01-07 音楽室のお化け
“サア ゲームノ
ハジマリダ
オノレヲ マモリ
ナカマヲ マモリ
コノバヲ マモリ
タタカイナガラ
ウエヲ メザセ
タイムリミットハ
マンゲツ ノ ヨル”
**********
「…」
かなりノイズの混じったアナウンスが終わると、もう一度教室内を見渡す三木谷ナナ。
自分は部屋の中央部に立っていて、広さのある部屋に入り口と思われる扉が1つ。その近くにグランドピアノが置いてあり、それとは反対の壁際にはひな壇のように床に段差が付いていることから、この場所は音楽室なのだろうと推測。机や椅子はまばらに残っていて、その乱雑さがちょっと不気味。
「…アンナ?居ないの?」
一体此処は何処の音楽室だろう?何故こんな所に居るのだろう。
確か自分は園芸部の部室に居たはずだ。獅戸アンナも一緒に居たはずなのに、此処には居ない。見当たらない。既に外は真っ暗で、窓からは月の光すら入って来ない。部屋の中には蛍光灯の明かりが灯っているが、数本は完全に切れていて隅にある1本は切れかけているせいでチカチカしている。無いよりはマシだが、薄暗い室内は思いのほか恐い。しかもカーテンが無いので室内の僅かな光を反射して、ガラスが鏡のようになっており不気味さが際立って鳥肌が立った。
「うぅ~。悪戯にしては手が込み過ぎてるわよ…。…誰か居ないの?もう!降参するから!出てきてよ!」
お化け屋敷は嫌いではないし、苦手だと思ったことも無かった。しかしそれは“作られた恐怖”という前提があったからなのだと改めて思う。重くまとわりつくような空気に耐えきれずに声を出すが、当然返事は返ってこない。
どうしよう。とりあえず外に出てみたほうが良いだろうか…?と考えていた時に“カタッ”と小さな音がした。
「誰!?…隠れてるの?」
ビクッと肩を震わせて音がしたひな壇の方を見るが、人影はおろか動くものも無い。まばらに設置されている机や椅子の陰に隠れるには無理があるし…と考えながらも、勇気を振り絞ってひな壇を上がってみた。
「…あら?何かあるわ…」
隠れる場所なんて無いと思っていたが、一番上のひな壇の上、机が2つ並べておいてあるその後ろに何かがあるのが見えた。大きな箱に見えるそれ、きっとその中か後ろに仕掛け人が隠れているに違いない。
「散々脅かしてくれたお礼をしなくっちゃいけないわよね…まったく!誰がこんな事……きゃっ!?」
悪戯の犯人が分かると思えばこの状況に置いた奴に怒りが沸く。いきなり箱を開けてやれば、仕掛け人も驚くだろうか。そんな事を思いつつ残りの距離を軽い足取りで詰めて机の後ろに回りこみ声を上げるが、そこにあったものに驚いて小さな声を上げてしまった。
木製の棺。
顔の部分の窓は閉じられている。
巻きつけられた鎖。
封をする南京錠。
悪戯だと思いたい。悪趣味なのは見逃そう。この中に何があるかなんて、開けようという気どころか触れてみる勇気すら無くなってしまった。
“怖い。此処に居たくない”
そう思ってしまえば、サッと身を翻す。唯一の出口に向かって走ろうとして、前にあった机にぶつかってしまい“ガタン!”と大きい音を立てて倒す。と同時に、近くにあった椅子が何故か後ろにひっくり返った。まるで座っていた人が勢い良く立ち上がったような動きに三木谷はさらに驚いて
「な…何なのよ…」
ぶつけた痛みとポルターガイストのような家具の動きに若干涙目。独り言を口にするのは無音状態のほうが怖いと感じたから。BGMが自分の心音なんてどんなホラーゲームか。もうヤダ!と放り出したいが、ゲームじゃないしそうもいかない。立ち止まってぶつけた所を擦っていたが、
-カツン…カツン…-
「!??」
足音だ。この部屋の中で聞こえる。しかし姿は見えない。怖いのを我慢しながらも音の発生源を探していたが、
「まさか…近づいてる!?」
確証は無いが、近づいているような気がする。思わずひな壇を駆け下りてから自分がさっきまで立っていた場所を振り返れば、三木谷が倒した机が“フワッ”と浮いて元の場所に戻った。
「っ!!!??!?」
嘘でしょ!?としか言えない。
悲鳴を上げるのだけはかろうじて堪えた。もし見えない誰かに聞かれでもしたらたまったもんじゃない。まっすぐ三木谷のほうへ来ないのは、見えない相手…お化けなのか?…もこっちが見えないんだろう。生きてる人は幽霊が見えないのと同じで、幽霊も生きてる人が見えないんだ。…あれ?幽霊は幽霊が見えないんだっけ?…恐怖で思考回路がショート寸前。
