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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
144/146

03-72 また次へ

-先にこの場を出ることにする-

-別れの挨拶はいらないよね。だってきっとすぐに会えるから-

-そうだ、君たちがもらった屋敷だけれど使わせてもらって構わないかな?-

-この世界の人たちのために、ちょっと使いたいと思っていたんだ-

-たぶん勝手に色々させてもらうと思うから皆は気にせず出発して大丈夫だよ-


-元気で-

-また、次の世界で会おう-


こんな一文を残し、目が覚めた時には姿を消していた八月一日。鷹司はどうしようもなく行き場のない苛立ちを感じて、ずっと起きていたであろう船長に思わず問い詰めたが、


“出発を見送るのはいけない事か?”


と逆に問われてしまった。きっと彼は一足先にこの世界を後にしたんだろうと結論付けて、自分たちも移動のための準備を始める。

といっても、荷物はすでに部室にしまってあるし、場所を使う権利の更新をしていないのでもらった屋敷をどうするかという問題点のみであったのだが、彼が使いたいというならくれてやろう。


閉ざされた外界への扉の窓から光が徐々に失われていく。世界から切り離されて、また宇宙空間のような場所を漂うのだろう。それをじっと睨みつけて思った。


“次は意地でも捕まえておく”


目を離すとどこかへ逝ってしまいそうだから。



**********



部室のみんなが出発する前日の砂漠の夜。


新しく出来た水たまりに大人げなくもはしゃぎまくって、心地よい疲れに身を任せ早めに執心したのだが、そのおかげか夜中だろう時間帯に唐突に目が覚めた。本来ならばしっかり防寒しなければ寒さが身に堪えることはわかりきっていたのだが、なんだか今日はいつもより温かい気がしてテントの中で身じろいだアルトゥーロ。

とはいっても寒いことに変わりは無く、首だけ寝具から出してホウッと息を吐き出してみると、白い息が一瞬目の前に広がり、そして消えていく。やはりいつも通りの気温なのだろうと思うのだけれど、なぜだ?

いつもは頭まで布をかぶっていないと痛む喉も、寝返りを打つたびにひんやりとしていて居心地の悪い寝具も、今夜ばかりはそこまで気にならない。


今は気分が良いからだろうか?

いつもは殺伐としていて、人の命にかかわる仕事をしていて、そんなんだから心まで冷え切っていたからそう感じていたのだろうか。

答えの出ない疑問を抱えて、しかしもう一度寝入るには時間がかかりそうな覚醒具合で。仕方なく池の方を向くような恰好になるように寝返りを打った。そんな時。


“ギシギシ…キシキシ…”


不思議な音が聞こえた。

耳鳴りかとも思ったが同じような音が数回続き、さらいに注意し意識して聞こうとして身構えたは良いが、何故かそれきりもう鳴らない。気のせいだっただろうかと思えるほど一瞬の音は当然ながら狭いテントの中ではなく、外からの音、おそらく水たまりの方からだ。一応野生動物を警戒して見張りは立てているのだが、水たまりを泳いでくるようなものが居たら音でわかるだろうと判断し、テントをはさんで池とは反対方向に陣取っているはず。確認するまでもなく、テントの中からわずかばかりの火の灯りが見えるため、間違いはないだろう。


「何か居るのか?」


誰に言うでもなくそう呟いて身を起こす。と、温まっていた身体が冷気に当てられて思わずゾクリと身体が震えた。完全に冷える前にと、急いで上着を着込みテントから顔を出した。


見張りの焚き火は少しだけ離れたところに見える。

距離が大きく開いているわけではないが、領主であり朱眼の魔王として畏怖されているアルトゥーロと同じテントで休もうという勇気があるものもおらず、必然的にアルトゥーロは個人で1つのテントを使っているのだ。エルビーは散々迷っていたが、彼が迷った挙句別のテントを選ぶのはいつもの事。いつかこちらを選んでくれれば嬉しいけれど、強制はしない。それに何だか今回は悩んでいる時間が普段の倍くらい長かった。

何か思うところでもあったのだろうか…と考えがそれかけたのに気付いて修正する。


眼を細めて焚き火を見れば、会話が盛り上がっているのか控えめながら楽しそうな顔でやり取りを交わす見張りが2人見える。逆にこちらは暗い場所に立っているので、テントから顔を出したことすら気づかれていないようだ。声をかけようとして手を上げて、しかしそれでも此方に気づかない見張りたちに気づいて思わず動きを止めた。


