03-73 星のため
日本だったら蝉の声がうるさいだろう熱気を全身に感じつつ、窓枠によって仕切られた青空をぼんやりと眺める。
…
……
あの晩部室を離れる際に船長の力を借りて、姿を八月一日からガスパールに戻した後。
水底に自分の力の植物を敷いたからどういった状況かはわかっていたけれど、まだ日が昇らないうちにもう一度新たに作った池の様子を見るためにラクダを拝借して夜道を駆けた。
水辺で野営をきめたアルトゥーロ達に気付かれないように、離れた場所で徒歩に切り替え岸を歩く。一気に下がった気温のせいで池には氷が張っていて、感触を確かめるべく踏んでみたら、音に気付かれてしまったようだ。
気づかれないようにと近づいたのに、気が付いたらテントから出てきて凍った池の様子に驚いている彼へ、声をかけてた。
そして今、部室の皆が残した屋敷をもらい受けて、教育の場を整備しようとしている。
場所を使うにあたって元の所有者であるアルトゥーロに何か言われるかと思ったけれど、目立った抵抗や反発はなくすんなりと決まった。新しい事をしているという自覚があるから、もっと理解できるように話せとか言われるかと思ったけれど…大丈夫だろうか。残りの時間があまり無い身としてはうれしい限りだが。
ここは学校のような施設にしたいと考えている。
山の民との意思疎通を図るため、必要最低限の勉学を身に着けさせるため。対象は子供だけれど、はじめは広く人を集めて全体的な基盤をしっかりさせる必要があるだろう。
これからこの街はいい意味で忙しくなる。2つの文化が良い具合に混ざり合えば、もっと安全で住みやすい街に生まれ変わるだろう。
そう考えてそっと目を閉じる。いつもの日々と同じ熱い空気が身体にまとわりついてくるが、自分自身で感じることが出来るほど少しずつ自分の身体が冷えているのを感じていた。
じわじわと、しかし確実に身体には違和感を感じ、限界を覚え始めている。
「何ぼんやりしているんだ。こっちはお前の提案でさんざん忙しい目にあっているんだぞ」
そう声がかけられて、今の自分にできる最速スピードで振り返ると、今部屋にちょうど入ってきたらしいエルビーがそこに立っていた。主に対しては丁寧な口調の彼だけれど、どうやら猫を被っていたらしい。人によって対応が違うさまは、もはやあっぱれとしか言いようがない。とりあえず謝罪の言葉を口にしようと仕掛けるが、こちらが話すより先に彼と一緒に居たベナサールが口を開く。
「何言ってんだ。ガスパール様はまだ絶対安静中なんだぞ?お前こそさっきから同じ所行ったり来たりで特に何もしていないじゃないか」
「俺は仕事してるんだよ!無駄に行ったり来たりしているわけじゃないんだ。そばに居たんだからわかってるだろ?」
キャンキャンとじゃれあうように言い合う2人を見て思わず笑みがこぼれた。八月一日の姿の時に女性であると告げたからか、エルビーのベナサールに対する態度が少しだけ軟化したようだ。
…いや、少しどころじゃないな。
ベナサールの方もエルビーと出会う前までガスパール命といっても過言ではなかったが、今ではエルビーといい関係を築けているようだ。以前は上司と部下という関係だった為いろいろと我慢する点も多かったようだが、今では敵同士というマイナス面からのスタートだったため遠慮なく言いあえる相手、あるいはマブダチにランクアップしたらしい。
一応犯罪グループの主要人物なので、監視のために傍に置居ておいたのも功を奏したようだ。エルビーも眼帯奴隷に落とすかどうかという話し合いの時にストップをかけたようだし、もしかするとずっと浮ついた噂すらなかったエルビーに春が来るかもしれない。
ただ、ボーイッシュなベナサールのおかげでビジュアル的にはBLなんだけど。
「何ニヤニヤしてるんだよ。暇ならこっち手伝えよな」
「だから仕事させるなって言ってるだろ!?エルビーさんよ。ガスパール様は頭脳派だから椅子に座って指示してくれるだけで良いの!」
「お前…よくないだろそれだけじゃ。今はこのよく分からないグループの一員だけど、別にトップじゃないんだからな?」
「うるさいうるさい。…ガスパール様、騒がしくして申し訳ありません。こいつがこの部屋を使いたいようですので、申し訳ないのですが移動してもらえませんか?」
