01-10 鬼は外
ゆっくりと僅かに開いた扉。ゴクリとつばを飲み込んで何が顔を出すのか…と、三木谷と舞鶴は息をひそめる。
すると、微かに話声が聞こえた。
「どう…ですか?此処が音楽室?」
「たぶん。ピアノあるし…あ。こりゃ居るのぉ」
「え?居る?何が?」
やってきた人物も中を警戒している様子で顔をいきなり入れたりはしなかった。僅かな隙間から中を伺っているようだが、その声と独特な発音には聞きおぼえがある。一度顔を見合わせてから2人して身を隠していた所から顔を出して
「…もしかして…タカやん?」
「と、ケイシ?」
恐る恐る声をかけてみると、すぐに反応が返ってきて、僅かな隙間を開けていたドアを大きく開き、鷹司と九鬼が覗きこんだ。
「…やっぱりの」
「ミッキー!それにチアキ先輩も。無事だったんですね!」
存在を確認すれば、ホッと安堵して互いに近づく。安堵から近づいた鷹司をバシバシ叩きながら、舞鶴がヘラッと笑って。
「あぁ~良かった。知ってる人が他にも居た。何でこんな所に来たのかも分からないしこの部屋から出られないし、どうすればいいのかサッパリでさぁ」
「ちょ…舞鶴、いだっ…」
「そうよ!私達音楽室から出られなかったの。なのに…2人は何で入ってこれたの?…もしかして一方通行?」
舞鶴の言葉に「そういえば」と思いだした三木谷が、普通に入って来た鷹司と九鬼に質問を投げかける。叩く舞鶴を睨みつつ手を掴み、鷹司は三木谷へ視線を向けて
「詳しい話は棺ば解放した後だ。見えるべ?棺」
「あぁ、アレだろ?」
「えぇ、アレよね?」
「「…アレ???」」
鷹司の言葉に舞鶴はグランドピアノの上を、三木谷は雛壇の上を指さして、あれ?とお互いに顔を見合わせる。何を言うべきか判断がつかないのだろう、暫く無言で見つめあう三木谷と舞鶴を見て、九鬼が割り込んだ。
「まず確認するね。この部屋で鍵見つけた?」
「あぁ、見つけたぞ」
「私も。いきなり落ちてきたわ」
そういって自分の手の中にある鍵を見せる2人。それを確認してから
「次に、この部屋に棺は幾つある?」
「いくつって…1つだろ?」
「1個ね。…あら?棺って“1つ”って数えるの?」
「…棺でねぇの?」
「えぇっと、一棺、二棺で合ってるかと…じゃなくて!」
薄暗く不気味な室内にも関わらず4人集まった事で大分落ち着いてきたのだろう。緊張感は何処行った?しっかり仕事してくれ。
三木谷の質問に今まで黙っていた鷹司が真面目に答えて、それに頷きかけた九鬼が方向を修正し、話を続ける。
「チアキ先輩とミッキーは一棺だけ見えてる訳だよね?」
「「(二人して頷く)」」
「でも俺達…俺とナガレ先輩には二棺あるのが見えるんだ」
「「…(二人して首を傾げる)??」」
「だからね…」
さて、何処から説明したものか。体験した九鬼達と今まさに体験しようとしている舞鶴達では同じ事を言ったとしても理解が出来るとは思えない。どうしようかと見上げた九鬼の視線を感じて、鷹司は一度頷いた後で口を開き。
「…百聞は一見に如かず。舞鶴、こっち来い。九鬼は三木谷」
「分かりました」
2人の様子から三木谷が見えてる雛壇の上が舞鶴の棺、逆にグランドピアノの上にあるのは三木谷の棺だと考えた鷹司は、舞鶴を呼んで雛壇を上がっていく。横たわっている棺の窓に手をかけて開けば案の定、安置されている舞鶴を確認。
「…うむ」
「え?…何?何か…キラキラしてる…何があるの?タカやん、これが見えない棺?」
「舞鶴、鍵ば見せろ」
「無視!?…まぁ良いですけどねー…」
