01-09 吹奏楽部部長と副部長
「先輩!舞鶴先輩!せーんーぱーいー!」
「…うーん…あ!鎖部分は駄目でもこの木の部分だったら壊れるかな?」
「こっちですよ、見てください!私はこっち!舞鶴先輩!舞鶴チアキー!」
「何か武器になりそうなもの…椅子…で良っか」
「どうしよっかなぁ…何で気付かないの?]
「ちょっと我慢してねミッキー。…よーいしょっとぉぉお!!!
「きゃぁ!…ちょっと!何してるんですか先輩!!」
「…あー駄目だ。欠けもしない」
とりあえず散々声を掛けまくってみた三木谷。黒板を使おうとも思ったが、チョークが無いので何も書けない。使えない。しかも汚い。自分が足音を聞く事が出来たことから、手を叩いたり足を踏み鳴らしたりもしてみたが、それらも全然届いていない様子で舞鶴は椅子でグランドピアノをぶっ壊そうとしているように見える。
…が、此処で分かった事がある。
ピアノの上の空間に何かがあるのだ。舞鶴が触ると変な波紋が箱状に広がる事からまだ自分の目に映らない何かがあるんだろうと思うが、その見えない何かに向かって「ミッキー」と呼びかけているのに椅子を振りかぶるとは何事か!?と微妙な気持ちになっていく。
「一体どうしたら良いの?」
とりあえず今この場所で一番現状を理解していると思われるのは自分だろうと思った三木谷は、数歩だけ舞鶴から離れて情報を整理する事にした。何で此処に来たのかは依然として分からないので置いておく。此処が何処の音楽室かも同じ。時間帯は暗かったから夜だと思ったけど、窓を何か分からない物が塞いでいるなら正確な時間は把握できないかもしれない。そして雛壇の上の棺も気になるが、これは一人だと恐いので近づけない。
そしてもう一つ、グランドピアノの下に居た時に目の前に落ちてきた鍵。
「ト音記号」のキーホルダーが付いたそれは、一体何処の、何を開けるための鍵なのか。
「…分かってる事も少ないわ。何が分かっていないのかも、把握しきれてないみたいだし…」
途方に暮れてため息を吐き出す。どうしたものかと迷っていると、舞鶴も同じく困った様子でピアノに寄りかかって雛壇の方を向いてため息を吐き。
「どうして起きないの?ミッキー」
「…起きてますよ」
「こういう場面は王子様のキスとか定番だから、俺が試しても良いんだけど」
「えぇ!!?な、何言って…」
「ガラス…フィルム?…が邪魔して触れもしないなんて。後は…お姫様はどうすれば起きるっけなぁ…?」
「あ、何かがあって触れないんですね。ホッとしました。…っていうか、そこに私が居るのかしら?」
「…寝たふりだったら悪口とかで起きたりする…かな?」
「止めてください!…あぁ!もう!伝わらないのがじれったい!」
「あ!そうだ。この前聞いちゃったよ?ミッキー最近ダイエットしてるんだって?」
「!?…な…だ、誰から聞いたのよ!?」
「でもそんな必要ないんじゃないかと思うわけだ。だって体重y…」
「いぃーやぁーっっ!!!!!何で?何で知ってるのよぉ!?誰よ言ったの!!!?」
聞いてる人は居ないのに、舞鶴が三木谷の体重を言うのと被せるように絶叫して隠そうと努力する。何でだろう、舞鶴が見える三木谷、三木谷が見えない舞鶴、なんとなく三木谷の方が優位な気がするのに、言葉のドッジボールはヒートアップしてデッドボール連発してる気がする。
そして勝てそうな気がしない不思議。
仕方が無いから実力行使をしてみよう。ピアノに背を預けているため、こちらに正面が向いている。とりあえず服の裾を引っ張ってみた。
-バシッ!-
「!??」
「痛い!!!」
思いっきり払われた。
とりあえず舞鶴に触れる事は出来たが、不意打ち喰らわせたせいで反射で手を叩かれた。驚いた顔をしつつも加減してない一撃は思っていたより痛かった。涙目再び。
「…そういえば何かが居たんだっけ?この部屋。すっかり忘れてた…」
「…それ、たぶん私ですケド…」
「まさか触る事が出来ちゃうとは…こんな所で霊感が生えて発芽までしちゃった感じ?まいったなぁ…お祓いとかした事無いのに…」
「……」
なんだろう。余裕がありそうな舞鶴がムカつく。でも殴ったらまた反撃来そうで恐い。正体が分からないだろうから、きっと手加減も無いだろう。体鍛えてる訳でもないので男性の一撃は痛いし恐い。手はもう出せない。
…まったく良い案が浮かばない。腕を組んで悩んでいるところに舞鶴が声をかけた。
「ねぇ、ちょっとお化けさん。居るんでしょ?いい加減出てきてくれないかなぁ?」
「…」
「ミッキーをこんなめにあわせた理由を聞きたいんだけど。俺、怒ってるんだよ?」
「…私?」
「さっきから机ひっくり返したり、ドア開けたり窓開けたり、何がしたいのかさっぱりだよ。何かしてほしいなら、分かるように示してくれないとさぁ。あ、もしかして俺を殺したいわけ?」
「…机…ドア…窓…そうだわ!」
此処で三木谷は思いついた。足音がついてきた理由、それは音を立てたから。自分の声や足音ではなく、元からこの部屋にあった物を動かして出した音だ。自分の声は届かなくても、代わりに舞鶴へ伝える、そして伝わる方法があるはず。
