03-69 部外者の自分にできること
僅かな時間の談笑を終えて、唐突に途切れた会話が耳鳴りが聞こえそうなほどの静けさを生む。
何か喋ろうと口を開くが、こういう時に限って話題が何も思い浮かばずに沈黙だけが場を支配し何とも言えない空気が広がる。そこでふと視線を上げて時計を探すがこの部屋の中には見当たらず、必要ないのだろうかと疑問に思いながらもその思いは胸の内にしまい込んで別の質問を口にした。
「俺の残りの時間がどれくらいか、君にわかる?」
自分の寿命の事ではあるが、いつも感覚で判断していたために正確なことはよくわからない。ベッドの上で上体を起こした格好で八月一日がそう問いかけると、船長は少し考え込む素振りを見せてから右手を出した。
「もう一度、見ても?」
「見る?…記憶を?」
「記憶、そして君の魂の調査を」
「もうしていたと思っていたけど」
「あぁ、ここに運ばれてきたときに一度見させてもらった。突然倒れたという事だったので、容体の把握もかねて。だが、意識が無い間に勝手に見るのと、今了承を得てみてみるのでは違うのではないかと」
「変わるのかな?部室の皆の事は部屋に入っただけで見えちゃうんでしょ?」
「あぁ。この船の船員でもあり、我が保護する対象でもある故に」
「ならば俺だって…」
「八月一日アコン、君は特殊だ。魂だけで旅をする者など、君を除いてほかに知らない。前例がないからこそ、君の状態の事は良くわからないのだ」
「そうなのか。まぁ断るつもりもなかったけれどね」
何だかんだと言いながらも差し出された船長の手に八月一日は自分の手を重ねた。握手するような恰好で船長が目を閉じて沈黙すると、再び静けさが戻ってくる。見られている八月一日は何をすればいいのだろうかとする事もなくあたりをキョロキョロみていたが、そう時間を空けずに船長は目を開けて視線を八月一日に送った。
「やはり、詳しい事は良くわからないな。ただ、魂と体の比率というかサイズというか、その2つの存在にズレが生じている事はわかった。…君の場合は自分の肉体ではないから仕方無いのだろうけれど、それのせいで長時間の滞在が出来ないのだろう」
「ズレ、か。どれくらいずれているのか分かれば、残り時間が分かりそうだね。そこら辺は…どう?他のメンバーと比べるとやっぱり違う?」
「…そうだな。魂と肉体をつなぐ橋があるとして、この部室に居るメンバーたちの橋は太く、そして短い。よく見ないと魂と肉体というものがあるとは分からないくらいに重なって見える。けど、八月一日アコン、君の場合はまるで風船だ」
「風船…飛び出してるって事?」
「細い紐で肉体という“重し”につながっている。紐が切れると風船が飛び上がり、そして世界を渡っていく。…そんな感じなのだろう」
説明は難しくいまいち理解するには至らないが、説明の例えは的確であったと言えるだろう。自分の存在のイメージが何となく浮かぶと、自然と表情は苦笑いに変わった。
「風船か…。今の俺に出来ることって、運任せ、風任せに漂うだけなのかな?一応船長が引っ張ってくれているのだろうけど、部室に出会えない世界も多いし…こちらから攻めて出るって事は出来ないのかな?」
「攻める?…例えば何がしたいのだ?」
「例えば…そうだなぁ。部室がつながった時のために俺に出来る事と言ったら、その世界の情勢を把握しておく事くらいでしょ?それだけじゃなくてさ、みんなの旅立ちがスピーディーに行えるように何かしら下準備が出来たらなぁ、とか。それに自分の本当の体の事もね…。このままの旅の方法だと例え自分の体に戻ることが出来ても3年で追い出されちゃうのかなぁ?とか不安もあるし…」
「自分の肉体であれば橋がしっかりつながると思われるぞ」
「でもそれじゃ世界の移動が出来なくなるでしょ?…船に乗れないんだし」
「それは今の君が魂のみだからだ。身体が手に入ったとき、晴れて部室のメンバーとしてこれに乗船することが出来る。それに…君の行いは無駄にはならない」
