01-06 多分の話
光が消えて暫くして、再び恐る恐ると眼を開けた九鬼。
目の前には鷹司の背中。
そしてその前にあったはずの棺は、ロッカーごと消えていた。
「…ナガレ先輩?」
九鬼に背を向けて此方を向かない鷹司に遠慮気味に小さく声を掛ける。
もしかして、何か良くないことでも起きただろうか…?
しかし、そんな不安は九鬼を振り返った鷹司にかき消された。
「もう平気。先、進もう」
「先輩!…大丈夫ですか?何が…あったんですか?」
「アレは…いや、アイツも俺もだった」
「…?え?」
眼が点というか、良く分かっていない九鬼を見てフッと笑み零せば、とりあえず説明してやろうと椅子を勧める。長く話すつもりは無いが、高い確率で九鬼にも訪れる出来事だろう。落ち着いて話しておきたい。
「いが?俺も確証ば得て話していらわげだばね。自分サ体験した出来事から「たぶんこうだ」ど推測して話す。まず念頭サそれ置いてぐれ」
「分かりました」
簡単な前置きを置いて話し始める。
まず、棺の中身は自分だった。コレはどうやって分離(分裂?)したのか分からないが、精神体のようなものだろう。触れ合った時に自分の中の何かが欠けているのに気付き、一つになった時にそれが戻って満たされたのを理解した。
棺は引き剥がしたもう一人の自分を捕まえておく入れ物、鎖はそれが漏れないように、本体に引き寄せられて勝手に戻らないように封の意味を持たせてあったのだろう。
自分で自分が見えないのは、試練のようなものだと考える。
一人ではクリアできないゲーム。棺は仲間に探してもらい、自分は鍵を探す。
九鬼が最初に室内を見渡した時に鍵が見つからなかったのは、鷹司が気付くまでは見つけられないという効果でもあったのかもしれない。これは予想にすぎないが。人体模型が鍵になったり、大きいロッカーが消えたりするのだ。もう何があってもおかしくは無い。
「アナウンスだば、ゲームの始まりど言ってたな。自分ば取り戻すのがゲーム?なら、後は上ば目指すすだげだ」
「なるほど。確かにそれは一理有るかもしれませんね」
「それど、欠けた俺の一部の…パワーアップ?…のおかげか…機械類だば触っただげで構造が理解できる。…気がする」
「気がする…って。でも確かに、人体模型は触っただけで直せましたよね」
「自分だば良ぐ分からん。調べるには時間も足りねぇし。たぶん部屋からは出られるはずだが。…んだば九鬼、お前は?行動範囲サ制限掛かってねぇの?」
「へ?…俺?…あ、そういえば特に何かに行く手を阻まれたりはしてませんね」
「鍵は?」
「それっぽいのは拾いましたけど…」
そういって下駄箱で見つけた種から双葉が生えているデザインのキーホルダーがついた鍵を見せた。鷹司はそれを凝視して腕を組み。
「コレが九鬼の…。行動範囲が制限されてら場所サ棺があるんかど思ったんだが…それか、九鬼は分裂してねぇのがも?」
「うーん、どうなんでしょうか…。範囲が広いと困りますね」
「まずは移動するか。一人で解決でぎねぇだば、此処に居るかも知れん奴等探さねぇとな」
「そうですね、行きましょう」
出られるかは分からないけど!と言いながら先に席を立った九鬼がガラリと戸を開けて、直ぐにぴしゃりと閉じた。
「…なした?」
「ヤバイです。居ます。廊下。洋風棺。黒いの。わさわさと。集まってます」
一瞬でガチガチになった九鬼。話にしか聞いていなかったが、話を聞いた限りだと悪意有るものっぽい。余裕があれば調べてみたいが、戦力的にも無理があるかも。どうしたものか…と考えていたら
“バンッ!!”
