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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
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03-65 水売り

「水を手に入れられるって言うのはここかい?」

「あ、はい。こちらの列に並んで下さいね」


大きな空の器を持っていた男性に声をかけられた月野は、慣れた様子でそう告げて既に出来ている長だの列の最後尾に案内した。チラリと先頭を見れば、水を売り渡すカウンターに控える鷹司と用心棒代わりに待機する雨龍が見える。


「もう終わりか!?あと少し、もう一声、気持ちちょっと多めに…」

「何言ってんだ。俺らが使う分ばわけてやってんだぞ。もっど欲しいだば代わりの物を大量に持ってき」

「…くっそ!お前らずるいぞ。水を大量に抱え込んで、俺達から物資を巻き上げるつもりなんだな!」

「ずるいだぁ?だったらお前らに分けねで自分らで使うわ!文句へるだばコレもって帰れ!」


水が入っている器とは反対の天秤の皿に置かれている鶏のような物を掴みあげようとした鷹司を、客の男性は慌てて止めて文句を言うのもやめた。

金銭の無いこの世界では物々交換が主流と言う事で、天秤を利用した量り売りを開始していた。

客が持ってきた空の器を片方に置き、もう片方にそれとつりあうように重石を置く。それでから交換として出す物資を重しを置いたほうの器に入れて、それとつりあうように器に水を入れるという仕組みなのだ。

安全に手に入る代わりに、同じ重さの物資が必要となるだけあってこちらも結構高価で手が出しにくいといわれているが、この街は闘技場があるだけあって腕の立つ人が沢山いる。野生生物を狩ってそれを交換に出す人も少なくなかった。

その場合は捌いて無いどころか血抜きすらしていない場合が多いが、これらはすべて船長がまるっと引き受けてくれるので、無限に手に入る水を使っている部室メンバーは「使える部位を切り分ける」という事はしない事にした。

今は八月一日に会ってから既に5日が経過しようとしており、良い意味でも悪い意味でも噂が広がって、既に「知らない人は居ない」と言ってもいいだろうという知名度を獲得していた。それとは別にどうすれば良いのか分からずに段々と面倒になってきていた大会は、何故かあの日の朝に中止が決定し予選の段階でとまっている。


「はい、次!」

「少し変わるか?鷹司。ずっとカウンターに立っているだろう?」

「回転も速いし疲れてねぇ、気にすんな。雨龍はしっかり睨み効かせどけし」

「…分かったよ」


八月一日と顔を合わせたのは鷹司と舞鶴のみで、後から話を聞いたほかのメンバーはかなり驚いた顔をしていた。この部室と言う船で一緒に行けない、と言うのは船長も言っていたから仕方ないのかもしれない。それでも出会う事が出来たと言う事は、八月一日も彼独自の方法でありながら時空と世界を渡る術を持っていると言う事で、2度と会えないということでは無いんだと安堵も出来た。だが、鷹司は八月一日について行くことを拒まれ一度分かれてからかなり機嫌が悪いようで、ニコリともしない。元々あまり表情が顔に出たりするタイプではなかったが、明らかにピリピリした空気をまとっている今の様子に仲間も気軽に声がかけられず、今に至っている。

ただ、危険度が高いかと思われた水の売り子としては、愛想が悪いが仕事は早くいかさまもしないという事でちょっかいをかけてくる奴もほとんど居ない。居たとしても傍に控えている雨龍の朱眼を見るとそそくさと帰っていくので、今までは比較的平穏に仕事が進んでいる。

そうこうしているうちに次の客がドンと多きなシカのような生物をカウンターに置いた。それを既に慣れた手つきで調べてから、コレが乗るように大きな天秤を用意する鷹司。


「…おま、デカイの捕って来たな」

「まぁな。水は毎日使う必需品だし、狩りよりも危険な水汲みへ行かなくていいなら例えいい獲物だってお前達に譲るさ」

「そいつはどーも」


既にこんなやり取りも珍しくは無く、部室メンバーたちは着実に物資と知名度というエネルギーを溜め込んでいった。



**********



太陽がもう少しで沈むかという頃合の夕方、やっと人の列が落ち着くとやっと休憩を入れられると鷹司は手を上げて大きく伸びをした。それを見ていた月野が、キンキンに冷えたサボテンジュースを持って近づく。


「お疲れ様、これどうぞ?今日何も飲んでへんやろ?…急がしいんは分かるし、やらんといけない事なんも分かるけど、ちゃんと休憩はとらんとあかんよ?」

「あぁ。…そうだな」


小さな声でありがとうと言いながら受け取ると、疲れを誤魔化すように一気飲みして深く息を吐き出した。無茶をしているつもりは無いが、鷹司は自分がイライラしているのを誤魔化すように遮二無二に身体を動かしている事を自覚している。それが他の誰でもない、幼い頃からそばに居て、傍で守ってあげなければと感じたこともあって、持ちつ持たれつの関係であった従兄弟の八月一日にやんわりとだが拒絶されたせいだということも理解している。

