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部長とは、部活動の『長』である。  作者: 銀煤竹
03 朱眼の魔王・碧眼のサソリ
129/146

03-57 翳り逝く青

言い回しなどを微調整。

内容に変化はありません。

「あー、駄目だ。こっち曲がったような気がしたけれど…この道は見覚えが無い気がする」

「闘技場に入った門は間違いないのですよね?」

「うん。それは絶対間違いないよ。あの蛇の旗は印象的だったし。…うーん、何処で間違えたんだ?」

「無理すんな。いったん戻るぞ」


闘技場にいったん出向き、通った道を記憶を頼りに逆に辿る。

猫柳が腕を組んでうなりながら先頭を歩き、要所要所の曲がり角で確認するかのようにエルビーが声をかけ、行き詰ると鷹司がスタート地点への帰還を促す。


ガスパールと直前まで行動を共にした天笠もこの場に残り道を思い出す手伝いをすると言っていたが、今は夜だ。ただでさえ暗い道は街灯などが無いために慣れていないとかなり危ない。しかし、逆に自分が明かりを持っていると暗い影に身をひそめる人物を簡単に見逃してしまうので急襲される危険が倍増するのだ。今夜中に終わらないことも想定して、天笠には体を休めてもらい日が昇ってからの捜索にあったてもらうことにして、護衛兼情報伝達係として雨龍とともに屋敷に帰ってもらった。

闘技場まで戻る道のりを先導するエルビー。その後ろからついていく鷹司は、少しだけ猫柳との距離を縮めた。


「少し休むか?」

「…いや、まだ大丈夫だよ」

「だが“眼”を酷使してるんだべ?」

「うん。…まぁ、耐久テストってことで、限界まで頑張るさ。それにしても、寒くなってきたね」


目頭を押さえて上を向いた猫柳に小さな声で労いの言葉をかけた鷹司。猫柳はいま、自分が得た視力強化の力を使って懸命に昼間の道をたどろうとしていた。夜に猫柳が残ったのは、比較的襲われにくい男性であるという事が主な理由だが、それともう一つ彼が得たこの視力強化の力があるためでもあった。

明かりを持たずに暗い道を注視しながら歩くのは、かなり骨が折れる作業だ。しかし僅かばかりでも視力が底上げされていれば、ある程度は楽になるのではという考えがあった。


まぁ、道が見えたところで覚えていなければ意味がないのだけれど。


「さて、スタート地点である闘技場まで戻ってきたわけだけれど、調子はどう?」

「とりあえず、3回曲がった辺りまでは自信があるよ。問題はその先、細い道と続く土壁しか印象に無くて…」

「では、今度戻るときはその曲がり角までで大丈夫そうか」


日が落ちて尚ガヤガヤと賑やかな闘技場。

ここまで戻って来るのは何度目になるだろうか。もう通っていない道を探すほうが難しくなってきた気がする。エルビーが振り返って話しかけてきたのでとっさに1歩お互いに離れて猫柳が返事を返した。せっかく此処まで戻ってきたけれど、記憶に確かな曲がり角の場所までもう一度移動しよう。そう歩き出した時。


「あぁ!いた、エルビー!」

「ん?…あ、屋敷のものだ。ちょっと失礼」


エルビーを呼びながら駆け寄ってきた男性を見てそう言うと、エルビー自身も彼のほうに歩いていく。すぐそこで会話するならば、別に此処に居ても大丈夫かと考えて、鷹司と猫柳は頷くだけでその場を動かず、エルビーを見送った。

ただ、思ったより近くにいたので意図せず会話は聞こえてしまったが。


「どうした?何か新しい問題でも…」

「いや、違う!見つかったんだ!」

「え、見つかった?ビッキー様が!?」

「そう、ビッキー様は無事だ。そこで召集がかけられてる。トバルスと逆方面の町外れだ。じゃあ、伝えたからな!」

「まて!」


伝令係なのだろう、彼は早口にそう告げるとすぐさま去っていこうとしたのを思わず鷹司が止める。訝しげに彼を見ながらも、男は足を止めてくれた。


「何?忙しいんだけど」

「見つかったのは、彼女だげか?」

「彼女?ビッキー様?」

「あぁ。ほかにも誰か、見つかった?」


その質問に男は一瞬怪しいものを見る目つきで鷹司を上から下まで観察するように眺めた。聞いてしまってから鷹司も察したが、これは一応機密情報に当たるのかもしれない。そういう概念があるかは別として、仲間以外に伝えてはいけないとか言われてたら面倒だ。ただ、先ほど鷹司たちの前で伝令を伝えた時点で、秘密を守る奴としては力不足を感じるけれど。

