03-58 残りの命の使い道
先ほどまでは大勢の奴隷が押し込められていた地下室。人がいなくなって初めてわかる地下室の広さに、何となく寂しさというか心細さを感じるが、奴隷たちは今は保護されて別の部屋にいるはずだから、こんな気持ちになる必要はないんだけどな、とぼんやと考えていた。
一度その場所でグルリと周囲を見渡してから、シン(八月一日)は上へあがるための階段の下から2段目あたりに腰を下ろす。
そうすると眠気を感じることが無いこの身体では、物事を考えるしか時間をつぶす術がなく、何とはなしに気を抜くと考えてしまうの先ほど刃を向けた男の事。
今頃、彼は死んだだろうか。植物と能力を使えば確認することが出来るだろうけれど、なぜかどうしても見てみようとは思えなかった。
別に殺したかった訳ではないのだ。医療機関がまだ未発展なこの世界では、あの傷で生きるのは苦痛を伴うと思った。長く苦しむくらいならば、せめて一瞬で楽にしてあげようとも思った。誰に対してというわけでもないが、言い訳みたいな言葉になってしまう。
決して嘘ではないけれど、最初に散々ガスパールのための言い訳を考えた後に来るのはやはり正真正銘の本音だった。
その場にいた人間に真意を確認したわけでは無いが、あの状況を見て一瞬で「月野がガスパールに怪我をさせた」という周囲の奴らの認識を察知した。ベナサールが月野を眼帯奴隷にすると口にしたことも考えが正しいと思わせたわけだけれど。
月野自身は何が起きたのか、自分が何をしたのか、自覚していなかった様子だったけれど、本当に彼女がガスパールに怪我をさせたのだとしたら普通の一般奴隷をスキップして眼帯奴隷にされても仕方がないというのがこの町のルール。たとえ犯罪者に犯されそうになって身を守っただけだとしても、この場合月野の方が有罪となってしまうのだ。おそらくそんな理不尽な状況になってしまうのは正当防衛なんてものが無いからだろう。ルールがしっかりと作られていないのだ。意図的にか、それとも事故かなど詳細を調べるなんて事すらしない。過程はどうあれ、結果がすべての世界なのだから。
…なんと生きにくい世界だろうか。明確な時間や金銭どころか、法律も文字もない。縛られるものが無く自由に見えたのは外側から見た時だけで、そこに住まう人たちは自分の命がふるい落とされないようにしがみ付くのに精一杯だ。
もしも問題が起きた場所が闘技場だったならばお互いの自己責任でと見逃してくれたかもしれないけれど、この町は人口が多すぎるから減る分には大歓迎という方針なのだろう。此方の言い分なんて、たとえ聞いてくれたとしても考慮してはくれないはずだ。
だから…そう。
だからこそ罪を上書きしたのだ。
怪我をさせたのは月野かもしれない。だがあの時点で生きていた…と思う。そこにとどめをさしたのが自分だ。眼帯奴隷のシン、すでに罪を背負った身。もう一度断罪されたとしても構わない身体。
すでにもうこの世界で生きた時間は1年…いや、もうそろそろ2年近く経つだろうか。長くても余生1年程となるならば、残りの命を有意義に使わなくてはいけない。
「もう、お別れか…結局言い出せなかったな…」
最長3年の己の寿命。既にカウントダウンは始まっていて、後はきっと転がり落ちていくだけだ。
最初のうちは偶然だと思っていたが、なにをどう頑張っても3年以上1つの世界で生きられなかった。ある時は病気で。健全であっても突然の事故で。必ず死が訪れて、再び世界を移動する。
何故なのかは分からなかったが、恐らく異物を取り込んだ世界の、我慢の限界だったんじゃないかと勝手に思う事にしている。散々自分で悩んだ後でそれでも結論が出なかったら、センに聞いてみてもいいかもしれない。
次はもっと色々話そう。そして仲間である部室の皆に何処まで話して、何処を隠すかちゃんと決めておかなくては。
次の世界でも会えるだろうか?