そうだった。今の自分は肉体が無いんだった、と忘れかけていた事実を船長に言われて自分の体を見下ろした。今はすっかりアコンの身体を模しているが、本来の持ち主はガスパールだ。今まで起きた様々な出来事に気落ちしかけた八月一日は半ば愚痴のように船長に向かって思いを吐き出してしまうと、それに対して返された答えに驚きのこもった視線を彼に送る。
「身体が手に入ったら、船に乗れるの?」
「出発の時にも言ったであろう?君の代わりに乗せた鍵は、魂であり肉体である、と。2つがそろって君なのだ。だから今の肉体がない君は、乗る事が出来ないというわけだ」
「鍵と融合とかしちゃって肉体を手に入れたって誤作動起こさせるとかは無理なの?」
「不可能ではないだろう。ただ、そうすると肉体と魂の比率が悪いままだ。そのままだと…」
「3年で飛ばされる可能性があるって事か」
「その通り。そうした場合君をつなぎとめる“鍵”すら一緒に失われる可能性もある。部室には旅をするにあたって一応老化はしない術がかかっているから、身体の成長が時間を感じることはないだろう。だが魂と肉体の関係はデリケートだから、無理に押さえつけることも出来ない」
「…難しいね。でも何となくわかったよ。それと…無駄にならないってどういう事?今まで俺の行動が何かしらの役に立ったの?」
眼帯奴隷のシンとして仲間を手助けしていたつもりだが、あまり力になれなかったように思える。大会でも負けるという目標のもと打たれていただけだし…と考えていると、その思考を邪魔するように船長が笑った。
「フフッ。…ブラートという街に、降りたことがあるだろう?」
そう問われて視線を落とし考え込む。数多の世界を渡ってきた八月一日にとって思い出すのは簡単ではないかと思われたが、今までで唯一部室の存在を感じた世界だという事をすぐに思い出すとすぐに船長を見てから頷いた。
「覚えてる。旅を始めて、ようやく君たち、この部室を感じた世界だ。ただ…いろいろ偶然が重なって会いに行くことができなかったけど」
「その世界でエネルギータンクが満タンになったタイミングは鷹司ナガレが王の申し出を断ったことが原因であるが、大幅にエネルギーとして変換された関心を集めたのは君だと思っている」
「…え?どういうこと?」
「あの世界で、君はジューンとして生きてきた。そうだろう?」
「そうだ。カリャッカの息子、長男の体を使って生きていた」
「やはりね」
よくわからないという顔をすると、一度頷いてから船長は説明を始めた。
満タンになったタイミングは先ほども言った通り。しかし、満タンになるまでの過程で大幅にエネルギーがたまり始めた時間があった。それを帰ってきたメンバーの記憶と比べてみると、ちょうどジューンの葬儀をしていた時と被る。
「みんなの追悼の意が、エネルギーになった、と?」
「そうだ。冥福を祈る思いと、別れを惜しみ、悲しむ心が影響した。負の感情は生の感情よりも強く、そして激しい。結果、比較的短時間で移動に必要な分をためることが出来たのだ」
「あの時は誰とも接触しなかったのに?」
「鍵が君を見つけたんだろう。そして繋がった。君も、部室の存在を感じていたんだろう?」
「じゃあ…部室のみんなを思うなら、目立つ行動をとっていたほうが良いって事か…」
部室のみんなを思っての行動ではなく、あの世界で生きる人のためにとった行動であったわけだけど、それが結果的に部室のみんなのためになったならうれしいことはない。
「今は、どれくらいたまってるの?」
「あとわずか、といったところか。おそらく今日を終えるころにはたまるだろう。水という必要不可欠なものを餌にしただけはある」
「では…みんなより先に出発しよう。見送るというと、きっと渋る人がいるだろうから」
八月一日を幼いころから守ってくれた鷹司は1人残る自分を心配して、エネルギーがたまっても移動を渋るかもしれない。そうしたら自分が移動するタイミングを見られてしまうだろう。魂が抜けて、残った肉体は死体が八月一日の身体ではないことが救いではあるが、それが残れば心配をかけるだろう。
「もちろん、別れを告げていくだろう?」
「…そのほうが良いよね。今部室にいるし、また何も言わずに別れたら今度こそ怒られそうだしね」