もう直属の上司ではないのにそう尋ねるベナサールに「構わないよ」と笑顔で頷いて了承した。そっと窓際から離れて出口に向かうと、背中に声がかけられる。
「そうだ、そういえばアルトゥーロ様があんたのこと探していたみたいだったぞ。なんでも、す…すい…水難?がどうのとかって…」
水難事故の話か。分かったような表情でポンと手を打てば、理解したのが分かった様子。そう言えばちょっと説明しただけだったかもしれない。もう一度彼らのほうに身体を向けて軽く会釈して感謝の意を伝えてから、今度こそ其の場を離れた。
アルトゥーロを探して少し歩く。
屋敷の中の長い廊下は途中で中庭の隅を通るように外へとつながる。
普通なら奴隷が敷き詰められているような場所なのだけれど、今は子供の元気な声が聞こえていた。そんな子たちの面倒を見ているのは奴隷商のモロンだ。
「あ、おっちゃんだ!」
「おっちゃんじゃないって何度言ったらわかるんだよ、このガキどもは!」
「モロンのおっちゃんじゃないよ?」
「だからおっちゃん…ん?」
その中で比較的身体が大きめの子が自分を見つけて声をかける。この子達は月野誘拐のときに地下に押し込められていた奴隷たちの中にいた子供たちだ。奴隷商から勝手にさらわれてきた子たちは商人側の子供たちの対応を見て、良心的な店には返却し、そうでない場所にいた子たちをここで保護している形になっている。
「怪我、平気?」
「私もびっくりしたの」
「あぁ、ちょうどよかった。手洗いに行ってきたいんだ、少しこいつら見ててくれ!反論は聞かねぇよ!」
大人の手が足りなかったのかもしれない。いいところに来た、とばかりにそう言い残すと、屋敷の中へと言ってしまった。しかし今の身体はガスパール。子供たちをさらったグループの長なのだが、心無い商人たちにひどい仕打ちをされているところを浚って助けた形になったため、子供たちには比較的好かれていたようだ。子供をさらった理由は、単純に教育して戦闘員として育てるためであったが、結果オーライといえるだろう。
しかもみんなの目の前で落下して怪我をするという失態を演じている。中庭に顔を出した瞬間にワッと囲まれて心配されると、膝をついて目線を合わせてから困ったような申し訳ない顔で頭を下げて感謝の意を伝えた。
「元気になって良かったね!」
汚い大人を見てきただろうに、いまだ裏表の無いまっすぐな好意をまぶしく感じてわずかに目を細め、笑む。心配が必要ないと分かると、途端に「遊ぼう」「抱っこして」「面白い物見つけたの」といった事を口にして服の端をつかむ子供たち。出来る限りでその要望に応えてあげていたが、ふと思い出したのだろう子供が強めに服のすそを引っ張った。
「そういえば、青い目のお姉ちゃんが探してたよ?」
「あ、そういえば探してた!見かけたら教えてあげてって言われた」
「忘れてた!」
ここで自分もハッとする。そう言えば、アルトゥーロが探しているといわれて歩いていたのだった。抱っこしていた子を下して軽く頭を撫でてあげてからその場を離れようとするが、聞こえた子供のつぶやきに思わず足を止めた。
「…これから良い事、おこるのかな?」
「ん?どうしたの?」
「前あったお兄さんが言ってたでしょ?未来にきっと、いいことがあるって」
「あ、もしかして『たとえ暴力を振るわれてもある程度食事が得られる今と、暴力は振るわれないが家も食事もままならない未来。選べるとしたらどちらが良い?』って言った人?」
「うん。…あの時はどっちも嫌だと思って、未来に良い事なんて起こりっこないと思ったけど…。今はさ、暴力振るわれないし、ごはんも食べられる。…これって良い事…だよね?」
その会話を聞いて、思わずマジマジと子供を見つめてしまった。裏路地で出会ったあの時は暗くてよくわからなかったけれど、この話を知っているという事はあの晩あの場所にいた子なのだろう。
今の状況に希望を持ってくれているみたいだ。だけどこれだけで驚いちゃダメだよ。きっともっと、すごい未来になるはずだ。
悪戯を思いついた子供のように、フフッと小さく笑った後。ちょうど戻ってきたモロンの姿を確認できたのでその子たちに声をかける事はせずに身をひるがえした。