そう思いつけば眼がいくのはグランドピアノだ。
音楽室に有る唯一の楽器。そして二人は吹奏楽部、部長と副部長。
共通点もあり、お互いに分かる楽曲もそれなりにある。
意を決して堂々とピアノの前まで歩けば、ピアノ椅子を躊躇わずに引き腰掛ける。当然床を擦る音が鳴り舞鶴の視線がこちらに来るがそれも想定済みだ。鍵盤のカバーをあげて一度両手を合わせる。エリーゼさんの曲はちょっとホラーと結びつきそうな気がするので、定番だけど却下。自分が知っていて、相手も知っている音楽である事が望ましい。少しの間だけ考えを巡らせて
「…よし。コレは今年の吹奏楽部コンクール課題曲ですよ。出来心でピアノアレンジしたの舞鶴先輩なんですからね?しかも会議の前とか部活終了後とか、散々弾いて聞かせたはず。…だから…気づいてよね」
こっちは練習で忙しいって言ってるのに「スコア見てピアノアレンジ作ってみた!ミッキーピアノ弾けたよね?ちょっと弾いてみてよ~」とニコニコしながら言ってきたのも記憶に新しい。イラッとしながらも付き合ってやったのだ。舞鶴にとっても思い入れがある曲だろう。
気持ちを落ち着かせてから鍵盤に指を乗せる。そしてメロディーを奏で始めた。
**********
「……」
見えない何かがピアノ椅子に座った。ピアノと椅子の間隔の狭さから、女性っぽい。男性だったら子供かも。そんなことまで冷静に考えられる自分に少し驚きながらも、お化けが何を始めるのかと気を引き締めた時だった。
流れてきたメロディーは良く知った物。しかも既存する楽譜ではない。
「…これ…俺がアレンジした…?」
遊び心でスコアをアレンジし、後輩に試し弾きさせて手直しを何度もして遊んだ曲。ピアノを習っていたらしい彼女は、ある程度難易度の高いレベルの楽曲も初見でパーフェクトにこなすので、ついつい手を付け加えて難しいテクニックを増やしてしまい怒られたりもした。それでも直ぐに弾ける様になる彼女にアレンジがヒートアップ、その分難易度がグンっと上がり、元の音楽より壮大な感じに仕上がった作品。
コレを知ってるのは部員だけ、そしてその中でコレを弾く事が出来るのは一人だけだ。
「…まさか…ミッキーなの?」
半信半疑といった様子で呟いた。だって舞鶴の眼には三木谷の棺が見えるのだ。それなのに三木谷しか弾けない音楽をお化けと思わしき存在が弾いている。
…既に死んでる!?
とか失礼な事も思ってしまうのも仕方ないだろう。そんな舞鶴の目の前に何かが落ちてきた。
“カシャン”
と音を立てて床に落ちる。ピアノの下で聞いたような気がした音と似ているそれを追いかけて視線を足元に落とせば、ドッグタグに「ヘ音記号」が彫られたキーホルダーがついた鍵が落ちていた。
屈んでそれを拾い上げ、再び立ち上がって視線をピアノに向けた時、かすかな風がヴェールを巻き上げるかのように、今まで見えていなかった存在が露になる。
グランドピアノの前に座って演奏していた人。
想像した人物と同じ、三木谷ナナ、その人だった。
**********
「ミ、ミッキー!?」
「…先輩?…舞鶴先輩!気づきました!?」
「気づいた…って、あぁ、そうか。あのお化けはミッキーだったんだね」
「死んで無いのでお化けじゃないけど。でも良かった。…本当に、気づいてもらえなかったらどうしようかと…」
「ごめん、でも何でいきなりこんな所に?」
「それは私も分からないわ。園芸部の部室に居たはずなのに、気がついたら此処に…それよりも、聞きたい事があります」
「俺も園芸部の…え?何?」
「…私の体重、何処から仕入れた情報ですか?」
「……え?」
感動の再会(?)はあっと言う間に終わった。聞こえてないと思ったから口にした情報で、舞鶴も悪気があったわけではないのだが。
どう言訳したものかと笑顔で固まった舞鶴を、こちらも爽やかな笑顔で見つめる三木谷。しかし暫しの沈黙の後ハッとした様子で三木谷がピアノ椅子から立ち上がり舞鶴に近づいた。
「足音が聞こえるわ。廊下から…です」
「え?…俺には何も…」
「とりあえず隠れて!」
「うわっ…と!」
隠れるも何も障害物になりそうな物など殆ど無いのだが、とりあえず一番大きいだろうグランドピアノの陰に2人してしゃがんで、出入り口から直接見えないように身を隠す。三木谷が嘘を言っているわけではないだろうが、舞鶴には何も聞こえない。暫く不審に思いながらも身を隠していたが、微かに響く足音が舞鶴にも聞こえてきた。
「コレは…確かに足音が聞こえる」
「何人かしら?…1人じゃないけど、4人…も居ないわね」
「確かに複数名分だと思う…けど、ミッキーそんな耳良かったっけ?」
「え?…どうだったかしら。でも…なんとなく分かるんだもの…だから信用しなくても良いわ。私も合ってるか分からないし」
小声でヒソヒソと会話をする。そうする間にも足音は直ぐそこまで近づいてきていた。
そして…
-カラッ-
出入り口の扉が僅かに開かれる。