黙々と手を動かす鷹司を見ていた舞鶴は光の波紋が箱状になるのを初めて見て驚きの声をあげるが、聞こえているはずの鷹司はサラッと無視した。そのまま手を南京錠にかければマークを確認して舞鶴を振り返り、鍵の確認をするために手を出す。無視されてグスンと泣き真似をしつつも、出された手に持っていた鍵を乗せて
「ヘ音記号か…同じだ」
「同じ?」
「これから俺が鍵ば刺すが、ロック解除はお前の役目だ」
「…へ?何言って…」
「すぐ分かる」
舞鶴の質問に説明するのが面倒なのもあるが、正直言って言った所で理解できる物ではないのだ。ならば体験してもらった方が早い。九鬼と三木谷の方をチラリと見ると、向こうも同じ考えなのだろう。グランドピアノによじ登りながら九鬼が説明もそこそこに鍵を鍵穴にさそうとしている様子を見て、鷹司も舞鶴のカギを鍵穴に差し込んだ。
「「…!」」
舞鶴と三木谷の表情が驚きに変わる。それを確認して数歩離れた鷹司と九鬼。
後は再び訪れるだろう発光に備えて身構えた。
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「まさか自分で自分を見つめる日が来るなんてね」
「ケイシが言ってた事がやっと理解出来たわ。あれは説明だけじゃ分からないわよね」
無事に棺の解放を終えた2人。試しに廊下に出てみたりしたが、やっぱり見えない壁は消えていたようで行き来が可能になった。とりあえず早めに移動しようとは思うが、動く前に情報を整理しておこうという事になり、椅子を円形に置いて座る。
「分かった事があるわ。私の耳が良くなったのは、パワーアップ?…の結果みたいなの」
「俺には足音がまったく聞こえない時から気付いたみたいだし…あぁ、姿が見えない時に俺の声とか足音が聞こえたのもそのおかげなのかな?」
「かもしれないわ。舞鶴先輩は?」
「俺…特にこれと言って気付いた力って無いんだけど…。霊感発芽!?って思ったらミッキー生きてたし」
「俺も無いです。チアキ先輩」
「お前ら、気付いてねだげでねぇの?」
「えぇ!?」
音を集める能力が伸びた三木谷。触れるだけで機械類の構造を理解できる様になった鷹司。気づいてないんじゃない?という鷹司の言葉に大げさな反応を返す舞鶴もきっと自分たちにも何かあるはずだ…と思うが、特別自覚した能力は無い。舞鶴と九鬼は顔を見合わせ、首をかしげる。
「能力発芽!能力発芽!目覚めよ能力!」
「…何してるんですか?舞鶴先輩?」
「いや、強制的に開花しないかな?って思って」
手を合わせて目を瞑り変な呪文を唱えだす舞鶴だが、やはり自覚症状は出ないようだ。呆れた三木谷に叩かれてようやく止めると話を戻して。
「とりあえず力の話は置いておいて。…共通してる所は皆直前まで園芸部の部室付近に居たって事だね」
「これがドッキリ企画なら相当お金かけてるわね…。とりあえず、アナウンス通りに上を目指せばいいのかしら?」
「たぶんの。…俺ら1階から3階分登ったばって、上サ行ぐほど建物が綺麗サなてら。このまま上サ行ったきや、何んぼのらんだべ?」
「…え?」
「…」
「お、俺達1階に居たんですけど、そこ木造校舎だったんですよ。何時床踏み抜くかヒヤヒヤする程ボロイ感じの。でも…此処まで来るのに3階分あがったんですけど…だんだん綺麗になってるんです。現代に近づいてるって言うか」
方言を理解出来なかったのか、内容が理解できなかったのか、舞鶴が間髪いれずに聞き返すと鷹司が沈黙で返す。先ほどから茶々を入れていたせいか、もう喋るものか!とでも言いたそうな冷たい視線に、若干慌てて九鬼がフォローに入れば、それに合わせて舞鶴も手を叩いて理解を表し。
