03-60 俺がやる
相手を傷つけるような武器も持って行かなかったし、当然ながらその時に決着をつけられなくて、シンを地下に置いたまま上がってきた猫柳と鷹司。どうにかして延命を試みようと思っていたが、シン本人にその意思が感じられない。窓の無い地下唯一の出入り口である階段の先には監視の目があり、ここから逃がす事なんて簡単に出来るはずも無いのだけれど、生きたいと彼が思うのならば手伝えるかもしれなかった。
気落ちした様子で上がってきた2人を上で待っていたアルトゥーロが出迎えた。
「話は済んだか?」
「…いや…」
言葉が出てこない猫柳の換わりに鷹司が首を振って返事を返した。ややぶっきらぼうに言い放ってしまってから、最後の会話の邪魔をしないように離れていてくれた彼に対して軽く頭を下げた。その後でふと疑問を口にする。
「あいつは…もう、助けられないのか?」
「助ける?なぜ?」
「何故って…彼は僕達の仲間だ。助けたいと思うのは当然でしょ?」
鷹司の質問に対して、何故そう思うのかと真剣に疑問を投げかければ、猫柳がすかさず口を挟む。人はいつか死ぬものであるという事実は変わらないのに、個人に対しての執着の違いでこうも他者に対するお別れの仕方が変わるようだ。日本で生きてきた猫柳たちには、死というものにあまり親しみが無かった。いずれ迎えるものなのだけれど、いつだって他人事。自分の死がそばにあるとは考えていない。
対して砂漠に住む彼らは違った。死は常に隣り合わせ。自分が死にそうになったこともあるし、既に若くして知り合いを失っている者も数多い。ガスパールのように伴侶が既に居ないという夫婦も珍しくは無いのだ。
命がそれほど重くない。だから奪い、奪われる事にさして疑問を抱かない。それがこの町が成り立っている根本に存在する人々の意思だった。
多くの人間を掃除してきたアルトゥーロ。その罪の意識を感じてはいても、精神崩壊まで堕ちなかったのはそんな意識の違いもあるようだった。だからこそ、人を殺す事に躊躇いを感じはしても、後悔をいつまでも引きずったりしていない。シンとも比較的中の良い間柄ではあったが、身内といえるほど内側にいるわけではない。だから、罪を犯した犯罪者として罰する事に異論は無かったのだ。
「罪は裁かれなければならない。一般人であったなら、眼帯奴隷に落ちるだけだったかもしれないが、既に前科のあるあいつが人を傷つけるのは死刑に直結する事だと、恐らく自分でも分かっていたはずだ」
「でも…」
「助けたいという気持ちも、分からなくはない。だが、あいつはもう終わりだ。残念だがな」
「終わりって…それで良いの?」
「良いも何も。仕方なかろう?助けたところで何処で匿うと言うのだ。この町しか人が生きられる場所はない。ここで生かすことが出来ないなら…送るしかないだろう」
淡々としたセリフではあるが、表情がわずかに歪んだのを鷹司は見逃さなかった。猫柳も、アルトゥーロが抱える問題に気付いて言葉を飲み込む。そんな2人の横を通り過ぎて、アルトゥーロは地下への階段へ足をかけた。
「お前たち2人の時間は終わりだ。後は俺が引き継ぐ」
「引き継ぐ?だば、あいつを処刑すんのは俺らと…」
「生かしたまま出てきたお前たちに、もう一度殺しに降りる勇気があるのか?…長くこんなことをしているとわかるものだ。お前たちは手を汚したことがないのだろ?…今回は俺がやってやる。邪魔になる前に部屋を出ていけ」
突き放すようにそう言って軽く肩を押してやると、鷹司の抵抗も微々たる物で数歩後ろに下がった。アルトゥーロは目配せで「こいつらを部屋の外へ」と傍にいた仲間に命令した後で、剣を鞘から抜いて一度刃毀れをチェックしてから地下室の階段へ向き直る。
傍に控えていた男達に強引に部屋から押し出されそうになりながらも、歩いていく後姿を見て最後の足掻きとばかりに猫柳が叫んだ。
