは無駄に勇敢な奴より生存率高いですから。きっと大丈夫です」
何を根拠とした「大丈夫」なのかイマイチ分からないが、獅戸の綺麗な笑顔にこれ以上追求するのはやめた。此処で言い合っているよりは早く服を乾かして早く合流してあげた方が彼のためでも有る。廊下で有名アニメのオープニングをビクビクしながら歌いだした守屋の居る廊下をチラリと見てからアイロンを手に持った。男性が居なくなった事で再び大胆に服を脱ぎ、アイロンを使って水気を飛ばし始める。
「そうだ、サヨ。作業しながらで良いからどんな事があったか聞かせてくれる?」
「あ、私も聞きたいです。他のフロアの事とかも気になりますし」
「分かったわ。じゃぁ、簡単に話すね」
**********
“サア ゲームノ
ハジマリダ
オノレヲ マモリ
ナカマヲ マモリ
コノバヲ マモリ
タタカイナガラ
ウエヲ メザセ
タイムリミットハ
マンゲツ ノ ヨル”
不気味なアナウンスに眼を開けた月野。いつの間に眠ったのかは分からない。上体を起こしはするが、暫くボーっと固まっていたところに声が掛けられた。
「先輩?…月野先輩、大丈夫ですか?」
「…?…あれ、守屋君?」
「はい。…寝てます?先輩」
「うん…うん?起きてるよ。でも…あれ?うち部室来たと思ったんやけど…」
「俺もッスよ。園芸部の部室に居たはず…だけど…」
立ち上がろうとする月野に手を貸してから、2人して室内を見渡す。薄暗い部屋には木製の机と木製の椅子が乱雑においてあり、出入り口は前と後ろに1つずつ。いたるところに花が生けてあり、簡易花畑っぽい。その他に花瓶の間等に絵を描く時に使うイーゼルや、絵の具が散らかっている。…掃除はしていないのか?花は綺麗なのに、部屋は汚い。そして正面の壁に黒板があることから、此処は何処かの教室だろうと考えられる。かなり年代を感じるレイアウトであるが。
そして一際眼を引く鎖が巻かれた中央部の木製の箱。長さと大きさから棺である事は近づかなくても分かる。2人してそれを凝視してからスッと視線を外した。
「とりあえず、誰かいるかも知れないんで外行ってみますか」
「せやね。此処なんか不気味やし」
「…あれ?」
「…?どないしたん?」
ドアは開けた。普通に開いた。しかし出られない。見えない壁が行く手を阻んでいるようだ。守屋がパントマイムをしているように見えたのだろう、この非常時に…と確認するように月野も横から手を出すが、通過できないナゾの空間に驚いたように眼を丸くした。
「何なん?これ」
「俺も分かんないっすよ」
2人して慌て始めた時だった。
『うわぁーーっ!!!』
突然響き渡る絶叫に2人して“ビクッ!!”と肩を跳ねさせた。
「!?…こ、この声はケイシ!?」
「な、何?…何が起きてるん?」
怖い。ヤバイ。泣きそう。
ドキドキしつつも息を殺して静かにし、音を頼りに情報を探る。逃げているのか追っているのか、人が走る足音が聞こえるが此方に近づいては来ずにいきなり途絶えた。
「ケイシ…でしたよね?さっきの声」
「うち、九鬼君の叫び声聞いたこと無いけど…多分…。似とったと思う」
とりあえず出られない教室、ならばドアを全開にしているよりは閉めて閉じこもっていた方が精神的に安心出来る気がする。無言で静かに戸を閉めてから室内を再度見渡した。
「そ、そうだ。良くプレイする脱出ゲームだと、何か…いろんなヒントが部屋に隠されてるんッスよ」
「部屋ん中に?」
「はい。何か違和感があったり、変な数字書いてあったりするものがあるか探して見ましょ?」
沈黙するとネガティブな考えになりそうで、努めて明るく月野に提案してみた。それなりにゲームもするし漫画も読む守屋は、微妙な知識は豊富にある。この状況で何もする事が無いとそれだけで気分が下がるので、とりあえず身体を動かそうと近くの物を手にとって見ていけば、それを見ていた月野も真似をするように花瓶の間を歩き始めた。示し合わせた訳ではないが、中央部の棺には近寄らないのは仕方ないだろう。いきなり動いたりしたら困るし。
…数十分後。
「うーん…何かありました?月野先輩」
「変な数字は無いけどな、違和感…ならあったよ?」
「え?どれッスか?」
「あれや」
そういって指差したのは1つの花瓶。しかし守屋には他の花と同じに見える。何が違和感なのか分からない。小首をかしげて月野を見れば、クスッと笑って歩を進め、花瓶に近づいた。
「コレ、何て花か知ってる?」
「え、良くホラー系の話に出てくる奴ですよね。確か…彼岸花?」
「せや。彼岸花、曼珠沙華とも呼ばれるわ。…コレな、全草有毒なんよ」
「え?毒?…そうなの?」
「知らんかった?よく「不吉や」って言われてるやんか。有毒性っちゅうのもあるし、死人の花ってイメージ強いみたいでな。せやからこの花、普通は生けたりせんのや」
好きな人は好きな花だから、絶対に飾る人は居ないとは言い切れないけれど、少なくとも今まで和道部で行った華道のなかで扱ったことは無かった。短時間ではあるが、室内を捜索した結果見つけた違和感のある花瓶に手を伸ばして触れた時だった。
-ピカッ-
「「!?」」
突然の光。そして
-カシャン-
何かが落ちる音。
驚いて思わず目を瞑ったが、暫くの後恐る恐る眼を開いた2人は彼岸花の花瓶が消えて「彼岸花のキーホルダーがついた鍵」が床に落ちているのを見つけた。