話したいことが沢山あると言っていたのに、八月一日はほとんど聞き手に回って彼がどういった状況で世界を渡る羽目になったのか良く分からなかった。もしも同じ場所へ連れて行かれて、あそこで一人で戦っていたのだとしたらと思うと、やるせない気持ちが胸にあふれる。逆に同じ時間に同じ場所に居たのだとしたら、どうして声を上げなかったのかと怒りたい気持ちも湧き上がる。

幼い頃から病院通いだったせいか、他人に迷惑をかけることを常に気にしている八月一日は誰かに頼ると言う行為がとても苦手だと言うことも分かっていたのだが。


「…どこさ行った?あいづ…」

「あいつって…アコン先輩ですか?」


無沙汰は無事の便りとも言うけれど気になってしょうがなく、思わず口に出してしまうとそれを聞いていた草加が反応を返した。あれ以来姿を店に来ない園芸部部長に、今になると舞鶴と鷹司が夢でも見ていたんじゃ無いかという思いも少なからずわいてくるが、そう思ってはいても口には出さない。何より鷹司は八月一日の血縁者、他のメンバーよりも強く心配するのは仕方ないだろう。


「無事だといいですけど。僕達にも顔を見せて行ってくれれば良かったのに」

「…だな。次はもっと詳しく、情報きかんと」


「すいません、失礼します」


ブチブチと愚痴のようなものを言い合っていた鷹司と草加の耳に別の人間の声が届いた。一応水を売るのは日中のみと決めていて、人がまばらになったあたりで終了宣言もしていた事からたとえ客であったとしても対応が出来ない。そう思って水の販売は終了したと言おうと顔を向けると、そこに立っていたのはエルビーだったため思わず言葉を飲み込む。水を買いに来たのでは無さそうだと、雰囲気で察したからだ。


「どうした?マッサージば体験にでも来たか?」

「いえ。客でなくてすいません。まずは先日、ビッキー様捜索に助力いただいたことを感謝申し上げます」

「あぁ、あの件は…僕のほうも迷惑をかけてしまって、申し訳ありません」


からかうように鷹司が声をかけると、まじめな様子でエルビーが頭を下げたのですかさず草加も謝罪を口にした。あの時は何処で誰が関わっていたのかなんて分からなかったが、後になって話を聞いた結果いろんな人に迷惑をかけていた事が分かったのだ。しかし草加の謝罪を受けてエルビーは少しだけ困ったような笑顔を見せた。


「いえ、此方のほうこそマッサージ屋のかたがたには迷惑をおかけしました。もっとしっかりしていれば起きなかった事件であったかもしれないだけに、巻き込んでしまった形になった皆様には大変申し訳なく思っております」

「いや、それを言うなら僕らの方も平和ボケしすぎていたと反省してたんですよ。…もうちょっとしっかりと現状を見ていないといけなかったのですが」

「もう過ぎた事だ、気すんな」


死傷者はマッサージ屋の奴隷のみ。しかも戦闘による負傷ではなく、違反者としての罰としての処刑だ。最低限の犠牲ですんで、良かったというべきだろう。

犠牲と言えば…


「そういえば、シンの…奴隷の首って1日晒したら主の元に返ってくるって言ってませんでした?」

「あ。そういえば。今あいつの首は何処さ行った?」


最初の説明どおりなら、既に手元に返ってきていてもおかしくない。それなのに今だ帰ってこない奴隷の首に草加が思わず質問を投げかけた。鷹司は極力思い出さないようにしていたようだが、そういえば来ていない、約束と違うと口を開く。そんな様子にエルビーは眉を寄せて怪訝そうな顔をしてから口を開いた。


「そちらの奴隷の首は処刑された次の日の早朝にマッサージ屋の者という方が引き取っていきましたよ」

「次の日?誰だ?」

「マッサージのお店では見たこと無い人だったようです。金の髪紫の瞳だったと聞いています」

「アコン先輩かな?…でも晒すって」

「えぇ。ですが被害者であるガスパール失踪により、罪の証拠が無いのに晒すのは問題だとしてやや強引にもって行ったようなのです」

「…そういえば、あの日、あいづ荷物ば抱えてたの。部室サ持って入らず、外に置いたから特別大切だばねど思ったばって…まさかアレが首だったんか?」

「心当たりがありますか?」


エルビーの言葉に一度眼を合わせた草加と鷹司は揃ってうなづいて肯定した。


「では、アコンと名乗る青年はマッサージ屋の関係者で間違いないのですね。…彼から言伝を預かっています。『もう少し時間が掛かるけれど、今やっている作業が終わったら会いに行く。だが、待っている必要は無い。移動が可能になったならすぐに飛んでかまわない』と。確かに伝えましたよ」

「アコンさ何処にいるか知ってるのか!?」

「え、えぇ。少し前からアルトゥーロ様の屋敷に出入りしていますが…」

「作業っていったい、何をしているんですか?」

「それは…俺の口からはなんとも…」

「なら…案内しろ。アコンの所さ、俺も行く」


何かしている。きっと大変なことに手をつけているに違いない。だが、それでも彼は誰にも頼ろうとはしない。知っていたはずの八月一日の性格に悔しさと怒りが再発した鷹司はギリッと拳を強く握った。

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