「短時間だったけど仲間だったんだ!大切な人に生きていてほしいって思うのはいけないことなの!?」
しかしそれには応えない。依然として背を向けたまま1歩階段に足を乗せたアルトゥーロに、今度は鷹司が口を開いた。
「俺がやる!」
ピクリと動きを止めたアルトゥーロと猫柳。僅かな時間沈黙が支配し、そして2人の視線が鷹司に集まる。それを受けてもう一度鷹司は繰り返した。
「俺が、殺る」
「出来るの?君に出来るとは思えないのだが」
「やる。俺がやらねば。…猫柳、お前は月野達ば探しておいてぐれ。終わったらやすぐサ帰ぇるぞ」
「え、ちょっと嘘でしょ!?待ってよナガレ!そんなの納得できないって!」
猫柳を押し出そうとしていた男達ごと、鷹司は猫柳を外に押し出した。すがり付いて言い募ろうとしたのだが、伸ばした手は届かない。1人では足に力を入れても押し出される力に対抗できない。あれよあれよという間に部屋の外へと流されてしまった。
「遺体は山の麓に捨てるのが慣わし。獣の餌として活用させてもらう。…首は明日1日晒して手元に戻る。それまでの別れだ。大人しくしていてくれ」
目の前で扉が閉じられていくのを必死に止めようと抗ったが叶わなかった。最後に残されたアルトゥーロの言葉に、思わず足から力が抜けて、外に出されたとたんに座り込んでしまった。
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「すみません、空いてる部屋借りたいんやけども、使っていい場所あります?」
ガスパールを寝かせるための部屋を探していた月野だったが、思っていた以上に成果は悪い。どうせ死ぬ人物であるという認識があるようで、誰に聞いても渋い顔をするのだ。もうこうなったら強引に何処か1部屋を使うしかない。焦りながらそう思って駆け回っていたが、フと見知った顔を見つけて思わず通り過ぎそう担った通路に顔を向けた。
「あれ?…猫柳先輩?」
決して小さくは無かったと思うが、この呟きを猫柳は拾えなかった。ドアの前にドアマンのごとく強そうな男が立っている部屋の前で、そのドアを見つめて力なく座り込んでいる彼。いったい何があったのかと、一瞬迷ってからそちらへ足を向けた。
「先輩。…猫柳先輩、大丈夫です?」
「えっ、は、あれ?月野ちゃん…」
「具合でも悪い…何があったんですか?」
肩を揺すってようやく気付いた猫柳に、具合が悪いのかと眉を寄せるが、今にも泣きそうな表情であったことに気付いて質問を変えた。今までの出来事を話してしまおうかと口を開いた猫柳だが、この事情には月野が関係していると思い出して声が喉で詰まる。言うに言い出せずに思わず口をパクパクとさせていると、月野が割り込むように口を挟んだ。
「急いでないんやったら、後で聞いてもえぇかな?言い訳も説明も、後回しや。今、怪我をしたガスパールさんの治療のために安静に出来る部屋を探してるんよ。手伝ってくれへん?」
その申し出にハッとした顔をする猫柳。シン処刑の原因であるガスパールが生存したら、罪がなくなるのではないだろうかと思いつき、わざとらしく声を張り上げた。
「ガスパールさん、怪我したって聞いたけど、どんな状態なの?」
「え?えと、確かに出血がひどいな。腕も骨折してはるし。でも一番は、やっぱり首の傷やね。急がんと手遅れになる」
「首…」
シンが意図的につけた傷。これが何とかできれば、まだ助かるかもしれない。パンと両手で頬を打ってから、猫柳は膝に手を置いて立ち上がった。そして真剣な顔で月野を見る。
「僕も手伝う。彼を必ず助けよう!何処にいるの?案内して!」
「う、うん。こっちや」
この会話が部屋の中に聞こえただろうか。先を走る月野を追いかけながら猫柳は、お願いだから早まった行動はしないでくれと願うしか出来なかった。