僅かな時間考えて、彼は口を開いた。


「…いや。ほかにもさらわれていた奴隷が居たらしいよ」

「奴隷?ほかには?」

「詳しくは知らない。自分で行って確かめてくれ。エルビー、こいつらは仲間でいいんだろ?」

「あぁ。今もビッキー様捜索にご助力願っていたところだ」

「ならいっか。じゃあ、今度こそ俺、急いでるから」


エルビーが一緒に居てくれたおかげで彼は情報を落としてくれた様子。軽く手を振って去っていく彼を見送ってから、3人は顔を合わせた。


「とりあえず偽屋敷探しは置いておく。召集がかけられた場所へ俺は向かわなくてはいけないから…」

「俺達も行く」


解散しようとしていたエルビーの言葉にかぶせるように鷹司が言い、猫柳も頷いた。


「言ったでしょ?僕達の仲間も居なくなってるんだ。もしかしたらそこに、居るかもしれない」


その言葉を聴いて、エルビーは薄く笑みを浮かべた。そういえばそうだった。彼らも仲間が行方不明になっていたのに、それより先にビッキー捜索の手がかりとなるだろう屋敷探しを優先してもらっていたんだ。ほかに手立てが無かったからかもしれないけれど、彼らには大きな借りが出来たと考えるべきだろう。

迷った時間は1秒にも満たない。2人の顔を見て、エルビーは頷いた。


「わかった。ついてきてくれ」



**********



敵の本拠地というか、探していた人物を見つけた後の行動は、早かった。


実際に乗り込んで現場に居るのはアルトゥーロ。この町のいわばBOSSだ。巡回していた兵を使って人を集めると、あっという間に指示を出して地下の奴隷を保護し、実行犯と思われるグループも取り押さえた。とりあえずこれ以上暴れそうに無いシンは武器を取り上げてからその部屋にあった地下におしこんで見張りをつけ、自分は家の中を捜索。ほかの部屋にも隠れていた奴らを捕まえた。

別室の壷の中からビッキーも発見され、一連の行方不明事件はこのグループが主犯と確定、そしてスピード解決となった。

逃げ出そうとした奴らに対しては朱眼の力を存分に発揮して拘束し、発見時にシンによって追い討ちをかけられたガスパールを除く負傷者は出なかった。


悪あがきとでも言われそうだが、今まで正体を知られていない草加と月野に自分が朱眼の魔王であると知られたくなくて、自ら歩き回って彼らと距離をとっていたアルトゥーロ。正直なところ、今日は屋敷に帰っていなかったので報告が来るまで自分の娘が行方不明になっていることすら知らなかった。怪しい地区を調べようと思っていただけだったので、この屋敷にビッキーが居てとても驚いた。

早い段階で取り返すことが出来たことは幸いだと思う。でもこの子も怖い思いをしていたんだろうか。

そんな事を考えながらひと段落着いた現場を離れて、いまだ眠ったままのビッキーを抱き、窓際にたって庭と月を眺める。


「アルトゥーロ!」


青い光を放つ月光の元。

声をかけられて視線をそちらに向けると、慌てた様子のエルビーが走ってきていた。彼の後に続く2つの人影に見覚えがあり、ちゃんとフードをかぶっているか確認してしまう。知られなくない、と思ったけれど、名を呼ばれた時点でバレてるだろうな。それでも気にしてしまうのは、やっぱり普通に接してもらいたいからかもしれない。


「エルビー。今回は読みが外れてしまったな。俺狙いだと思ったのだが、まさか戦力外の女子供が狙われるとは。…見たところお前に怪我は無いようだけれど、そっちはどうだった?」

「はい。襲撃されても大丈夫なように策を練って待機していたのですが、結局どれも使わずじまいです。それよりも、ビッキー様を奪われて…すいません。俺が不甲斐無いばかりに」

「いや、良いんだ。実は今日は屋敷に戻っていなくてな、娘が居なくなっていたことにも気付いていなかったんだ。…駄目だな、俺は」

「いえ、アルトゥーロ、貴方は十分良くやっている。今回はサポート仕切れなかった俺のせいで…」


このままだといつまでも同じことを言い返しそうだ。そう判断したアルトゥーロは窓から手を出して、外に居るエルビーに腕に抱えたビッキーを差し出した。


「先につれて帰ってくれ」

「え…ですが…」

「寝ているから起こしたくない。抱いていたい気もするが、途中でおきてしまって、見せたくないものを見せてしまうかもしれないしな」

「わかり、ました」


出されると素直に腕にビッキーを抱きとめたエルビー。しかし、先に帰ってくれといわれると少しだけ困ったような顔をしてしまう。だが、優しくも拒否を認めない言葉を並べられてしまい、エルビーはゆっくりと頷いた。