「な、なるほどね!」
「このまま上行ったらどうなるんでしょうね?そのうちエアコンとか床暖房とか薄型テレビとか出てきても驚きませんよ!」
「でもそれって、バランス悪くないかしら?地震とか来たら、あっという間に下から潰れちゃうわよ?」
「「「…」」」
三木谷は純粋な構造上の疑問を口にする。しかしそれに返答出来るだけの正確な事実を持つ者は此処にはいない。そして若干一名の無言の視線が痛い。誤魔化すように立ち上がった九鬼は音楽室を再度調べるかのように歩き回り始めて
「それにしても音楽室で楽器がピアノだけって、何だか寂しいですね」
「大体笛は自前だし他に授業で使うのは合唱の伴奏用のピアノだけだから、これだけでもおかしくはないけどね。一学だとオルガンがあったりクラシックギターが並んでたりスネアやマリンバ置いてあったり賑やかだから、そう感じるのかもな」
「…そういえば、音楽室って防音対策の関係で地下か最上階にあるのが普通よね?…って事は、この階より上って無いのかしら?」
「言われてみれば確かに…どう思う?タカやん」
「…さあの。ただ、ワンフロア上ると階段の場所も変わった。此処が最上階なんか、もっと上があんのかは調べてみねど分かんねぇ」
「そっか…(よかった。返事が返ってきた)」
この後どういった行動をとるべきか。鷹司、舞鶴、三木谷が話し合っているのを横目に、一人少しだけ距離をとった九鬼は、先ほどの舞鶴の真似をしてみた。手を合わせて目を瞑り心の中で唱えてみる。
「…(能力発芽!能力発芽!目覚めよ能力!)…」
すると
「…お?」
手の間に違和感が。そっと開いてみると…
「…ま…豆…?」
3粒ほどの豆っぽい何か。何だろうと考え、此処でふと思いつく。
鷹司はカコウ部で機械類。三木谷は吹奏楽部で音を聞く事。そう考えると舞鶴も吹奏楽部だから音楽に関する事で、自分は園芸部員だから…豆…というか種?…筋は通ってる気はするが…豆を凝視して考え込む。
「どうしたの?ケイシ。そろそろ上を目指して移動するよ?」
「は、はい!…あ、そういえば外から見れば上がまだあるかとか分かるんじゃないですかね?」
「確かに見上げれば上の階が…あ!駄目だ!開けるなケイシ!」
移動しようと出入り口付近に歩いていた舞鶴に声をかけられて、豆を右手に握りりつつも特に深く考え込まずに窓を開けるべく左手をかけた九鬼。舞鶴も「そういえば」という態度をとったが、ハッとして思いだした窓の外の“闇”の存在。三木谷の顔色がサッと悪くなり、鷹司も「何事だ?」と思うが制止は間に合わずに再び窓が開かれる。
-“ギョロリ”-
「「「「‥‥っ!!!!?」」」」
待ってましたとばかりにすぐさま開いた無数の眼。そういえばこいつ下駄箱でも見たかも。なんて思ったのも一瞬で、九鬼は右手を大きく振りかぶった。
「鬼はぁ~外ぉ~っっ!!!!」
とりあえず握っていた豆全てを力の限り思いっきり投げつけた。しかし反応を見る前に駆けつけていた舞鶴が再び“ピシャリ”と窓を閉めれば、曇りガラスでは無いのにあれだけあった無数の目はあっという間に一つも無くなる。ロックは忘れずにかけるが、それでも慌てて飛びのいた舞鶴は窓から十分な距離をとって
「な、何やってんだよ!ケイシ…いや、俺が言うの遅かった。悪い。…まぁそれは…とりあえず良いとして。…もうちょっと、作戦会議つめてから移動しようぜ?」
舞鶴の言葉に無言で頷いた残り3人。再び音楽室で情報整理と行動プランを話始めるが、窓からは十分な距離をとったのは当然の結果と言えるだろう。