もう駄目だ。ここに居たら不味い気がする。ふらつきながら1歩踏み出し、駆け出すと出入り口の引き戸を“ガラリ”と開けた。
「あ、あれ?…嘘、何で!?」
出ようとした。ドアも開けた。廊下が見える。しかし踏み出せない。
何かに阻まれ進めない。手で叩いてみるが何も触れること無く、空中で拳は止まってしまう。…やっぱり出られない。
と、足音が背後に迫ってきているのに気づいて慌てて横に飛びのいた。
-ガラッ!…カラカラ…-
三木谷がドアの前をどいて直ぐ、ドアが勢い良く閉まった。…と思ったら再びゆっくり開いたり、閉じたりを繰り返している。
「うぅ…ど、どうしよう。どうしよう…」
怖くて震え、涙が出る。音楽室は広いが、何か正体不明の存在も一緒に居ると思うと休めない。フラフラとグランドピアノと壁の隙間を後退って居たが、ピアノの椅子に接触して“カタッ”と音を立ててしまった。
「「!」」
しまった!と思ったと同時に、見えない何かが此方に気づいた様子で足音が近づいてくる。
「来ないで…来ないでよぉ!」
既に冷静さは欠けており、最短距離を逃げるように机や椅子にぶつかりながらも再びひな壇を上がる三木谷だが、音を立てたせいだろう、足音もしっかりついてきていた。もう逃げ道が無い。
「…そ、そうだわ!窓を開ければベランダがあるかも!」
何で音楽室から出られなかったのかは分からない。しかし窓からなら出られるかもしれない。
僅かな希望にすがるように窓の鍵を開けて“ガラッ!”と勢い良く開く。…が
「やっぱり駄目なの…?」
手はやっぱり窓枠を通過できなかった。何かによって阻まれる。しかし、出入り口のときとは違って真っ黒な壁があるような窓の外。光が入ってこないどころか、風景も見えない暗さを不審に思って顔を近づけ外を見ようとした時、目の前の暗闇に線が走った。
「…え?」
風景にひかれた線。これは何だ?と凝視してしまった次の瞬間、パカッと開いてギョロリと眼が覗いた。
「いやぁぁぁあ!!!!」
思わず飛び退る。ガタガタと震えながらも眼が離せない。
暗闇に浮かんだ1つの眼。しかしそれをキッカケにするように、パチリパチリと眼が開いていく。ギョロギョロと辺りを見渡していた無数の眼が目の前の物に焦点を合わせようと動いた時
-ピシャン!-
窓が勝手に閉まった。しかも鍵までしっかり掛かった。
良く分からないが助かった。足音のお化けか!?グッジョブ!…と言ってやりたいが、お前もどっかに行ってほしい!
半ば這うように再び雛壇を降りれば、隠れられそうな場所…を探して、グランドピアノの下にもぐりこんだ。
「うぅ…ふぇ…うわぁ~ん…」
まだ状態を打開したわけではないが、ひざを抱えて座り込んだ時点でもう限界だった。我慢していた涙が一気に溢れ出し声が大きくならないように手を口元に当てて泣きだしてしまう。足音は依然としてついてきているようだが、害を及ぼす気は無いような気もする。もしかして良い奴だったのだろうか。
あふれる涙を拭いながらもそんな考えが浮かぶようになってきた時だった。
変化は唐突に訪れる。
-「ミッキー!」-
「!?」
自分を呼ぶ声だ。ハッと顔を上げて辺りを見るが、薄暗い音楽室には誰も居ない。しかしこのあだ名で呼ぶ人物は特に親しい人のはず。
「誰!?…ど、何処にいるの!?」
誰でも良いから側に居てほしい。一人は怖い。もういやだ。そんな事を思いながらも返事を返すように声を張り上げる。
-「なんだってこんな…ミッキー!おい、大丈夫か!?」-
此方の声は届いていないのか、質問に返答は無く会話は噛み合わない。しかしこの声には聞き覚えがあった。
…まさか…
「…舞鶴先輩?」
訝しみながらポツリと呟いた時“カシャン”と音がして何かが目の前に落ちてきた。
ビクッと肩を震わせるが、それと同時にかすかな風が吹き抜けて霧が晴れるように目の前に誰かの姿が現れる。恐らく足音のお化けだったのだろうピアノの側に立っているその人物は、ピアノの下からでは下半身しか見えない。「誰だ?」と思って這い出ようと思ったが、現れた人物も先ほどの僅かな音に気づいたのだろう、スッと屈んでグランドピアノの下を覗き込んだ。
「…ま、舞鶴先輩!」
喜びに声を上げる三木谷。
彼女の目の前に現れたのは同じ部活の先輩である【舞鶴チアキ】その人だった。