再び歩く。
めぼしい場所はあらかた探した。後は一番遠かったアルトゥーロの部屋。
部屋の前に立って簡単なつくりの扉をノックすれば、すぐに入室を促す声が聞こえた。それに従って部屋に足を踏み入れると、そこには“朱眼の魔王・アルトゥーロ”と“碧眼のサソリ・シェイラ”が揃っていた。
「あぁ、やっと来たか!散々探したんだぞ」
「私も色んな人に聞いたネ!まったく、部屋で安静違ったカ?どっか行くなら誰かに言うネ!」
シェイラは出会った時からアルトゥーロの朱色の瞳をまったく気にしていなかった。強制力がまったく及ばないわけではないらしいのだが、思った事を行動に起こす猪突猛進な彼女の性格が幸いしたのだろう、朱眼に捕らわれても言い返すことが出来るくらいには反抗できるようだった。そのためアルトゥーロも意識して視線を逸らす機会が減り、今ではふつうの人間のようにやり取りが出来ている。
…ここにも春、到来か?…
「…何変な顔してるんだよ。まずは水たまり…じゃなかった。池だったな。あれに専用の水くみ場を作る話だ。怪我人ではあるが、頭は使えるだろ?お前が出した案なんだからな」
「それに、こっちも話するヨ。下水処理なるモノ、興味あるネ。山の上では水流れてる、汚水なんて考えたこと無かたヨ」
2人が力を合わせれば、1代でかなりいいところまで行けるだろう。と、雑談のような会議を始めたところで部屋の扉が勢いよく開かれる。
「お父様!」
「ビッキー?どうしたんだ」
「やっぱりお店無かったの!…マッサージの人、居なくなっちゃったの!!」
部屋にほかの人が居るのもお構いなしに駆け込んできた少女は、まっすぐアルトゥーロに突進していく。彼は彼女を抱き上げて、半泣きのビッキーをあやしはじめた。
「そうか…。いったい何があったというのだ?」
心配する必要はない。そう言ってあげたいけれど、話すことはできない。
本格的に泣きそうになるビッキーにオロオロし始めたアルトゥーロだったが、横からシェイラがスッと手を伸ばして彼女の頭を優しく撫でた。
「泣く必要はないと思うヨ、生きていればいつか会えるネ。それに、ビッキーちゃんはマッサージやの人から技術をもらった、違うカ?」
「…ぎじゅつ?」
「そういえば、ビッキーはあのお店で何か薬草の事教わっていたな?」
「う、うん」
「教えられた技術、それは財産の1つネ。その辺に転がってる石が、ただの石か宝石になるか、それはその人の努力次第ヨ」
「…ん?何が言いたいのかわからんぞ?」
「今良い所!パパは黙ってるネ!」
「パ…」
漫才のようなやり取りにビッキーの涙も引っ込んだようだ。きょとんとしてシェイラを見つめるビッキーを、シェイラは優しく撫で続ける。
「どれほど神にお願いしても、技術は身につかないネ。教えてくれる人、必要な素材、本人の努力。すべてが集まって、結晶になるヨ」
「結晶…」
「ビッキーちゃんは、マッサージの人から薬草の知識の結晶を受け継いだネ。それを生かす、それがマッサージの人が居た事実を語るネ」
「私が…生かす…」
「シェイラ、なんだか壮大な物語になっているような…」
「うん!私、もっと頑張る!」
「その調子ヨ!私も、頑張って良い町作るネ!!」
抱き上げているビッキーと傍にいるシェイラに挟まれて、思わず口をはさんでしまっていたアルトゥーロだったがあっさりと流されてしまっている。
強いな。女性は。
彼女たちが居れば、アルトゥーロはもう孤独にはならないだろう。
1歩離れた場所で黙ってみていたが、これ以上放置したら完全に空気になってしまう。
きりがついたタイミングを見計らって、自分も彼らに近づいた。
「俺も手伝うよ。この星の、この場所の為に全てを捧げる。…この地でこの命が燃えている限り」
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
=完=
いったんこの物語はおいておいて、次回からはもう1つの作品
「召喚勇者×転生賢者」
を進めたいと思っています。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
また下地が出来たらこちらも進めていく所存です。