…いや、きっとすぐに再び出会うのは難しいだろう。最初の1回は部室が世界とつながった感覚はあったけれど、うまい具合にすれ違ってしまった。だから次から仕事や血脈に縛られないように行動してきたわけだけど、期待して生を受ける割に部室との遭遇率が低く感じる。
あぁ。また何十年か後になるのだろうか。
後悔のため息を吐いたとき、上の部屋で扉が開く気配がした。
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「この部屋だ。地下に入れて置くように命令しておいた。遅くとも明日の朝までには片付いていないと、こちらで処理させてもらう事になる」
1つの部屋の前まで鷹司と猫柳を誘導してきたアルトゥーロは、そう説明をしながらドアを開けた。そしてさらに付け足す。
「もし自分たちで処理できないと感じたら、俺が引き取る。だから…だからそう、思いつめた顔をするな」
そういわれてお互いの顔を見合わせた鷹司と猫柳。あぁ確かに。お互いにまるで恐ろしいものを見た後のような、青ざめた顔をしている。猫柳はハッとして無理やり笑って見せたけれど、無理をするなと鷹司に肩をたたかれて一瞬で元に戻ってしまう。
部屋の中には2人の男性が地下への扉をふさいでいる。しかしアルトゥーロが軽く手を払う動作をすると、声に出さずとも理解できたようで、その場を離れてアルトゥーロの方へとさがった。そして若干ビクビクしながらも、目元を隠している彼へ声をかける。もちろん視線はそらしたままで。
「すぐに刑が始まりますか?」
「いや、自分でやるか、俺たちに任せるかを決めさせているんだ。もう少し時間がかかる」
「そうですか。…ですが、今合わせて良いのですか?」
「彼らはあの奴隷の飼い主だ。刑執行の前の最後の別れくらいさせてやっても構わないだろう」
「そうではなく、危険ではないかと」
「あぁ。彼は大丈夫だ。それにきっと、本来ならば誰も傷つけたくは無かったんだと思うよ」
「はぁ…」
背後でボソボソと小声でしゃべるのを無視して、鷹司と猫柳は地面にある地下室への扉だろう板を引き上げた。
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「草加君!もって来たよ!」
「月野先輩、駄目だ。抑えてても血が止まらない」
「一応この家にある植物で止血作用が出るような植物を選んで来たけど…」
「良かった、薬になりそうなもの見つかったんですね。でも…たぶんこのままじゃ駄目だ、せめて傷口を…縫うか何とかしないと。医療に詳しい訳じゃないからなんとも言えないけど…」
月野と草加が合流し、問題がスピード解決した後すぐに、月野はガスパールの手当てをするべく運び出されていく彼を追いかけた。慌てて後をついて行こうとして、同じ部屋に居たシンのほうへ顔を向けて「ついて来い」と手招きをしながら視線を送る。だが、彼は笑って首を振ったので、それ以上とやかく言う前にすぐ月野を追いかけて出て行った。
ガスパールが引きずられて行ったのは家の外だった。どうせすぐ死ぬだろうからと、良く確認もせず、回収が便利なように外に出されたのだろう。そんな彼を追いかけてきた月野はて地面に転がった彼の傍に膝をついた。
腕の骨折はひどいけれどその折れた骨自体による出血は無さそうだ。だが問題なのは直視するのが躊躇われるほどひどい首の傷。シンが最後につけた傷だ。首にあるために紐などで縛って止血する事は出来ない。
そこで草加が布を当てた上から手で直接圧迫して止血を試みている間に、月野が家の中を走り回って必要なものを集めてきたのだ。
「あかん、脈が弱々しいわ。このままやと…」
「諦めちゃ駄目です!…そうだ、せめて室内に入れましょう。外はさすがに寒いですよ」
「せやね。体温をこれ以上奪われたらほんまにあかんわ。うち、確認してくる」
「あ!ついでに誰か男手を呼んできてもらえません!?さすがに僕1人では安静に運ぶのは無理です!」
「わ、分かった!」
発見した当初は早く手当てをしなければ、というおもいばかりが先走って状況を正確に把握、判断できていなかったようだ。いまさらながら寒くなる砂漠の野外ではなく、どこか室内の一角を使えないかと思い室内に走ろうとしたところで草加が要望を追加した。負傷した大人の男性を運ぶのだ。高校生1人では移動させる事は出来るかもしれないが「安静に」運ぶのは無理。先ほどの事件でちょっと男性に対して苦手意識が強くなったが、それでも人助けのためにとすぐに肯定の言葉を返して家の中に入るために扉を開けた。