「…暖をとるために火を焚いているのは当たり前なのだが、もしこれで人の奇襲があったら絶好の的だな。まぁ、今は気にする必要も無いだろうけれど」


ブツブツ呟きながら考える。そして自分に声をかけられても困るだけだろうし、黙っていようと判断して、とりあえず音がしたほうを確認しようとそのままテントの裏側に回った。


「砂漠だから、獣が居ればすぐに見つかる…な、何だこれは…」


水溜りを覆い隠すように発生している透明の膜。硬いのだろうそれは水面を覆い、昼間見た水面の揺らぎは見ることができない。

太陽の光を反射する水面は美しかった。それはきっと月光に変わっても同じだろうと想像しながら水たまりへ視線を向けただけに、その昼間とは別の姿となってしまった水たまりの様子に思わず絶句。

白く閉ざされた空間に感じた水たまりからは、ゆらゆらと何かが立ち上っているようにも見える。思わず1歩踏み出すと、草が生えていた場所を踏んで“シャリッ”と不思議な音を立てた。


「なんだ?何なんだこれは」


声にしたところでわかるはずもない事は理解しているのだが、初めて見るこの光景にアクションを起こさずにはいられない。草を踏みつける感触が思いのほか楽しくてシャリシャリと繰り返していると、後ろから突然声がかけられた。


「これは、霜です。水面を覆っているのは、氷だね」

「…!?」


声がかかるまで人の気配に気づけずに慌てて振り向いたアルトゥーロだったが、その眼は警戒よりも驚愕によって見開かれた。黒い髪に、もともとは筋肉質だった身体は若干肉が落ちて細くなっただろうか。しかしゆったりとした服の上からでは判別は難しい。こちらを真直ぐにとらえるこげ茶の瞳は穏やかで、口元は笑みを作っていたがしっかり首に巻かれた布によって隠されている。アルトゥーロは彼の事を知っていた。


「お前、まさかガスパールか?」


遺体が消えたとは聞いていた。外部に居た仲間が身体を持って行ったのかと考えて別動隊に捜索もさせていた。それでもいっこうに捕まらなかったから、せめて弔いは仲間の手でさせてあげようと判断して探すことすらやめた相手だった。致命傷を負っていたと記憶している彼が今目の前に居ることが信じられず。思わず問いかけて反応を待つ。暫く相手も無言で立っていたが、やがて観念したかのように1度頷いた。


「…い、生きていたのか。まさか、あれだけの傷で…」

「サソリが、助けてくれたんです」

「サソリ?…シェイラが?」

「いや、違う。彼女ではなく、シンの方です」

「シン?あいつもサソリだったのか?…いや、それよりも、気づいていないのかもしれないが、彼はお前に追い打ちをかけた相手だぞ」

「違う。…確かに死因は彼の一撃だったかもしれない。だけど彼が居たから、俺は助かった。…分からないって顔をしているな?悪いけど、詳しく説明してやるつもりはないぞ」


ムッとした表情がばれてしまったらしく、笑いながらそう茶化すガスパールの態度にわずかに目を細めた。そこでふと気づく。彼はアルトゥーロの目をまっすぐ見ている。笑顔で。そこに怯えた様子はみじんもなく、すきを見てとらえようかと考えていたアルトゥーロは少しだけ警戒を解いた。


「どうやって此処まで来た?」

「ラクダ、使ったよ。さすがに街から歩いてきてたら、時間がかかってしょうがない。あ、ラクダはもう少し離れた水辺においてきたよ。乗ってたら簡単にばれると思ったからさ」

「で、何しに来た?せっかく追手もひいたところだったのに、隠れて住むならもう少しおとなしくしていた方が良かったんじゃないのか?」

「そう邪険にしないでくれよ。用が終わったらすぐにいなくなるさ。ただ…残りはきっと短いから、貴方に知識を授けようと思って」

「はぁ?」


ガスパールの考えが分からずに声を上げると、彼は肩を揺らして笑った。そして紡がれた言葉には、素直に驚くしかない情報が並ぶ。


「だって、知らないでしょう?気温が下がると水は氷るという事。湿度が高いと体感温度が上がるという事。水を吸った大地が凍って霜が降りるという事。そして、僅か数センチの水深で、人は簡単に死ぬという事」

「…死ぬ?水で?」


水は貴重な存在だった。だから目の前に広がった水たまりに感動したのだ。だが、それがどうして死につながるのか、まだアルトゥーロには溺死という死因が理解できなかった。それを見越してやってきたガスパール(八月一日)は、残りの時間をこの世界のために使おうと考えていた。

あと1~3で終わりにして、もう一つのほうに本腰入れる!

王道書く!


予定です。

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