と戸を叩かれた。
「っ!!」
九鬼が声にならない悲鳴を上げた。
…まずい気がする。
「九鬼!こっちだ!」
小声で九鬼を呼びながら隣の部屋へ向かう扉を開き、移動する。阻まれず抵抗も無かった。移動が出来た。やはり自分の棺を開放したおかげだろう。振り返ると何とか九鬼がついてきていた。
隣の部屋は準備室なのだろう。薬品棚が並んでいるが、埃を被っているので使用出来そうではない。恐らく鍵も掛かっているだろうしな。
「さっきの光で呼び寄せたか?それども…肉食系?」
「取り込まれたら、終わりな気がします」
「…俺もそう思う」
「こっちからも廊下に出られそうですけど…」
鷹司が廊下につながる扉に手を掛けながら、外の様子を伺う。その間にもバンバン音がしていて隣の部屋の扉を破壊されるのも時間の問題かもしれない。
鍵をかけてないのにすぐ開ける事が出来ないのは、きっと手が無いからだろう。
…棺が開いた時に中身が出てくるかと思ったけど、気合を入れないと棺を開けないのかもしれない。ならば戸を叩いているというより、体当たりしているということか…
都合よく考えすぎかもしれないけれどそういう事にしておこう。
こんな事を考えている間にも、廊下に面した扉についてる曇ったガラスの向こうで数回影が通り過ぎる。
…ズズッ…ズズッ…
這うような音がする。当然足も無いのだから音の通り這って移動しているのだろう。想像と影の動きを見たところ移動速度は速く無さそうだが、数に阻まれたら終わるかも。
タイミングを見計らっていた鷹司が、九鬼を振り返る事無く声をかける。
「九鬼、走れるな?」
「…はい。死ぬ気で走ります」
「移動速度は速そうだばねぇ。駆け抜ければ何とがなるど思う。…行ぐぞ?」
何処へ逃げ込めば良いのかとか、校舎の構造が分からないとか、こまごました問題もある。しかし話し合ってる時間が無いのだ。もたもたしていたらこちらの廊下の前にまで棺があふれて、取り囲まれる可能性もある。
ちらりと九鬼へ視線を向けると、真剣な表情で鷹司へ頷いた。それ見て鷹司も頷いて返し、扉にかけていた手に力を入れて勢いよくあけると、廊下に飛び出した。
「…」
「…!」
2人して無言で駆け出しながら肩越しにチラリと振り返ると、狭い廊下にひしめく棺の群れ…と言って良いのか分からないが、まさに吸血鬼でも中に入っていそうなデザインのソレが背後の廊下、一度九鬼が開いた扉の前をふさいでいた。出口が2つあって助かった。
薄暗い廊下を走っていく。と、目の前に集まろうとしていたのだろう棺が1つ見えた。
「嘘ぉっ!??」
「止まんな!…動きが遅い、駆け抜けっぞ!」
視界に捉えた途端に危うく立ち止まりそうになった九鬼に喝を入れる。途中に分かれ道も無かったのだから、今ここで立ち止まったら完全に挟み撃ちだ。怖かろうが何だろうがすり抜けるしか道は無い。鷹司の一声で減速こそしたものの九鬼は止まる事無く走り続けた。距離はどんどん縮んで行き、もう少しですれ違う事が出来るという時に…
-ギギッ-
棺の蓋が僅かに開いた。
あ、なんか泣きそう。と僅かにペースダウンした九鬼が思った瞬間に“ダンッ”と力強い音を響かせ鷹司が床を踏み切った。
「!??」
音に驚いて、目の前の棺から並走していたはずの鷹司へ顔を向けるが、その時には床を踏み切ってジャンプ。飛び上がった高さを維持しつつもう一度横の壁を蹴ってさらに高さを稼ぎ、自分の頭よりも高い位置にある棺の上隅を狙って蹴りを繰り出そうとしていた。
「死体だば死んどけ!!」
吐き捨てながら、蹴る…というよりは勢い良く踏みつけるといった感じで延ばされた足は、僅かに開いた棺を“バンッ!”と強制的に閉じさせ、上隅を狙われた事でバランスを崩した棺はゆっくりと後方に傾いていく。そのまま飛び越えてヒラリと着地すると同時に“ズンッ”と重たい音を響かせて棺が床に倒れて。
「…棺が…」
「寄るな。…行くぞ」
恐い恐いと言っていながら、やっぱり九鬼は中が気になるのだろう。中身が知り合いだったら恐く無くなったという前例もあるし、思わず棺に近寄りそうになったのを鷹司が声で制すれば、九鬼も近づくのは危険とすぐに理解した様子。頷いて返事を返してタッと少し速度を上げて走って鷹司に追いつき。
「どりあえず上に…ん?」
「上に?…どうしま…あれ?」
少しばかりペースを落として走っていた2人。目的地を上階に設定しようとした時にフッと何かが聞こえてきた。ワンテンポ遅れた九鬼は鷹司に問いかけてしまうが、自分の耳にも聞こえてきた音に気付いて立ち止まれば、鷹司も数歩離れた位置で止まってかすかに聞こえるそれに耳を澄ませる。
「これは…ピアノ?」
「誰かが弾いてる…んですかね?」
「多分。…罠だばねぇなら」
僅かなやり取りを済ませて2人は音をたどる事にした。お化けでも出てきたら恐いけど、仲間の可能性も捨てきれない。1人じゃなくなった事で薄暗い廊下でも恐怖はだいぶ和らいだ。しかし、九鬼は不意打ちやビックリには耐性が無いのだからと、頼れる先輩である鷹司の1歩後ろをついていくスタイルで行こうと心の中で決意して。