何が起きているのか良く分かっていない鷹司と猫柳はとりあえず口を挟むまいと黙っているだけだったが、フードに隠れたアルトゥーロの顔、そしてその視線がこちらを向くと無意識にも警戒を露にしてしまう。

思わず顔を背けた猫柳とは対照的に、鷹司はかなりきつい目つきで睨む。その行動に一瞬驚いた様子だったが、次の瞬間には小さく笑いをこぼしていた。


「何?」


不機嫌を隠そうともせずに笑ったアルトゥーロへ言葉を投げる鷹司。慌てて諌めようとするエルビーをアルトゥーロは片手を挙げて制した。


「よい」

「ですがアルトゥーロ様…」

「おや?先ほどはお前も呼び捨ててくれたはずだったが…勘違いだったか?エルビー」


意識していなかったのだろう。そう指摘されてハッとした顔をしたエルビーの肩を、窓から手を伸ばして軽く叩いた。その後でもう一度視線を鷹司と猫柳に向ける。


「エルビー、今度こそビッキーを守ってくれ。お前に託すぞ」

「はい。お任せください」

「そこの2人はついてくるが良い。マッサージ屋の店員が2名、この場所に居るぞ」

「2名…」

「リヒトと月野ちゃん!主犯はやっぱり、ガスパールさん?…というか、リヒトも同じグループに攫われてたんだね」

「…シンは?一緒だばねぇの?」

「それもあわせて説明しよう。とりあえずこちらへ入っておいで」


行方不明者の情報にホッと安堵の息を吐き出す2人。

そしてそれを見つつ、窓から少し離れてから2人を呼ぶアルトゥーロ。顔を隠してくれているため強制力は効いていないが、身内がこの場所に居るならば拒否するなんて選択肢にあるはずも無く、身軽な動作で窓枠を超えて室内に入った。ちゃんと着地したのを確認してから、アルトゥーロは「ついて来い」と無言で示して歩きだす。そしてついてきている事を確認してから、再び口を開いた。


「…シンは、優しい奴隷だったな」

「…は?…あぁ、まぁ」


いきなりなんだ?かなり間の抜けた声で返事をしてしまい、少しだけ慌てて頷く鷹司。


「あまり自分のことは語ってくれないのに、いつも他人のことを気にしていたように思える」

「…もしかして、アルトゥーロさんもシンのこと知ってるんですか?」

「あぁ。少しばかり、縁があってね。…ゆえにとても残念だ。彼を見送らなければならないということが」

「良く分かんねぇんだが」


察してほしいと思って明言を避けた。だが、もともとこの土地の知識が不足している彼らに、理解できるはずは無いのだ。逆にその事を察したアルトゥーロが足を止めて、顔だけ振り返って2人を見た。


「…彼は人を傷つけた。明確な殺意を持って、殺めんとした。故に罰せられねばならない」

「殺意って…そんなまさか!」

「罰…それはいったい…」


此処まで言われてポヤポヤしていられるほどアホではない。ピリっとした空気の中、不安げな視線を向ける2人真実を告げた。


「眼帯奴隷が罪を重ねた場合。その罪が何であれ、執行されるのは死刑のみ。…執行人は飼い主から出るのが通例である」

「死刑…しかも僕達の誰かが彼を殺すって事?」

「理由があったんでねぇの?あいつ…あいつが…?」


アルトゥーロの言葉に動揺が隠せない。何かあるはずだ、何か出来るはずだ。と、2人してシンの延命を模索しているのが手に取るように分かる。だが…


「今回は目撃者も多すぎた。彼を助ける事は、不可能だと思ったほうが良い」

「そんな!」


絶望したような顔をする猫柳。この世界限定とはいえ、彼は仲間になった存在。そんな彼を部室メンバーの誰かの手で屠らなければならないなんて。此処でいち早く冷静を取り戻した鷹司が視線を伏せながら問いかけた。


「執行人は…誰かに頼む事が可能か?」


殺したくないという気持ちがあった。逃げようと思っていると思われても仕方が無いと思った。

だが、部室メンバーの皆は武器を握る事すら慣れていない。彼らではシンを一撃で殺す事は出来ないだろう。ならば剣の扱いがうまい人間に、頼んだほうが苦しみも少ない。それが今の自分達がシンのために出来る事ならば。そう考えて口にしたが、アルトゥーロの返答に思わず絶句してしまった。


「可能ではあるが、この町の人間は嗜虐趣味が多い。見世物にしたくないならば、速やかな執行をお勧めする。腕が立つ人物ほど、断末魔を聞きたがるようだ。…己の力を、誇示したいのかも知れんな」


死が隣り合わせの世界だから。

娯楽が少ない町だから。


人の生き死にさえ遊びになるのか。

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